Down

Asaka.Asakasan.

浅香(淺香).あさか.浅香山.

[地名]浅香浦.

大阪市住吉区浅香町から堺市浅香山町に至る海岸.

現在は埋め立てられている.

[地名]浅香山.

(1)大阪府堺市堺区.

(2)兵庫県多可郡多可町.

標高315.7m.

[地名]安積山?.

福島県郡山市、猪苗代湖東岸にある山.

標高1009m.

万葉集巻16に収められた「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を吾が思はなくに」の1首は「古今集」仮名序にも「安積山のことばは采女のたはぶれよりよみて」と紹介されているもので2008紫香楽Shigaraki宮旧跡とされる滋賀県甲賀Koka市信楽Shigaraki町宮町遺跡から発見された「古今集」所収の「難波津に咲くやこの花冬こもり今は春べと咲くやこの花」の一部が裏面に記された木簡にもこの一部が記されており、他の木簡に記された年号から巻16の成立以前であることで注目された.

この歌木簡は歌が記されたものとしては日本最古のものとされてきたが2003奈良県明日香村で発掘された木簡に刻まれた文字が08「万葉集」7所収の「朝凪に来寄る白波見まく欲り我はすれども風こそ寄せね」の冒頭であると推定され、これが約60年遡る679前後に刻まれたものと推定された.

埼玉県朝霞市は1932北足立郡膝折村が町制施行した際、東京府荏原郡駒沢町(現在の東京都世田谷区)から移ってきた東京ゴルフ倶楽部名誉会長が朝香宮鳩彦Yasuhiko王、1887-1981だったことにちなんで朝霞町と改名したことに由来し、東武東上線膝折駅も同時に浅香駅と改称した.

UpDown

ウィリアム・ハミルトン/ポート・グラスゴー造船所で206番船として1909.8/30進水.10竣工16オーストラリア、コモンウェルス・ラインが購入しAustralmountと改名されたイギリス、Burrell & Son貨物船(グラスゴー)Strathbegを

23浜根(商店)汽船が購入し貨物船あさか丸(高砂)と改名

WW2前に陸軍が徴用し輸送船

41.12/21リンガエン湾上陸

42.1/14.1700六連出港後亜丁丸等と船団を編制して/18高雄入港3/1ジャワ島クラガン上陸作戦に従事

43.7/7室蘭丸等と第173船団を編成し門司出港/13.0950高雄入港

44.7/4.0900めき志こ丸等とシミ05船団を編成し水雷艇鷺等に護衛されてシンガポール出港/8.1842ミリー到着/10.1550めき志こ丸等とミ08船団を編成し鷺等に護衛されてミリー出港/11.1830-12.1300キマニス湾仮泊/16.2035マニラ入港

45.1/21高雄港内(概位22゚00'N/120゚05'E)で爆撃を受けて沈没し船員5名が死亡.

4338>4681T 114.79x15.91m R(3連成)x1/1 8.5(11.0)knt.

船舶番号27877.

船舶番号JSLA.

UpDown

浅香丸

日本郵船貨物船

第3次船舶改善助成施設第48号の指定を受けヨーロッパ航路用に三菱長崎造船所に1935発注され687番船として37.2/18起工7/7進水11/30竣工12/2リヴァプール航路に就航

40.4/10海軍が徴用/15横須賀鎮守府所管特設運送艦となり艦長柳沢蔵之助(兵46)大佐7/1除籍/6徴用解除12/24海軍が徴用、艦長三浦速雄(兵45)大佐/26横須賀工厰で120mmIx1+1=2、13mmMGIx2、防雷具の装備に着手/27横須賀鎮守府所管特設運送艦

41.1/15工事完了/16山下奉文陸軍中将、野村直邦海軍中将(在ドイツ)を団長としてドイツに派遣される軍事技術視察団50余名を乗せて横須賀出港2/8パナマ運河通過/20-4リスボン寄港(団員は同地より飛行機でベルリンへ赴いた後シベリア鉄道等で帰国)/28-3/13ビルバオに寄港しドイツ軍から譲渡されたメッサーシュミットMe109戦闘機、フィーゼラー156シュトルヒ連絡機、魚雷発射装置、艦底起爆装置、ソーナー等を搭載4/18横須賀帰投8/7出渠9/5横須賀鎮守府所管特設巡洋艦/8大阪鉄工所で艤装工事(140mmIx4、13mmMGx2、533mmTTIIx2=4を搭載)に着手/11艦長伴次郎(兵33)大佐10/15特設巡洋艦粟田丸第5艦隊隷下に第22戦隊を新編/16工事完了11/16艤装完了/18横須賀で第5艦隊と合流後粟田丸と交互に幌筵島を基地として同方面の哨戒任務に従事12/3厚岸出港/3-4厚岸寄港/6-7松輪島大和湾寄港後B、C哨戒線/12幌筵島朝日湾入港/15幌筵島乙前湾寄港後R、S、T哨戒線/24-9幌筵島寄港後R、S、T哨戒線で哨戒任務に従事中、ソ連船2隻を信号訊問

