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Maki.  槙(槇).まき.

駆逐艦@ 駆逐艦A 警備船>警備艦>護衛艦まきB 

2014年4月12日京都府宇治市黄檗山万福寺にて.

イヌマキ(犬槙)Podocarpus macrophyllus.

2007年7月28日、2008年10月5日彦根城にて.

[植物]マキ.

イヌマキPodocarpus macrophyllusラカンマキ(羅漢槙)P.macrophyllus var. makiコウヤマキ(高野槙)Sciadopitys verticillataの総称.

前2種がマツ目Pinalesマキ科Podocarpaceaeマキ属に属するのに対してコウヤマキはスギ科もしくはコウヤマキ科Sciadopityaceaeに属する.

「日本書紀」には一書にいわくとして須左之男(素戔嗚)が髭を抜くと、胸毛を抜くと、尻の毛を抜くと槙、眉毛を抜くとが生えたという話を伝え、は船に、は宮に、槙は寝棺を作るのによいと言ったとしている.

この槙は近畿地区の古墳から発掘される木棺にコウヤマキが使用されていることが非常に多いことから、コウヤマキのことと思われるが、明治神宮造営の際には不浄の木として植樹が避けられたものの2006出生した秋篠宮の長男悠仁Hisahito親王のお印は9/12命名の儀の際にコウヤマキと定められている.

ラカンマキはイヌマキの変種でイヌマキの葉が10-18cmの長さを持つのに対して、4-8cmほどしかなく、幅も半分ほどである.

コウヤマキ高野山で霊木として保護されてきたことからこの名を持つが、福島県以南の日本各地に自生する.

「真の木」を意味し、古代ではヒノキ(檜)スギ(杉)マツ(松)等の良質の材を採集できる木を指すことが多かった.

漢字は中国では梢(コズエ)を意味する.

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駆逐艦槇

日本@ 楢級駆逐艦(4/6)

IJN Nara class destroyer. Illustrated by SUDO.

1917計画(二等)駆逐艦

17.8/15駆逐艦槇と命名

佐世保工廠で10/16起工12/1艤装員長(18.1/21兼艦長4/30艦長)有地十五郎(兵33)少佐、艤装員(18.1/21-12/1乗員)松良考行(兵40)中尉/28進水

18.4/7有地艦長の指揮下に竣工し横須賀鎮守府籍

/25姉妹艦等とともに第4駆逐隊を編制5/1艦長小沢(兵31)少佐7/2艦長心得長井実養(兵33)大尉12/1艦長今泉美啓(兵34)少佐、乗員(-20.2/2)須賀彦次郎(兵38)大尉、(-19.9/25)白石万隆(兵42)中尉

19.1/30江田内で駆逐艦山風と接触9/1(-12/1)乗員太田泰治(兵37)大尉11/7.2302大演習に参加中、鶴御埼の南東12nmで巡洋艦津軽と触衝12/1艦長松田鹿三(兵34)少佐、(-20.5/21)乗員古川保(兵43)中尉

20.6/1(-12/1)乗員末広由己(兵43)中尉9/1(-11/1)乗員梅林正義(機23)機関中尉12/1艦長大島平(兵34)少佐、(-21.12/1)乗員平井泰次(兵43)中尉

21.1/8(-4/5兼-5/9)乗員後藤秀吉(機26)機関中尉11/10艦長山中順一(兵34)少佐12/1(-22.12/1)乗員小柳冨次(兵42)大尉、(-23.12/1)荘司喜一郎(兵45)中尉

22.8/26カムチャツカ半島オゼルナヤOzernayaで海岸に擱座、転覆した巡洋艦新高の救助に膠州とともに急行/28岡田二等水兵と機関兵15名を救出12/1第4駆逐隊第9駆逐隊と改称され大湊要港部に配属、(-23.12/1)乗員古川保(兵43)中尉

23.3/30(-24.12/1)乗員川島良雄(兵48)少尉(12/1中尉)11/10艦長心得日野昇一(兵38)大尉(12/1少佐、艦長)12/1(-24.4/10)乗員高島三治(兵45)大尉

25.10/15艦長田村劉吉(兵41)大尉

26.12/1艦長木村昌福(兵41)少佐

29.5/10艦長新美和貴(兵40)少佐9/2新美艦長の転地療養により艦長代行小関晟(兵50)大尉

30.6/20(12/1兼)艦長牟田口格郎(兵44)少佐

31.10/31(12/1兼)艦長曽木与吉(兵48)大尉

32.2/5(-4/1)椿艦長宮崎定栄(兵48)大尉

34.4/1除籍

36.5/6海軍工機学校保管船となり教材として使用.

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駆逐艦槇

日本A 松級駆逐艦(8/18+14+9+33)

IJN Matsu class destroyer. Illustrated by Iyapopo.

