Down

#1. #2.

#3. Nagato.  長門. #4.

#5. #6.

IJN Nagato class battleship Nagato.

Illustrated by Tensho-Kantai.

下記の絵葉書の画像を提供して下さった山本留吉様に

の5万安打達成のお祝いをかねて

2007年2月23日

IJN Nagato class battleship Nagato.

長門丸(共同運輸) 第3長門丸 第6長門丸 長門級戦艦 軍艦長門@ 

長門丸(特設駆潜艇) 長門丸(林兼商店) 長門丸(日本郵船) 長門丸(掃海船) 


[地名]長門国.

山陽道の1国.

「延喜式」では中国に位置.

1871廃藩置県により周防国と併せて山口県を編成.

長州.

古名は穴戸Anatoで7世紀後半に改称されたが、ともに関門海峡に由来する.

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長門丸

共同運輸貨客船

ネイピアNapier Shanks & Bell/Yoker(グラスゴー)orミドルスブラ造船所で28番船として1884.9/5進水

85.10/1合併により日本郵船に移籍

1904.3/23通信船監督官上田良武(兵28)中尉5/1新発田丸等とともに出港後田中銃郎(兵15)少佐、藤井五郎(機8、9)中機関士以下22名の操船により第3次旅順閉塞に使用/2作戦中止

10.3/22売却後大阪で解体.

2120or1884or1853T pp80.40x10.50x5.58m R(連成)x1/1 1440ihp 13.5knt.

船舶番号948.

信号符字HGBQ.

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第3長門丸

1914青島攻略戦で沈没.

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第6長門丸

1914青島攻略戦で沈没.

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日本 長門級戦艦

IJN Nagato class battleship, 1919. Illustrated by A-140.

32720s33800nt

oa215.9wl213.36x28.96x(15.73)x9.08m

T(技本式高低圧)x4/2or4(230rpm) ロ号艦本式空気予熱器付重油専焼缶x16+ロ号艦本式重油石炭混焼缶x6

80000shp 26.5knt 重油1600石炭3400t 5500nm/16knt

3年式409/45mm(初速780m/s、俯仰角-5-+30゚、最大射程30200m、発射速度1.5発/s)IIx2+2=8

3年式140/50mm(仰角35゚)Ix20=20 3年式76/45mmIx4 533mmTTx4+(4)=8

水線305(VC)甲板146mm

乗員1333

IJN Nagato class battleship, 1930. Illustrated by A-140.

[近代化改装後]

IJN Nagato class battleship, 1941. Illustrated by A-140.

39050st

oa224.94wl221.07x32.46(水線部)34.6(最大)x9.49m

缶x大6+小4=10

82000shp 25.3knt

410/45mmIIx2+2=8 140/50mm 89式127mmIIAAx4

同型艦(2/1920-1)

長門.陸奥.

IJN Nagato class battleship, 1944. Illustrated by A-140.

410mm砲を採用した世界初の弩級戦艦.

設計平賀譲造船大佐.

本級の主砲を16インチ(406mm)とする記述が見受けられる場合もあるが、正しくは410mmである.

IJN Nagato class battleship Nagato.

Illustrated by Iyapopo.

Up---------------------------------Down

軍艦長門IJN Nagato.

日本@ 長門級戦艦(1/2)

IJN Nagato class battleship Nagato.

84艦隊計画(後に88艦隊計画)による1916計画第7号甲鉄戦艦として船体、機関を呉工廠に\1428万2350(兵装を含めた最終建造費はインフレにより\4390万に急騰)で発注

5/13軍艦長門と命名され横須賀鎮守府籍

17.8/28造船船渠内で起工

軍艦長門進水記念印

19.11/9.1030伏見宮博恭(兵20相当)中将の臨席下に海軍大臣加藤友三郎(兵7)大将の命名により進水/27艤装員長(-20.3/2艦長)飯田延太郎(兵24)大佐/29信号符字(GQTO)12/1艤装員(20.3/2兼副長)松本匠(兵29)中佐、(20.3/2航海長兼艤装員)三戸基介(兵32)少佐

軍艦長門進水記念絵葉書

1919.11/9呉海軍工廠.

