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Hatsushimo.  初霜.

[気象]初霜.

その年に降りた最初の.

百人一首」には凡河内躬恒Ooshikouchi no Mitsune、859?-925?の「心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花」という歌が収められている.

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駆逐艦初霜

日本@ 改春雨/神風級駆逐艦(--/32)

IJN Kamikaze class destroyer. Illustrated by SUDO.

1904戦時緊急計画駆逐艦

臨時軍事費により横須賀工廠で04.8/20起工

05.5/13進水6/14艤装委員長(7/2艦長06.1/25-8/30兼神風艦長)海老原啓一(兵22)大尉(8/5少佐)8/18or22竣工

12/12駆逐艦初霜となり姉妹艦神風等と第2駆逐隊を新編

06.9/28艦長青木董平(兵27)大尉

07.9/28艦長南郷次郎(兵26)大尉

08.3/16兼神風艦長犬山秀一(兵24)少佐5/15兼神風艦長堀江豊雄(兵29)大尉9/25艦長田口刺戟(兵29)大尉11/20艦長山田虎雄(兵29)大尉

10.2/16神風艦長園田般二郎(兵29)大尉が艦長を兼務12/1艦長園田繁喜(兵28)少佐

11.5/23艦長神谷京(兵30)大尉8/19艦長中村有年(兵31)大尉

12.5/22艦長赤峰一郎(兵30)大尉8/28三等駆逐艦

13.5/24艦長荒城二郎(兵29)大尉6/25艦長巨勢泰八(兵30)大尉(14.12/1少佐)

14.12/15艦長生田矢一(兵32)大尉

15.12/13艦長藪正毅(兵32)大尉>若山昇(兵32)大尉

16.9/12兼如月艦長高橋雄三郎(兵32)大尉12/1艦長出淵松夫(兵34)大尉

18.12/1艦長(19.11/1兼水雷学校教官)町田進一郎(兵35)大尉

21.4/1艦長(-22.7/20兼水雷学校教官)加藤仁太郎(兵37)大尉

22.12/1艦長兼水雷学校教官須賀彦次郎(兵38)大尉

24.12/1姉妹艦夕立等とともに掃海艇となり夕立等と第2掃海隊を新編、艇長阪匡身(兵42)大尉

27.1/10第2掃海隊解隊

28.4/1除籍

7/6廃駆逐艦第9号と仮称10/12廃船.

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駆逐艦初霜

日本A 初春級駆逐艦(4/4+2+6)

IJN Hatsuharu class destroyer.Illustrated by Iyapopo.

1931第1次補充計画甲型第62号(一等)駆逐艦として浦賀船渠で31.1/31起工32.12/10駆逐艦初霜と命名33.10下旬、進水滑走中に支柱等の折損事故により作業中止11/4再進水34.2/1艤装員長松原博(兵45)少佐9/27(#453)or10/31(銘銘伝、若葉と誤認?)松原艦長の指揮下に竣工し佐世保鎮守府籍となり姉妹艦初春等からなる第21駆逐隊に編入

11/15第21駆逐隊は軽巡洋艦阿武隈等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制、艦長宮坂義登(兵47)少佐

35.8/13佐世保工廠に入渠し船体補強工事に着手10/13or15艦長山田雄二(兵46)少佐11/15第21駆逐隊阿武隈等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制

36.5/9工事完了12/1第21駆逐隊は軽巡洋艦川内等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制、艦長鈴木正金(兵50)少佐/11第21駆逐隊(木村昌福[兵41]中佐)司令駆逐艦を継承

37.2/15司令駆逐艦を初春に継承7/7盧溝橋事件の発生により/13-20第1水雷戦隊は佐世保寄港後日中戦争に従軍12/1第21駆逐隊は佐世保鎮守府に編入、艦長塚本守太郎(兵50)少佐

38.12/15第21駆逐隊は軽巡洋艦川内等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編成

39.10/15艦長本倉正義(兵51)少佐

40.8/30(-11/15兼菊月)艦長浜中脩一(兵51)少佐11/15第21駆逐隊阿武隈等と第1艦隊隷下に第1水雷戦隊を編制、機関長上拵基機機関特務中尉(41.10/15大尉)、砲術長駒崎達治中尉(41.5/15大尉)、航海長鈴木保治(兵64)中尉

