Down


伊1〜 伊6〜 伊10〜 伊20〜 伊30〜 伊40〜 伊50〜 伊60〜 伊70〜 伊100〜 伊160〜 伊180〜 伊200〜 伊300〜 伊400〜 伊500〜

伊6 伊7 伊8 伊9


伊6

Up---------------------------------Down

伊6級潜水艦

1900s2243n/3061t

oa97.50wl94.06pp94.00x9.06x4.94

(oa98.50wl95.70pp92.10x9.06x6.31or5.3)m

D(艦本式1号複動)+E/2 6000or8000b/2600shp 18/8(20/7.5)knt

127/40mmDPIx1 13.2mmMGIx1 533mmTTx6 140/40mmIx1 航空機x1

乗員93(97)

同型艦(1/1935)

伊6.

1931計画巡潜II型一等潜水艦.

艦本式ディーゼルを搭載した最初の潜水艦(#257).

Up---------------------------------Down

伊号第6潜水艦

@

伊6級潜水艦(1/1)

1931@計画巡潜II型一等潜水艦として川崎重工業艦船工場(神戸)で32.10/14起工34.3/31進水8/25艤装員長貴島盛次(兵44)少佐(11/15中佐)21.3kntを公試で発揮35.5/15貴島艦長の指揮下に竣工し横須賀鎮守府籍

35.5/25艦長長井武夫(兵47)少佐8/1伊勢湾外で駆逐艦暁と衝突し横須賀で修理

36.12/1艦長岡田有作(兵47)中佐

37.11/15艦長大山豊次郎(兵47)中佐

39.11/1艦長永井宏明(兵48)中佐

40.10/30艦長楢原省吾(兵48)中佐11/15第6艦隊第2潜水戦隊第8潜水隊に編入

41.1/31艦長稲葉通宗(兵51)少佐10/4-5第8潜水隊司令潜水艦を伊5に一時継承/13第8潜水隊司令潜水艦を伊5に一時継承11/16.1300第8潜水隊(竹崎馨大佐[兵45])司令潜水艦として伊7等を率いて横須賀出港後アリューシャン列島=ミッドウェー島間を通過12/1頃、オアフ島300nm圏内に到達/8開戦時、モロカイ=オアフ島間で哨戒任務に従事/10ハワイ近海カイウイ水道を東航する空母1、巡洋艦2、駆逐艦若干からなる機動部隊を視認/18以降、伊7等とハワイ近海で哨戒任務に従事

42.1/11.1451(日没後11分)ジョンストン島の東北東60゚270nmで右舷30゚25kmに方位角左90゚、14kntで航行するアメリカ空母(CV3)サラトガ、巡洋艦1、駆逐艦1を発見し急速潜航.1541ジョンストン島の60゚430km(19゚00'N/165゚00'W)でサラトガに対して距離4300mで発射した魚雷3本(艦首TT4基中、1基故障)中1or2本が命中、撃破/12撤哨/22-4クェゼリン/21-4クェゼリン寄港2/2横須賀帰投/13第8潜水隊司令潜水艦を伊4に継承/13横須賀出港/22-3.0800セレベス島スターリング湾寄港/24ティモール水道で伊5とともに味方機の銃撃を受け潜航退避後スマトラ島西岸で作戦3/8-26ペナン寄港4/2.1714ボンベイ南西沖(16゚N/68゚E)でイギリス貨物船クラン・ロス(5897T)に対して発射した魚雷2本中1本が命中、撃沈/7.2220ボンベイ西方(20゚N/68゚E)でイギリス貨物船バハダール(5424T)に対して魚雷4本を発射したが命中しなかったので砲撃中、故障し魚雷2本を命中させて撃沈/10.1115(20゚N/68゚E)で帆船2隻を砲撃により撃沈/17シンガポール入港5/1横須賀帰投/23艦長中村省三(兵54)少佐6/6整備完了/9第2潜水戦隊は北方部隊に編入/20横須賀出港8/7-8夜、重巡洋艦(CA35)インディアナポリス等からなる第8・6任務群のキスカ砲撃に遭遇し水中に退避後上陸中の乗員を搭乗させ追跡に従事/17キスカ出港/20第2潜水戦隊の解隊により第6艦隊付属に編入/23横須賀入港12/15艦長井筒紋四郎(兵57)少佐