[著者所有]

20.3/2機関長岸田東次郎(機11)機関少佐/29(-21.11/20)砲術長兼艤装員大野寛(兵32)少佐(12/1中佐)6/1分隊長兼艤装員清宮弘(兵39)大尉(12/1-21.11/15通信長心得)/2分隊長兼艤装員遠藤喜一(兵39)大尉(12/1-21.12/1副砲長)8/13(-21.11/10)分隊長兼艤装員渋谷週作(兵36)大尉10/6高知県宿毛湾外での全力公試で26.443kntの戦艦の世界記録を樹立/27公試運転で26.7kntを記録

宿毛湾外で全力公試中の戦艦長門.

IJN Nagato class battleship Nagato at trial off Sukumo bay , 27 Oct. 1920.

11/15竣工し横須賀鎮守府籍、(-12/17)副長兼艤装員向田金一(兵30)中佐

/23終末公試実施/24-5主砲発射公試を実施/25海軍引渡12/1戦艦扶桑第1艦隊隷下に第1戦隊を編成し第1艦隊司令長官兼第1戦隊司令官栃内曽次郎(兵13)大将の旗艦を継承、機関長岸田東次郎(機11)機関中佐、(-21.11/10)分隊長石井芸江(兵39)大尉、(-21.12/1)分隊長心得横川市平(兵43)中尉

21.2/13皇太子が乗艦4/30(-11/15)副長伊地知清弘(兵30)中佐5/1戦艦伊勢から連合艦隊旗艦を継承6/1分隊長心得日高為範(機25)機関中尉11/10(-22.12/1)分隊長東郷実(兵40)大尉12/1艦長樺山可也(兵26)大佐、機関長小泉武三(機12)機関中佐、(-22.12/1)分隊長緒方真記(兵41)大尉、(-22.12/1)分隊長心得高田俐(兵44)中尉、朝倉豊次(兵44)中尉(22.12/1大尉、分隊長-23.12/1)

22貞明皇后、ジョッフル元帥(2/18江田島を訪問).4巡洋戦艦リナウンに乗って来日したイギリス皇太子が乗艦11/10艦長高橋節雄(兵26)大佐、(-23.12/1)機関長伊地知四郎(機12)機関中佐/20(-23.12/1)分隊長心得有賀幸作(兵45)中尉12/1(-23.8/13欠員)副砲長鈴木新治(兵37)少佐、(-23.6/15)分隊長佐藤寅治郎(兵43)大尉

23.3/20(-12/1)分隊長心得古村啓蔵(兵45)中尉5/10砲術長伴次郎(兵33)中佐6/15(-12/1)分隊長山口多聞(兵40)大尉9/1姉妹艦陸奥とともに大連沖で訓練中、関東大震災が発生、東京、横浜全滅と入電したことにより救援物資を搭載して東京に回航10/15航海長竹原九一郎(兵35)少佐(12/1中佐)、副砲長副島大助(兵38)少佐11/10副長三矢四郎(兵31)中佐>(-24.11/20)伴次郎(兵33)中佐、水雷長吉岡清(兵33)中佐転任12/1艦長左近司政三(兵28)大佐、(-24.12/1)砲術長荒木貞亮(兵35)少佐、通信長心得酒井茂吉(兵38)大尉(12/1少佐、通信長)、(-24.11/15)分隊長升田仁助(兵42)大尉、(-24.12/1)分隊長心得光延東洋(兵47)中尉

24.3/30奄美大島沖で曳航教練中、陸奥に接触5/1乗員(6/1-12/1分隊長心得)川田理(東北大医)軍医中尉9/6-7摂政宮(昭和天皇)、軍令部総長、連合艦隊司令長官の臨席下に野島崎南方沖で陸奥とともに旧戦艦安芸を主砲標的として撃沈処分/12.0730横須賀港内で搭載発動艇に搭載第1水雷艇が左舷部に衝突直後に沈没し救助された18名中17名が死亡11/1(-25.2/2)皇族付武官兼乗員山内豊中(兵32)中佐(12/1大佐)12/1予備艦となり第1煙突を誘導型煙突に屈曲、艦長中島晋(兵29)大佐、(-25.12/1)水雷長小島謙太郎(兵36)少佐、(-25.4/15)通信長牧田覚三郎(兵38)少佐、副砲長阿部勝雄(兵40)少佐、(-25.1/6)分隊長羽田次郎(兵47)中尉

IJN Nagato class battleship Nagato.