41.9/4佐世保工廠に入渠/10艦長古浜智(兵55)少佐

10/15航海長野尻雅一(兵67)中尉11/15第21駆逐隊は軽巡洋艦阿武隈等からなる第1艦隊第1水雷戦隊に編入12/8開戦時連合艦隊第1艦隊第1水雷戦隊第21駆逐隊(子日初春初霜若葉)所属.1200第21駆逐隊は戦艦長門等からなる主力部隊を護送して柱島出港/10母島南方を通過/11.0600反転/13柱島帰投/18徳山出港後空母赤城等からなる機動部隊と合流/23柱島帰投

42.1/14第21駆逐隊は徳山出港後第101燃料廠のタンカーを護送/22-3ダバオ寄港/24軽巡洋艦長良等とともにケンダリー攻略部隊に編入/25.0558ケンダリー沖で初春長良と衝突したことにより第1根拠地部隊(指揮官第1根拠地隊司令官久保九次[兵38]少将)旗艦を長良から継承2/1水雷長野尻雅一中尉/6第21駆逐隊(初春欠)は長良等とともにスターリング湾出港/8マカッサル攻略に参加/18、ロンボックLombok攻略に参加/19.0800若葉とともにバリBali島攻略第1次急襲部隊支援隊旗艦長良と合流/20.1700バリクパパン出港後第21駆逐隊(初春欠)はバリ島第2次輸送部隊を護送/22.1130-/23.1800マカッサル寄港/25.0800バリ島到着後攻略を支援/28-3/1バリ海峡で若葉とともにオランダ商船を撃沈/16マカッサル出港/25佐世保入港後入渠整備

5/20第1水雷戦隊は北方部隊に編入/26佐世保出港/28-9大湊寄港後第21駆逐隊第2小隊(子日初霜)は重巡洋艦那智を護衛してアリューシャン作戦に参加6/7.2100阿武隈等とともにアッツ島ホルツ湾外に到着/8.0015上陸後アッツ入泊

8/2横須賀出港後那智を護衛/8幌筵入港9/10アッツ出港後若葉とともに射水丸を護送/11.0700-/16.1500キスカ島七夕湾入泊

10/17キスカ沖でアメリカ陸軍航空隊機の爆撃を受けて航行不能となった初春若葉とともに救援し乗員74名を移乗/25幌筵に曳航11/27艦長入戸野焉生(兵55)少佐

43.3/26アッツ沖海戦に参加

4/1第1水雷戦隊第5艦隊に編入6/20大湊出港後若葉とともに八海丸等からなる船団を護送/23幌莚入港

7/29キスカ撤収作戦に従事中、姉妹艦若葉と衝突して損傷8/27水雷長石川誠三(兵72)中尉

11/1or11艦長滝川孝司(兵59)少佐/24第2航空戦隊(空母飛鷹龍鳳)を駆逐艦初春谷風とともに護衛してマニラ経由で12/3-11シンガポール寄港/22トラック入港

44.1/1-4横須賀寄港後駆逐艦野分等とともに重巡洋艦愛宕等を護衛/9-18トラック寄港後空母雲鷹を護送中/19雲鷹が魚雷を受けて損傷2/5-14横須賀寄港後駆逐艦雪風とともに空母千歳を護衛/15-9鹿児島/24-5ウルシー/26-9サイパン寄港後雪風とともに陸軍船団と合流3/4-5グアム寄港/6-7サイパン寄港後雪風とともに東山丸を護送/11横須賀入港/29伊勢湾出港後駆逐艦山雲等と空母瑞鳳龍鳳を護衛

4/1-3サイパン寄港/7呉入港/14佐世保回航/22-5/6入渠

6/6佐世保出港後速吸を護衛/11-6ダバオ寄港後マリアナ沖海戦に参加7/2門司入港/6三池出港後船団護衛/15-25.0400マニラ寄港後空母海鷹等からなるマモ01船団を駆逐艦秋風等とともに護送/27.1400-/31高雄寄港8/4呉入港/15門司を出港した福嶺丸等からなるモタ23船団を水雷艇、第10、第20号海防艦、第20号掃海艇、第63号駆潜艇とともに護送/18-20鹿児島寄港/25艦長酒匂雅三(兵62)少佐/27-8基隆寄港/28-31高雄寄港後若葉等とともにマモ02船団を護衛9/4呉入港/15航海長松田清(兵72)中尉(45.6/1大尉)