43.3/2or3(日本潜水艦戦史)トラック出港後伊26とともにオーストラリア東方で通商破壊戦に従事し/12or3(日本潜水艦戦史)ブリスベーン沖にドイツ(TM型)機雷9ヶを敷設(日本の潜水艦が敷設した最後の機雷)/21ラバウル入港/28南東方面部隊に編入4/1伊2等からなる第7潜水隊は第5艦隊に編入されたが伊5とともに南東方面での作戦を継続5/20(44.4/18)艦長下瀬吉郎(兵58)少佐

44.1/30ニュー・ブリテン島イボキ北岸で触礁4/30艦長篠原茂夫(兵62)大尉5/12艦長堀武雄/27艦長普門正三(兵63)少佐6/15出港/30サイパンの東方32kmで空母を攻撃(該当艦なし)/1、2サイパン東岸で第6艦隊司令部の収容を命ぜられた後消息不明6/30サイパン方面で沈没と認定9/10除籍.

信号符字JUFD.


伊7

Up---------------------------------Down

伊7級潜水艦

2231s2525n/3548t

oa109.30wl106.95pp103.80x9.10x5.26m

D(艦本式)+E/2 11200b/2800shp 23/8knt

140/40mmIIx1+0=2 13.2mmMGx2 533mmTTx6 航空機x1 射出機x1(後甲板)

乗員100

同型艦(2/1937-8)

伊7.伊8.

1934計画巡潜III型一等潜水艦.

高張力(DS=ジュコール・スティール)鋼を初めて内殻に採用し安全潜航深度が100mに達した最初の日本潜水艦(以前は80mが限度).

Up---------------------------------Down

改伊7/伊16級潜水艦→伊16級潜水艦.

Up---------------------------------Down

@

伊7級潜水艦(1/2)

1934計画巡潜III型一等潜水艦として呉工廠で34.9/12起工35.7/3進水

36.9/21艤装員長寺岡正雄(兵46)中佐

37.3/31寺岡艦長の指揮下に竣工し横須賀鎮守府籍

12/20艦長藤本伝(兵48)中佐

38.6/29艦長岩上英寿(兵46)中佐11/15艦長岡本義助(兵47)中佐

39.10/20(-40.10/30)艦長石川信雄(兵49)中佐

40.11/15潜水母艦長鯨第7第8潜水隊第6艦隊隷下に第2潜水戦隊を新編

41.2/15第2潜水戦隊(山崎重暉[兵41]少将)旗艦を潜水母艦長鯨より継承5/3第2潜水戦隊旗艦を潜水母艦大鯨に継承10/21佐伯湾で伊166と衝突11/16第7潜水隊(伊12、3)、第8潜水隊(伊4、5、6)を率いて小泉麒一中佐(兵49)の指揮下に横須賀出港後アリューシャン列島=ミッドウェー島間を通過12/1頃、オアフ島300nm圏内に到達/8開戦時、オアフ島北方沖で哨戒任務に従事/17ハワイ島西方カイルア沖48kmで搭載機を発艦させ奇襲後初めて真珠湾を飛行偵察.0240(ハワイ時間0710)偵察完了.0515帰艦/18以降、第7、8潜水隊とハワイ近海で哨戒任務に従事

42.1/2オアフ島南方100nmで巡洋艦1、駆逐艦2を視認/22-4クェゼリン寄港2/1-11横須賀寄港3/4.1300ココス島330゚250nm(08゚S/95゚E)でオランダ貨物船ル・メイル(3271T)を雷撃により撃沈4/1セイロン島南東沖でイギリス空軍カタリーナ飛行艇による攻撃により至近弾を受けたが損傷なし/3.0740インド洋上(01゚S/78゚E)でイギリス貨物船グレンシエル(9415T)を撃沈5/1横須賀入港6/11伊1-4とともに横須賀出港7/15アリューシャン列島ウナラスカ島沖(54゚N/158゚W)でアメリカ貨物船アータカ(2722T)を砲雷撃により撃沈8/1横須賀入港/20第2潜水戦隊の解隊により第6艦隊付属に編入/31第7潜水隊に編入9/1第7潜水隊司令潜水艦を継承/8横須賀出港後ガダルカナル島南方で作戦10/13黎明、ニュー・ヘブリディーズ諸島エスピリット・サントを0式小型水偵により飛行偵察し港内に停泊するアメリカ艦隊を発見/14夜、エスピリット・サント飛行場に対して140mm砲弾17発を発射/23未明、エスピリット・サントに対して140mm砲弾5-6発を発射/31機体の損傷によりエスピリット・サント飛行偵察を断念11/7エスピリット・サントを潜航偵察/10サンタ・クルーズ諸島ヌデニ島を潜航偵察/11同諸島バニコロ島を飛行偵察/18トラック入港/26第1潜水戦隊(三戸寿[兵42]少将)旗艦を平安丸から継承12/4艦長田畑直(兵58)少佐

