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Sazanami.  漣.さざなみ.

[海象]小波.

1-5m程度の微風等により水面に細かく小さな波が立つこと.

「さざなみの」は大津、志賀、比良近江等、琵琶湖南西岸の地名にかかる枕詞で「さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらかな」は「千載集」に読み人知らずとして収められているが、実際は一ノ谷の戦いで戦死した平忠度の作で、師である藤原俊成が名を隠して載せたものだと「平家物語」にある.

ripples.

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水雷艇>軍艦>駆逐艦漣>雑役船漣丸IJN torpedo boat destroyer Sazanami.

日本@ 雷級水雷艇(4/6)

IJN Ikadzuchi class destroyer. Illustrated by SUDO.

第1期海軍拡張計画による1896計画第6号水雷艇駆逐艇としてA・ヤーロー/スコッツタウン(グラスゴー)造船所で97.6起工98.3/16水雷艇漣と命名99.2/14回航委員竹内次郎(兵14)少佐7/8進水8/28竣工

1900.3/24佐世保到着6/22軍艦(駆逐艦)漣、艦長竹内次郎少佐

02.12/3艦長井出謙治(兵16)少佐

03.2/3艦長近藤常松(兵15)少佐

04-5日露戦争に従軍し旅順攻略作戦、黄海海戦に参加

05.5/28日本海海戦に参加中、駆逐艦陽炎とともにロシア第2太平洋艦隊司令長官ロジェストウェンスキー中将の座乗するロシア駆逐艦ベドーヴイを捕獲12/12駆逐艦漣となり駆逐艦東雲等と第10駆逐隊を新編、(06.1/25兼)艦長相羽恒三(兵20)少

06.3/14(-4/1兼)艦長平岡善之丞(兵26)大尉7/12艦長角田貫三(兵26)大尉が艦長を兼務

07.1/12艦長山崎矩一(兵27)大尉9/12艦長三浦英晃(兵27)大尉が艦長を兼務10/22艦長阿部真一郎(兵26)大尉

08.1/15薄雲艦長山口毅一(兵27)大尉が艦長を兼任/16(4/20-9/25兼)艦長阿部真一郎大尉11/20(12/23-09.2/1兼東雲)艦長酒井重之助(兵29)大尉

09.12/1艦長水木宇一(兵30)大尉

11.5/23艦長上原太一(兵31)大尉

12.8/28三等駆逐艦12/20艦長杉浦正雄(兵30)大尉

13.4/1除籍

14WW1に従軍し青島攻略作戦に参加8/23雑役船(掃海船>標的船)漣丸

16.8/29千葉県館山沖で実艦標的として使用10/18廃船

17.1/9売却.

IJN Ikadzuchi class destroyer Sazanami at Yokosuka.

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駆逐艦漣IJN destroyer Sazanami.

日本A 吹雪級(II型)駆逐艦(9/24)

IJN Fubuki II class destroyer. Illustrated by Iyapopo.

1927計画特型(一等)第53号駆逐艦29.9/20駆逐艦漣と命名され艦艇建造費により舞鶴要港部工作部で30.2/21起工31.6/6進水し艤装員事務所を設置12/1艤装員長稲垣義穐(兵40)少佐32.5/19稲垣少佐の指揮下に竣工し横須賀鎮守府練習駆逐艦となり姉妹艦狭霧第10駆逐隊を編制(11/30竣工した姉妹艦を編入)

11/15艦長佐藤慶蔵(兵38)中佐

33.9/30艦長崎山釈夫(兵42)少佐11/15第10駆逐隊(狭霧)は軽巡洋艦那珂等と第2艦隊隷下に第2水雷戦隊を編制、航海長小滝久雄(兵50)大尉

34.11水雷長華頂博信(兵53)大尉

35.11/15第10駆逐隊は横須賀警備戦隊に編入、兼艦長小田為清(兵43)中佐

36.12/1艦長宮坂義登(兵47)中佐

37.7/18日中戦争の勃発により/28第10駆逐隊は軽巡洋艦木曽等と第2艦隊隷下に第4水雷戦隊を再編9/5第4水雷戦隊第3艦隊に編入10/20第3艦隊第4艦隊とともに支那方面艦隊を新編し上海、杭州湾上陸作戦に参加12/1第10駆逐隊は軽巡洋艦木曽等と支那方面艦隊第3艦隊隷下に第4水雷戦隊を編制、(-38.6/25)艦長小山猛男(兵46)中佐