10/21馬公入港.1200第21駆逐隊は基地航空部隊のマニラ輸送の目的で分派/23.0900マニラ出港後第21駆逐隊那智等からなる第5艦隊と合同の目的で航行中/24.0845パナイ島西方で被爆沈没した若葉乗員を初春とともに救出.1152空母搭載機18機による第2次空襲により第2砲塔左舷部付近に直撃弾を受けて損傷し5名が死亡20名が負傷後初春とともにマニラへ反転/31マニラ出港後駆逐艦等とともに第2次多号輸送船団を支援中、初春等とともに被爆航行不能中の第131号輸送艦を発見11/13.0740-1700アメリカ第38任務部隊空母搭載機のマニラ空襲により.2330出港/17.0400ブルネイ出港後朝霜とともに戦艦榛名を護送/18第4航空戦隊(伊勢日向)等と合流/22.0810-/23リンガ寄港/29.1930シンガポール出港後とともに榛名を護送中12/2.0111榛名が魚雷を回避/5.1020馬公入港後カムラン湾へ船団を護送12/12シンガポール出港後重巡洋艦羽黒妙高とともに護送中/13サン・ジャック沖(08゚N/105゚30'E)で妙高が被雷航行不能/15駆逐艦神風が護衛に加入/17.0800カムラン湾出港後とともに日栄丸を護送してサン・ジャックへ航行中/18妙高を曳航する羽黒を護衛/25.0230シンガポール入港/26-31入渠修理

45.2/10駆逐艦朝霜第21駆逐隊に編入、戦艦日向等と完部隊を編成してシンガポール出港/20呉入港(北号作戦)

4/5第2水雷戦隊は海上特攻隊に部署/6第21駆逐隊は第1遊撃部隊警戒隊に部署.1520徳山沖出港後大和等と沖縄特攻作戦に従事中/7坊ノ岬沖海戦に戦艦大和等とともに参加し2名が負傷.1450駆逐艦浜風生存者を救助.1700軽巡洋艦矢矧乗員の救出に従事し.1720第2水雷戦隊(司令官古村啓蔵少将)司令部全員と艦長原為一(兵49)大佐以下乗員57名を救出.1830雪風とともに磯風の船体を砲撃により撃沈処分.2250離脱/8.1000佐世保に入港し将旗を陸上に移揚/15機関長桑原盛孝機関特務大尉/20第2水雷戦隊の解隊により連合艦隊第31戦隊第17駆逐隊に編入され水上挺身隊に部署/25水雷長芥野富雄大尉5/9第17駆逐隊は舞鶴鎮守府部隊に部署され砲術学校練習任務に従事/14.0655佐世保出港後駆逐艦雪風とともに/16.1100舞鶴入港6/14宮津湾に回航後待機中

7/30.1045アメリカ第38任務部隊空母搭載機と交戦中、第2、3缶室中間部にアメリカ陸軍航空隊第20空軍B29爆撃機が投下した磁気機雷に触れて艦底亀裂により船体が屈曲後爆雷の誘爆により大破して宮津湾平岩山の56゚3920mの獅子崎海岸(35゚33'N/135゚12'E)で擱座し右舷側に傾斜した状態で艦尾が着底、1番煙突より前方のみ露出し乗員17名が死亡(WW2時に沈没した最後の日本駆逐艦)8/15第17駆逐隊の解隊により第31戦隊に編入9/30除籍

48-9浮揚解体.

信号符字JGID.

「世界の艦船」1958.5(#9)P54に1947.2撮影の写真が掲載されている.

本艦の錨は東京都墨田区の山田記念病院玄関に展示されているが、これは1940初霜軍医長となり47同病院を創設した山田正明軍医少佐が解体時に記念として譲り受けたもので、この病院には作家の渡辺淳一が勤務していたことがある.


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