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Itsukushima.  厳島(巌島).

厳島丸 厳島級海防艦 改厳島/松島級海防艦 厳島艦>軍艦厳島@ 厳島丸(山下汽船) 

厳島級機雷敷設艦 軍艦厳島A 厳島丸(共同漁業>日本水産) 厳島丸(関西汽船) 

[地名]厳島(宮島).

写真提供奥本剛船長

Special thanks !

広島県佐伯郡宮島町(2005.11/3廿日市市に編入)、広島湾の南西に横たわる島.

島の北岸に安芸国一宮である厳島神社があり、安芸宮島の別称で親しまれる.

厳島神社の創建は推古元年(593)佐伯鞍職によると伝えられており、「日本後記」には811伊都岐島神を名神に列したと記されたが、海神として平氏の崇拝を受け、清盛の寄進により海上に大規模な社殿が設けられた1991厳島神社の能舞台と能楽屋が台風により倒壊し94修復された.

橋立松島とともに、日本3景の1つとして知られる名勝で、大願寺の弁天は竹生島江ノ島とともに日本3大弁天の1つとして、また鳥居は春日大社気比神宮と並んで日本3大木造鳥居の1つとして知られる.

島名は神を「いつき守る島」を意味する.

弥山を最高峰とする花崗岩系統の山地で構成され、北端の岬を聖埼と呼ぶ.

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厳島丸

運送船

1903.12/30(-04.2/23)乗組監督官上田良武(兵28)中尉.

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日本 厳島級海防艦

IJN Itsukushima class cruiser Itsukuhima. Illustrated by SUDO.

4217n4278t

wl91.81x15.6x6.05m

R/2 5400ihp 16.5knt 石炭680t

320mmIx1+0=1 120mmIx11 保式47mmx16 360mmTTx4

甲板50砲塔300砲盾100mm

乗員360

同型艦(3+1or2/1891-4)

厳島.橋立.

Made by RIRO

IJN Itsukushima class cruiser Hashidate.

Courtesy of

Special Thanks !

設計エミール・ベルタン.

戦艦長門副錨と三景艦の主砲弾.

岡崎市欠町岡崎市東公園にて.

2011年8月27日.

准姉妹艦とともに日本三景の名を採用しているため、三景艦と称された.

4番艦は計画段階で予定を変更され秋津洲級防護巡洋艦として竣工した.

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日本 改厳島/松島級海防艦

IJN Itsukushima/Matsushima class coast deffense ship Matsushima. Illustrated by A-140.

4217t

wl91.81x15.6x6.05m

R/2 5400ihp 石炭680t

320mmIx0+1=1 120mmx12 保式47mmx16 1pdrx6 360mmTTx4

同型艦(1/1892)

松島.

Maked by RIRO

IJN Itsukushima/Matsushima class coast deffense ship Matsushima.

Courtesy of

Special Thanks !

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厳島艦>軍艦厳島IJN Itsukushima

日本@ 厳島級海防艦(1/3+1or2)

IJN Itsukuhima. Illustrated by SUDO.

1885計画第1(一等)海防艦

87.6/6厳島艦と命名

地中海鉄工造船所(フォルジェ・シャンテイエ・ドゥラ・メディテネ)/ロワール造船所で88.1/7起工

9/21軍艦厳島と改名

89.7/11or18進水10/16回航事務取扱(91.4/13副長)橋本正明(兵5)大尉(90.10/16少佐)

90.9/24回航委員長(91.4/13-92.7/12艦長)磯部包義大佐

91.4/13回航委員(-92.7/12兼航海長)松本和(兵7)大尉、(-92.12/21)水雷主機(-8/24兼回航事務取扱委員)種子田右八郎(機旧3)大機関士、(-5/16)主計長兼回航事務取扱委員土井順之助大主計9/3磯部艦長の指揮下に竣工

.11フランス発12/24アデンで回航委員林譲作(兵5)大尉が死去

92.5/21横須賀到着/23水雷長寺垣猪三(兵6)大尉7/12航海長梶川良吉(兵7)大尉、(-93.5/30)主計長福永吉之助大主計、(-10/7)軍医長本多忠雄(東大医)大軍医/26(-93.6/23)機関長吉田貞一機関少監9/5艦長伊地知弘一大佐