43.3/5第7潜水隊司令玉木留次郎(兵45)大佐の司令潜水艦を継承/16艦長長井勝彦(兵57)少佐

4/1伊2等からなる第7潜水隊は第5艦隊に編入/21横須賀出港5/1キスカ島に寄港、揚陸/4アッツ島に寄港、揚陸/8幌筵(パラムシル)島寄港/12-4横須賀寄港/22-5アッツ島東方哨区に配備/27.1830キスカ島キスカ湾入港.1845弾薬2(93式13mmMG弾5000、小銃弾7000、14年式8mm拳銃弾1100発)食料6計8tを揚陸後海軍49陸軍7軍属4計60名、遺骨28柱、打殻4tを収容(潜水艦による最初のキスカ島撤退作戦).2100出港6/1-4.1600幌筵島寄港/9.19-2100キスカ島に寄港し弾薬19食料15計34tを揚陸後海軍42陸軍18軍属41計101名を収容/13.1050-15.0930幌筵島寄港後キスカ島への輸送任務に従事中/17命令により待機/19.1700-21.0100浮上中、濃霧により揚陸を1日延期.1430キスカ島七夕(ガートルード)湾を視認、霧中浮上航行中.1500頃、七夕湾南方1nmでアメリカ駆逐艦(DD354)モナハンにレーダー探知され初弾が艦橋に命中後10分間の交戦で140mm砲弾30発、12.7mm銃弾250発により応戦したが司令塔に計2発が命中(開孔直径40、70cm)、司令塔右舷側80%破壊、潜航不能となり第7潜水隊司令玉木留次郎(兵45)大佐、長井艦長、航海長花房義夫(兵67)大尉、下士官兵4計7名が死亡、通信長中山泰一(兵69)中尉が負傷し船体沈下により.1515水雷長関口六郎(兵65)大尉の指揮下に旭岬に艦首擱座後応急修理.1800陸上と連絡成立.2110関口大尉が司令部に報告/22.0600揚陸完了/22.1445離礁.1830応急修理完了(潜航不能).2000出港後横須賀へ航行中.2125キスカ島七夕(ベガ)岬南方10nmでモナハンor哨戒艇3隻の砲撃を受けて交戦中.2130頃、艦橋に数発が命中、先任将校等が死亡し反転.2145交戦再開後多数の被弾により出火、浸水し船体傾斜.2210全弾発射完了(140mm砲弾70発、12.7mm銃弾1000発).2215モナハン一時退避.2225-40交戦再開.2300左舷50゚に傾斜、沈下しつつ砲術長新藤尚男(兵70)中尉の指揮下にキスカ島中央東端の南水道二子岩Twin Roksに左舷70゚傾斜、仰角20゚、艦首約15mを水上に露出した状態で擱座(関口水雷長、機関長以下准士官以上5名、下士官兵75名が死亡)/24沈没し新藤砲術長以下准士官以上5名、下士官兵38名(中山通信長以下2名重傷、8名負傷)の生存者はキスカ島に上陸(1名は収容後死亡)/30第5警備隊司令指揮下に編入され第51根拠地隊が船体を爆破(後日、全員生還)

8/1除籍後キスカ島に上陸したアメリカ軍が船体後部を発見し救難艦フロリカンより派遣された潜水夫が機密書類等を回収.

信号符字JUGD.

同艦の除籍日について貴重な情報をお寄せ戴いた「戦時編制調査室」の出沼ひさし様に感謝致します.

2005年4月29日


伊8

Up---------------------------------Down

@

伊7級潜水艦(2/2)

1934計画巡潜III型一等潜水艦として川崎重工業艦船工場(神戸)で34.10/11起工36.7/20進水38.12/5(昭和造船史)or15竣工し横須賀鎮守府籍

39.11/15艦長清水太郎(兵48)中佐

40.11/1航海長服部正吾(兵61)大尉/15第6艦隊第3潜水戦隊に編入

41.1/15-7第3潜水戦隊旗艦(軽巡洋艦五十鈴)を代行2/2第3潜水戦隊旗艦を五十鈴より継承3/1第3潜水戦隊旗艦を五十鈴に継承4/8-13第3潜水戦隊旗艦を五十鈴より一時変更10/1第3潜水戦隊(司令官三輪茂義少将)旗艦を大鯨より継承/31艦長江見哲四郎(兵50)中佐11/11佐伯出港/20-4クェゼリン寄港後ジョンストン島=ハウランド島間を東進後ジョンストン島=パルミラ島間を通過して12/2頃、オアフ島300nm圏内に到達/8開戦時、オアフ島北西沖で哨戒任務に従事/13撤哨/24クェゼリン入港

