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Aoi.
葵.あおい.
[植物]アオイ(アフヒ)
(1)
アオイ目Malvalesアオイ科Malvaceaeの植物中、フヨウ(芙蓉)、ムクゲ(槿)、ワタ(綿)等の木本類を除くタチアオイ(立葵)Althaae
rosea、フユアオイ(冬葵)Malva verticillata、ゼニアオイ(銭葵)M.sylvestris、トロロアオイ(黄蜀葵)Abelmoschus
manihot、モミジアオイ(紅葉葵)Hibiscus coccineus等の草本類の総称.
「万葉集」に「梨(なし)なつめ黍(きみ)に粟(あわ)嗣(つ)ぎ延ふくずの後も逢はむと葵花咲く」の1首があり、宴席の食膳に並んだ梨、棗、黍、粟、葛と一緒に詠まれていることから、古代にアオイと言えば、薬(種子)、食(葉)両用のフユアオイを指したものと考えられている.
フユアオイMalva
verticillata.
近世以降はハナアオイ(花葵)とも呼ばれることがある鑑賞用のタチアオイを指すことが多い.
タチアオイは地中海沿岸原産の越年草で高さ約2m、葉は心臓型で浅裂、6月頃に茎が伸び葉の腋に大型の紅、桃、白、黄、紫等の5弁花からなる長い花穂をつくる.

タチアオイAlthaea rosea.
同じく観賞用で、ヨーロッパ原産のゼニアオイは元禄年間(1688-1704)以前に渡来している.
中国では「葵」はヒマワリを指す字でアオイは錦葵、タチアオイは戎葵または蜀葵と表記される.
英名アルシーア.ホリホック.マロウ.
アオイ目Malvalesはパンヤ(斑枝花)、アオギリ(梧桐)、シナノキ(科ノ木)、ホルトノキ(ホルトノ木)科とアオイ科の5科からなる.
アオイ科MalvaceaeはマロペMalope、フヨウHibisceae、ゼニアオイMalvaceae、ボンテンカ(梵天花)Ureneaeの4連で構成され、熱帯を中心に世界中に木、草本あわせて約90属1500種が分布、日本には4属8種が自生している.
マロペ連はキタイベリア属Kitaibelia1種、マロペ属Malope3種とパラウア属Palaua18種で、
フヨウ連はトロロアオイ属Abelmoschus15種、ワタ属Gossypium40種、フヨウ(芙蓉)属Hibiscus約250種、ラグナリア属1種、テスペシア属約15種等40属で、
ボンテンカ連はボンテンカ属6種、ヒメブッソウゲ属Malvaviscus3種、ヤノネボンテンカ属Pavonia170種等9属で構成される.
ゼニアオイ連はイチビ属Abutilon40種、タチアオイ属Althaae約60種、ゼニアオイ属Malva30種、キンゴジカ属Sida200種等約40属で構成される.
(2)
アオイ科に似た植物の俗称.
ウマノスズクサ(馬鈴草)科Aristolochiaceaeカンアオイ(寒葵)属Asarumのフタバアオイ(二葉葵)A.caulescens、カンアオイA.nipponicum、フウロソウ(風露草)科テンジクアオイ属(天竺葵)のテンジクアオイ等、ハート型の葉を持つ植物.
ゼラニウムはセイヨタチアオイとも呼ばれる.
シラネアオイ科は日本に自生する約200科の植物中、コウヤマキ科とともに日本特産で、1科1属1種の植物.
特にフタバアオイ.
葵紋は、賀茂葵の異称でも知られるように例年5/15(本来は陰暦4月酉の日)に行なわれる京都上下両賀茂神社の葵祭に公家等がこの若葉を髪に付けたことから、両社の社章になったのが起源である.
1969.8の放映開始以来、現在まで続くTV時代劇「水戸黄門」で印籠につけた葵紋を示すシーンでも有名な徳川将軍家の三葉葵紋はその祖を賀茂朝臣松平太郎左衛門としたことに由来する.
ただし、劇は実話ではなく、その主人公徳川(水戸)光圀Tokugawa
(Mito) Mitukuni、1628-1700自身は痔疾の持病があり、ほとんど旅はしていないとの考証もある.
