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Atago.   愛宕.あたご.

愛宕丸(郵便汽船三菱会社) 愛宕艦>軍艦愛宕@ 愛宕山丸(三井物産) 愛宕山丸(三井物産) 軍艦愛宕○ 愛宕丸(日本郵船) 

愛宕級重巡洋艦 軍艦愛宕A 第3愛宕丸 愛宕丸(ex公称1343号) 愛宕丸(ex公称第518号) 

あたご級ミサイル護衛艦 護衛艦あたごB 

IJN Takao class heavy cruiser Atago.

Illustrated by Iyapopo.

(1)

京都市東山区知恩院三門から見た愛宕山.

2008年11月22日撮影.

京都市右京区嵐山、桂川に架かる渡月橋越しに見た愛宕山.

2012年11月8日撮影.

[地名]愛宕山Mt. Atago.

 京都市右京区、京都市の北西に位置し、京都府北桑田郡京北町(2005.4/1合併により京都市右京区)との境にある山で、南東山麓に清滝が位置する.

かつての山城丹波両国境にあり、比叡山と東西相対して聳え唐の五台山に準えられた.

大宝年間(701-4)役小角と泰澄によって朝日峰に神廟が建立されたのが創建とされ781光仁天皇の勅令により和気清麻呂、慶俊僧都によって山頂の平坦部に愛宕権現白雲寺が開かれ、真言密教の修行の場としても栄えたが1870廃仏毀釈により愛宕神社となった.

1929愛宕山鉄道が京都電灯(現京福電気鉄道)嵐山駅から山頂へ鉄道を敷設しホテルや遊園地等を建設したが44不要不急線として廃線になった.

標高924m.

(2)

[建築]愛宕神社.

 京都市右京区嵯峨愛宕町の愛宕山(1)山頂に781愛宕権現白雲寺として開かれ1870廃仏毀釈により現名に変更された.

秋葉とともに火伏せの神として知られ、台所に張る「火廼要慎」の守り札で有名.

勝軍(将軍)地蔵と呼ばれる甲冑に身を固め、弓矢を持ち、時に馬に跨る姿で現される地蔵を本地としたため、武神としての性格もあわせ持ち、武将の崇敬が厚く、火伏せ信仰もあわせると全国に900を超す分社が散在する.

中でも1603江戸幕布開設とともに創建された東京港区愛宕の愛宕権現が知られており、ここは1868測量基準点(25.7m)1925日本初のラジオ放送局JOAKが設けられた場所であり、東京23区内の自然地形としては最高点であったため、眺望でも有名であった.

「東海道中膝栗毛」に「伊勢へ七たび、熊野へ三たび、愛宕さまには月まいり」との俗謡が載っており、旧暦6/24(現在では7/31-8/1)に行われる愛宕千日詣は例年1万人もが参拝する.

1582(天正10).5/27明智光秀Akechi Mitsuhide、?-1582は愛宕山を参詣し神籤を2回引き/28同山西坊で実施された連歌会(愛宕百韻)の発句で「時は今あめが下しる五月かな」と詠んだとされるが、この連歌会の3日後の6/2(同年5月は29日まで)光秀は本能寺の織田信長を襲ったため、「時」を明智氏の属する土岐源氏の「土岐」、「下しる」を「天下を知行する」と解して光秀が天下を取ると宣言したものといわれるが、本来は「下しる」ではなく「下なる」であり5/27は当時の日記から晴天であったことが判明しているので、これは5/24に詠まれたはずであるという.

(3)

愛宕山.

山口県岩国市中央部にあった山(標高120m).

2003から岩国飛行場滑走路の海上移設による埋立のため土砂が採集され、跡地は団地になる予定であったが、需要がなく3/4を国が購入17アメリカ艦載機の受入れにともないアメリカ軍家族用の住宅となりAtago Hillsと呼ばれるようになった.

海抜112m地点に愛宕神社があったが、上記の土砂採集により移転した.

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愛宕丸

サミューダ/ロンドン造船所で1860.4/9進水したイギリス、P&O汽船鉄製外車客船マッシリアMassilia(ロンドン、船舶番号28374信号符字PWFM)を

77.7/26郵便汽船三菱会社(東京)が購入し愛宕丸と改名し函館で倉庫船として使用

96バターフィールド・スワイア社Butterfield & Swireに売却され芝罘で浮倉庫として使用.

1640T pp94.42x10.99x(6.80)m R 1730ihp 14knt.