25.4/2(-5/1)皇族付武官兼乗員志摩清英(兵39)少佐/15副砲長阿部孝壮(兵40)少佐.5-6第2主砲塔上に古鷹級重巡洋艦に採用予定の飛行機滑走台を仮設し館山沖で実験を実施6/1(-26.12/1)分隊長小島秀雄(兵44)大尉7/12摂政宮乗艦として横須賀出港/14江田内入港(海兵53期卒業式に出席)後青島沖の伊予灘に仮泊/15-6佐伯湾外で戦技訓練を実施(摂政宮連合艦隊旗艦陸奥に一時移乗)/18横須賀帰投8/5-17摂政宮乗艦として樺太方面を行動/22艦長小副川敬治(兵29)大佐9/5(-25.5/30)分隊長久保田芳雄(機25)機関大尉12/1(-26.10/15)機関長中尾金房(機15)機関中佐、砲術長佐藤正四郎(兵37)少佐、通信長佐々木清恭(兵38)少佐、副砲長柴田弥一郎(兵40)少佐、(-26.12/1)分隊長横井忠雄(兵43)大尉

26.2/20(-12/1)分隊長村田利男(機29)機関大尉11/1(-28.12/10)航海長茂泉慎一(兵37)少佐(12/1中佐)/15副砲長福田貞三郎(兵40)少佐12/1連合艦隊第1艦隊第1戦隊に編入、艦長長谷川清(兵31)大佐、(-27.12/1)砲術長草鹿任一(兵37)中佐、通信長山口儀三郎(兵40)少佐、(-28.12/10)分隊長浅野新平(兵45)大尉、(-27.12/1)中瀬沂(兵45)大尉、(-28.12/10)竹下宣豊(兵48)大尉

IJN Nagato class battleship Nagato.

27.6/8横浜港内にて搭載機が離水直後に漁船の帆柱に衝突して墜落12/1艦長松下薫(兵32)大佐、副長岡田x一(兵35)中佐、(-29.11/15)砲術長石黒虎雄(兵37)中佐、通信長大塚幹(兵39)少佐、(-28.10/25)副砲長小暮軍治(兵41)少佐、(-28.1/15)分隊長御子柴隼人(機24)機関少佐

28.5/16副長佐藤脩(兵35)中佐12/10練習艦となり香港を訪問、艦長井上継松(兵32)大佐、副長丹下薫二(兵36)中佐、(-29.8/25欠員)副砲長伊沢石之介(兵43)少佐、(-29.11/1)主計長鈴木常次(経2)主計少佐

29.5/29関西方面行幸時、昭和天皇乗艦として使用11/15(-30.12/1)副長小松輝久(兵37)中佐/30艦長浜田吉治朗(兵33)大佐、航海長三浦友三郎(兵38)中佐*、(-30.12/1)分隊長若槻龍三(兵50)大尉12/24副砲長山森亀之助(兵45)少佐

30.5/6(-12/1)主計長佐野嘉末(経1)主計中佐12/1第1艦隊第1戦隊に編入、艦長中村亀三郎(兵33)大佐、(-31.12/1)副長副島大助(兵38)中佐、砲術長青木節二(兵38)中佐>(-31.12/1)新葉亭造(兵39)中佐、水雷長森友一(兵42)少佐、(-31.10/10欠員)副砲長上原義雄(兵45)少佐、(-31.10/15)分隊長板垣昂(兵47)大尉、(-31.12/1)軍医長杉本豊松(新潟医専)軍医中佐

31.6/1伊勢湾で搭載水雷艇が水雷発射訓練中、着水しようとした日向搭載機と衝突し阿部太郎(兵51)大尉が死亡10/10艦長原敬太郎(兵33)大佐12/1予備艦、(-32.3/4)艦長杉坂悌二郎(兵33)大佐、(-34.6/20)航海長土井高(兵42)少佐(33.11/15中佐)

32.1/11(-12/1)副砲長吉見信一(兵43)少佐/28(-9/6)分隊長前川新一郎(兵50)大尉3/4艦長園田実(兵34)大佐11/15(-33.11/15)砲術長清水厳(兵39)中佐12/1艦長宇野積蔵(兵34)大佐

33.5/20軍医長金井泉(新潟医専)軍医少佐.7中旬、館山出港後特別大演習に参加し赤軍艦隊旗艦として陸奥の率いる青軍艦隊を迎撃11/15艦長佐田健一(兵35)大佐、運用長辻正保(兵42)中佐

34.4呉工廠で新型主砲塔と交換(主砲俯仰角を-3-+43゚に改正し最大射程を37900mに増大)する近代化改装に着手11/15艦長雪下勝美(兵36)大佐、(-36.12/1)航海長山高松次郎(兵44)少佐、(-35.11/15)軍医長伊藤雋吉(愛知医専)軍医中佐