93.3/13水雷長木村浩吉(兵9)大尉11/8(-94.6/8)水雷長外波内蔵吉(兵11)大尉12/20副長富岡定恭(兵5)少佐

94.2/26(-3/21)艦長尾形惟善大佐6/9(-95.6/5)航海長坂本一(兵7)大尉/28艦長横尾道c(兵2)大佐7/19姉妹艦松島等とともに黄海海戦で清国艦隊と交戦8/1開戦後大連旅順、威海衛、澎湖諸島攻略等に参加12/10分隊長(95.7/29-10/29水雷長)依田光二(兵12)大尉/17(-95.6/5)艦長有馬新一(兵2)大佐

95.5/25副長中山長明(兵5)少佐7/29(-12/24)航海長坂本一(兵7)大尉9/28艦長松永雄樹(兵2)大佐、(-96.4/1)砲術長土屋保(兵9)大尉10/29(-12/21)水雷長加藤定吉(兵10)大尉11/16or18常備艦隊(井上良馨中将)旗艦を継承12/27(-96.4/20)副長井上敏夫(兵5)少佐

96.1/7常備艦隊旗艦を高雄に継承、(-3/26)軍医長芳村晋Susumu軍医少監4/1(-11/2)砲術長小泉鞫セ郎(兵8)大尉/18姉妹艦松島と交代して艦隊編成より除去8/13艦長平尾福三郎(兵2)大佐11/2(-97.8/25)航海長東郷静之介(兵13)大尉12/26副長宮岡直記(兵6)少佐(97.12/1中佐)

97.12/1水雷長久保来復(兵17)大尉/27(-98.1/22)副長坂本一(兵7)中佐

98.2/22分隊長山口鋭(兵17)大尉>吉田辰男(兵17)大尉3/21二等巡洋艦4/29(-11/2)航海長竹内次郎(兵14)大尉(10/1少佐)、(-12/3)水雷長菅野勇七(兵17)大尉5/23(-99.6/17)副長西紳六郎(兵8)中佐10/1艦長斎藤実(兵6)大佐11/10艦長舟木錬太郎大佐

99.2/2(-10/13)機関長三宅甲造機関中監3/22(-10/13)艦長細谷資氏(兵5)大佐、(-10/3)軍医長石原純固Sumikata軍医少監

1900.6/14(-9)航海長四元賢助(兵20)大尉/19(-01.8/30)艦長新島一郎(兵5)大佐、(-01.8/30)副長木村浩吉(兵9)中佐/20砲術長(7/10-8/14兼呉鎮守府艦隊参謀)町田駒次郎(兵15)少佐.8-11北清事変で上海の警備に従事12/6(-01.8/30)砲術長竹内重利(兵20)大尉/27乗員(01.8/30軍医長心得-02.4/23)栗田俊三中軍医

01呉造船廠で主缶を円型からベルヴィーユ式に交換2/25姉妹艦橋立とともに海兵28期卒業生102名を乗せて新島先任艦長の指揮下に横須賀出港後マニラバタヴィアシンガポールバンコック香港仁川釜山元山ウラジオストックを経て8/14横須賀帰投/30軍医長心得栗田俊三中軍医9/2(-02.1/20)大和主計長柏木正文(東大法)大主計が主計長を兼任

02.4/22(-10/6、7/1兼吉野)軍医長加藤安吉大軍医10/6副長佐藤鉄太郎(兵14)中佐、機関長(-03.9/26)村田愛吉(機旧4)機関中監/23艦長松本和(兵7)大佐

03.2/15松島橋立と練習艦隊を編制し海兵30期卒業生を乗せて横須賀出港後香港シンガポール、ペルス、アデレードメルボルンホバートシドニー、木曜島、タウンズヴィル、アンボイナ、マニラ、オロンガポ、仁川を経て8/21横須賀帰投9/26(-04.6/19)艦長成田勝郎(兵7)大佐、(-12/28)副長藤本秀四郎(兵11)中佐、(-04.1/27)機関長入沢敏雄(機旧4)機関中監11/5(-04.12/27)水雷長東条明次(兵21)少佐

04.2/10日露開戦時、第3艦隊旗艦となり第5戦隊(橋立松島厳島鎮遠)所属として従軍4/18(-10/15)副長上村翁輔(兵14)中佐7/13(-05.1/12)艦長丹羽教忠(兵8)大佐8/9大連、龍王塘沖で林純一(兵29)中尉が死亡

