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Saratoga.  サラトガ.

不良中年様にリンクの記念として

1 Jan. 2004.

現在、リンクが切れておりますが、いつの日か復活されることを願っております.

US Lexington class aircraft carrier (CV3) Saratoga.

US Forestal class carrier (CVA60) Saratoga.

[歴史]サラトガの戦いBattles of Saratoga.

"Surrender of General Burgoyne" painting by John Trumbull(1822).

アメリカ独立戦争中の1777.10/17ニュー・ヨーク州東部のサラトガ近郊でバーゴインJohn Burgoyne、1772-92の率いるイギリス軍がゲイツHoratio Gates、1727-1806の率いるアメリカ軍に2度の戦闘の末に降伏した戦い.

一帯は1948.6/22サラトガ国立歴史公園に指定された.

サラトガは、現在、サラトガ・スプリングスSaratoga Springsと呼ばれるように温泉保養地で1767には知られており76頃から移住後ホテルが建設され1819町制1915市制が敷かれた.

1863開設のサラトガ競馬場Saratoga Race Courseでは翌64初代場長トラヴァーズWilliam Riggin Travers、1819-87の名を採ったトラヴァーズ・ステークスTravers Stakesが開始され現在に至っているが、これは同国最古の競馬競争であった.

地名はイロクォイ族の言葉で「急流の場所」を意味するといわれる.

なお、ニュー・ヨーク州に本拠を持つフィリップ・モーリス社が製造する長ロング・サイズの紙巻きタバコにサラトガがある.

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USS Saratoga

アメリカ 帆走スループ

1780.8/13ヤング艦長の指揮下にフィラデルフィア出港

81暴風により喪失.

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USS Saratoga

アメリカ 木造帆走コルヴェット(/)

シャンプレーン湖畔で1814竣工

米英戦争中の9/11シャンプレーン湖の戦いマクドノーの旗艦として20門ブリッグ、イーグル等軍艦3隻、ガレー2隻を率いてドーニー大佐の率いる36門フリゲート、コンフィアンス等からなるイギリス艦隊と交戦し戦闘不能となりながらコンフィアンスを撃破.

26門艦.

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USS Saratoga

ウィリアム・クランプ&ソンズ/フィラデルフィア造船所で1893.8/1竣工したアメリカ、ニュー・ヨーク級装甲巡洋艦(1/1、ACR2)ニュー・ヨーク

1911.2/16サラトガCと改名

16.2/6太平洋予備艦隊に編入17.4/23復役

12/1ロチェスターと改名20重巡洋艦(CA2)38除籍41自沈処分.

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SS Saratoga

アメリカ、ワード・ラインWard Line客船(ニュー・ヨーク)

ウィリアム・クランプ&ソンズ/フィラデルフィア造船所で1907.3進水07竣工しニュー・ヨーク=ハバナ航路に就航

10/29.0100ハバナから荒天の中を航行中にスクーナーが右舷部に衝突

17.5/23姉妹船ハバナとともに徴用6/2陸軍輸送船USAT Saratogaとなりフランスへの兵員輸送に従事

9/27海軍が購入

10/30クランプ造船所で病院船(AH4)マーシーへの改装工事に着手18.1/24竣工38除籍39売却解体.

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USS Saratoga

アメリカD レキシントン級巡洋戦艦(3/+6)CC3

1916海軍拡張計画巡洋戦艦としてニュー・ヨーク/キャムデン造船所で20.9/25起工

22.2/8ワシントン海軍軍縮条約により工程29.4%で建造中止

7/1レキシントン級空母(2/2、CV3)となり同年秋に再発注

US Lexington class aircraft carrier. Illustrated by 巣田@うぐぅ.