35.2/22(-7/18兼日向)運用長篠田清彦(兵43)少佐5/20(-11/15兼日向-36.12/1)通信長福吉保夫(兵42)中佐6/20砲術長(-9/16兼日向砲術長)高橋雄次(兵44)中佐7/15艦長斎藤二朗(兵36)大佐10/15副長森国造(兵40)中佐/21(-36.6/1)工作長萩原勘一(機29)機関少佐/25運用長沢勇夫(兵46)少佐11/5第1艦隊第1戦隊に編入、分隊長中川有太郎(兵51)大尉、和田賢三(兵51)大尉、軍医長神立金作(慈恵医専)軍医中佐/15分隊長上原徳次郎(兵52)大尉、(-36.12/1)主計長宮川五朗(経4)主計中佐

36.1/16副長星野応韶(兵41)中佐/31工事完了6/1(-37.12/1)機関長岡野篤夫(機23)機関中佐12/1艦長鮫島具重(兵37)大佐、副長円山英勅(兵41)中佐、砲術長山森亀之助(兵45)中佐、副砲長渡辺安次(兵51)少佐転任、(-37.12/1)軍医長矢可部軍司(熊本医専)軍医中佐、(-37.1/26)主計長早川貞吉(経3)主計中佐

IJN Nagato class battleship Nagato.

37.8/20陸軍第11師団の一部約2000名を乗せて出港/25佐世保帰投12/1練習艦、艦長中島寅彦(兵39)大佐、副長末広由己(兵43)中佐、(-38.11/15)航海長細谷資彦(兵47)中佐、砲術長久邇宮朝融王(兵49)中佐

38.10/10副長牛尾藤雅(兵42)中佐11/15兼山城艦長角田覚治(兵39)大佐、(-12/5兼山城-39.11/15)機関長大江秀三(機26)機関中佐、主計長宮川五朗(経4)主計中佐12/1(-39.11/15)軍医長吉田一(長崎医専)軍医中佐/15第1艦隊第1戦隊に編入され連合艦隊旗艦を継承、艦長福留繁(兵40)大佐

39.7/28(-11/15)主計長北崎来(経5)主計中佐9/1和歌浦にて連合艦隊(司令長官山本五十六中将)旗艦を継承11/15艦長徳永栄(兵41)大佐、副長川井繁蔵(兵46)中佐

40.10/11紀元2600年特別観艦式に参列/15艦長大西新蔵(兵42)大佐

41.8/11連合艦隊直率下に第1戦隊(高須四郎中将、第1艦隊司令長官兼務)を再編し旗艦、艦長矢野英雄(兵43)大佐

10/6横須賀出港/8-20室積沖に寄港し/9太平洋戦争開戦を想定して艦上で図演を実施/20-1、22-31佐伯寄港

12/8開戦時連合艦隊第1戦隊(山本五十六大将)旗艦としてハワイ攻撃機動部隊援護のため.1200第1艦隊(第1戦隊長門陸奥第2戦隊伊勢日向扶桑山城第3航空戦隊龍驤瑞鳳第1水雷戦隊第21駆逐隊駆逐艦子日初春初霜若葉第27駆逐隊駆逐艦有明夕暮白露時雨)を率いて柱島出港後入港する大和と反航.0830豊後水道通過/10母島南方を通過/11.0600機動部隊の無事を確認したため反転/13柱島帰投

42.2/12連合艦隊旗艦を戦艦大和に継承3/15呉工廠に入渠し艦底修理と91式風信儀を改2に換装

4/9出渠5/1(-43.1/15)機関長中島四郎(機30)機関中佐(11/1中佐)/29.0600大和等と柱島出港後ミッドウェー作戦に主力部隊の一部として参加/6作戦の中止により空母加賀の生存者を駆逐艦より収容して反転/14柱島帰投6/25(-43.12/25)副長近野信雄(兵48)中佐

7/14第1艦隊第2戦隊に編入され第1艦隊兼第2戦隊司令長官清水光美中将の旗艦を継承/18-22呉工廠に入渠8/25航海長大野格(兵50)中佐

11/10艦長久宗米次郎(兵41)大佐12/20運用長林紫郎(兵51)中佐

43.1/25-2/2呉工廠に入渠し主給水タンクを修理/5砲術長越野公威(兵51)中佐(44.10/15大佐)