42.1/12クェゼリン出港後アメリカ西岸方面を行動2/7シアトル偵察/19横須賀入港3/2-4/2呉に寄港し修理に従事後横須賀に入港し三輪司令官の発病により/26河野千万城(大24)少将と交代して横須賀出港5/6.0545ルオット島45゚400nmで浮上中、ルオットを基地に哨戒中の千歳航空隊機の誤爆により潜航不能/7クェゼリン入港/16呉入港、第6潜水戦隊に編入後修理に従事7/25艦長内野信二(兵50)中佐(43.5/1大佐)8/27佐伯湾で盤谷丸と接触9/15佐伯出港後ガダルカナル島に進出し偵察と砲撃に従事

43.1/23カントン島を砲撃3/21呉入港後修理に従事6/1ドイツ派遣第2艦(暗号名フレッツィァorリラ)として呉出港/10-22シンガポールに寄港し整備/23-7ペナン寄港7/10or1、6(太平洋戦争軍艦戦記、日本潜水艦戦史)インド洋上で伊10より燃料を補給/18-21暴風圏を航行8/20アゾレス諸島西方でドイツ潜水艦と会合/21ドイツ潜水艦よりレーダーを受領/30ドイツ水雷艇3隻と会合/31ブレスト入港(出港後66日)後呂501(exU1224)に乗田貞敏少佐以下51名を移乗9/4or10/5(太平洋戦争軍艦戦記、日本潜水艦戦史、消えた伊52)ブレスト出港11/10暴風圏を突破後スンダ海峡経由で12/5シンガポール入港/14-6レーダーを伊29に譲渡/21呉到着(行動日数204日間、航程3.5万nm、日本=ドイツ間の連絡に使用された日本潜水艦中、成功した唯一の艦)後三井造船玉野造船所で整備に従事

44.1/25艦長有泉龍之助(兵51)中佐(44.10/15大佐)2/21呉出港.3上旬、ペナン進出後インド洋で通商破壊に従事し貨物船4隻を撃沈(7/2アメリカ貨物船Jean Nicoletを砲雷撃により撃沈)8/9横須賀入港後修理に従事12/1艦長篠原茂夫(兵62)少佐

45.3/20アメリカ軍の沖縄来攻により佐伯出港/28敵情報告後消息不明/31沖縄島中城湾南東約50nm(25゚29'N/128゚35'E)でアメリカ駆逐艦(DD560)モリソン、(646)ストックトンにレーダー探知され爆雷攻撃により浮上砲戦後沈没4/10or15(日本潜水艦戦史)沖縄方面で沈没と認定8/1除籍.

信号符字JUHD.


伊9

Up---------------------------------Down

伊9級潜水艦

 2434s2919n/4150t

113.70oa108.40ppx9.55x5.36(8.30)m

D(艦本式2号10型復動)x2/2 12400/2400hp 23.5/8.0knt 燃料878t 16000nm/16(水中90nm/3)knt

140mmIx0+1=1 96式25mmMGIIx1+1=4 95式TTx6+0(95式Tx18)

水上偵察機(零式1号)x1(艦橋前方の格納筒に搭載) 射出機(呉式4号1型)x1(前甲板)

乗員114(含司令部要員、計画100+4)

同型艦(3+8/1941-2)

伊9.伊10.伊11.(伊12).(伊13).

(伊14).(伊15).(伊1).(5094).(5095).(5096).

安全潜航深度100m.

1937海軍補充(B)計画甲型(基本計画番号S35Ja)潜水艦.

海軍軍縮条約廃棄後最初の潜水艦として大型ディーゼルの搭載による水上速力の向上、兵装の強化、居住性の改善を図るとともに、司令官室、作戦室、参謀室の設置と通信能力の拡充により潜水戦隊旗艦用とした航空機搭載型潜水艦.

伊9-10は1937海軍補充(B)計画一等潜水艦として37会計により、伊11は39海軍軍備充実(C)計画一等潜水艦として39会計により建造.

伊12は主機を制作容易な22号10型ディーゼルに変更、船体使用鋼材も変更した伊12級(甲型)潜水艦に伊1、13-5は主機、鋼材を伊12級と同様に変更し搭載機を水上攻撃機2機に変更した伊13級(改甲型)潜水艦に設計変更.