42.1/2幌筵島入港後粟田丸と合流/4厚岸寄港/5-7大湊寄港/8.1400岩手県東方沖で粟田丸と分離/10I哨戒線(八丈島東方沖)を哨戒/16任務終了/19-24大湊寄港/24-8室蘭寄港/29厚岸入港2/1第22戦隊、第1、2監視艇隊で第5艦隊隷下に哨戒部隊を新編、同日、軽巡洋艦木曽等と出港/2-8ル哨戒線に到着し粟田丸等と哨戒任務に従事/8-10横須賀寄港/10-21横浜寄港/21-4横須賀寄港後ヲ哨戒線に配備/25哨戒部隊に編入された特設監視艇王田丸等からなる第3監視艇隊の特設監視艇母艦に指定3/2.1200特設哨戒艇9隻からなる第3直哨隊を率いて粟田丸等からなる第2直哨隊と交代/12横須賀入港18.0900特設監視艇第1大神丸等12隻を率いて出港/23第2哨戒隊と交代/30第1哨戒隊と交代4/3-7釧路/7厚岸/7-13釧路寄港/17第2監視艇隊と交代/18ドーリットル空襲時にル、ヲ哨戒線配備/26-5/20横須賀寄港/22-8大湊6/2木曽等と幌筵島を出港/7キスカ島攻略戦に掃海母艦として使用/8大発改造の特設掃海艇を使用して湾口を掃海/10出港/18横須賀入港7/14赤城丸とともに94式水上偵察機を搭載/29.1115潜望鏡を発見し140mm砲弾14発、爆雷5発を投下12/22.1253千葉県洲崎灯台南方7nmで警戒中、搭載の0式水上偵察機が600m先を潜航中のアメリカ潜水艦(SS237)トリガーを発見し99式60kg対潜爆弾を投下.1255雷撃を回避.1300頃、爆雷投下

43.1/13北方部隊挺身輸送部隊に編入/17横須賀出港/30幌筵島柏原湾入港/31.1500崎戸丸と編成された第12船団の先発隊として独立歩兵第303大隊(177名)、0式水上偵察機1機、飛行場資財、弾薬を搭載の上、駆逐艦若葉に護衛(途中まで)され出港2/4.0400-5.1320キスカ島に寄港、揚陸/13-5横須賀寄港後哨戒任務に復帰/28艦長作間応雄(兵36)大佐3/3横浜出港/3-11横須賀寄港後北方部隊直卒/13-5大湊寄港/18幌筵島入港後崎戸丸、(三興丸)と第21ロ船団を編成/23.1200軽巡洋艦阿武隈に護送されて崎戸丸と出港/26.1100重巡洋艦那智等からなる北方部隊本隊と合流後アッツ島へ航行中/27.0200アメリカ艦隊と遭遇、退避(アッツ島沖海戦).0603作戦中止/28(北東方面海軍作戦)or29(戦時輸送船団史).1753幌筵島入港4/5-9横須賀寄港後哨戒任務に復帰/20横須賀入港後レーダー(21号対空見張用)等を搭載5/20アメリカ軍のアッツ島上陸により監視艇隊を率いて横須賀出港/25小樽出港/28.0810幌筵島沖で陸軍砕氷船高島丸を護送中、搭載機がアメリカ潜水艦(SS146)S41の雷跡を発見し反撃.0100幌筵島入港.6横須賀入港後レーダー、水中聴音機を装備/18艦長山崎真直大佐(兵42)/25横須賀出港後占守島片岡湾への輸送に従事7/20第5艦隊付属に編入.8占守島片岡湾から釧路、室蘭、大湊経由で青森に第12航空艦隊の資材120tと第5気象隊を輸送/12.0715今井崎西方3.5nmでアメリカ空軍B24爆撃機3機と交戦9/24片岡湾出港/28横須賀入港10/1特設運送艦(雑用船)/29.1620高島丸と小樽出港11/1.1105片岡湾着