5/31-6/6呉工廠に入渠/8爆沈した陸奥の生存者を収容

8/1(-44.2/25)機関長新木秀二(機30)中佐/2艦長早川幹夫(兵44)大佐(11/1少将)/17.1300第1艦隊司令長官清水光美中将の旗艦として戦艦扶桑とともに陸奥の生存者314名を乗せ、戦艦大和、駆逐艦初風とともに柱島出港後空母大鷹、第7駆逐隊と合流/23トラック入港後ソロモン方面作戦支援と訓練に従事

10/17ウェーク、マーシャル方面にアメリカ任務部隊来襲の恐れありとトラック所在部隊を輸送の目的でトラック出港/19ブラウンに入港し人員を揚陸/20第1艦隊兼第2戦隊司令長官に南雲忠一中将/23ブラウン出港後ウェークの南方250nmまで進出後反転/26トラック入港11/6航海長近藤保平(兵51)中佐12/15艦長兄部勇次(兵45)大佐(44.10/15少将)

44.2/1アメリカ任務部隊接近の報告により扶桑、第7戦隊(鈴谷、熊野、利根)、第17駆逐隊(磯風谷風浜風浦風)、第61駆逐隊(秋月)とともにトラックを脱出後アメリカ潜水艦(SS178)パーミットが視認/4-16パラオ寄港/21リンガ入港後訓練に従事/25第1艦隊廃止3/6第1戦隊(宇垣纒中将)旗艦を継承/30リンガ出港後シンガポールに回航され入渠修理、整備に従事

4/13出渠/15シンガポール出港後リンガに回航5/4大和に第1戦隊旗艦を継承/11リンガ出港/14-6/13タウイ・タウイ寄港後アメリカ軍のマリアナ来襲により発令された「あ号作戦決戦」の用意を実施/14-5ギマラスに寄港し補給後第3航空戦隊(隼鷹飛鷹龍鳳)を護衛して/18-21マリアナ沖海戦に参加/22-3中城湾寄港/24内海西部に帰投

7/8戦艦金剛等と沖縄に向かう兵員、軍需品を乗せて呉出港/8-9空襲を避けて佐伯寄港/10-12中城湾/14-7マニラ寄港/20リンガ湾入港

10/18アメリカ軍のレイテ島上陸によりレイテ湾突入の目的でリンガ湾を出港/20-2ブルネイ寄港/24シブヤン海でアメリカ第38任務部隊空母搭載機と対空戦闘中、空母(CV6)エンタープライズ、(13)フランクリン搭載の爆撃機による第5次空襲により爆弾2発が命中、25名が死亡/25レイテサマール島沖海戦でアメリカ護衛空母部隊を砲撃/28ブルネイ入港11/15第3戦隊に編入/16大和等とブルネイ出港/23-4第17駆逐隊(浦風欠)とともに宿毛湾仮泊/25横須賀帰投後入渠して損傷個所の修理と副砲の撤去を実施後燃料不足により行動不能12/15or20艦長渋谷清見(兵45)大佐、戦艦榛名(在呉)と第2艦隊隷下に第3戦隊を編制

IJN Nagato class battleship Nagato.

45春、横須賀で煙突上部と後牆を撤去する艤装工事を実施1/1第3戦隊の解隊により大和榛名とともに第2艦隊隷下に第1戦隊を再編2/10第1戦隊の解隊により横須賀鎮守府警備艦

4/20予備艦/27or28艦長大塚幹(兵39召)少将6/1本土決戦に備えて伊勢日向榛名とともに特殊警備艦に艦種変更/15副長兼砲術長樋口貞治(兵51)大佐

7/18横須賀小海岸壁に停泊中、アメリカ任務部隊艦載機約300機による空襲に遭遇し空母(CV10)ヨークタウン搭載機の攻撃により爆弾2or3発が命中、中破し艦橋の破壊により大塚艦長、樋口副長兼砲術長等が死亡/24艦長杉野修一(兵46)大佐*8/15敗戦時、横須賀で中破状態で残存

9/15除籍後アメリカに賠償艦として譲渡

46.3/18ホイップルW.J.Whipple大佐の指揮下に軽巡洋艦酒匂とともに横須賀出港7/1ビキニ環礁で行われた第1回原爆実験(空中爆発実験)で酒匂等とともに実艦標的として使用/25第2回原爆実験(水中爆発実験)で至近距離で起きた水中爆発により数時間後横に5゚傾斜/28夜間に沈没

IJN Nagato class battleship Nagato.