1942戦時建造補充(改D)計画一等潜水艦として43臨時軍事費により建造を予定された第5094-6号艦は新型(基本計画番号S48)潜水艦に設計変更され43.7計画中止.

約50秒で潜航可能.

Up---------------------------------Down

@

伊9級潜水艦(1/3+8)

1937海軍補充(B)計画甲型一等潜水艦第35号艦として37会計により呉工廠で38.1/25起工39.5/20進水41.1/15乗員を配当2/13竣工し横須賀鎮守府籍

5/10機関長鈴木清臣(機37)機関少佐/18特設潜水母艦さんとす丸から第1潜水戦隊旗艦を継承

7/31艦長藤井明義(兵49)中佐

11/21第6艦隊第1潜水戦隊(佐藤勉[兵40]少将)旗艦として第1潜水隊(伊15、17)、第4潜水隊(伊25)を率いて横須賀出港後アリューシャン列島=ミッドウェー島間を通過12/3頃、オアフ島300nm圏内に到達/8開戦時、オアフ島北方で伊5、17、25とともに哨戒任務に従事/10伊6の発見したアメリカ、レキシントン級空母機動群を追跡/12ハワイ北東(27゚42'N/147゚38'W)でアメリカ貨物船ラハイナ(5645T)を撃沈

42.1/1クェゼリン入港/11第1潜水戦隊旗艦を特設潜水母艦平安丸に継承2/1.0625伊15、17、19、23からなる第1潜水部隊とクェゼリンを攻撃した空母(CV6)エンタープライズ等からなるアメリカ第8任務部隊を追撃して出港/8オアフ島南方200nmに到達/24夜、真珠湾を飛行偵察したが在泊艦船の確認に失敗し揚収時に搭載機が破損3/13第1次K作戦(飛行艇による真珠湾攻撃)時にM点(19゚N/174゚20'W)で無線連絡任務に従事/21横須賀入港

4/15第1潜水戦隊(司令官山崎重暉[兵41]少将)旗艦を平安丸から継承5/8第1潜水戦隊は北方部隊に編入/21?横須賀出港/19大湊出港/25キスカ、アムチトカ両島を飛行偵察/26アダック、カナガ両島を飛行偵察/29作戦完了/30先遣部隊に復帰

7/7横須賀入港/15機関長渡辺定機関大尉8/15出港後ソロモン方面へ進出/20伊26等とA散開線(164゚E/09゚S付近)に配備命令/26損傷により作戦中止/30-9/8トラック寄港/13バニコロ島偵察を発令されたが.1145アメリカ機動部隊をツラギ123゚345nm沖に発見の報告により伊31とともに急行

10/1作戦を終了しトラックに帰投/4伊21、24、31と乙潜水部隊を編成/16以前にトラック出港/30ニュー・カレドニア島ヌーメアを飛行偵察11/4ヌーメアを飛行偵察し空母1、巡洋艦3等在泊と報告/11エスピリットサントを飛行偵察/16ショートランド回航発令/24ガダルカナル島輸送に5回(11/26カミンボに物資32t揚陸12/6ゴム袋21t揚陸/12魚雷艇を視認し作戦中止/18ドラム缶の浮揚に失敗/25ドラム缶約80缶、12tを浮揚させたが魚雷艇の妨害により約30%の揚陸に失敗/30ドラム缶の浮揚に成功したが魚雷艇の接近により揚収を断念)従事

43.2/12横須賀に帰投し川崎重工業神戸造船所で修理

5/12アメリカ軍のアッツ島上陸により北方部隊に編入/23横須賀出港/29幌筵島出港6/3キスカ島に兵器、弾薬17tを含む物資28tを揚陸、海軍55、陸軍10、工員10(日本潜水艦戦史)or人員79名を収容/10キスカ島輸送に向け幌筵出港後消息不明/13.1758(現地時間、日本潜水艦戦史)or14キスカ島シリアス岬沖(52゚08'N/177゚38'E)を霧中航行中、アメリカ駆逐艦(DD607)フレイジアにレーダー探知され砲撃と爆雷攻撃を受けて沈没し藤井艦長以下士官10名を含む101名全員が死亡/15キスカ島付近で沈没と認定

8/1除籍.

信号符字JUID.


PREVIOUS  NEXT

Since 13 Sep. 2006.

Last up-dated, 4 July 2015.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#50b.

I6-.

Ver.1.15a.

Copyright (c) hush ,2001-15. Allrights Reserved.

Up


動画