Down

Tatsuta.   龍田(竜田).たつた.

海防史料研究会小高正稔様に.

龍田丸(exHuntress) 龍田級通報艦 軍艦龍田@ 軍艦龍田A 龍田丸(日本郵船) 龍田川丸(東洋海運) 龍田丸(日本海洋漁業) 

巡視船たつた(1) 

[地名]龍田.

奈良県生駒郡にある地名.

枕詞は「白雲の」.

(1)

[地名]龍田(竜田、立田)川.

奈良県生駒郡斑鳩町龍田付近を流れる大和川の支流.

百人一首に収められた能因法師の「吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり」等で知られる紅葉の名所で、龍田揚は、下味に味醂と醤油をつけ、片栗粉、葛粉、小麦粉等をまぶして揚げたものだが、これは醤油で衣が赤っぽく揚がることを紅葉に喩えたことに由来する.

もっとも、語源由来事典には、軽巡洋艦龍田の司厨長が小麦粉の代わりに片栗粉を用いて揚げたことから、そう命名したとあるが、真偽不明.

なお、メギ科の多年草タツタソウ(龍田草)Jeffersonia dubiaは1904龍田乗員が黄河流域で採集したものを持ち帰ったことに由来するといわれる.

(2)

[建築]龍田大社.

奈良県生駒郡三郷Sango町立野にある神社.

崇神天皇の創建といわれる風の神で平安中期以降に朝廷から特別の崇敬を受け、国家の重大事や天変地異に際しては奉幣祈願のための使者が派遣された22社の1つとなり1871.5/14官幣大社に列格.

Photo by hush, 11 Dec. 2004 & 7 Dec. 2008.

境内には日露戦争で捕獲されたロシアの加濃砲(35口径107mmと書かれている資料もあるが、実測では75mm程度)の砲身と305mm砲弾210mm砲弾が奉納されている.

7 Dec. 2008

Up
Down

龍田丸

ボストンで1855建造されたアメリカ木製バーク型帆船Huntressを

65長崎で薩摩藩が$1.9万で購入し龍田丸と改名.

UpDown

日本 龍田級通報艦

868t

pp731x8.38x2.89m

R(直立3連成3気筒)/2 缶(円型)x4 5500ihp 21knt 石炭244t

120mmx2 47mmx4 37mmx5 450mmTTII(旋回式)x2+Ix1=5

無装甲

乗員107

同型艦(1/1894)

龍田.

2檣1本煙突鋼製スクーナー.

Up---------------------------------Down

軍艦龍田

日本@ 龍田級通報艦(1/1)

1891計画甲号水雷砲艦

衝突事故により沈没した千島の保険金を使用してアームストロング/エルジック造船所で93.4/7起工

94.3/14回航委員(6/5水雷長)寺垣猪三(兵6)大尉4/6進水5/5回航委員(6/5-7/13航海長)野間口兼雄(兵13)大尉6/5(-7/13)艦長兼回航委員長出羽重遠(兵5)少佐、軍医長桑原荘吉大軍医(-7/13兼回航委員-/21)7/31竣工

/31出港8/1日清戦争の勃発により/28アデンで採炭中に抑留11/2艦長向山慎吉(兵5)少佐、(-95.5/11)水雷長寺垣猪三(兵6)大尉、航海長(12/13兼水雷長95.3/23-7/29水雷長)荘司義基(兵11)大尉、分隊長牛田従三郎(兵12)大尉

95.1/20抑留解除、出港3/19横須賀到着/21西海艦隊に編入され北清進出/23(-96.4/6)航海長山口九十郎(兵13)大尉5/17(-12/3)分隊長上泉徳弥(兵12)大尉/21征清大総督彰仁親王の乗船横浜丸を護衛して旅順より神戸に帰投/25艦長富岡定恭(兵5)少佐6/15-7/20砲艦赤城と交代して営口に配備

96.4/1(-10/24)艦長藤田幸右衛門(兵4)少佐/15(-11/2)機関長中島与曽八(機旧4)大機関士9/21艦長丹治寛雄(兵5)少佐11/21水雷長矢島純吉(兵12)大尉12/5(-98.3/8)航海長堀輝房(兵16)大尉