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愛宕艦>軍艦愛宕

日本@ 摩耶級一等砲艦(3/3)

1883計画砲艦

84.6/5愛宕艦と命名

横須賀造船所に85.1発注

86.7/17起工

87.6/18進水

88.5/14艦長沢良煥(兵2)少佐、分隊長(89.6/11航海長)伊地知季珍(兵7)大尉9/21軍艦愛宕と命名/26(-89.5/15)分隊長心得(-89.5/15)山下源太郎(兵10)少尉

89.3/2竣工し横須賀鎮守府籍

6/11分隊長心得兼横須賀水雷艇長心得川島令次郎(兵11)少尉(8/28大尉/29分隊長兼横須賀水雷艇長)、小田喜代蔵(兵11)少尉(8/28大尉/29分隊長兼横須賀水雷隊艇長-90.7/4)/25航海長心得山下源太郎(兵10)少尉(8/28大尉/29航海長-9/7)10/12航海長広瀬勝比古(兵10)大尉

90.2/25航海長心得石井義太郎(兵12)少尉5/13分隊長兼横須賀水雷隊艇長(-91.8/6)浅井正次郎(兵7)大尉、宇敷甲子郎(兵10)大尉、(-11/26)森義太郎(兵10)大尉8/23第1種9/17艦長副島種藤少佐

91.6/11艦長迎敦忠少佐、航海長前田浄一大尉7/23艦長島崎好忠(兵2)少佐10/6航海長心得森義臣(兵14)少尉(92.12/21大尉、航海長)

92.5/23分隊長心得吉嶋重太郎(兵14)少尉(12/13大尉、分隊長-94.4/20)6/3艦長植村永孚(兵2)少佐

93.1/26艦長上村正之丞(兵3)少佐4/10機関長松見友吉(機旧3)大機関士>賀茂厳雄(旧機3)大機関士

94.2/2艦長井上良智(アナポリス)少佐、機関長坂本ト五郎(機旧3)大機関士4/20分隊長(5/5航海長)橋本又吉郎(兵13)大尉

95.1/20威海衛、栄城湾上陸を支援3/9航海長釜屋六郎(兵14)大尉5/11艦長中溝徳太郎(兵5)少佐

96.1/15機関長永瀬狷次郎大機関士4/13分隊長安田八束大尉>牧村孝三郎(兵8)大尉8/7分隊長南義親(兵8)大尉11/18艦長永峰光孚(兵5)少佐

97.3/30航海長田中銃郎(兵15)大尉>西禎蔵(兵17)大尉8/27航海長心得末次直次郎(兵18)少尉(12/1中尉/27大尉、航海長)

98.1/22艦長成川揆(兵6)中佐2/22分隊長川村茂男(兵18)大尉3/21二等砲艦12/3分隊長吉岡良一(商船学校6兵13相当)少佐>横田平作(商船学校6兵13相当)少佐

99.4/4分隊長(12/4航海長-00.3/14兼分隊長)市村忠次郎(兵20)大尉9/29艦長竹内平太郎(兵8)中佐12/4航海長(-4/4兼分隊長)真田権太郎(兵18)大尉転任/25乗員大滝新蔵(兵24)中尉

1900.1/19軍医長園部彦長大軍医>美濃部録治大軍医3/14(12/6兼平遠)主計長心得(-10/1)斎藤芳太郎中主計.6-10義和団事件により太沽に派遣9/1艦長和田賢助(兵8)中佐

01.2/14艦長小橋篤蔵(兵8)中佐、航海長内田虎三郎(兵22)大尉6/7航海長勝木源次郎(兵21)大尉10/1分隊長川上正一(兵23)大尉

02.1/24(分隊長>)航海長川村茂男(兵18)大尉3/14(-4/12兼天城)航海長心得四竈孝輔(兵25)中尉(10/6大尉、航海長-03.7/21欠員)4/22艦長木村浩吉(兵9)中佐/23軍医長心得栗田俊三中軍医(10/6大軍医、軍医長)11/1艦長(-03.6/22欠員)石橋甫(兵10)中佐

03.7/1兼高雄軍医長加藤勇太郎大軍医12/28艦長久保田彦七(兵11)中佐、分隊長藤原英三郎(兵21)大尉、軍医長(-05.1/7)加藤安吉大軍医

04.3/5分隊長伊集院兼誠(兵18)大尉4/10航海長金子忠吉(兵23)大尉>岡田雄三(兵25)大尉10/6航海長植村信男(兵26)大尉11/6.0755旅順沖で封鎖作戦に従事中、南北隍城島中間付近で未知の暗礁に触れて沈没し駆逐艦薄雲が乗員を救出

05.1/12艦隊編成より除去6/1喪失を公表/15除籍.

IJN Maya class gunboat Atago.

鋼骨鉄皮艦(鋼を艦材に使用した最初の日本艦).

同級中、唯一の戦没艦.

命名は(1)による.

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愛宕山丸

三井物産貨物船(東京)

マクミランArchard McMillan & Son/ダンバートン造船所で349番船として1897.3/2進水.3竣工

1910.6/24三池から上海へ航行中、上海近郊、長江中のアムハーストAmherst岩礁に濃霧により座礁/26沈没.

