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Ume.  梅.うめ.

駆逐艦@ 梅丸(大阪商船) うめ丸 駆逐艦A 警備船>護衛艦うめB 

2016年2月21日奈良市月ヶ瀬梅渓にて.

At the Nara park, 13 Feb. 2005, Yakushiji 5 Feb 2011 & Suzuka, 27 Feb. 2011.

2007年3月6日三重県津市結城Yuki神社にて.

2016年2月21日奈良市月ヶ瀬梅渓にて.

[植物]ウメPrunus mume.

バラ目Rosalesバラ科Rosaceaeサクラ亜科Prunoideaeサクラ属Prunusスモモ亜属Armeniacaの落葉高木.

中国中央部原産で、日本には奈良時代以前に渡来し和名も中国音のマイに由来するといわれる.

雪の残る中でも咲くことからとともに四君子と呼ばれて尊ばれ、冬の画材として文人画等に描かれた.

学名はシーボルトの命名によるもので、属名はスモモを意味する古ラテン語、小種名はウメの古語「ムメ」に由来する.

2023年2月28日三重県津市白山町二本木にて2024年2月25日滋賀県草津市立水生植物公園みずの森にて.

「古事記」、「日本書紀」、「風土記」等には記載がなく751成立した「懐風藻Kaifuusou」に収録された葛野王の五言律詩「春日翫鶯梅」が本邦の初出ではあるが730大宰府で大伴旅人が梅の宴を開いた時の和歌が「梅花三十二首詠」として「万葉集」巻5に収められている.

これらの作風は中国の模倣とするのが通説であるが、「万葉集」でのウメの出現回数は118回でハギに次いで第2位であり、同集で「」と言えばサクラではなくウメ、特に白梅を指し、右近のも右近のだった時代があるように広く親しまれるものとなった.

なお1945空襲に消失した皇居宮殿が68再建された際、左近の桜右近の橘も採用されず、正殿前の中庭南西隅に白梅、北東隅に紅梅が植えられており、園路以外は那智産の白砂利が敷き詰められている.

「百人一首」には紀貫之Kino Tsurayuki、868?-945?の和歌「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほいける」(「古今集・春」42→ハツセ)が収められているが、この歌のみが梅の花を詠んだもので、以外の花を詠んだものは他にが1首あるのみである.

At the Nara park, 15 Mar. 2008 .

日本ではウメに対してはウグイス(鶯)を配して早春を彩る花の象徴として捉えることが多いが(実際には花期のウメに飛来する鳥は、食虫性のウグイスよりも上記の写真のように花の蜜を好むメジロの方が多い)、中国では雪を配するように、またを「歳寒の三友」と呼んだように、厳寒に耐え、やがて来る春の予兆として捉えられていた.

2020年2月15日、2021年2月21日、三重県津市戸木町かざはやの里にて.

このように他の花に先んじて早春に咲くために、前年7月頃に花芽を作って冬眠させるということを行ってるが、同様のシステムを持つサクラと違って冬眠中も花芽は緩やかに生育しており、この時期に寒気が強い場合、開花が遅れる場合もあり、このため、東北、北海道等ではサクラと同時期の5月に開花するが、時としてサクラより遅れる場合もある.

1929中華民国国民政府は法令によりウメをもって国花とすると定めたが、当時、同国にとって大変な時代であったことから、それまで国花的な存在であったデカダンスなボタンを避けたものといわれる.

なお日本の国花はサクラまたはキクとされるが、これは法律で定められたものではない.

インドはケシ、エジプトはスイレン、ギリシャはオリーヴフィンランドスズランフランスアイリス、メキシコはサボテン、ダリアロシアヒマワリを、オランダ、ベルギー、トルコ、ハンガリー、アフガニスタンはチューリップを国花とするが、アメリカは州花はあっても、国花はない.

梅林.

2021年2月21日、三重県津市戸木町かざはやの里にて2023年3月4日、24年3月3日三重県いなべ市いなべ市農業公園にて.

枝垂れ.

2022年3月12日三重県津市偕楽公園にて.

コウバイ.シラウメ.トビウメ.ハツウメ.ハヤウメ.

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駆逐艦梅

日本@ 樺級駆逐艦(5/10)

IJN Kaba class destroyer. Illustrated by SUDO.