25.4/7ウィルバー海軍長官夫人の命名により進水33.42kntを公試で記録27.9/30艦長ヤーネル大佐11/16ヤーネル艦長の指揮下に同級中、最初に竣工

28.1/6フィラデルフィア出港後慣熟訓練に従事中/11ミッチャーの操縦する飛行機が最初の着艦に成功/27飛行船(ZR3)ロサンゼルスとの給油実験を実施後出港しパナマ運河経由で太平洋に進出2/14-6ニカラグァ、コリントに海兵隊を輸送/21サン・ペドロで戦闘艦隊に編入9/15艦長ハリガン大佐

29.1/15サン・ディエゴ出港後艦隊演習フリート・プロブレムIXに従事4/30艦長ホーン大佐

30.6/21サン・ペドロ入港9/5艦長マクロイFrank Robert McCrary(1901卒)大佐

32ハワイに進出6/1副長ダグラスArchibald Hugh Douglas(1908卒)中佐が艦長を代行7/11艦長スティールGeorge Washington Steele Jr(1900卒)大佐12/31艦長Rufus Fairchild Zogbaum Jr(1901卒)大佐

34.6/12艦長ホワイティング大佐

US Lexington class aircraft carrier (CV3) Saratoga landing planes on 6 June 1935.

35.7/6艦長ハルゼー大佐

36姉妹艦(CC1>CV2)レキシントンとともに近代化改装の予定であったが延期

37.6/9艦長タワーズ大佐

38.6/16艦長Albert Cushing "Putty" Read(1907卒)大佐

40.3/15艦長Robert Potter Molten Jr(1909卒)大佐5/28Molten艦長が艦上で死亡し副長James Marshall Shoemaker中佐が艦長を代行6/6艦長Archibald Hugh Douglas(1908卒)大佐

41.1/6ブレマートン入港後ピュージェット・サウンド/ブレマートン工廠で改修工事12/7開戦時、太平洋艦隊戦闘部隊第1航空戦隊所属としてサン・ディエゴ在泊中、日本艦隊による真珠湾攻撃により海兵隊第221飛行隊(VMF221)を搭載し第50駆逐隊駆逐艦(DD114)タルボット、(115)ウォーターズ、(116)デント、水上機母艦(AV8)タンジール、給油艦(AO47)ネッチェスフレッチャー少将の指揮下に重巡洋艦(CA34)アストーリア、第4駆逐連隊(DesRon4)駆逐艦(DD357)セルフルッジ、第7駆逐隊(DesDiv7)駆逐艦(DD386)バグリイ、(387)ブルー(DF)、(391)ヘンリー、(388)ヘルム、第8駆逐隊(DesDiv8)駆逐艦(DD389)マグフォード(DF)、(390)ラルフ・タルボット、(392)パターソン、(393)ジャーヴィスタンジールネッチェスと第17任務部隊を編成して緊急出港/14-5真珠湾寄港後第17任務部隊に重巡洋艦(CA36)ミネアポリス、(38)サン・フランシスコが合流しウェーク救援に航行中/21同島が日本艦隊により空襲されたの報告により洋上補給して決戦準備中、荒天により2日間作戦延期/22燃料補給/23ウェーク陥落により作戦を中止してウェーク沖425nmで反転/25VMF221がミッドウェーに進出/27レキシントンとともに真珠湾入港/30アストーリアミネアポリス、駆逐艦(DD397)ベンハム、(398)エレット、第4駆逐連隊(DesRon4)セルフルッジバグリイヘンリーパターソンと第11任務部隊を編成/31出港

42.1/7ネッチェスから給油/11オアフ島南西約500nm(19゚N/165゚W)で伊6の発射した魚雷2発を受けて損傷/13真珠湾入港後サン・ディエゴに曳航.2ピュージェット・サウンド/ブレマートン工廠で修理と全主砲塔を127mmAAへの換装(主砲塔はレキシントンから撤去されたものと併せてオアフの重要拠点に移設)、艦首部飛行甲板の拡張と延長、右舷バルジの新設、艦橋と主檣の交換、煙突の低減を中心とする近代化改装(48550ft oa277.4m TE/4 180000shp 34knt 127mmIIx4、Ix8=16 40mmMGWx23、IIx2=96 20mmIx16=16搭載機90-120機)に着手4/12副長プライドAlfred Melville Pride(1918卒)中佐が艦長を代行

5/12艦長ラムゼイ大佐/22出港/25-6/1サン・ディエゴ寄港/6真珠湾入港

8/7ガダルカナル上陸作戦を支援/24第2次ソロモン海戦に参加し空母(CV6)エンタープライズ搭載機とともに空母龍驤を撃破(後に撃沈処分)/31ソロモン海で伊26の発射した魚雷を受けて損傷後3ヶ月間修理に従事9/27艦長ボーガンGerald Francis Gerry Bogan(1916卒)大佐

