Down

 鈴鹿の戦争遺跡を訪ねて 

鈴鹿海軍工廠

(1)鈴鹿橋

(2)銘板

 鈴鹿の道は分かりにくい.

 三重県鈴鹿市には国道1号線と23号線が、市街の西と東に走っているが、両者を結ぶ幹線道路がほとんどない.

 それ以外の道は、曲がり角を間違うと、曲がりくねった道であったり、車1台分の幅しかなかったり、甚だしい場合は行き止まりになった.

 しかも、市街の東西を直線で突き抜ける中央通りの北側こそ、古い町並みだが、南は田園地帯である.

 それも、その変化は急激で、中央通りの南側、店舗の並ぶブロックの裏側は、道1本を隔てるだけである.

 したがって、田圃の側から眺めると、芝居の書割を裏側を眺めているような気分になるのである.

 もっとも、その分、自然は豊かで、アオサギ、シラサギ等のサギ類の他、小型のタカなども飛んでいて、興味深いものはある.

 ただ、生まれた所は別とすると、津と四日市と京都しか知らないから、他にもそのような町はあるのかもしれない.

 ある時、1号線と23号線を結ぶ直線道路の1つが、滑走路の跡であると知った.

 

 十数年前、三重県鈴鹿市に通うようになって思ったことである.

 鈴鹿高校の東側、南北に通じる道は旧日本海軍が造ったものである.

 南に下ると鈴鹿市共進1丁目の交差点だが、ここに鈴鹿海軍工廠の正門があった.

 道は曲がりくねるもの.

 それが、かつての日本の常識であった.

 実際、旧の東海道をたどってみると、あっちに曲がり、こっちに曲がっている.山を避け、川を避けるためである.

 しかし、平野部になっても事情は一緒である.それは、わずかな起伏を避けるためであったり、城下町としての軍事上の要請のためであったりする.

 もっとも、これまでに直線道路がこの国に造られなかったわけではない.たとえば、平城京、平安京に代表される都や条里制の道は直線である.また、都から出る幹線道路も直線であり、かつ、数十mの幅を持つ立派な道であった.しかし、そのような道は保守管理が大変である.そのため、そのような大道は徐々にすたれていき、1970年代の発掘調査まで埋もれたままであった.

 このため、その間の日本の道は、自然条件や人為的な理由から曲がりくねったものになった.その上、道幅も狭かった.一応、家康の遺訓には大海道は6間の広さでとあるが、たとえば東海道に掛かる橋の幅は、川崎=保土ヶ谷間が3間、保土ヶ谷以西は2間から2間半となっている.1間は約1.8mであるから、2間から2間半というのは3.6mから4.5mということになる.現在、3ナンバーの普通乗用車の幅は1.7m以上なので、2間だとすれ違うのがやっとということになる.しかも、鈴鹿峠のような山道ではもっと細くなる.

 したがって、大名行列がかち合うと大変なので、時期の調整を行い、先遣隊を出してどこでやり過ごすかを決めた.そして、そのための脇道が用意もされていた.

 もちろん、時代劇等に出てくるように、庶民が平伏して大名行列をなんていうことも基本的にはない.そんなことをされては、そうでなくても狭い道が余計狭くなるだけだからである.だから、脇に寄せることはしたが、平伏させることはない.ただ、将軍家、御三家等は別である.また、将軍家の荷物も同様で、広重の「東海道五十三次」で土下座しているのは、このケースであるが、最初の日本橋の絵など、魚の行商人が平気で大名行列の前を横切っている.

もっとも、

殿様は、自分の領地に入ると、遠慮なく下々の者を平伏させ、島津のように、家の中から出るなとしたところもある.

 明治時代、道路よりも優先されたのは鉄道の整備であった.それが、自動車の発達により、徐々に道路に比重が移り、1920年には道路法が施行される.目的は、軍事である.

 同法第10条は国道に関する規定であるが、そこには「東京市より神宮、府県庁所在地、師団司令部所在地、鎮守府所在地又は枢要の開港に達する路線」、「主として軍事の目的を有する路線」を主務大臣が「之を認定す」とある.

 古代の幹線道路は、唐の真似である.ただし、唐の道路は秦代に造られたものを継承したものである.秦の始皇帝が中国全土に広がる全長1万2000qに及ぶ道路網を建設したからである.そして、何か事が起きた際に、すみやかに軍を派遣できるように、直線で目的地に伸びていた.しかも、それは幅員70mという大道であった.

 古代日本の直線道路が軍事のためであったかどうかは確証はない.

 それが変わったのは戦後のことである.


Since 7 Aug. 2018.

Last up-dated, 7 Aug. 2018.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Ver.1.18a.

Copyright (c) hush ,2001-18. Allrights Reserved.

Up


動画