97.2/4艦長小倉鋲一郎(兵5)少佐4/12(-11/5)機関長鈴木富三(兵16)大機関士5/14水雷長岡田平次(兵15)大尉6/1艦長大久保保喜造(兵5)少佐(12/1中佐)7/19乗員(8/25分隊長心得)佐野常羽(兵18)少尉(12/1中尉/27大尉、分隊長-98.3/14)

98.3/21通報艦7/8(-99.2/18)航海長加藤寛治(兵18)大尉12/19水雷長広瀬順太郎(兵14)少佐

99.6(-00.5)航海長殖田謙吉(兵18)大尉9/29(-00.5/20)艦長伊地知彦次郎(兵7)中佐、航海長阪本則俊(兵20)大尉12/4水雷長松永光敬(兵15)大尉

1900.5/20(-12/6)艦長志賀直蔵(兵7)中佐12/6(02.4/22兼千代田-6/28)航海長森本義寛(兵22)大尉

01.2/18艦長中村貞邦(兵5)中佐、分隊長心得筑土次郎(兵24)中尉(10/1大尉、分隊長-02.4/22)/19常備艦隊司令官出羽重遠(兵5)の旗艦を浅間から継承3/29(-02.4/22)艦長松井銓太郎(兵8)中佐

02-3呉造船廠で円型缶を水管式缶に換装し3本煙突艦に改造

03.11/11艦長釜屋忠道(兵11)中佐(05.1/12大佐)、分隊長心得小山田繁蔵(兵27)中尉(04.7/13大尉、分隊長-05.3/27)

04.1/21(-05.1/12)水雷長岡田三善(兵16)少佐2/7日露戦争時に済州島近海でロシア、A.Mordukhovich & Co貨物船(サンクト・ペテルブルク)ロシアを拿捕5/15.1050第1艦隊第1戦隊所属として戦艦初瀬等とともに旅順港外を哨戒中、触雷沈没した戦艦初瀬を救助/17戦艦初瀬八島の救援に従事中、座礁後浮揚され横須賀工廠で修復12/19東郷平八郎連合艦隊司令長官を乗せ旅順港外龍王塘に進出し老虎半島を強行偵察

05.1/12(-9/12)航海長岡村秀二郎(兵25)大尉2/25(-06.3/20)水雷長篠崎真介(兵20)少佐3/15艦長山県文蔵(兵11)中佐(8/5大佐)5/27日本海海戦に参加し通報艦千早とともにロシア戦艦クニャージ・スォーロフを雷撃9/23(-12/12)分隊長)大尉12/20艦長佐藤鉄太郎(兵14)中佐

06.1/25艦長山本竹次郎*(兵13)中佐11/22(-07.5/17)艦長大沢喜七郎(兵14)中佐/28(-07.6/13)水雷長小倉嘉明(兵27)大尉

07.1/18装甲巡洋艦筑波等と第2艦隊を編制11/22艦長竹内次郎(兵14)中佐

08.4/11主計長平山慶次郎大主計9/25艦長志津田定一郎(兵15)中佐

09.3/4(10/11兼大和)艦長兼子c(兵15)中佐

10.11/11(-11.6/29)軍医長壁島為造大軍医12/1航海長広田穣(兵32)大尉、分隊長河野通徳(兵32)大尉

11.11/1(-12/11)乗員匝瑳胤次(兵26)少佐

12.3/1艦長原篤慶(兵15)中佐8/28一等砲艦12/1艦長有馬純位(兵17)中佐、(-14.4/1)航海長毛内効(兵33)大尉

13.12/1艦長井手篤行(兵17)中佐

14.9/9(-12/1)艦長四元賢助(兵20)中佐、(-15.2/1)航海長柿田政一(兵34)大尉

15.2/1航海長木村正治(兵35)大尉8/16艦長渡辺真吾(兵21)中佐転任

16.4/1除籍

12/9雑役船舟(潜水艇母船)長浦丸と改名20特務艇(潜水艦母艇)長浦25廃船26売却.

水雷砲艦として建造された唯一の日本艦.

艦名は(1)に由来する.