43.3/29ボーガン艦長が飛行甲板から40mmMG用スポンソンに落下負傷し副長クルーズEdgar A.Cruise中佐が艦長を代行4/7艦長ムリニックス大佐

6/22艦長John Howard Cassady(1919卒)大佐7/8イギリス空母(38)ヴィトリアス等と第36.3任務群を編制

10/7軽空母(CVL23)プリンストン、防空巡洋艦(CL54)サン・ファン、(53)サン・ディエゴ、駆逐艦12と第38任務部隊を編成11/1-2ブーゲンヴィル島北西岸のブカ、ブインを空襲し飛行場を破壊/5ラバウルを空襲/11空母(CV9)エセックス、(17)バンカー・ヒル、軽空母(CVL22)インディペンデンスを加えて再度ラバウルを空襲/19ナウルを空襲/20タラワ上陸作戦を支援/30本国帰還12/9サン・フランシスコ工廠で整備に着手(40mmMGx60、20mmMGx36を増備)

44.1/3工事完了/7-19真珠湾寄港後ラングレー、プリンストンとともにマーシャル諸島方面の作戦を支援/29-31ウォッゼWotje、タロアTaroaを2/3-6、/10-2エニウェトック環礁Engebi島を空襲3/4駆逐艦3隻とメジュロ出港後エスピリット・サントEspiritu Santo、ホバートフリーマントルを経由してセイロン島沖で空母(87)イラストリアス等からなるイギリス東洋艦隊と合流/31トリンコマリー入港

4/12フランス戦艦リシュリューが加入/16出港/19イラストリアス等と第70任務部隊を編成しスマトラ島サバンSabangを空襲(コクピットCockpit作戦)5/17スラバヤを空襲(Transom作戦)後イギリス艦隊と分離し本国で整備に従事

6/22艦長Thomas Upton Sisson(1924卒)大佐7/24副長Louis Henry Hunte(1927卒)中佐が艦長を代行8/1艦長Lucian Ancel "Fish" Moebus(1920卒)大佐

US Lexington class aircraft carrier (CV3) Saratoga.

45.2/17-22硫黄島攻略作戦に従事中、特攻機の突入により損傷しピュージェット・サウンド/ブレマートン工廠に自力回航後修理され復員輸送に従事4/27艦長Frank Akers(1922卒)大佐

46.2/4艦長John Ronald Diffley(1928卒)大佐3/6艦長Stanhope Cotton Ring(1923卒)大佐6/2艦長Donald Swain MacMahan(1923卒)大佐/30予備役編入7/1ビキニBikini Atoll原爆実験(Operation Crossroads)に使用/25沈没8/15除籍.

サン・フランシスコ大地震時に電力を供給.

US Lexington class aircraft carrier (CV3) Saratoga.

信号符字NELB.

在籍17年間でのべ93万5439機と着艦の世界最多記録を保持.

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USS Saratoga

アメリカE フォレスタル級攻撃型空母(2/8)CVA60

USS Forrestal class aircraft carrier.Illustrated by 巣田@うぐぅ.

1953計画攻撃型空母としてニュー・ヨーク/ブルックリン工廠で52.12/16起工後アングルド・デッキに設計変更55.10/8進水56.4/14ストローRobert Joseph Stroh(1930卒)大佐の指揮下に竣工(1番艦[CVA59]フォレスタルの$2.1億に対して$1.98億で建造)

8/18出港後グアンタナモ湾で慣熟訓練に従事中10/24CVG4司令W・E・エリー大佐の操縦するF9F-8/パンサー戦闘機によって初着艦後CVG4と共同訓練12/1艦長ムーアRobert Brevard Moore(1932卒)大佐/19ニュー・ヨーク/ブルックリン工廠に再入渠

57.2/28工事完了し大西洋艦隊に編入されメイポートに配備9/3メイポート出港後北大西洋を巡航後ノーフォーク工廠で修理に従事12/17艦長マッターAlfred Richard Matter(1932卒)大佐

58.2/1メイポート出港後第1次地中海巡航に従事中7/15レバノン政府支援と在ベイルートのアメリカ人保護の目的で空母(CVA9)エセックスとともにベイルート上空に搭載機を派遣10/1メイポート入港/14フロリダ州ジャクソンヴィルに入港中、機関室から爆発性液体が流出/16艦長ハイランドJohn Joseph Hyland Jr(1934卒)大佐