1914計画二等駆逐艦

9/12駆逐艦梅と命名11/11姉妹艦と同時に川崎重工業神戸造船所で起工

15.2/1艦政本部艤装員(3/1兼艦長)平山栄(兵31)少佐3/1(造船監督官兼艦政本部艤装員>)兼乗員福田剛太郎(機11)機関少佐、(>艦政本部艤装員)兼乗員片桐昌(兵34)大尉/31姉妹艦等と同時に平山艦長の指揮下に竣工し佐世保鎮守府籍、乗員大崎義雄(兵35)大尉

4/20兼乗員(-5/1)田中肥後太郎(12cg)中軍医5/1等と第10駆逐隊を新編12/13第10駆逐隊第2水雷戦隊に編入、乗員園田滋(兵37)中尉転任

16.12/1第10駆逐隊第6戦隊に編入

17.2/7巡洋艦明石等と第2特務艦隊を新編3/11シンガポール出港4/4-8ポートサイド寄港後姉妹艦とともにイギリス船サクソンをアレクサンドリアに護送(日本海軍が地中海で行った最初の護送任務)後地中海で船団護衛に従事9/1艦長田村重彦(兵32)少佐

18帰還4/1第10駆逐隊第22駆逐隊と改称11/1艦長池田武義(兵32)少佐/12艦長田村重彦(兵32)少佐

19.9/13第22駆逐隊司令兼艦長中山友次郎(兵29)中佐12/1艦長吉田健介(兵33)少佐、乗員安藤亀治郎(兵39)大尉

20.9/3(11/20兼)艦長生島賢二(兵32)少佐11/30乗員石黒広助(兵40)大尉転任12/1艦長松川晃(兵34)少佐

21.7/26艦長心得有馬直(兵36)大尉(12/1少佐、艦長)

22.3/20艦長山下深志(兵36)少佐

23.12/1乗員藤田俊造(兵42)大尉>森玉賀四(兵45)大尉

24.12/1艦長板垣盛(兵39)大尉、乗員石原繁(兵46)大尉

25.11/15横須賀鎮守府への転籍により第22駆逐隊第6駆逐隊と改称12/1兼艦長難波正(兵37)少佐

26.4/20艦長柴田力(兵39)少佐、乗員続木禎弌(兵46)大尉12/1乗員山田鉄夫(兵49)大尉

27.11/15艦長田原吉興(兵43)大尉(12/1少佐)

28.4/1第6駆逐隊()は空母赤城等と連合艦隊隷下に第1航空戦隊を新編12/10第1航空戦隊解隊、乗員岡林子郎(兵49)大尉、菅間良吉(兵50)中尉転任

29.11/30艦長八木九五(兵42)少佐

30.11/1兼艦長(-31.4/1)市坪正雄(兵45)大尉

31.4/1兼乗員岡部狂夫(機32)機関大尉

32.4/1第6駆逐隊の解隊により除籍.

IJN Kaba class destroyer Ume.

「官報」に1925.6/29艦長境澄信(兵37)少佐とあるのは誤り.

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梅丸

大阪商船貨物船(大阪)

大阪鉄工所桜島工場で1932.2進水3/31竣工

35.12/2姉妹船松丸とともに宇和島運輸(宇和島)に売却

42.12/24博洋丸等とともに小型船舶による隠密輸送作戦に従事中、マーカス島(24゚00'N/155゚00'E)orニュー・ギニア、フィッシュハーフェン付近で空襲に遭遇し炎上沈没.

416(442)T pp44.20x7.92x(4.27)m Dx1/1 768bhp 12.7(9.5)knt.

船舶番号37487.

信号符字VNCP>JUGH.

海上トラックと呼称された松丸菊丸桐丸からなる梅丸級小型貨物船4隻の第1船.

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うめ丸

川崎造船で1919.8/1竣工20国際汽船に売却33.1/30栃木汽船に売却された川崎造船船舶部貨物船坡土西丸

2/3うめ丸と改名

WW2中に陸軍が徴用

43.10/31.0600でらごあ丸等とオ112船団を編成し佐伯出港後パラオへ航行中11/1or2(戦時船舶).0405小笠原諸島鳥島南西300km(28゚40'N/135゚25'E)でアメリカ潜水艦(SS304)シーホース、(237)トリガーから発射された魚雷が右舷第3船倉に命中、船橋後方より出火後約40分間で浸水により船尾から沈没し便乗者36船砲隊25船員24名が死亡.

5859T pp117.35x15.54x(10.97)m R(3連成)x1/1 3579hp 13.6(10)knt.

船舶番号25477.

信号符字JPND.

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駆逐艦梅

日本A 松級駆逐艦(3/18+14+9+33)

IJN Matsu class destroyer.Illustrated by Iyapopo.

