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★ソウカイテイSokaitei.掃海艇.

日本.掃海艇第1号〜.第10号〜.第20号〜.第30号〜.

海上自衛隊.

掃海特務艇.


第20号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(2/17+17)

1939C計画掃海艇として東京石川島造船所で41.3/19起工8/5第20号掃海艇と命名され舞鶴鎮守府籍と仮定9/17進水12/15北弥三郎艇長の指揮下に竣工

41.12/26高雄で駆逐艦村雨と衝突

43.5/18艇長愛沢新五

44.3/12.0400軽巡洋艦龍田等と横須賀出港後高岡丸等からなる東松2号(往航)船団を護送/13龍田被雷沈没/19.1400サイパン到着

.4艇長田中三蔵少佐/10予備掃海艇より警備掃海艇に変更

45.5艇長山田圀雄(着任せず)/2雷撃を受けて沈没した海防艦男鹿救助の目的で/3.0515木浦出港/5.2000通信連絡後消息不明となり珍島西方の黄海(34゚16'N/123゚37'E)でアメリカ潜水艦(SS412)トレパンの発射した魚雷を受けて沈没し田中艇長以下乗員175名全員が死亡と推定/25除籍.

信号符字JXTP.

滋賀県護国神社に慰霊碑がある.


第21号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(3/17+17)

1939C計画掃海艇として播磨造船で41.9/20起工42.2/28進水6/29森安栄艇長の指揮下に竣工し舞鶴鎮守府籍

43.12/25アメリカ第50任務部隊第2群空母(CV17)バンカー・ヒル、軽空母(CVL26)モントレイ搭載機約120機によるカビエン空襲により損傷

44.2/1.0600ロス・ネグロス島北東約100kmで駆逐艦松風等に護衛されてラバウルからトラックに向かう日本海丸等からなる第2312船団の護衛に加入.1045頃より空襲に遭遇し攻撃により浸水/4.1600船団より分離

4/10予備掃海艇より警備掃海艇に変更

.6艇長氏原茂

45.4/19駆逐艦とともにモタ02船団を護送して門司入港.5艇長阿土祐司

10/25除籍

47.10/1賠償艦としてアメリカに引渡され解体処分.


第22号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(4/17+17)

1939C計画掃海艇として41艦艇建造費により東京石川島造船所で10/6起工42.3/1第22号掃海艇と命名され舞鶴鎮守府籍と仮定4/28進水7/31藤森三郎艇長の指揮下に竣工し舞鶴鎮守府籍

43.12/25アメリカ第50任務部隊第2群空母(CV17)バンカー・ヒル、軽空母(CVL26)モントレイ搭載機約120機によるカビエン空襲により損傷

44.8艇長安田弘/23パラオ北方沖(08゚09'N/134゚38'E)でアメリカ潜水艦(SS310)バットフィシュが雷撃(?)

11/11パラオ近海で空襲により沈没

45.1/10除籍.

1942.2/27コロンバンガラ島沖でアメリカ潜水艦(SS207)グランパスの攻撃を受けて損傷(?)という記事があるが、これは竣工前であるので何らかの誤謬を含むものと思われる.


第23号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(5/17+17)

1939C計画掃海艇として東京石川島造船所で42.5/5起工8/20第23号掃海艇と命名され舞鶴鎮守府籍と仮定43.1/13進水3/31西尾正艇長の指揮下に竣工し舞鶴鎮守府籍

5/1第24号掃海艇第52掃海隊を新編

44.10艇長佐々木喜一

45.8/1第52掃海隊解隊11/30除籍

47.10/3賠償艦としてナホトカでソ連に譲渡.