38.4/19第4水雷戦隊の解隊により第10駆逐隊は横須賀鎮守府部隊に編入され第3予備駆逐艦9/10艦長川島良雄(兵48)少佐が艦長を兼任12/15第2予備駆逐艦、艦長天谷嘉重(兵47)中佐

39.3/15練習駆逐艦11/1艦長井上良雄(兵48)中佐/15第10駆逐隊の解隊により横須賀鎮守府部隊に編入され第3予備駆逐艦

40.4/15姉妹艦からなる第7駆逐隊に編入、砲術長が立川秀雄(兵57)大尉から航海長大川秀四郎(兵64)中尉(41.5/15大尉)に交代、11/1艦長角田千代吉(兵52)少佐/15第7駆逐隊()は軽巡洋艦阿武隈等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制、航海長小泉申平中尉

41.1-3フランス領インド=シナ威力顕示作戦に参加1/22第7駆逐隊司令駆逐艦をに継承3/2-8司令駆逐艦をから一時継承4/10水雷長が水谷秀澄(兵62)大尉から荻原学大尉に交代7/18第7駆逐隊()は第1航空艦隊第1航空戦隊に編入/19第1航空艦隊司令長官南雲忠一(兵36)中将の旗艦を加賀から継承/31第1航空艦隊旗艦を赤城に継承9/1空母翔鶴等と第1航空艦隊隷下に第5航空戦隊を新編/10艦長上井宏(兵51)少佐、機関長が鈴木文夫機関少佐から萩原友行機関大尉に交代、航海長外山三郎(兵66)中尉/15水雷長鈴木慶二特務中尉/24第1航空戦隊第7駆逐隊に編入10/15航海長安藤文彦中尉/23-11/2第7駆逐隊司令駆逐艦をから一時継承/5第1航空戦隊は機動部隊に部署/21第7駆逐隊第1小隊()は機動部隊ミッドウェー破壊隊に部署されとともに佐伯出港/22-6横須賀寄港/26-8館山寄港後特務艦尻矢から2度給油訓練を実施12/2伊豆大島近海で尻矢と合同/8.1831-1925ミッドウェー島から約3kmの距離まで接近しとともに砲弾193発を発射し格納庫、燃料タンクを炎上させた後に退避後尻矢から給油/21-3佐伯/23-4柱島/24-8呉寄港後土佐湾沖で対潜哨戒に従事