44.1/13クェゼリンに送られる予定の労務者約200名を駆逐艦磯波の護衛下にブラウン(エニウェトク)環礁エンチャビ島に揚陸3/20.0200館山出港後山陽丸、さんとす丸と東松3号特船団を編成し駆逐艦朝霜等からなる第31駆逐隊(長波欠)が護送/25サイパンに向かう山陽丸を分離/28トラック入港9/6.0630勝鬨丸等とヒ72船団を編成しシンガポール出港/11マモ03船団と合流/12潜水艦の攻撃を受けて三亜へ退避中、勝鬨丸等が被雷沈没/13三亜入港/15楡林回航後香久丸、護国丸、吉備津丸とヒ72船団第1分隊を編成/16.2000新潮丸等からなる第2分隊とともに第26号海防艦等に護送されて出港/17天候の悪化により第2分隊と分離/20.0110頃、澎湖島南方55kmでB24爆撃機の攻撃により船体後部で炸裂した至近弾により舷側を破壊され航行不能となり護国丸とともに馬公に曳航され修理中10/12.0700頃より馬公(23゚30'N/119゚30'E)港内でアメリカ第38任務部隊搭載機と交戦.0830頃、航空魚雷2本を船体後部に受け爆雷が誘爆後船尾から沈没し警戒隊員数名と船員2名が死亡.

7399T oa145.8pp140.0x19.0x(10.5)x8.4m D(三菱8MSD)x1 8000bhp 18or19(#503).2or19.3(16)knt 乗客4.

姉妹船赤城丸等とともに、同社がリヴァプール航路増強の目的で第2次船舶助成施設により建造されたAクラス高速ディーゼル貨物船5隻中の3番船.

船舶番号44012.

信号符字JWUL.

UpDown

浅香山丸

三井物産貨物船

三井物産造船部玉工場で227番船として1937.1/30起工6/27進水9/7竣工しニュー・ヨーク航路に就航

WW2前に陸軍が徴用

41.12/3.1900関西丸等と第5師団兵員を乗せ三亜出港/6.0900淡路山丸等からなる主船団と合流/7.1030フコク島南西沖のタイ湾で那古丸等とともに分進/8.0035マレー半島東岸、タイ南部のシンゴラに揚陸/11龍城丸とともに第18(菊)師団第55連隊を乗せて虎門出港後軽巡洋艦川内、駆逐艦夕霧の護衛下に/17-9サン・ジャック/25-6シンゴラ寄港/30コタバルKota Bharu入港後兵員を揚陸

42.5/4ラバウル出港後ポート・モレスビー攻略の予定で航行中/9状況不良のため作戦中止7/2昭浦丸等とE船団を編成しマニラ出港/6馬公寄港/8宇品入港8/8.0400佐渡丸とともに門司出港/13.1600パラオ入港後第17軍よりガダルカナル島に派遣される川口支隊(第35旅団長川口清健少将、第18師団第124連隊[岡明之助大佐])を乗せ/16.1000(ガダルカナル戦記)or1500(戦時輸送船団史)パラオ出港/20.0900トラック入港/24.1000第20駆逐隊(夕霧、朝霧、天霧、白雲)に護衛されてトラック出港/26.1200洋上で第124連隊第2大隊(鷹松悦雄少佐)を第20駆逐隊に移乗後分離/27(戦時輸送船団史)or28(ガダルカナル戦記).0130ラバウル入港、同日午後、川内に護送されてラバウル出港12/28設立された三井船舶に移籍

43.2/27パトバヘッドからモールメンへ航行中、グリン島アマス灯台南方のインド洋(概位16゚00'N/98゚00'E)で潜水艦の発射した魚雷orラングーンRangoon南東約95nm(15゚53'N/97゚40'E)でアメリカ陸軍航空隊第10航空軍所属のB24爆撃機による爆撃を受けて沈没.

6576or6758>8709(沈没艦船)T oa139pp137.16x18.90x(12.04m D(三井B&W、2DA)x1/1 17.5(19.78)knt 乗客12.

船舶番号42982.

信号符字JTNL.

有馬山丸級3隻の第2船.

UpDown

コックムス/マルメ造船所で1937.10/29竣工50.5/14清水からへ航行中、御前崎沖の遠州灘で出火全損50.9/21東洋海運(東京)が購入したノルウェー、Wilh Wilhelmsen貨物船(オスロ)タリスマンTalismanを

51.6/2改修完了とともに三井船舶が購入し浅香山丸(東京)と改名日本商船管理局番号(SCAJAP.No.A098).7再就役し横浜=サン・フランシスコ間を10日と18.5時間で走破し当時の貨物船の新記録を樹立

59.9/13東洋海運(東京)に売却

66中華民国、Hei An Shipping Co.Ltdに売却されChun Anと改名67パナマ、Cia.Nav.Fu An Ltd.,Panamaに売却68Tien Ho Nav.Ltd.に売却されTien Hoと改名69売却解体.

6758T pp143.25x18.90x(9.63)m D(MAN、D7ZU60/110)x2/2 8800bhp 18.991(16)knt.

船舶番号67442.

信号符字JNMO.


Since 28 Dec. 2006.

Last up-dated 9 Feb. 2014.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Asaka.

Ver.1.14a.

Copyright (c) hush ,2001-14. Allrights Reserved.

Up


動画