第24号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(6/17+17)

1939C計画掃海艇として播磨造船所で42.2/5起工9/26進水43.1/24艤装員事務所を撤去/25松島卓男艇長の指揮下に竣工し舞鶴鎮守府警備掃海艇

3/8室蘭を出港した乾安丸等で.1200古武井崎沖で編制された2308船団を護衛して京浜へ航行中.1400敷設艇白神等が護衛に加入.1645(41゚16'N/141゚29'E)でアメリカ潜水艦(SS178)パーミットの発射した魚雷を受けて久島丸が沈没し爆雷戦を実施後吹雪により船団と分離5/1第23号掃海艇第52掃海隊を新編

44.2/21横浜出港後第25号掃海艇とともに熊野山丸等5隻からなる4220船団を護送中/23.1226君島丸が被雷沈没後アメリカ潜水艦(SS179)プランジャーを爆雷攻撃(失敗)後第42号駆潜艇が合流.2240香洋丸が被雷沈没/24.0900熊野山丸被雷(不発).1800父島入港

.11艇長柴山武夫

45.7/15津軽海峡(41゚38'N/141゚00'E)で空襲により沈没し第52掃海隊司令富田捨造(兵51)大佐等が死亡8/1第52掃海隊解隊9/10除籍.

信号符字JXXP.


第25号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(7/17+17)

1941D戦時建造(○急)計画掃海艇第410号艇として42-3臨時軍事費により呉工廠で42起工42進水43.4/1艤装員事務所を設置/30小田寿夫大尉の指揮下に竣工し横須賀鎮守府籍

44.2/21横浜出港後第24号掃海艇とともに熊野山丸等5隻からなる4220船団を護送中/23君島丸が被雷沈没後アメリカ潜水艦(SS179)プランジャーを爆雷攻撃(失敗)後第42号駆潜艇が合流.2240香洋丸が被雷沈没/24.0900熊野山丸被雷(不発).1800父島入港

4/28警備掃海艇

6/15.0800父島沖で第16号駆潜艇等に護衛された船団に水雷艇千鳥とともに合流/16.1640荒天により辰栄丸等が分離/18.1220長浦入港/28.0600横須賀出港後志摩丸等6隻からなる3628船団を第16第18号駆潜艇、敷設艇猿島第5利丸とともに護送して7/2-4二見寄港中、空襲警報により兄島滝ノ浦湾(27゚07'N/142゚12'E)に退避/4アメリカ第58.1、2任務群空母搭載機による父島空襲により船団が壊滅後父島北西沖(28゚35'N/114゚40'E)で爆撃を受けて沈没

9/10除籍.

*アメリカ潜水艦(SS252)ガビランは1944.7/17御蔵島西方沖(33゚51'N/138゚35'E)で第25号掃海艇を撃沈したとアメリカ側の記録にあるが、誤謬があると思われる.


第26号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(8/17+17)

1941D戦時建造(○急)計画掃海艇第411号艇として42-3臨時軍事費により三菱重工業横浜船渠で42進水8/20第26号掃海艇と命名され横須賀鎮守府籍と仮定43.3/31竣工

44.2/17ラバウルで空襲を受けて4/30除籍.


第27号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(9/17+17)

1941D戦時建造(○急)計画掃海艇第412号艇として42-3臨時軍事費により播磨造船所で42進水43.2/5第27号掃海艇と命名され横須賀鎮守府籍と仮定43.7/30(#159)or31竣工し横須賀鎮守府警備掃海艇

45.7/10岩手県宮古市(魚+毛)ヶ崎Todogasakiの170゚5.5nmの山田湾外(39゚20'N/142゚07'E)でアメリカ潜水艦(SS476)ランナーの発射した魚雷を受けて沈没

9/15除籍.


第28号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(10/17+17)

1941D戦時建造(○急)計画掃海艇第413号艇として42-3臨時軍事費により呉工廠で43進水6/7艤装員事務所を設置/28竣工し横須賀鎮守府警備掃海艇

44./25.0400マニラ出港後空母海鷹等からなるマモ01船団を駆逐艦秋風等とともに護送/27.1400高雄入港8/29ホロ沖(02゚15'N/122゚29'E)のセレベス海で貨客船めき志こ丸とともにアメリカ潜水艦(SS259)ジャックの発射した魚雷を受けて沈没

10/10除籍.


第29号掃海艇

改第7号/第19号級掃海艇(11/17+17)

1941D戦時建造(○急)計画掃海艇第414号艇として42-3臨時軍事費により東京石川島造船所で43進水4/5第29号掃海艇と命名され横須賀鎮守府籍と仮定10/22竣工

45.5/7下関彦島灯台沖の関門海峡(34゚02'N/130゚54'E)で触雷により沈没

8/10除籍.


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