42.1/1第7駆逐隊は機動部隊第2空襲部隊に部署/6呉入港/7第7駆逐隊は南方部隊航空部隊に部署/12第7駆逐隊柱島出港後第2航空戦隊(空母蒼龍飛龍)を護衛/17パラオ入港、第7駆逐隊は南方部隊航空部隊母艦航空部隊に部署/21出港/23-4第2航空戦隊アンボン空襲を支援/26-8ダバオ寄港後重巡洋艦那智羽黒を護衛/28パラオ入港/30第7駆逐隊は南方部隊蘭印部隊東方攻略部隊第2護衛隊に部署2/1第7駆逐隊第1小隊()はパラオ出港/4アンボン入港後掃海作業に従事/10第7駆逐隊第1小隊()は南方部隊機動部隊に部署/12第7駆逐隊第1小隊()は南方部隊蘭印部隊東方攻略部隊第2護衛隊に復帰/18出港後第7駆逐隊第1小隊()は第2梯団を護送してティモール攻略作戦を支援/20.0100デリー沖に到着後警戒、上位陸支援に従事/24第7駆逐隊第1小隊()は南方部隊蘭印部隊東方攻略部隊支援隊に部署.0830出港後第7駆逐隊第1小隊()はマカッサル入港.1900出港後重巡洋艦那智等からなる第5戦隊と合流し船団を護衛支援/27.1730第2水雷戦隊の指揮下に編入後スラバヤ沖海戦に参加し砲弾1発を受けて小破/28.0800第7駆逐隊第1小隊()は部隊と分離/28-3/1補給のためパンジェルマシン寄港後蘭印部隊主隊と合流/2.0549ジャワ、パウエマン島西方73nmで浮上中のアメリカ潜水艦(SS176)パーチを発見しとともに攻撃(損傷後自沈)/5マカッサル入港/10第7駆逐隊第1小隊()は主力部隊に復帰/12第7駆逐隊第1小隊()はバリBali出港後船団護衛/13-4マカッサル/19-20高雄寄港/24横須賀帰投/25機関長堀江文彦機関大尉/26-4/3入渠/10第7駆逐隊は軽巡洋艦長良等と第1航空艦隊隷下に第10戦隊を新編し南洋部隊主隊に部署/17整備完了/18第7駆逐隊は前進部隊本隊に部署.1700空母(CV8)ホーネット等によるドゥーリトル空襲により横須賀出港後第4戦隊とともにアメリカ機動部隊を追跡/20単独行動中の空母祥鳳の捜索に従事後南洋部隊主隊に復帰/22横須賀入港/23第7駆逐隊第2小隊()は南洋部隊MO部隊に部署/24出港後祥鳳を護衛/29-30トラック寄港後ポート・モレスビー攻略作戦に従事中5/3ツラギ上陸を支援/5ショートランド寄港/8祥鳳がアメリカ空母(CV2)レキシントン、(5)ヨークタウン搭載機の攻撃を受けて沈没し乗員131or203名を救出(珊瑚海海戦)/9-10ショートランド寄港/11第7駆逐隊機動部隊に部署/13艦隊から分離後第7駆逐隊は空母瑞鶴を護衛/15.0650-/16トラック寄港/17分離/19横須賀入港/20第7駆逐隊は北方部隊第2機動部隊に部署されアッツ攻略作戦に参加/21航海長石川誠三(兵68)中尉/24出港/25-6大湊寄港後第7駆逐隊は第4航空戦隊を護衛6/3.2300ダッチハーバーの南西180nmで空襲を支援/5.1526ミッドウェー海戦により南下/6AL作戦延期/17第2機動部隊第1空襲部隊に部署/24-8大湊寄港後とともにアリューシャン海域で警戒任務に従事7/7とともに機動部隊に復帰/14第7駆逐隊は連合艦隊付属に編入され付属部隊に部署/20艦長管明次(兵56)少佐/25内海西部出港後とともに特設空母八幡丸(8/31空母雲鷹と改名)を護送/26横須賀入港、砲術長が安藤文彦(兵67)中尉から冨田正止(兵65)中尉に交代/29出港8/2-4サイパン/9-10ウルシー寄港/10航海長河野健雄予備中尉/13呉入港/14第7駆逐隊は主隊に部署/16-7柱島寄港後第7駆逐隊は戦艦大和春日丸を護送中/28トラック沖で大和を雷撃したアメリカ潜水艦(SS229)フライングフィッシュとともに爆雷攻撃により撃破/29-9/3トラック入港/3とともに南東方面部隊外南洋部隊奇襲隊に編入/5-12ショートランド寄港.2105ルンガ泊地を捜索/13-4駆逐艦涼風等ととともにガダルカナルを砲撃支援/15とともにショートランド入港、とともに外南洋部隊増援部隊に部署/17出港後駆逐艦天霧とともにガダルカナル島カミンボに揚搭/18-20等とともにカミンボに揚搭/21-6ショートランド寄港後空母大鷹とともにカビエン沖に進出/26とともに付属部隊に部署/28被雷損傷した大鷹を護衛してとともにトラック入港/30機関長本田仁一機関大尉10/4大鷹を護送してトラック出港後大鷹の損傷により/9再出港/14-28呉に寄港し整備後大鷹を護送して/29-11/1横須賀寄港/6トラック入港、水雷長岩重直中尉/7出港/9カビエン沖/16-9横須賀寄港後大鷹を護衛/25-6トラック/28カビエン沖12/5-15横須賀寄港後大鷹を護衛/21-2トラック寄港/24カビエン沖/31横須賀入港