05.1/21艦長土屋保(兵9)大佐2/5(-6/21)軍医長中尾太一郎軍医中監5/27-8日本海海戦に第5戦隊所属として参加6/14橋立松島とともに第4艦隊隷下に第8戦隊を新編、(-11/21)航海長小牧自然(兵25)大尉7/24(-06.9/28)水雷長今泉哲太郎(兵25)大尉8/5砲術長武光一(兵26)大尉11/21砲術長藤原英三郎(兵21)少佐12/20第8戦隊の解隊により練習艦

06.1/25(-8/30)砲術長小林躋造(兵26)大尉2/15練習艦隊(島村速雄少将)を橋立松島と編成し海兵33期171名の実務練習として横須賀出港後旅順芝罘、威海衛、青島呉淞香港マニラ、木曜島、タウンズヴィルメルボルンシドニーバタヴィアシンガポール澎湖島、竹敷、元山、大湊を経て8/25横須賀帰投9/28副長西尾雄次郎(兵17)中佐、水雷長海老原啓一(兵22)少佐10/12艦長名和又八郎(兵10)大佐

07.1/19(-8/5)副長松岡修蔵(兵14)中佐8/5艦長小花三吾(兵11)大佐、(-08.11/20)砲術長永野修身(兵28)大尉、(-08.9/25)軍医長加藤安吉軍医少監/26(-08.8/28)副長大山鷹之介(兵17)中佐、水雷長寺岡平吾(兵27)大尉11/20横須賀出港後橋立松島練習艦隊(吉松茂太郎少将)を編制し海兵35期171名の実務練習として横須賀出港後香港サイゴンシンガポールペナン、プロウエー、トリンコマリーコロンボバタヴィアマニラを経て

08.4/27馬公入港/30馬公寄航中、松島が爆沈後佐世保、大連釜山、大湊を経て8/2横須賀帰投9/1艦長田中盛秀(兵13)大佐/25航海長佐川英夫(兵27)大尉転任12/10(-09.12/1)艦長笠間直(兵13)大佐(-09.10/11兼姉川艦長)

09.10/11砲術長含川清治(兵28)大尉>太田信諦(兵27)大尉

10.6/3兼姉川艦長小黒秀夫(兵15)大佐/22(-9/28)艦長田所広海(兵17)大佐(-9/25兼姉川艦長)9/28(-12.4/20)副長吉田孟子(兵18)中佐12/1艦長秀島成忠(兵13)大佐

11.4/12分隊長竹内正(兵30)大尉12/1艦長南里団一(兵17)大佐

12.8/28二等海防艦となり運用術練習艦として使用12/1(-13.12/1、13.4/1兼教官)航海長広田穣(兵32)大尉

13.4/1(-14.2/15)教官高橋良司(兵28)少佐11/5(-14.8/23)艦長久保来復(兵17)大佐12/1(-14.8/5)教官瀬崎仁平(兵32)大尉、(-15.4/22)片桐英吉(兵34)大尉

14.5/27(-15.2/1)航海長吉武純蔵(兵32)大尉12/1艦長増田高頼(兵18)大佐

15.5/1横須賀海兵団長兼艦長岡田三善(兵16)大佐、兼壱岐軍医長高橋通麿(東大医)大軍医9/1(-12/13)軍医長生田善次(愛知医専)大軍医12/13(-16.4/1)兼横須賀海兵団機関長藤沢磐(機7)機関中佐

16.3/15兼呉海兵団長本田親民(兵17)大佐11/1軍医長菅原佐平(東大医)大軍医12/1呉海兵団長兼艦長糸川成太郎(兵20)大佐

17.3/1(-6/1)軍医長伏島忠雄(千葉医専)大軍医

18.12/1(21.12/1-22.1/31兼潜水学校長-11/10)艦長兼呉防備隊司令福田貞助(兵21)大佐(20.12/1少将)、(-20.5/26)兼呉防備隊軍医長会田常次(仙台医専)軍医少監(19.9/23軍医少佐)

19.4/1雑役船厳島丸と改名され潜水艇母船係留用

20.7/1特務艇厳島と改名され潜水艦母艇として使用.6潜水学校浮校舎として使用9/15雑役船

24.7/31校舎任務終了

25.4/14廃船

26.3/12除籍

39.10/14舞鶴飯野商事呉支店に売却11/29-40.7呉吉浦で解体.

IJN Itsukushima/Matsushima class coast deffense ship Itsukushima.