UpDown

軍艦龍田

日本A 天龍級軽巡洋艦(2/2)

IJN Tenryu class light cruiser.

Illustrated by Iyapopo.

84艦隊計画による1915計画第2号小型(二等)巡洋艦

.12計画承認

16.5/13軍艦龍田と命名

佐世保工廠で17.7/24起工

18.5/1艤装員長(/31-6/25兼膠州指揮官9/20兼艦長)加々良乙比古(兵27)中佐(12/1大佐)/29.1000進水6/1艤装員(9/20-12/1副長)三戸基介(兵32)少佐、艤装員(9/20水雷長)白根貞介(兵34)大尉(12/1少佐-19.9/15)9/10(/20砲術長兼)艤装員広瀬正経(兵36)大尉/20(-/25)航海長山田省三(兵37)大尉12/1砲術長兼艤装員峯信夫(兵34)少佐、航海長兼艤装員福沢哲四郎(兵36)大尉、艤装員(>分隊長)小山家叶(兵33)大尉

19.3/31加々良艦長の指揮下に竣工し佐世保鎮守府籍

7/29砲術長佐田健一(兵35)大尉(12/1少佐)8/5(-12/1)分隊長心得一瀬信一(兵41)中尉12/1第1艦隊隷下に第4第24第32駆逐隊第1水雷戦隊を編制し司令官島内桓太(兵20)少将の旗艦、副長山県武夫(兵32)少佐、(-20.12/1)分隊長心得阪匡身(兵42)中尉

20.1/12副長伊藤完(兵31)少佐7/3(-21.11/1)航海長三川軍一(兵38)大尉8/23砲術長大沢一介(兵35)大尉/29第2水雷戦隊所属として横須賀出港後シベリア出兵に参加9/7小樽帰投10/2艦長大寺量吉(兵27)大佐12/1第25第26駆逐隊第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制、(-21.12/1)砲術長稲垣生起(兵38)大尉、水雷長保村禎一(兵36)大尉転任、(-21.11/1)分隊長上野正雄(兵40)大尉、(-21.5/20)分隊長心得一宮義之(兵44)中尉、乗員中村俊久(兵39)大尉

21.8/19佐世保出港後青島方面で行動/30佐世保帰投11/20艦長心得河村達蔵(兵30中佐(12/1大佐、艦長-22.5/29)12/1予備艦、副長大谷喜四郎(兵31)中佐>今村久茂(兵32)中佐、(-22.6/16)水雷長広瀬末人(兵39)大尉、(22.5/10-7/12兼常磐9/1兼最上-/15)主計長心得舞田親二(経6)主計中尉

22.6/10艦長高橋武次郎(兵28)大佐/30航海長原田清一(兵39)大尉11/20艦長館明次郎(兵30)大佐12/1第1艦隊第1水雷戦隊に編入、副長北川保橘(兵32)中佐

23.5/7(-12/1)分隊長服部勝二(兵44)大尉/10竹内正(兵30)大佐10/15航海長城島高次(兵40)大尉11/1砲術長河口嘉勝(兵39)大尉>大井吉郎(兵38)大尉12/1予備艦、艦長市村久雄(兵31)大佐、(-24.12/1)分隊長上阪香苗(兵43)大尉

24.3/6兼吾妻艦長吉田茂明(兵30)大佐/19.0853佐世保鎮守府第1回基本練習中、佐世保港外伏瀬灯台の南方で第43潜水艦と衝突し第43潜水艦が乗員45名全員とともに沈没/25艦長松崎直(兵31)大佐7/15(-12/1)水雷長後藤英次(兵37)少佐9/15砲術長福田貞三郎(兵40)大尉(25.12/1少佐-26.5/1)11/10艦長柴山司馬(兵32)中佐(12/1大佐)12/1副長久保忠道(兵34)中佐転任、(-25.12/1)航海長石川茂(兵40)大尉

25.3/2(-12/1)分隊長田原吉興(兵43)大尉6/6第1遣外艦隊に編入され佐世保出港後長江方面で行動8/29佐世保帰投/31予備艦12/1艦長新山良幸(兵32)大佐、(-26.5/1)航海長城島高次(兵40)少佐、(-27.1/20)水雷長篠田勝清(兵44)大尉、分隊長折田常雄(兵49)中尉