43.2/1第7駆逐隊()は横須賀出港後大鷹雲鷹を護衛して/7-11トラック/17横須賀帰投/18機関長牧之内顕三機関大尉/24出港後第7駆逐隊()は大鷹雲鷹を護衛して3/2-6トラック/12-4/4横須賀寄港後空母大鷹冲鷹を護送/10トラック入港/11トラック環礁春島の220゚で触衝事故により右舷推進翼、軸を損傷し24kntに速力が低下/16寄出港/21-3横須賀/24呉入港5/7-6/10入渠整備/12出港/14-6第7駆逐隊()は横須賀寄港後雲鷹等を護送/21-8トラック7/2-3横須賀/5-15佐世保寄港後大鷹を護送/16内海西部回航/18徳山出港後駆逐艦大波とともに日朗丸等2隻からなる船団と合流/19内海西部出港/20船団から分離/22横須賀入港/28第7駆逐隊は主隊に部署/31出港後とともに雲鷹を護送8/5トラック入港、南東方面部隊外南洋部隊に部署後ラバウルに回航、外南洋部隊増援部隊野戦部隊に部署/17.0300第3水雷戦隊司令官伊集院松治(兵43)大佐の旗艦を軽巡洋艦川内から継承してラバウル出港後ヴェラ・ラヴェラVella Lavella島奪還の目的で同島ホラニウに向かう兵員を乗せた大発隊の警戒隊として第17駆逐隊(浜風磯風)、時雨を率いて南下中.2330アメリカ駆逐艦(DD449)ニコラス等4隻と遭遇、交戦(第1次ヴェラ・ラヴェラ沖海戦).2340離脱/18.1330ラバウル入港、第3水雷戦隊旗艦を川内に継承/22外南洋部隊増援部隊陽動隊に部署/24.0200出港.1730輸送隊を分離後ショートランド南方を遊弋/26.1200-/27ラバウル寄港後川内とともに呉第7特別陸戦隊を/28ブインに揚陸/29-30ラバウル寄港/30付属部隊に部署/31-9/3トラック寄港後軽巡洋艦那珂等と日枝丸等を護送/4分離/5-6トラック寄港後とともに雲鷹を護送/11豊後水道で雲鷹と分離/12-23横須賀寄港後東京湾で待機/24出港後被雷した大鷹の救援に急行/25-10/4横須賀寄港後駆逐艦島風とともに冲鷹を護衛/10-17トラック寄港/20横須賀入港/25砲術長原田読男(兵67)中尉(11/1大尉)/27出港後とともに冲鷹を護衛/31-11/5トラック寄港/10-6横須賀寄港後とともに冲鷹を護衛/21-30トラック寄港後瑞鳳冲鷹を護送中12/3被雷沈没した冲鷹の運用長以下乗員30名を救出/5-12横須賀寄港後とともに瑞鳳を護送/17-22トラック寄港/24-6ラバウル寄港後ブカ島輸送/27-30ラバウル寄港後ブカ島輸送に従事/31ラバウル入港

44.1/1第7駆逐隊は北東方面艦隊第5艦隊第1水雷戦隊に編入/10艦長に橋本正雄(兵56)少佐を発令(着任せず/22白雲艦長)/12とともにラバウル出港後カ号作戦に参加船団護衛任務従事のため集結海域に移動中/14.1200頃、パラオの北方(05゚30'N/141゚34'E)orウオレアイ島南西約350km(05゚15'N/141゚45'E)でアメリカ潜水艦(SS218)アルバコアの発射した魚雷2本を受けて3分間で沈没し艦長、原田砲術長以下153名が死亡、生存者89名はが救出3/10除籍され第7駆逐隊より除去.

IJN Fubuki II class destroyer Sazanami.