1944計画乙型(一等)駆逐艦5488号艦

44軍事費により舞鶴工廠で2/19起工6/5駆逐艦槇と命名され舞鶴鎮守府籍と仮定/10進水し舞鶴鎮守府籍7/1艤装員事務所を設置、艤装員長石塚栄(兵63)少佐、艤装員(機関長)中森喜一機関特務大尉/10艤装員(水雷長)芦田森一大尉/15艤装員(砲術長)宇田広美(兵69)大尉、艤装員(航海長)大山雅清中尉8/10石塚艦長の指揮下に竣工し第11水雷戦隊に編入され機動部隊第2遊撃部隊に部署

/13舞鶴出港/14内海西部到着後訓練に従事/23-31呉寄港後内海西部で訓練/12-9別府寄港後内海西部で訓練/20-2伊予灘で襲撃訓練/23徳山入港後呉に回航9/30第31戦隊第43駆逐隊に編入され対戦掃討部隊に部署10/7航海長後藤英一郎中尉/11呉出港後内海西部で訓練、第31戦隊(江戸兵太郎[兵40]少将)旗艦を軽巡洋艦五十鈴から継承/13佐伯沖で姉妹艦と訓練/18大分入港/19第31戦隊旗艦を軽巡洋艦大淀に継承し機動部隊本隊警戒隊第1駆逐連隊に部署/20出港後機動部隊の前路掃討の目的で豊後水道に先航/22.1300空母千代田から補給/25空母千歳直衛としてレイテエンガノ岬沖海戦に参加中.0800以降、対空戦闘.0900沈没した駆逐艦秋月乗員を駆逐艦霜月とともに救助.1000以降の空襲により航行不能となった千代田救出に五十鈴とともに向かったが.1458爆弾3発がTT、1番砲付近に命中し舵故障、20kntに速力が低下後第1缶室に直撃弾を受けて重油タンクから燃料約200tが漏出し31名が死亡35名が負傷.1510五十鈴とともに退避北上中、残燃料が90tとなり/26.1600-/27.0630沖縄中城湾に寄港しから沈没した瑞鳳乗員100名を収容.1510-/28.1300奄美大島薩川湾に寄港したかね丸から給油/29.2100呉入港後入渠整備/10出渠/11出港後内海西部で訓練/18-21呉寄港後第41駆逐隊(冬月涼月)とともに空母隼鷹を護送/26-7馬公寄港/29南西方面部隊警戒部隊に部署、水雷長杉岡新平大尉/30-12/1マニラ寄港/3-6.0040馬公寄港後戦艦榛名等ととともに北上中/9.0100アメリカ潜水艦(SS400)シー・デヴィルの発射した魚雷を受けて隼鷹が損傷.0200五島列島女島灯台付近(31゚57'N/129゚01'E)でアメリカ潜水艦(SS390)プレイスor(400)シー・デヴィルの発射した魚雷1本を艦首に受けて損傷し乗員4名が死亡後三菱重工長崎造船所で入渠修理

45.3/9長崎出港/10内海西部到着後訓練/15第31戦隊は第2艦隊に編入され第1遊撃部隊対潜掃討部隊に部署/19アメリカ任務部隊の呉空襲により対空戦闘/26-8呉寄港4/5第31戦隊は第1遊撃部隊前路掃討隊に部署/6.1530徳山沖出港後駆逐艦花月等とともに戦艦大和等からなる海上特攻隊の前路掃討に従事.1620大和等と分離し第31戦隊は第1遊撃部隊待機部隊に部署/20第31戦隊は連合艦隊付属に編入/26-30呉寄港後内海西部で待機5/20第31戦隊は海上挺身部隊に部署6/6-10呉寄港後内海西部で待機/11-26呉寄港後内海西部で待機8/15敗戦時、屋代島日見海岸で残存10/5除籍12/1特別輸送艦に指定され復員輸送に従事後特別保管艦

47.8/14シンガポールでイギリスに賠償艦として譲渡47解体.

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警備船>警備艦>護衛艦まき

フローミング/ミルウォーキー造船所で1944.9/1竣工45-9ソ連に貸与されEK1級護衛艦(11/28)EK11と改名後横須賀で保管されていたアメリカ、アシュヴィル/タコマ級哨戒フリゲート(55/98+4+8、PF55)バス

53.12/23日本に貸与され海上警備隊くす級警備船(18/18、PF18)まきBと改名し姉妹船(PF15)けやき等と横須賀地方隊隷下に第3船隊を新編

54.4/10第3船隊第2船隊群に編入7/1海上自衛隊の発足により警備艦となり第2船隊群第3船隊は新編された自衛艦隊隷下の第2護衛隊群第3護衛隊に改編

57.9/1(PF298)

60.10/1護衛艦12/1第3護衛隊第3護衛隊群を新編し舞鶴に配備

61.9/1第3護衛隊群護衛艦隊に編入

62.8/28供与

64.3/15呉地方隊に編入

66.3/31練習船(YTE09)

69.3/31除籍

71.7/12返還12/13売却解体.


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Last up-dated, 24 Jan. 2017.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Maki.

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