26.2/1(-27.12/1)副長鈴木清(兵35)中佐5/20艦長高木平次(兵31)大佐11/1艦長岩村兼言(兵31)大佐、分隊長山内提象(兵49)中尉(12/1大尉-27.12/1)/15砲術長倉員仁一郎(兵38)少佐>内田市太郎(兵40)少佐、(-27.12/1)航海長野元為輝(兵44)大尉12/1第25第26、第27、第28駆逐隊第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制

27.1/20(-12/1)水雷長松原博(兵45)大尉12/1予備艦、(29.2/8兼出雲)艦長山本松四(兵33)大佐、(-28.2/1兼襟裳3/1兼夕張-29.6/1)軍医長都富亭(長崎医専)軍医大尉

28.12/1副長山之内種助(兵35)中佐>(-29.11/30)藤瀬勝(兵36)中佐

29.4/10(-11/30)水雷長加瀬三郎(兵44)大尉、(-30.12/1)砲術長酒井原繁松(兵46)大尉5/1艦長川名彪雄(兵34)大佐11/20(-30.11/1)航海長有村不二(兵47)大尉/30佐世保鎮守府部隊に編入、艦長丹下薫二(兵36)大佐、水雷長脇田喜一郎(兵48)大尉12/1(-30.11/1)副長辻田正一(兵38)中佐

30.10/30or11/20艦長作間応雄(兵36)中佐(12/1大佐)12/1予備艦、水雷長脇田喜一郎(兵48)大尉>有本輝美智(兵50)大尉

31.2/1機関長稲見信衛(機20)機関少佐転任(欠員)3/15(-12/1)分隊長橋本卯六(兵50)大尉12/1佐世保鎮守府部隊に編入、艦長松木益吉(兵37)大佐

32.12/1艦長藍原有孝(兵38)大佐

33.4/16佐世保工廠で前檣と羅針艦橋を一部改造11/15佐世保警備戦隊旗艦、艦長大島四郎(兵36)大佐、航海長青山茂雄(兵48)大尉>(-35.11/15)後藤茂(兵48)少佐12/11佐世保警備戦隊に編入

34.3/12第21水雷隊(千鳥友鶴)を率いて寺島水道出港後長崎県西彼杵半島=五島列島間の大立島南方海域で夜間演習中、友鶴が転覆/13.0700友鶴を曳航して佐世保入港11/1艦長原忠一(兵39)大佐、水雷長塚本守太郎(兵50)大尉>相馬正平(兵50)大尉、(-35.11/15)分隊長平井又雄(兵52)大尉/15第16(駆逐艦朝顔芙蓉刈萱)、第28駆逐隊(駆逐艦)とともに第3艦隊隷下に第5水雷戦隊を新編し司令官下村正助(兵35)少将の旗艦に指定

35.11/15佐世保警備戦隊予備艦、艦長八代祐吉(兵40)大佐、副長市村茂松(兵41)中佐>(-36.4/15)松本一郎(兵45)中佐、砲術長吉本家彦(兵50)大尉>嶋村活二(兵50)大尉

36.6/1艦長福田貞三郎(兵40)大佐11/20第3艦隊第10戦隊に編入

37.4/1艦長高柳儀八(兵41)大佐7/28第10戦隊第3艦隊に編入10/20第4艦隊第14戦隊に編入12/1第3艦隊第10戦隊に編入、艦長山口次平(兵41)大佐、副長川崎晴実(兵46)中佐

38.1/4航海長山内正規(兵51)少佐>臨時航海長宮崎勲(兵52)少佐7/1第10戦隊は第5艦隊に編入8/20(39.1/15-28兼香久丸)艦長伊藤安之進(兵42)大佐12/15予備艦

39.5/25(7/1兼能登呂)艦長松良考行(兵40)大佐10/20-11/15舞鶴回航時、臨時航海長田ヶ原義太郎(兵50)少佐11/15副長杉野健次(兵47)中佐>勢経雄(兵48)中佐12/1舞鶴鎮守府籍に転籍

