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Take.  竹.

駆逐艦@ 駆逐艦A 第3竹丸 

奈良県明日香村、京都市詩仙堂草津市立水生植物公園みずの森にて.

[植物]タケ.

イネ目Poalesイネ科Poaceaeタケ亜科Bambusoideaeの常緑多年草の総称.

厳寒の中でも常緑を保つことから中国ではを「歳寒の三友」として尊ばれ、正月の門松のように飾られるようになった.

タケ亜科は稈鞘Kanshoと呼ばれる筍Takenokoの皮の部分が成長に伴って落ちていくタケと、皮が成長後も残るササに2分されるが、一般的には大小で分類されているため、メダケPleioblastus simoniiヤダケササの、オカメザサShibataea kumasacaタケの仲間というような混乱が見られる.

モウソウチク(孟宗竹)Phyllostachys heterocyclaは日本では一般的なタケであるが、中国中南部が原産地で1736第4代薩摩藩主島津吉貴Shimadzu Yoshitaka、1675-1747が鹿児島の別邸(現在の磯公園)に植えたのが日本での初見であり、「竹取物語」の時代にあったタケマダケハチク(淡竹)のようなものしかなく、かぐや姫は現代の絵本等に描かれているものよりも一回り小さいものであったと思われる.

このモウソウチクは母に好物の筍を食べさせたいと願ったところ、冬季であったにも関わらず筍が生えてきたという三国時代の呉の孟宗にちなんで名づけられたもので、一説に67年周期で花をつけて枯れるというが、日本にあるモウソウチクの多くが吉貴が植えたものの子孫とされ、早ければ2030年代に大量枯死する可能性がある.

地震の際には竹林に逃げよと言われるが、地下茎ですべてが繋がっているので地割れしにくい点はあるものの、根が浅く、全体が地滑りを起こす可能性も指摘されている.

植物の成長点は1つしかないのに対して、タケは60個ある節の最上部にそれぞれ成長点があり、同時に伸びることから木に比べると何倍も成長が早く、特にマダケは1955の調査では1日に121cmも伸びたが、形成層がないため、木のように年輪を重ねて太くはならない.

この成長が早く、高くなることから、高、丈と同源の言葉とされるが、音のチクに由来するという説もある.

このページの背景の色を老竹Oitake色と呼ぶ.

クレタケ.シノダケ.バンブ.ワカタケ.

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駆逐艦竹

日本@ 樅級駆逐艦(6/21+15)

IJN Momi class destroyer. Illustrated by Iyapopo.

1917(84艦隊)計画二等駆逐艦

神戸川崎造船所で18.12/2起工

19.8/5艤装員長(12/5兼艦長)染河啓三(兵34)少佐/26.0730進水10/18(12/5兼乗員)艤装員広瀬末人(兵39)大尉12/5艤装員兼乗員帖佐敬吉(兵37)大尉、中山寛(機21)機関大尉、今泉英三(機25)機関中尉、乗員藤田秀三郎軍医大尉、栗原嘉蔵主計中尉/25染河艦長の指揮下に竣工し佐世保鎮守府籍

20.12/1姉妹艦等と第25駆逐隊を編制し軽巡洋艦龍田等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制、艦長石川哲四郎(兵33)少佐

21.12/1小沢治三郎(兵37)少佐

22.12/1艦長小橋義亮(兵37)少佐

23.6/15艦長石戸勇三(兵36)少佐

24.12/1(25.12/1兼)艦長長谷部喜蔵(兵40)大尉(25.12/1少佐)

26.8/1(-12/1兼)艦長樋口通達(兵38)少佐

27.12/1艦長福沢常吉(兵41)少佐

29.11/30兼艦長松田尊睦(兵45)大尉、乗員山田鉄蔵(機32)機関大尉

30.11/1(32.12/1兼-33.4/1欠員)兼艦長吉村真武(兵45)大尉

31満州事変により出動

37.10/31第25駆逐隊の解隊により舞鶴鎮守府籍

40.2/1第33駆逐隊の解隊により除籍後舞鶴海兵団練習船として使用

44.2/10雑役船(練習船)となり兵装を撤去して機関学校付属宿舎として利用

45.8/15敗戦時、舞鶴で現存

48解体され秋田港防波堤に船体を使用(75港の外港展開により除去).

姉妹艦とは建造所と起工、進水、除籍年月日が同一(竣工はの方が半月早い)で、終始、行動を共にした.

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駆逐艦竹

日本A 松級駆逐艦(2/18+14+9+33)

IJN Matsu class destroyer. Illustrated by Iyapopo.