59.8/14メイポート出港後第2次地中海巡航に従事11/9艦長フレミングAllan Foster Fleming(1936卒)大佐

60.2/26メイポート入港5/25深夜、ハンプトン・ローズからフロリダ沖へ航行中にノース・カロライナ、アウター・バンクスの沖23nm(36゚15'N/75゚05'W)でドイツ、Partenreederei M.S.鉱石運搬船ベルント・レオンハルトBernd Leonhardt(6135T)と衝突し鉱石運搬船の船橋と上部構造物が飛行甲板が損傷後ジェット燃料に引火したが直後に鎮火に成功/30ノーフォーク工廠で修理中に火災事故7/22A3J-1、ヴィジランティーの空母着艦試験を実施8/22メイポート出港後第3次地中海巡航に従事11/9艦長Roger William Mehle(1937卒)大佐

61.1/23アテネへ航行中、イオニア海で配管から流出したオイルに引火、7名が死亡2/26メイポート入港11/3艦長ランバートValdemar Greene "V.G." Lambert(1939卒)大佐/28-

62.5/11CVG3(AC)を搭載して第4次地中海巡航に従事11/3艦長ムーアFrederick Thomas Moore Jr(1938卒)大佐

63.3/29-10/25第5次地中海巡航に従事中8/15地中海でF3デモンが着艦に失敗し乗員2名が死亡、9名が負傷し艦載機15機が損傷9/28艦長John Edwin "Tiger One" Lacouture(1940卒)大佐10/25入港12/21メイポート停泊中、タイロス8気象衛星から送信された気象写真の受信に成功

64.10/2艦長ジェームズJack Milton James(1942卒卒)大佐11/28出港後第6次地中海巡航に従事

65.7/12帰投9/2艦長ラングHarold Fred Lang(1943卒)大佐

66.3/11出港後第7次地中海巡航に従事10/7艦長Joseph Merit Tully Jr(1942卒)大佐/26帰投

67.5/2出港後第8次地中海巡航に従事9/7艦長ディックJohn Henry Dick大佐12/26帰投

69.4/4艦長オニールWarren Harold O'Neil(1945卒)大佐6/24自動着艦装置SPN42を使用した最初の着艦がVF103のF4Jによって実施7/9-

70.1/22第9次地中海巡航6/17出港後第10次地中海巡航に従事中8/8艦長フリーマンHewitt Leroy Freeman(1944卒)大佐9/25ヨルダン危機により出動

11/11帰投

71.6/3出港後第11次地中海巡航に従事中S-2E(VS28)、SH-3D(HS7)を搭載して汎用空母評価実験を実施8/7艦長サンダーソンJames Richard "Sandy" Sanderson(1945卒)大佐/15アテネ投錨中、蒸化器の破裂事故により第2主機関室に浸水(13m)/20出港直後に同一場所で浸水10/31帰投

72.5/18-6/20初めてトンキン湾戦闘海域で行動/21VF31のF4Jがミグ21戦闘機1機を撃墜/30最初に汎用空母(CV60)となったがヴェト=ナム戦闘航海中であったので固定翼対潜機は搭載せず7/1-16トンキン湾で作戦7/28-8/22トンキン湾で作戦8/10VF103のF-4Jがミグ21戦闘機1機を撃墜9/2-20トンキン湾で作戦9/29-10/20トンキン湾で作戦10/29シンガポール入港中、機械室から出火し乗員3名が死亡11/5-12/8トンキン湾で作戦12/13ヴェト=ナム近海で主機械室から出火し2時間後に鎮火12/18-

73.1/8トンキン湾で作戦を実施2/13帰投/16艦長ページLouis Covington Page Jr大佐9/22ノーフォーク乾船渠内で出火し9時間後に鎮火

74.9/12艦長ダンRobert Francis "Bob"or"Dick" Dunn(1951卒)大佐/27出港後第12次地中海巡航に従事74.12/13ナショナル・ウィーク演習に参加中、チレニア海で搭載機のプロペラとジェット・ブラスト・ディフレクターとが接触し5名が負傷、搭載機5機が損壊12/15フロリダ沿岸で洋上給油中、給油艦(AO144)ミシシネワと接触