40.9/25艦長沢正雄(兵44)大佐10/15砲術長有賀文吉(兵専1)少佐転任11/15練習巡洋艦鹿島第4艦隊隷下に第18戦隊を編制、副長田口正一(兵49)中佐転任(欠員)

41.5/8呉入港/10-6入渠/25横須賀出港後南洋方面で行動7/15舞鶴入港8/6-20入渠/20艦長馬場良文(兵46)中佐(10/15大佐)9/1舞鶴出港/12-12/2トラック寄港/5-8ルオット寄港後第1次ウェーキ攻略作戦に参加/13-21ルオット寄港/22第2次ウェーキ攻略作戦に参加/27-31ルオット寄港

42.1/3-20トラック寄港後カビエン攻略作戦を支援2/3カビエン出港後スルミ攻略作戦を支援3/2トラック出港後ラエサラモア攻略作戦を支援/14ラバウル出港後ブーゲンヴィル島攻略作戦を支援

4/5カビエン出港後アドミラルティー諸島攻略作戦を支援/10-28トラック寄港後ポート・モレスビー攻略作戦を支援5/13クインカロラ出港/24舞鶴入港6/3-13入渠/16出港/23-30トラック寄港後ソロモン方面で行動

7/9ラバウル入港/14第18戦隊は第8艦隊に編入/20艦長吉村真武(兵45)大佐8/12ラバウル付近でラバウル方面の補給線確保に従事9/6.0200駆逐艦とともにミルン湾に突入しイギリス船安順Anshun(3188T)を撃沈しGili Gili埠頭を砲撃

10/6ラバウル出港後ガダルカナル島輸送に従事11/2ラバウル入港/5トラック入港/15機関長永山寿秋(予備)機関大尉12/18天龍の被雷沈没により/20第18戦隊を解隊/24第8艦隊付属に編入

43.1/7艦長船木守衛(兵48)大佐/12トラック出港/19舞鶴入港2/6-18入渠3/28舞鶴出港後内海西部に回航

4/1第6駆逐隊、駆逐艦新月第1艦隊隷下に第11水雷戦隊(木村進少将)を新編し旗艦/5艦長小川莚喜(兵46)大佐

8/19-25呉工廠で入渠整備9/9呉出港後主力部隊訓練水上部隊

10/11呉出港後宇品に回航され戦艦山城伊勢とともに第52師団(柏)を収容/15佐賀関出港後第32駆逐隊(駆逐艦涼波藤波早波)に護衛されて/20-2トラック寄港/23ポナペに寄港し兵員等を揚陸(丁3号作戦)/24-5トラック寄港/26ポナペ寄港/27-31トラック寄港11/6徳山入港/7呉回航12/15第11水雷戦隊司令官が高間完(兵41)少将に交代/22艦長島居威美(兵47)大佐

44.2/10呉工廠で整備完了/10-20播磨造船所で入渠整備後呉に回航/25第1艦隊の解隊により第11水雷戦隊(高間少将)は連合艦隊付属に編入3/4呉出港/6-9横須賀寄港後木更津沖で輸送物件を搭載/12.0400駆逐艦野分朝風夕凪卯月、海防艦平戸第20号掃海艇、敷設艇測天巨済を率いて出港後高岡丸等からなる東松2号(往航)船団をサイパンへ護送中/13.1536八丈島の西南西約45km(32゚52'N/139゚12'E)で貨物船国陽丸とともにアメリカ潜水艦(SS381)サンド・ランスの発射した魚雷1本を受けて2時間10分後に沈没し乗員26名が死亡8名が重傷、高間第11水雷戦隊司令官、島居艦長を含む生存者を野分卯月が救助

5/10除籍.

IJN Tenryu class light cruiser Tatsuta.

信号符字JLEA.

艦名は(1)に由来する.