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厳島丸

スワン・ハンター&ウィガム・リチャードソン/ウォルセンド・オン・タイン造船所で105番船として1887.7/28進水98Duke of Fifeと改名されたイギリス、 Elderslie S.S.Co Ltd貨物船Fifeshireを

17.2/1山下汽船が購入し厳島丸と改名

18.7/19売却

33解体.

3821>3859T pp105.2x14.5m R/1.

船舶番号7081.

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日本 厳島級機雷敷設艦

1970s2047(公試)t

wl104.00pp100.00x11.83x3.22m

D(MAN、ラ式1号)x3/3 3000bhp 17.0knt 5000nm/10knt

3年式140/50mmIx1+(1+1)=3 3年式76/40mmAAIx(1+1)=2 6号機雷x300or5号機雷x500(敷設口6) 爆雷投下軌条x2

乗員235

同型艦(1/1929)

巌島.

2檣1本煙突水平甲板型.

日本が新造した最初の本格的敷設艦.

主機の一部に旧ドイツ潜水艦から陸揚げしたディーゼル機関を転用.

エルツ舵Oertz rudderを採用した最初の日本艦艇.

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軍艦厳島IJN Itsukushima.

日本A 厳島級機雷敷設艦(1/1)

1923計画28新補充計画第1敷設艦

27.11/4軍艦厳島と命名

浦賀船渠で28.2/2起工

29.5/1艤装員長小山泰治(兵34)中佐(11/30大佐)/22進水12/26小山艦長の指揮下に竣工し横須賀鎮守府予備艦

30.2/1水雷学校練習艦7/1横須賀防備隊付属予備艦12/1艦長侯爵小松輝久(兵37)大佐

31.11/14艦長男爵園田滋(兵37)大佐、副長安住義一(兵39)中佐>(-32.12/1)宮本定知(兵39)少佐(12/1中佐)

32.9/5横須賀出港後南洋方面で行動/23横須賀入港12/1艦長中村俊久(兵39)大佐

33.1/30硫黄島出港後南洋方面で行動2/9八丈島入港5/25艦長堀内茂礼(兵39)大佐7/25硫黄島出港後南洋方面で行動8/12硫黄島入港11/1水雷長今里義光(兵50)大尉/15艦長金子豊吉(兵38)大佐

34.5/21横須賀出港後南洋方面で行動8/20父島入港10/22艦長遠藤昌(兵37)中佐11/25硫黄島出港後南洋方面で行動12/15横須賀防備隊付属を解除

35.1/3横須賀入港後横須賀工廠で復原性能改善に着手(36.5改善完了)/7副長板倉得止(兵42)中佐4/1練習艦7/9横須賀出港後カムチャツカ方面で行動8/10横須賀入港10/10副長曽爾章(兵44)中佐11/15艦長(副長?)伏見宮博義王(兵45)中佐

36.12/1艦長辻村武久(兵42)大佐、(-37.10/8)副長荘司喜一郎(兵45)中佐

37.2/23横須賀出港後南洋方面で行動3/16館山入港7/28日中戦争の勃発により連合艦隊付属8/19多度津出港後華中方面で行動/26-9/8佐世保寄港後華中方面で行動/16佐世保入港10/8副長佐藤勝也(兵44)中佐/20第3艦隊第10戦隊に編入され佐世保出港後旅順を基地に華北方面で行動12/1第4艦隊第12戦隊に編入、艦長石川信吾(兵42)大佐/30(-39.11/15)副長高島三治(兵45)中佐

38.1/2航海長浜崎隆(兵52)大尉>臨時航海長城野喬(兵53)少佐/30艦長一宮義之(兵44)大佐3/20横須賀鎮守府部隊に編入/22佐世保入港7/22艦長(8/1兼第13砲艇隊司令)高間完(兵41)大佐/28佐世保出港後華中方面で行動し長江遡航作戦に参加8/1第3艦隊第13砲艦隊付属12/15艦長(39.1/14-7/19兼神威艦長)森友一(兵42)大佐、予備艦/18横須賀入港

39.5/10(-7/28)兼通信学校主計長北崎来Kitaru(経5)主計中佐11/15兼龍驤艦長長谷川喜一(兵42)大佐12/10艦長(40.3/22-4/14兼沖島艦長)高橋一松(兵40)大佐