75.3/19帰投

76.1/6-7/28第13次地中海巡航に従事中3/2イタリア沖で初の大西洋横断飛行に成功したVS22所属のS3Aヴァイキングを収容9/11艦長ハンターCharles Bryan Hunter(1954卒)大佐

77.7/11-12/23第14次地中海巡航8/23メッシナ海峡沖で第2焼却炉で爆発事故10/6メッシナ海峡でオーストラリア、コンテナ船ヴィル・ドリエントVille D'Orient(2929T)と接触

78.2/4艦長Edward Holmes Martin(1954卒)大佐10/3出港後第15次地中海巡航に従事

79.4/5帰投7/14艦長フラットレー(1956卒)大佐11/21クレタの南方50nmで洋上給油中、給油艦(T-AO109)ワカマウと接触

80.3/11メイポート出港後第16次地中海巡航に従事10/1フィラデルフィア工廠で同級中、最初にSLEP(艦齢延長計画)改装に着手/20-6放火と思われる小規模火災が5件発生

81.10/1艦長Leonard Gaylord Perry大佐

82.6/17蒸気バルブ(1200lb)の爆発事故により10名が負傷10/6工事完了/16公試開始

83.2/2帰港/3工事完了11/11艦長John Kenneth Ready大佐/18再就役

84.4/2-10/20第17空母航空団(CVW17、AA)を搭載して第17次地中海巡航を実施

85.3/26艦長Jerry Lee Unruh(1958卒)大佐8/26-

86.4/16地中海、インド洋を巡航8/7艦長David Eugene Frost(1963卒)大佐10/10イタリア客船アキレ・ラウロをシージャックした犯人を乗せたエジプト航空のB737旅客機を搭載のF14Aがシチリア島シゴネラ基地に強制着陸させ逮捕

87.6/5-11/16地中海巡航

88.3/5艦長James Timothy Matheny大佐

89.8/7湾岸危機により第17艦載航空団を搭載しミサイル巡洋艦(CG26)ベルナップ、(34)ビッドル、(58)フィリピン・シー、駆逐艦(DD963)スプルーアンス、駆逐艦母艦(AD41)イエローストーン、高速戦闘支援艦(AOE4)デトロイトとともにメイポート出港後、戦艦(BB64)ウィスコンシン任務群と空母(CV67)ジョン・F・ケネディ群から分離されたミサイル巡洋艦(CG51)トーマス・S・ゲイツ、(56)サン・ジャシントと合流8/22スエズ運河経由で紅海に到着/24原子力空母(CVN69)ドワイト・D・アイゼンハワーと交代9/22地中海に配備.10末、紅海に展開

90.4/26艦長Joseph Scott Mobley(1966 26卒)大佐8/24ドワイト・D・アイゼンハワーと交代して紅海に展開

91.1湾岸戦争に参加3/28帰投4/18艦長James Michael Drager(1966卒)大佐

92.8/15第17航空団を搭載して地中海巡航中、旧ユーゴ・スラヴィア情勢の悪化によりアドリア海に展開しボスニア沖から作戦を実施10/1エーゲ海でNATO南ヨーロッパ連合軍演習(ディスプレー・ダタミネーション92)に参加中、同艦より誤射されたRIM7シー・スパロー短SAMがトルコ駆逐艦ムアヴェネトの艦橋部に命中し艦長以下5名が死亡、15名が負傷/22ジョン・F・ケネディ戦闘群と交代して帰国12/4艦長Donald Alan Weiss(1968卒)大佐

94.2ボスニア沖で空母(CV66)アメリカ空母群と交代/20艦長William Henry Kennedy大佐8/20メイポートで関係者約5000名の参加下に退役(96.9整備を終えるジョン・F・ケネディ配備まで同地に配備された最後の空母)後ジャクソンヴィルで博物館として使用

2013.10売却解体.

信号符字NJRS.

愛称スーパー・サラSuper Sara.

ニュー・ヨーク/ブルックリン工廠で建造された本艦と4番艦インディペンディンスマンハッタンブルックリン両橋を通過する必要から起倒式マストを装備(主檣は左舷側へ、後檣は後方へ傾斜).

同艦より出力を280000shpと20000shp強化し速力が1knt向上(34knt).


Since 13 Sep. 2002.

Last up-dated, 26 July 2015.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Saratoga.

Ver.1.15a.

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