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龍田丸

日本郵船客船(東京)

三菱造船長崎造船所に1927.5/16姉妹船浅間丸とともに船価\1127.4万で発注され451番船として12/3起工29.4/12進水30.3/15竣工

4/25横浜出港後サン・フランシスコ航路に就航

38.7/28太平洋横断100回を記録

41.8/4潤滑油1600本(320kl)を搭載してサン・フランシスコ出港(アメリカから日本に輸出された最後の石油類)10/15木村庄平船長の指揮下に横浜出港後ホノルル経由(往復とも)でサン・フランシスコに入港し居留民の引揚に従事11/14-12/2横浜寄港後ロサンゼルスへ航行中/8開戦により反転/14横浜入港

42.1/17海軍が徴用し横須賀鎮守府所運送船となり海軍省所属7/2徴用解除/30日英交換船として横浜出港後上海サイゴンを経て8/13シンガポール出港/27-9/2ポルトガル領東アフリカ(現在のモザンビーク)、ロレンソ・マルケス(現在のマプート)寄港後/17シンガポール/27横浜帰港10/24船舶運営会が徴傭11/11上海の東方300km(31゚27'N/124゚24'E)で衝突事故により沈没した神戸丸天山丸乗員を救出12/11海軍が徴用し佐世保鎮守府所管運送船(雑用船)となり海軍省所属/23-5マニラ寄港/26第2下船倉から出火(鎮火)/28バリクパパン入港

43.1/29-2/8.1600横須賀寄港後駆逐艦山雲に護衛されてトラックへ航行中.2215御蔵島の東南東約75km(33゚45'N/140゚25'E)でアメリカ潜水艦(SS175)ターポンの発射した魚雷を船尾に受け.2237船首を立てて沈没し臨時海上護衛総司令部近野信雄(兵48)大佐、木村庄平船長等乗員198と海軍術科学校卒業生等乗船者1283計1481名全員が死亡(山雲が数名を救助したという記載もある)3/10徴用解除.

16975or55(#591、8170)T oa178.00pp170.7x22.0x(12.9)x8.7m D(三菱ズルツァー8気筒単動2サイクル)x4/4 13500(連続最大20663)bhp 21.2(航海19.0)knt 一等239二等96三等504.

船舶番号35362.

信号符字JFYC.

浅間丸級客船3隻の第2船(艤装中の軽微な火災事故により竣工は3番船秩父丸より5日遅い).

艦名は(2)に由来する.

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龍田川丸

東洋海運貨物船

川南工業株式會社香焼島造船所で1940.11/7起工41.7/24進水9/10竣工

42.7/3海軍が徴用/20横須賀鎮守府所管特設運送船(雑用船乙)となり海軍省に配属

44.5/3-4.1400館山寄港後慶洋丸等と第3503船団を編制/13-22サイパン/27-6/3トラック/7サイパン入港/11アメリカ第58任務部隊空母搭載機の来襲により慶洋丸等とともに本土に退避中/12マリアナ諸島アラマガンAlamagan島西方約185km(17゚32'N/144゚10'E)でアメリカ艦載機の爆撃を受けて沈没9/10除籍/20徴用解除.

1923(1063)T pp82.30x12.20x(6.20)m R(3連成)x1/1 1572ihp 13.1knt.

船舶番号48734.

信号符字JWGQ.

木曽川丸級貨物船4隻の第4船.

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龍田丸

日本海洋漁業漁船

金指造船清水工場で1945.6竣工

79解撤.

543T pp50.6x8.2m D/1.

船舶番号56009.

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巡視船たつた

海上保安庁(1) とかち級巡視船(2/2)PS52

1953計画350T型(小型)巡視船

IHI呉造船所で54.7/2第2番船として進水9/10竣工し第7管区海上保安部仙崎海上保安部に配属

58.4/25第1管区海上保安部稚内海上保安部に配属

61.1/9第2管区海上保安部小名浜海上保安部に配属された巡視船(PS01)くまの代船として八戸海上保安部に配属5/1八戸海上保安部に配属された巡視船(PM10)おくしりと交代して青森海上保安部に配属

68.11/1(PM52)

80.8/29竣工し青森海上保安部に配属された巡視船(PM02)おいらせと交代して/1解役.


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Last up-dated, 1 Dec. 2017.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

IJN Tenryu class light cruiser. Illustrated by Iyapopo.

Tatsuta.

Ver.1.17a.

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