光圀は水戸28万石2代目藩主で、中納言(黄門はその中国名)であったことから、水戸黄門と呼ばれた.
1657「大日本史」397巻226冊の編纂を開始(1906完成)し水戸学の基礎を築いたが、その過程で家臣を諸国に派遣した.
この旅行の事実と光圀の伝記「桃源遺事」、「久夢日記」から生み出された実録「水戸黄門仁徳緑」が組合わさって講釈師が幕末に考案した戯作「水戸黄門漫遊記」が作られ、明治時代の講釈師玉田玉知が助さん、格さんを連れて諸国漫遊する現在の水戸黄門に仕立て上げたといわれる.
劇中で使用されている葵紋は3葉が接触していない徳川宗家のものであって、実際には水戸徳川家が使用することは許されなかったものである.もし、実際に使用されていたとしたら切腹ものであったと思われる.
a
b
c
aは家康の使用したもの、bは家重の使用したもの、cは葉の先端部が接触している徳川葵と呼ばれるもので、将軍家以外はこちらを使用した.なお葵葉の芯は家康、秀忠、家光の3代が33芯、家綱が19芯と23芯、綱吉が23芯と27
芯、家宣が31芯と35芯、吉宗が23芯、家重、家治、家斉の3代が13芯を使用し、以後、13芯が定着した.
「水戸黄門漫遊記」ではさすがに印籠は使用されず、さまざまな場所に書かれた「水隠梅里」という光圀の俳号を見て、大名に気づかせると言う形態を取っている.
古名はアフヒで、葉の集まりに向日性があり、日を仰ぐことから仰日(アフヒ)と呼ばれたとも、神を饗応する日から饗ふ日(アフヒ)とも言われる.
朝鮮語のahokに由来するものとも言われる.
夏の季語.
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日本@ 樅級駆逐艦(10/21+15)
IJN Momi class destroyer.
Illustrated
by Iyapopo.
1917計画第13号(二等)駆逐艦として川崎重工業神戸造船所に発注19.5/24駆逐艦葵と命名20.4/1起工11/9進水/20艤装員長千谷定衛(兵34高知)少佐12/20千谷艦長の指揮下に竣工し/10竣工した姉妹艦菊とともに駆逐艦江風、谷風からなる第14駆逐隊に編入
21.2/18菊とともに皇太子(昭和天皇)訪問の答礼として来日中に宮島を訪問したフランス、ジョッフル陸軍元帥一行を乗せ江田島回航
25.1/6艦長鈴木幸三(兵36福島)少佐
37.7/7日中戦争の勃発により菊等とともに旅順より華北へ派遣
39.12/10第14駆逐隊解隊
40呉工廠で魚雷発射管の撤去工事等を実施
4/1特務艇第31号級哨戒艇(2/9)哨戒艇第32号と改名41擱座放棄42除籍.
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葵丸
扇町タンカー、タンカー
石油海運(小樽)
持丸造船(横浜)で1931.5/14起工9/15進水10/15竣工
40.12/19海軍が徴用
41.10/11改装工事に着手/15呉鎮守府所管特設運送船(給油船乙)となり横須賀海軍軍需部に配属11/15工事完了後連合艦隊に配属され大湊を基地に第5艦隊第22戦隊特設哨戒艇への給油任務に使用
43.8/21三菱石油12/1三菱汽船に移籍
44.5/20近海油槽船運航に移籍
45.6/30徴用解除と同時に除籍され船舶運営会が使用8/15敗戦時、残存(X005)11/29徴用解除
46.8/10除籍
55以前に光栄海運(館山)に売却
68-9昭和油槽船(東京)がチャーター
69.4-70.3京浜タンカーがチャーター
72現存.
128t.
船舶番号36924.
旧名第5清隆丸.
2檣スクーナー型機帆船.
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葵丸
東京湾汽船客船
三菱重工業神戸造船所で1933.4進水6/8竣工し東京=大島=下田航路に就航
39.12/7伊豆大島北端の乳ヶ崎海岸で座礁事故により全損.
937(昭和造船史)or965T Dx1 900bhp 14.783knt
乗客650(3等単級).