1942戦時建造補充(改D)追加計画丁型(一等)駆逐艦5482号艦

横須賀工廠で43.10/15起工

44.1/25駆逐艦竹と命名され横須賀鎮守府籍と仮定3/28進水し横須賀鎮守府籍4/1艤装員(機関長)桜井達也機関特務中尉/15艤装員長田中弘国(兵60)少佐5/6艤装員(砲術長)可児祥男(兵69)大尉/10艤装員(航海長)高井義助予備中尉/20艤装員(水雷長)保坂博(兵68)大尉6/16田中艦長の指揮下に竣工し第11水雷戦隊に編入され第1訓練部隊に部署

7/1横須賀出港/3-7呉寄港後内海西部で就役訓練に従事/8呂号輸送(沖縄輸送作戦)部隊に部署/13-4門司寄港/15姉妹艦第43駆逐隊を新編/15-6大分県中津湾寄港後豊後水道経由で/17-8.2300沖縄中城湾寄港/18呂号輸送部隊第3輸送隊に部署.1300-14000駆逐艦冬月等とともに南大東島に第28師団(豊兵団)第36連隊兵員等を揚陸/19.0000-0100中城湾/20第1訓練部隊に部署.2300呉入港

8/1第43駆逐隊は機動部隊第2遊撃部隊に編入/4呉入港/10対潜掃討部隊に部署、駆逐艦清霜柱島出港後関門海峡経由で/13-4馬公寄港後パラオへ航行中/18サマール島東方(12゚05'N/128゚26'E)で被雷沈没した軽巡洋艦名取の救援に急行/20第43駆逐隊は軽巡洋艦五十鈴等と第31戦隊を新編/20-1遭難海域で捜索後清霜と分離/23セブ入港/26パラオ入港し揚搭後対空戦闘.1230頃、引揚者を収容中にパラオ近海で座礁した駆逐艦五月雨の救援に急行.2300五月雨乗員を収容/30マニラ入港後船団護衛に従事

10/4マニラ出港後第63号海防艦とともに辰城丸等からなるマミ11船団を護送中/5.1420頃、ミンドロ島マンブラオMamburaoの南西約24nmの南シナ海(13゚02'N/120゚16'E)で辰城丸が被雷、熱田丸荒尾山丸が損傷/14ミリー入港/20.2340マニラ出港後駆逐艦春風等とともにマタ30(春風)船団を護衛中/24高雄沖で撃沈された営口丸第1真盛丸乗員を救出/24-5高雄寄港後バシー海峡で遭難した陸軍輸送船団の救難に急行し駆逐艦3隻を率いて陸軍部隊約450名を救出/26アパリ/26-7高雄寄港後遭難現場に再度航行中、命により分離/28マニラ入港/29南西方面部隊第3次輸送部隊護衛部隊に部署/30田中艦長の発病により臨時艦長として飯村忠彦(兵65)少佐が着任

11/1艦長宇那木勁(兵64)少佐(/18着任45.12/20第2復員官)/4南西方面部隊第4輸送部隊護衛部隊に部署/9.0300出港後第3次輸送部隊を護衛/10.2100分離/11.0500第4次輸送部隊と合流.1830マニラ入港/13アメリカ第38任務部隊空母搭載機によるマニラ空襲時に対空戦闘.2330出港/15第43駆逐隊(槙欠)は南西方面部隊警戒隊に部署/15-6.0900駆逐艦とともに新南諸島寄港/17.1330千里堆で第4航空戦隊と合流/19長島錨地出港/21マニラ入港/22南西方面部隊第5次輸送部隊に部署され第1輸送戦隊旗艦を海防艦八十島から継承/24出港後輸送艦3隻からなる第2梯団を護送してレイテ島へ航行中/25マリンドゥケMarinduque(ボアクBoac)島バラナカンBalanacan湾(13゚25'N/121゚55'E)に避泊時にアメリカ第38.2任務群空母(CV11)イントレピッド搭載機約50機の空襲を受けて乗員15名が死亡後沈没した第6、10号輸送艦の生存者を救出し第9号輸送艦を護衛してマニラ入港後キャビテに回航され入渠修理/27南西方面部隊第7次輸送部隊に部署/28出渠後マニラ回航(磁気コンパス等使用不能)