85.12/21読売新聞社が調査し潜水艇はくようが水中撮影に成功.

戦艦長門の錨(手前は三景艦の主砲弾).

岡崎市欠町岡崎市東公園にて.

2011年8月27日.

桜と錨様からこの錨について「マーチン型十山字錨」であることから、艦尾にあった中錨ではとないかという御指摘を頂戴しました.

厚く御礼申し上げます.

2011年8月29日.

*杉野修一大佐への着任命令は発令されたが、当時、旅順にいて交通が途絶していたため実際の着任は敗戦の5日後であり、この間、応召中の池内正方(兵40)少将が艦長に、権平正男(兵52)中佐が副長兼砲術長に任命されている.

なお、杉野大佐は旅順閉塞戦で戦死した杉野孫七兵曹長の長男である.

*この主砲塔が加賀級戦艦用に製造されたものを転用したという記載が散見されるが、Ans.Q126に掲載された工場の記録では陸奥のものも含めて新製とのことであり、製造されていた主砲塔は別表のように陸軍に売却されて砲塔45口径40cm加農として要塞砲に転用されている.

88艦隊計画による最初の戦艦で、世界初の超400mm砲搭載戦艦.

信号符字JGIA.

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長門丸

函館船渠で1936.9/24竣工した大洋捕鯨捕鯨船第9玉丸(東京)を

38長門丸と改名

40.12/5海軍が徴用/16佐世保鎮守府所管特設駆潜艇

41.1/15特設駆潜艇第6昭和丸、東光丸と第51駆潜隊を新編し第1根拠地隊に編入

2/5第512号駆潜艇と略称を付与

41.10/15佐世保防備隊付属

43.3/31西大洋漁業統制に移籍

44.10/2-9瀬相寄港後機関故障に船団から落伍した第2辰丸を捜索中/10アメリカ第38任務部隊空母搭載機の爆撃を受けて沈没

45.4/10徴用解除と同時に除籍.

279(101)T 38.4x7.3x(4.2)m R(3連成)x1/1 790ihp.

船舶番号42335.

信号符字JPHJ.

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長門丸

サンダーランド造船所で1900.5竣工12三上豊夷が購入13辰馬汽船合資に売却されハドソン丸と改名23個人船主に売却されたイギリス、アングロ・アメリカ石油タンカー、ハドソン

31林兼商店が購入し長門丸と改名

33日本合同工船に移籍後蟹工船に改造

35東天丸と改名37日本水産に移籍44戦没.

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長門丸

川崎神戸造船所で409番船として1917.10/15起工された川崎造船所貨物船第22大福丸

17日本郵船が購入し長門丸(東京)と改名

18.5/27進水6/27竣工

41.10/18陸軍が徴用12/24ラモン湾上陸作戦に参加

43.8/20長野丸漢口丸亜丁丸神佑丸夕映丸ウエワク第7次輸送船団を編成し第2634号駆潜艇の護衛下にパラオ出港/23反転/28.0945再出港後夕映丸が離脱

9/2.0030ウエワク沖到着.0745ウエワク東方4kmのポーラ岬(03゚33'S/143゚38'E)に点錨して揚陸作業中.0845アメリカ陸軍航空隊B25爆撃機、P38戦闘機による空襲に遭遇し航空機5機による低空爆撃を受けて貨物船漢口丸長野丸とともに被爆、炎上.0925船体放棄後沈没し船員2兵員3名が死亡.

5901(9057D)T pp117.35x15.54x(10.97)m R(3連成)x1/1 3799ihp 11knt..

船舶番号22878.

信号符字NWLT>JCID.

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長門丸

機帆船

早瀬造船所で1931.9起工

WW2後海上保安庁に引渡され雑船に指定後掃海船(MS34)

52.8/1海上保安庁航路啓開本部から海上警備隊に移管され掃海船(MS34)長門丸

11/1宝来丸とともに横須賀地方隊西部航路啓開隊呉航路啓開隊に編入

53.9/16横須賀地方隊呉地方基地隊に編入

54.7/1海上自衛隊掃海艇となり呉地方隊呉基地警防隊に編入

56.4/1除籍解傭.

18.3st oa19.2x3.5x(1.8)x1.0m 焼玉機関x1 80bhp 8knt.


Since 10 Nov.2001.

Last up-dated, 19 Dec. 2016.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Illustrated by Iyapopo.

#28.

Nagato.

Ver.1.16a.

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