船舶番号37749.
菊丸の大型改良型.
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葵丸
昭和鉱業貨物船(東京)
占部(大阪)造船所で1935.5進水
37海軍が徴用し特設掃海艇として珠江方面で使用
40兵員輸送に従事
41.12/8海軍が徴用/9-29木更津造船で艤装/20呉鎮守府所管特設掃海艇/31呉防備戦隊第34掃海隊に編入され大分県佐伯を基地として豊後水道北部の掃海任務等に従事
43.10/31.0600佐伯出港後第17号掃海艇等とともにでらごあ丸等からなるオ112船団を護送中
11/1夕刻、第17号掃海艇等と分離し第3拓南丸等と船団護衛を継続/2.0030頃、和歌山県潮岬南方550km付近ででらごあ丸が被雷後対潜戦闘中、うめ丸、千早丸、愛媛丸が被雷沈没/11パラオ入港
WW2後加藤汽船(神戸)が購入し貨客船に改造され四国航路に就航
63.7貨物船.8個人に売却後大八州海運(松江)が購入
70以前に廃船.
358>385>390T D.
船舶番号40697.
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1942戦時建造補充(改D)計画丁型(一等)駆逐艦第5515号艦として44-5臨時軍事費により建造予定中の日本、改松/橘級駆逐艦(/14+9+33)茜○の予定艦名を
葵○に変更
45計画中止.
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舞鶴工廠で1940建造されWW2中、舞鶴鎮守府で使用46飯野産業に貸与された旧日本海軍100t型曳船を
53飯野重工業と社名変更以前に葵丸と命名
71現在、日立造船舞鶴工場で使用中.
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コンメリシアル鉄工所ポートランド造船所でLCS(L)98として1944.10竣工したアメリカ、LSSL1級大型上陸支援艇(98/130)LSSL98が
53.2/16日米船舶賃借協定第2次引渡船として横須賀で警備船(PF7)にれ等とともに日本に貸与され海上警備隊、ゆり級警備船(8/53、LS8)あおいAと改名し姉妹船(LS7)すみれ等とともに横須賀地方隊隷下に第12船隊を新編
8/16第12船隊は第2船隊群に編入
54.4/10姉妹船(LS11)あかね、(LS46)かるかや、(LS49)すいせんと第20船隊を新編し第20船隊は警備船(PF9)うめ等とともに第3船隊群を新編
7/1海上自衛隊の発足により警備艇となり第3船隊群第20船隊を第1警戒隊群第10警戒隊に改編
55.5(#183)or7(SD)/1第10警戒隊を横須賀地方隊に編入
57.9/1(LSSL408)
58.3/27第10警戒隊を解隊し姉妹船(LSSL401)ゆり等とともに同級中、最初に除籍されアメリカに返還.
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あおい
海上保安庁(1) あやめ級巡視艇(6/52)CS50
1951計画12m型木製巡視艇として墨田川造船(東京)で4/29竣工し第5管区海上保安部小松島海上保安部に配属
54.5/1(CS06)
65以降に神ノ浦海上保安署に配属
73.12/3解役.
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あおい
海上保安庁(2) やまゆり級巡視艇(19/64)CL219
1978補正計画改15m型巡視艇として墨田川造船(東京)で79.3/8起工10/5進水/31竣工し第8管区海上保安部舞鶴海上保安部に配属
99.3/31竣工し舞鶴海上保安部に配属された巡視艇(CL108)あおいと交代して/17解役.
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あおい
海上保安庁(3) すずかぜ級(幅広型)巡視艇(98/104+)CL108
1998.12/11計画承認され98第3次補正計画20m型巡視艇としてニッスイマリン工業(98.7若松造船を改名、北九州)で99.3/31竣工し/17解役された巡視艇(CL219)あおいと交代して第8管区海上保安部舞鶴海上保安部に配属
2008在籍.
第8管区海上保安本部.
Since 28 Nov.2001.
Last up-dated,
30 Aug. 2008.



The Encyclopedia of World ,Modern Warships.
#35
Aoi.
Ver.1.08a.
Copyright
(c)
hush ,2001-8. Allrights Reserved.
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