40.1/25副長大田春男(兵49)中佐11/15機雷敷設艦八重山と連合艦隊直轄下に第17戦隊を新編/15艦長香春克己(兵44)大佐

41.2/25中城湾出港後華南方面で行動3/3基隆入港/25有明湾出港後華中方面で行動

4/4佐世保入港/10新編された第3艦隊第17戦隊(巌島八重山)は編入6/10佐世保出港後華南方面で行動

.9特設機雷敷設艦辰宮丸第17戦隊に編入/8横須賀入港/10艦長森川亦男(兵44)大佐、砲術長荒井義一郎(兵61)大尉>多田実(兵61)大尉/22-8横浜船渠で入渠

10/2横須賀出港/4橘湾入港/28佐世保入港11/29寺島水道出港12/5パラオ入港/8.0915第17戦隊(小林徹理少将)第1小隊(巌島八重山)出港後比島部隊第4急襲隊第1梯団に続航/10午前、レガスピーの東方350nmで針路を西に変更/11.0900軽巡洋艦神通等からなる第2水雷戦隊と合流.1000第2水雷戦隊主力、八重山と分離.2050ビリ島西方付近に到達し第15駆逐隊第1小隊(親潮黒潮)の支援下にルソンサマール島間のサン・ベルディノ海峡に93式機雷300ヶを敷設.2136敷設完了後駆逐隊と分離/14-30パラオ寄港

42.1/1ダバオ入港/3第3艦隊に編入され蘭印攻略部隊第2根拠地隊旗艦/10ダバオ出港/14-24タラカン/26-2/9バリクパパン寄港後タラカン、ホロ方面で行動/23-7バリクパパン寄港3/3グラガン湾入港/10第3南遣艦隊に編入/12グラガン湾出港/16バリクパパン入港4/1ボルネオ、クマイに陸戦隊を揚陸/5-8バタヴィア寄港/11-5/10バリクパパン寄港/14シンガポール入港/23入渠6/1艦長柳川正男(兵48)中佐/2出渠/9-

7/14スラバヤに寄港し整備/18シンガポール入港/23-9入渠/30シンガポール出港8/3-4マカッサル寄港後アンボン、西部ニュー・ギニア方面を行動、担当区域防備警戒、海上交通保護に従事12/1アンボン出港後デリー、クーパンより撤退する陸戦隊を輸送/5-17アンボン寄港/19マノクワリに入港し人員輸送/24マノクワリ出港/25-6ホーランディア寄港/29-30パラオ寄港後第19設営隊護送

43.11/30厳島、第24根拠地隊(雉、鵲、第4、6警備隊)、第25(若鷹、駆潜艇125号、第7、20警備隊、第24、25通信隊)、第26特別根拠地隊(蒼鷹、第18警備隊)、付属部隊(第934航空隊、第232設営隊)で南西方面艦隊隷下に第4南遣艦隊山県正郷(兵39)中将の指揮下に新編12/25第4南遣艦隊旗艦を継承

44近代化改装(2330st)5/29夜、第1次渾作戦の発令により重巡洋艦青葉等ともにダバオ出港6/1艦長大石新一(兵49)大佐/2サンボアンガ出港後津軽、第127号輸送艦とともに兵員800名を乗せ第36、37号駆潜艇に護衛されてビアクへ航行中/3B24爆撃機2機に視認されたことにより作戦中止7/30日本艦艇として最後にアンボン入港後メナド東方のセレベス北西部のLahbeh(Lembeh)湾に機雷を敷設8/24メナド付近でアメリカ陸軍航空隊第345爆撃航空団第499航空隊のB25爆撃機の投下した250kg爆弾を後部至近に受けて全動力を喪失し航行不能9/2Lahbehを空襲した第345爆撃航空団B25爆撃機6機と交戦し1機を撃墜10/4セレベス出港後第26号駆潜艇に護衛され、スラバヤへ急設網艦若鷹に曳航されて航行中/17バウエアンBawean島東方のジャワ海(05゚27or23'S/113゚48'E)でオランダ潜水艦ズヴァールトフィスの発射した魚雷3本中、1本を受けて沈没

45.1/10除籍.

信号符字JUDA.

日本初、戦闘艦艇としては世界初のディーゼル艦(小型艦艇では猿島が最初)で、日本初の新造機雷敷設艦.

アジア歴史資料センターが提供している防衛省防衛研究所所収の海軍大臣から侍従長に宛てた「敷設艦急設網艦命名の件(リファレンス・コードC04016677300)」には1927.11/4付で「昭和二年度艦艇製造費ヲ以テ建造ニ着手ノ敷設艦一隻及急設網艦一隻ニ左記ノ通命名致候条執奏方可然御取計相成度 右申進ス」として、敷設艦「巌島」となっており(急設網艦は白鷹)、本艦の正式な艦名は厳島ではなく、巌島であることが分かるが、初代については厳島の旧字体の嚴島と巌島が混在しており、どちらが正式であったかは不分明である.

