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Sovetsky Soyuz.

Советский Союэ.

ソヴィエツキー・ソユーズ.

[地名]ソヴィエト連邦.

1917十月革命によるロシア帝国の解体によりロシア、ウクライナ、白ロシア、ザカフカーズにソ連政権が成立しレーニンが人民委員会議長に就任22.4スターリンが共産党書記長に就任.12ロシア社会主義共和国連邦の樹立を宣言25トルクメン(トルクメニスタン)、ウズベク(ウズベキスタン)29タジク(タジキスタン)共和国が連邦に加入36ザカフカーズが3分裂してできたアルメニア、アゼルバイジャン、グルジア共和国とカザフ(カザフスタン)、キルギス(キルギスタン)共和国が連邦に加入.12スターリン憲法発布40カレロ・フィン、モルダヴィア共和国が連邦に加入.8バルト3国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)を連邦に編入45.8対日宣戦布告49.1コメコン(経済相互援助会議)成立53.9フルシチョフが共産党第1書記に就任55.5ワルシャワ条約機構発足56カレロ・フィンを自治共和国に変更64.10フルシチョフが解任されブレジネフが共産党第1書記に就任66.1フルシチョフが書記長に就任68.8チェコに進攻77.6ブレジネフ憲法発布82.11ブレジネフの死去によりアンドロポフが後任に就任84.2チェルネンコ就任85.3ゴルバチョフ就任88.10ゴルバチョフ書記長が最高幹部会議長を兼任89.5新設された最高会議議長にゴルバチョフが就任90.2共産党中央委員会が一党独裁の廃止を採択3/15ゴルバチョフ大統領に選出91.5ロシア大統領選挙でエリツィンが当選.8バルト3国の再独立により連邦より脱退、ソ連共産党解散12/26ロシア共和国連邦が崩壊し同連邦の構成国中、グルジア、モルドヴァを除く10ヶ国でCIS(独立国家共同体)を結成92.10アゼルバイジャンが一時脱退94.3グルジアが共同体に加盟.

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ソ連 ソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦

59150s65150nt

271.0oax38.9x9.3-10.2m

TEx3/3 ボイラーx8 231000shp 28knt

406/50mmIIIx3=9 152mmIIx6=12 100mmAAIIx4=8 37mmMGIVx8=32 12.7mmMGIVx2=8

航空機x4(カタパルトx1)

水線425甲板150-222砲塔(前楯)495mm

乗員1292

同型艦(--/+3+1)

(ソヴィエツキー・ソユーズ[exレーニン]).(ソヴィエツカヤ・ウクライナ>ネ・ツロン・メニヤ).(ソヴィエツカヤ・ベロルシア).(ソヴィエツカヤ・ロシア).

ソ連初の新造戦艦として1938第3次5ケ年計画により38-9起工されたがドイツ軍の侵攻により資材を陸軍に回すため40.10全艦建造中止.

プリエーゼ式水中防御方式(衝撃吸収用円筒構造)を採用.

 革命後、新生ソ連海軍に残っていた戦艦は実質3隻だけであったため1934頃からアメリカ国内での建造を考えていた時期もあったが36.5成立した23号計画によって、戦艦15隻、重巡洋艦15隻を中心とする艦隊を46までに国内で建造することになった.

この計画に基づき、イタリア、アンサルド社より設計案を提示され、37には対日戦備用としてアメリカ政府に対して主砲、装甲、機関等についての技術援助の約束を取り付けて、実際にギブス&コックス社との話し合いに入ったが、457mm砲搭載、62000tの戦艦をという要求にはアメリカ政府も承諾せず、交渉は打ち切りになった上に36年から翌年にかけてのスターリンの大粛清により新艦の設計は影響を受け、完了は37.10であった.

1938第3次5カ年計画として、ようやく建艦が認められたが、その中心となったのがソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦とクロンシュタット級巡洋戦艦(重巡洋艦と呼称)で7/15、1番艦ソヴィエツキー・ソユーズがレニングラードのオルジョニキーゼ工廠で、11/28、2番艦ソヴィエツカヤ・ウクライナがニコラエフのマルティ南工廠で、3番艦ソヴィエツカヤ・ベロルシアがモロトフスクの第402工廠で起工され、4番艦ソヴィエツカヤ・ロシアも39に第402工廠(後にマルティ南工廠に変更)で起工の予定であった.

 基準排水量59150t、満載排水量65150t、全長260m(271m説もあり)、全幅38.9m、吃水9.3m、大和級戦艦より基準排水量で約3000t、アイオワ級戦艦より全長で2m小さいだけの巨艦で、主砲は406/50mm3連装砲塔3基9門を、アメリカの406mm砲搭載艦と同様に前後に振り分けていたが、長船首楼船体、2重式測距儀、上部構造物等はイタリア式であった.

これは駆逐艦タシュケント、キーロフ級重巡洋艦で培ったものであったが、先のアンサルド社の設計案の影響が大きいものと思われ、特にイタリアのプリエーゼUmberto Pugliese造船中将の考え出した多重円筒型水中防御方式は、同国のヴィットリオ・ヴェネト級戦艦にも採用された最新の技術によるものであった.

 装甲は水線420-375砲塔425甲板155mm、水線長の57%が防御されると言う強力なもので、150/50mm砲連装の6基の副砲はともかく、100/56mm高角砲連装4基8門、37/67mm機関砲4連装8基32門、l2.7mm機銃4連装2基8門と、強力な対空兵装を有していた.

スイスのBBC社に発注されたタービンは、発電機を介するタービン・エレクトリック方式で、201000hp、3軸のスクリューにより28kntが発揮可能とされたが、このタービン・エレクトリック推進は、日本の加賀級、天城級でも検討されたようだが、実際に大型戦闘艦艇に採用したのはアメリカ海軍のみであり、それも27年に竣工したレキシントン級空母で途絶えており、この時期に、この方式を採用した真意は不明だが、大出力歯車減速式タービンの調達ができなかった、航続力の延伸をはかった(ただし、巡航時のみ)、タービンとボイラーの配置が自由にできることを利用して防御力の向上をはかった等の理由が考えられる.

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ソ連○ ソヴィエツキー・ソユーズ級戦艦(1/3+1)

SSSR Sovetsky Soyuz class battleship.Illustrated by 巣田@うぐぅ.

1938第3次5ケ年計画による23型戦艦としてバルチック艦隊用にオルジョニキーゼ/レニングラード工廠で41進水の予定で38.8/28起工

40.10建造中止49解体.

予定艦名レーニン.

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ブローム+フォッス/ハンブルク造船所で1923竣工35ハンザと改名45戦没したドイツ、ハンブルグ・アメリカ・ライン客船アルベルト・バリン

49-50ソ連が浮揚

55ソ連最大の客船ソヴィエツキー・ソユーズとして再就航

81解体.

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ソ連>ロシア アルクティカ級原子力砕氷船(2/5)

10521-2型原子力砕氷船として1990竣工.


Since 28 Nov. 2006.

Last up-dated 10 Sep. 2013.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Sovetsky Soyuz.

Ver.1.13a.

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