12/1.1800出港後姉妹艦とともに梯団を護送して第7次多号(レイテ島増援)輸送作戦に参加/2.2330オルモックに到着し陸軍参謀を揚陸し第2水雷戦隊先任参謀松原滝三郎(兵52)大佐、島風艦長上井宏(兵51)等5名を収容/3.0030泊地に侵入してきたアメリカ駆逐艦(DD692)アレン・M・サムナー等3隻からなる駆逐隊と交戦し前部機関室左舷水線部付近に不発弾1発が命中し同室が使用不能、駆逐艦(DD695)クーパーを雷撃により撃沈.0300出港/4入港マニラ/5キャビテ回航後入渠修理、第31戦隊は第5艦隊に編入/15出港/18-20高雄/21-2基隆寄港後辰春丸等からなる船団を護衛/29-30鎮海/30-1釜山寄港/31六連入港

45.1/1-2門司寄港/2呉入港/4呉工廠で入渠修理

2/28第31戦隊旗艦を継承

3/15第31戦隊は第2艦隊に編入され第1遊撃部隊対潜掃討部隊に部署/17第31戦隊旗艦を花月に継承/19呉出港

4/7砲術長式田文雄大尉/20第31戦隊は連合艦隊付属に編入/26呉入港

.5後部甲板への回天x1搭載工事を実施/20第31戦隊は海上挺身部隊に部署/28-

6/26呉寄港

7/3屋代島日見海岸に接岸

8/15敗戦時、残存/17呉回航

10/25除籍

47.7/16復員輸送を経てシンガポールで賠償艦としてイギリスに譲渡後解体.

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第3竹丸

日産近海機船貨物船

1945.9/16南大東島北岸で暴風により機械室に浸水後漁船雄基丸に移乗後船体放棄.

150T.

船舶番号50393.

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第5竹丸

日産近海機船貨物船

1944.10/23沈没.

152T.

船舶番号49602.

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第6竹丸

日産近海機船貨物船

1944.10/16or27フィリピン、カガヤンCagayan島沖のスル海でアメリカ陸軍航空隊P38戦闘機の攻撃を受けて沈没.

144T.

船舶番号51619.

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第7竹丸

日産近海機船貨物船

1945.1/4台湾方面で沈没.

144T.

船舶番号51620.

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第8竹丸

日産近海機船貨物船

1944.12/14沈没.

144T.

船舶番号51621.

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第11竹丸

日産近海機船貨物船

1944.11/21日本近海で沈没.

145T.

船舶番号50388.

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第13竹丸

日産近海機船貨物船

1945.1/22宮古島で沈没.

156T.

船舶番号52182.

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第16竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/20南西諸島方面で沈没.

156T.

船舶番号51187.

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第18竹丸

日産近海機船貨物船

1945.3/2南西諸島方面で喪失と認定.

156T.

船舶番号51209.

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第20竹丸

日産近海機船貨物船

1944.12/24鹿児島県口永良部島本村港に入港後待機中

45.3/7.2320船尾から出火後燃料油に引火爆発/8.1130沈没.

156T.

船舶番号51210.

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第23竹丸

日産近海機船貨物船

1945.1/28沈没.

146T.

船舶番号50883.

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第27竹丸

日産近海機船貨物船

1945.3/5基隆出港後第弐拾弐須磨丸等と船団を編成してシンガポールに航行中、荒天により基隆に帰投中/6.1400台湾北端富貴角の西北西約4nmでB29による空襲により沈没.

152T.

船舶番号47887.

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第28竹丸

日産近海機船貨物船

1945.1/29沈没.

152T.

船舶番号47888.

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第31竹丸

日産近海機船貨物船

1945.1/3台湾方面で沈没.

152T.

船舶番号51796.

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第35竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/1沈没.

146T.

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第36竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/20南西諸島方面で沈没.

146T.

船舶番号54479.

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第37竹丸

日産近海機船貨物船

1945.3/9福建省沿岸で沈没.

151T.

船舶番号51644.

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第40竹丸

日産近海機船貨物船

1945.3/5南西諸島方面で沈没.

156T.

船舶番号52130.

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第43竹丸

日産近海機船貨物船

1945.5/1沈没.

152T.

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第47竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/18南太平洋で沈没.

152T.

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第52竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/20南西諸島方面で沈没.

150T.

船舶番号53329.

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第63竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/20南西諸島方面で沈没.

157T.

船舶番号50944.

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第70竹丸

日産近海機船貨物船

1945.6/1沈没.

146T.

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第73竹丸

日産近海機船貨物船

1945.3/27日本近海で沈没.

146T.

船舶番号54480.


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Last up-dated, 14 Feb. 2017.

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