なお、厳島神社の鳥居には海側に嚴島神社、神社側に伊都岐島神社と有栖川宮熾仁親王の揮毫による扁額がかけられており、宝物館に収められた重要文化財指定の後奈良天皇宸筆の「木製銅字扁額」には嚴嶋大明神・伊都岐嶋大明神と表記されているが、巌島神社という表記はない.

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厳島丸(厳嶋丸)

共同漁業(>日本水産)タンカー(東京)

優秀船舶建造助成施設第2種船第101号

川崎造船所艦船工場(神戸)で614番船として1937.4/21起工9/4進水12/16設立された共同漁業が所有/28竣工

38.1/15以降、南氷洋で捕鯨船団の燃料、食料、物資補給に従事

41.11/2サン・フランシスコ出港/19横浜入港/22海軍が徴用し呉鎮守府所管給油船として海軍省に配属

42.2/4スターリング湾口で被雷損傷した駆逐艦涼風を支援3/14駆逐艦沢風と合流/15父島/17伊勢湾入港

43.3/31日本海洋漁業統制に移籍9/1呉鎮守府所管特設運送船(給油船乙)となり海軍省に配属12/26.1000タンカーあまつ丸等6隻とヒ26船団を編成し対馬に護衛されてシンガポール出港/27南シナ海(22゚02'N/118゚16'E)で敷設艦初鷹と接触

44.1/11.0830門司出港後御室山丸等とヒ31船団を編制3/11.0730シンガポール出港後讃岐丸等とヒ48船団を編制

5/9給油船(甲)となり第1機動艦隊に編入6/13-8.1500シンガポール寄港後駆潜艇雁に護衛されて佐世保へ航行中/22.0600頃、パラワン島プエルトプリンセサの東南東約230km(09゚08'N/120゚49'E)でアメリカ潜水艦(SS167)ナーワルの発射した魚雷4本中1本が右舷第3油槽に命中し1名が死亡、10x13mの破孔を生じて第2、3、4油槽、ポンプ室に浸水し船体が5゚傾斜したが13.5kntで航行を続行.1930ネグロス島バコロド沖に到着し応急修理中に給油艦速吸、駆逐艦夕凪、満潮、野分に計1198tを給油

7/1出港/2-24マニラに寄港し重巡洋艦妙高、速吸に計3027tを給油し2615tを揚陸後/27-8高雄寄港8/3佐世保入港後入渠修理9/16出渠

10/1門司出港後ヒ77船団に所属して/12-9シンガポール寄港後捷1号作戦第1遊撃部隊補給部隊として艦隊用燃料12000tを搭載して日邦丸とともに/23-5ブルネイ寄港後コロン湾へ日邦丸とともに緊急北上中、反転命令/27.0339ボルネオ北端北方バランバンガン島バッタン岬の西南西18kmのバラバックBalabac海峡(07゚17'N/116゚45'E)でアメリカ潜水艦(SS320)バーゴールの発射した魚雷1本を受けて航行不能状態で漂流中/31パラウト・リーフの296゚45kmorマルツMarudu湾(07゚02'N/116゚42'E)でアメリカ海軍航空隊第115哨戒飛行隊PB4Y爆撃機1機の攻撃を受けて沈没し船員41名が死亡し船長以下乗員66名を駆逐艦時雨が救出12/10徴用解除と同時に除籍.9オーストリア軍が放棄船体を発見

54.4/26浮揚後香港に曳航され解体.

10006(13399D5807)T oa159.8pp152.40x19.81x(11.28)m D(川崎MAN、D8Z-70/120)x1/1 11693bhp 19.791knt.

船舶番号44234.

信号符字JYQL.

建川丸級タンカー9隻の第3船.

2檣1本煙突三島型.

貨物油槽17特殊油槽2燃料油槽3計22槽.

船体表記は嚴嶋丸.

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厳島丸

関西汽船貨物船

2E型戦時標準船として1310番船として東京造船所で1944.5竣工

54解体.

887>919(1582)T pp60.6x9.5 R/1.

船舶番号52253.


Since 17 Nov. 2002.

Last up-dated, 5 Oct. 2016.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Itsukushima.

Ver.1.16a.

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