艦長たちの軍艦史」には1942.10/20堀江弘(兵59)少佐43.10/25堀之内芳郎(兵62)少佐が艦長となったという記述があるが、の誤謬である.

信号符字JZZA.

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巡視艇さざなみ

旧日本海軍木造内火ランチが

1948.9/20海上保安庁に移管されさざなみ級巡視艇(1/3、CS23)さざなみ(1)と改名し広島海上保安本部尾道海上保安署に配属

50.2/1尾道で解役?6/1第6管区海上保安部尾道海上保安部に昇格

54.5/1(CS112)

67.10/27呉海上保安部で解役.

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海上保安庁 さざなみ級巡視艇

同型艇(3/1948-9移管)

CS23>112 さざなみ.42>121 あきざくら.43 こざくら.

旧日本海軍12m型内火ランチの後身.

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護衛艦さざなみ

海上自衛隊B たかなみ級護衛艦(4/5)DD113

JMSDF Takanami class escort. Illustrated by zono.

2000計画4600t型護衛艦2242号艦として三菱重工長崎造船所で02.4/4起工03.8/29進水05.2/16大塚嘉徳2佐の指揮下に竣工し練習艦(TV3516)となった護衛艦(DD151)あさぎりと交代して第4護衛隊群第8護衛隊に編入され呉に配備

06.4/3艦長高森安生2佐6/27第8護衛隊司令杉原耕二1佐の指揮下にテロ対策特別措置法により補給艦(AOE425)ましゅうを護衛してインド洋に派遣(第16次)11/29任務終了しましゅうとともに帰国12/21呉帰投

08.3/26艦長溝江和彦2佐(09.7/1、1佐)/27ミサイル護衛艦(DG174)きりしま等と第4護衛隊群隷下に第8護衛隊を再編し呉に配備6/19呉出港/24-8第4護衛隊群司令徳丸伸一海将補の指揮下に中国駆逐艦(167)深(土+川)訪日の答礼として広東省湛江を訪問(中国を訪問した最初の護衛艦)後湛江沖で深(土+川)と親善訓練を実施

09.3/14ソマリア沖海賊対策の目的で第8護衛隊司令五島浩司1佐の指揮下に護衛艦(DD106)さみだれとともに呉出港/30サラーラ(オマーン)沖に到着後予定より約3週間早く護衛任務を開始4/4シンガポール船籍のタンカー、オーシャン・アンバーからの救援要請により不審船4隻から保護8/16呉帰投9/13-7東京/21-4呉に寄港したオーストラリア補給艦(AOR30)サクセス、フリゲート(FFH155)バララットと護衛艦(DD105)いなづま等とともに交歓

10.3/25艦長中村正三2佐

11.3/15第8次派遣海賊対処行動水上部隊として第8護衛隊司令山本喜清1佐の指揮下に護衛艦(DD105)いなづまとともに呉出港後ソマリアアデン湾に派遣4/7ジブチに到着し護衛艦(DD104)きりさめ、(103)ゆうだちからなる第7次派遣海賊対処行動水上部隊と任務を交代/9-7/15護衛任務を28回実施8/11呉帰投

12.3/26艦長小出渚2佐

13.8/1艦長林泰弘2佐11/13第4護衛隊司令田尻裕昭1佐の指揮下に第17次派遣海賊対処行動水上部隊として護衛艦(DD106)さみだれとともに呉出港後後ソマリアアデン湾に派遣され第151合同任務部隊に初めて参加

14.3/12竣工し第8護衛隊に編入された護衛艦(DD117)すずつきと交代して護衛艦隊第12護衛隊に編入された護衛艦(DD158)うみぎりの代艦として第4護衛隊群第4護衛隊に編入され呉に配備5/17呉帰投

15在籍.

JMSDF Takanami class escort (DD113) Sazanami.

JMSDF.


Since 15 Aug. 2002.

Last up-dated, 9 Jan. 2015.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Sazanami.

Ver.1.15a.

Copyright (c) hush ,2001-15. Allrights Reserved.

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