1944戦時建造補充(改D)追加計画丁型一等駆逐艦5483号艦

44-5臨時軍事費により藤永田(大阪)造船所で43.12/1起工

44.1/25駆逐艦梅と命名され呉鎮守府籍と仮定

4/24進水5/3(or6/6)艤装員長大西快治(兵61)少佐、艤装員(機関長)中村音吉機関特務中尉/15艤装員(乗員)竹内孝(兵72)少尉(9/15中尉)/16艤装員事務所を設置6/3艤装員(乗員-7/15)梶間健次郎(経32)主計中尉/8艤装員(水雷長)松尾敬次(兵67)大尉、(砲術長)山崎義憲(兵70)大尉、(航海長)中島晋(予備)中尉/28竣工し横須賀鎮守府籍となり第11水雷戦隊に編入、呉回航、(-7/15)乗員広丈起朗軍医少尉

7/2呉出港後内海西部で訓練/6-10呉寄港後内海西部で訓練/15姉妹艦とともに第43駆逐隊を新編し司令菅間良吉(兵50)中佐(10/15大佐)の司令駆逐艦に指定/20第43駆逐隊第11水雷戦隊に編入

8/1第43駆逐隊は機動部隊第2遊撃部隊に部署/4呉入港/20第43駆逐隊は軽巡洋艦五十鈴等と第31戦隊を新編、第43駆逐隊は対潜掃討部隊に部署

10/25佐世保出港後とともに空母海鷹龍鳳を護衛/30-

11/1基隆寄港/6-8呉寄港後H部隊警戒部隊に部署され姉妹艦とともに戦艦日向等を護衛/11-2馬公寄港後マニラへ航行中/13アメリカ第38任務部隊搭載機によるマニラ空襲により入港不能となり/14新南群島寄港/15第43駆逐隊(欠)は南西方面部隊警戒部隊に部署/15-6ブルネイ寄港後とともに内地に帰投する戦艦大和等からなる第2艦隊を護送中/21基隆沖で分離/21-4基隆寄港/26マニラ入港

12/5第31戦隊第5艦隊に編入され南西方面部隊警戒部隊に部署、第43駆逐隊(梅、)は第8次輸送部隊護衛部隊に部署.1030マニラ出港後駆潜艇第18、38号とともに第68旅団をレイテ島オルモックOrmocに輸送する赤城山丸等からなる第8次多号輸送船団を護送中、アメリカ軍のオルモック上陸の報告により揚陸地を変更/7.1000サン・イシドロ到着.1030-1250揚陸準備中に空襲に遭遇し船団を喪失し至近弾により船体を小破/8マニラに帰投中、アメリカ第38任務部隊空母搭載機のマニラ空襲によりとともに至近弾を受けて艦首部を中破/14司令駆逐艦を姉妹艦に継承して出港/16香港入港後第2工作部で入渠修理

45.1/3南西方面部隊第2遊撃部隊に部署/8警戒部隊に復帰/9着任した第43駆逐隊司令吉田正義(兵50)大佐の司令駆逐艦を継承/15香港入港後修理に従事/17香港出港/20-31高雄寄港後駆逐艦汐風を率いてルソン島北端部アパリの航空要員救出(パトリナオ輸送作戦)に従事中/31台湾南方約35kmのバシー海峡(22゚30'N/120゚00'E)でアメリカ第14航空軍(在中国)B25爆撃機6機の爆撃により前部2発と機械室に直撃弾を受けて航行不能となり山崎砲術長以下乗員80名が死亡後汐風が乗員を救出した後に汐風の砲撃により撃沈処分

3/10除籍.

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警備船>護衛艦うめ

フローミング/ミルウォーキー造船所で1944.3/24竣工45.7/13ソ連に引渡されEK1級護衛艦(8/28)EK8と改名49返還後横須賀で保管されていたアメリカ、アシュヴィル/タコマ級哨戒フリゲート(52/98+4+8、PF52)アレンタウン

53.3/30日米船舶貸借協定第3回引渡船としてアメリカ海軍横須賀艦船修理廠で整備の上、日本に貸与され海上警備隊、くす級警備船(9/18、PF9)うめBと改名

4/1第12船隊で新編された第1船隊群(吉田英三司令)に編入され旗艦

54.4/10新編された第3船隊群に編入され旗艦7/1海上自衛隊の発足とともに警備艦となり第3船隊群第1警戒隊群と改称し旗艦となり第1警戒隊群第1第2護衛隊群自衛艦隊を新編

57.5/10新編された練習隊群に編入され旗艦9/1(PF289)

58.3/24第1掃海隊群に編入

60.10/1護衛艦

62.8/28供与

65.3/31保管船(YAC14)となり呉で教育実習に使用

70.3/31除籍

71.7/12返還.


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Ume.

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