1936or2044T pp85.34x11.51x(6.71)m R(3連成)x1/1 1900ihp 10(9)knt.

船舶番号1669.

信号符字HLBR.

姉妹船富士山丸.

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愛宕山丸

ラッセルRussell & Co/ポート・グラスゴー造船所で468番船として1900.11/20進水したオーストリア、Alberta S.S.Co(Fratelli Cosulich)貨物船Alberta(トリエステ)を

13三井物産(東京)がUnione Austriaca di Nav SAから遼東汽船(大連)の名義で購入し愛宕山丸と改名

33.6/24船質改善助成施設による吾妻山丸の新造見合い船として売却解体.

4071T pp113.07x16.31x(9.35)m R(3連成)x1/1 2200ihp 9.5(8.5)knt.

船舶番号関79.

信号符字QBJG.

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軍艦愛宕

日本○ 天城級巡洋戦艦(4/+1+1+2)

IJN Amagi class battlecruiser. Illustrated by Inaka Kaeru.

1918(86艦隊)計画第7号巡洋戦艦(88艦隊第8号艦)

川崎造船所神戸工場に発注20.3/26軍艦愛宕と命名

21.11/10(#126)or22戦艦加賀進水直後の船台で起工

24.12以前に竣工予定であったが22.2/5ワシントン海軍軍縮条約により建造中止7/31契約破棄

24.4/14建造取止め

25船台上で解体され資材を空母改造に流用.

命名は(1)による.

ブラウン・カーティス式減速タービンを採用した同級中、唯一の艦.

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愛宕丸

日本郵船貨物船(東京)

リスゴー/ポート・グラスゴー造船所で762番船として1923起工

24.6/17進水11/28竣工(船体価格£18.95万)し北アメリカ(シアトル)定期航路に就航後ニュー・ヨーク航路、中南アメリカ・ガルフ航路で使用

41.7/19-8/27陸軍が徴用12/23陸軍が徴用

42.7/1徴用解除と同時に船舶運営会が徴用12/20海軍が徴用を発令/24徴用解除と同時に海軍が徴用し佐世保鎮守府所管一般徴用船(給油船)となり海軍省に配属/28佐世保工廠で応急タンカーへの改造開始

43.2/14工事完了9/1船舶運営会海軍配当船となり佐世保鎮守府が所管

44.6/18マニラ出港後橘丸等とミ05船団を編成/23.1257-27.1650ミリー寄港後第2小倉丸等とミ06船団を編成して出港7/3.0845マニラ入港後船団を改編/4.1145出港後第2山水丸赤城山丸徳和丸橘丸咸鏡丸第2小倉丸瑞鳳丸津山丸第5雲海丸、八義丸他2隻と船団を編成し第14号海防艦等に護衛されて/10-2.0330高雄寄港時に他2隻を船団編成より除去し第8号海防艦等が護衛に加入/17.1450門司入港/26.0600伊万里湾出港後日和丸等とミ13船団を編成8/4.0830高雄出港/8.0900-11.2100マニラ寄港/18.1700ミリー入港/29.0930ミリー出港後顕正丸等とミ14船団を編成9/5-9.1600マニラ寄港/17-20高雄寄港/29.1930門司入港11/3.1000門司出港/2-3六連寄港後ミ25船団を編成/5-8サン・ジャック/19-21サイゴン/21-2サン・ジャック寄港/26.1330ミリー入港後原油積載中/28.2337アメリカ陸軍航空隊第13航空軍所属のB24爆撃機による夜間空襲に遭遇し第6油槽後部に直撃弾を受け/29.0215(戦時船舶)or0520港内(04゚29'N/114゚00'E)で浸水により沈没擱座(全員救助)し同日徴用解除.

7543(10676D4516)T pp134.11x17.37x8.6x(11.71)m D(ズルツァー2ストローク型)x2/2 5588bhp 14.5(満載航海12.0)knt 乗客9.

2檣1本煙突.

船舶番号30916.

信号符字JYCA.

姉妹船飛鳥丸とともに日本初の大型ディーゼル船(日本初のディーゼル船は音戸丸、中型貨物船としては赤城山丸がある).

船名は(2)による.

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日本 愛宕級重巡洋艦→日本、高雄級重巡洋艦.

2番艦愛宕が1番艦高雄より約2ヶ月早く竣工したことによる級名.

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軍艦愛宕

日本A 高雄級重巡洋艦(2/4)

IJN Takao class heavy cruiser. Illustrated by Iyapopo.

1932年新造時の重巡洋艦愛宕.

1927-31最新補充5ヶ年計画による第10甲級巡洋艦

27計画一等巡洋艦として.3第52帝国議会で計画承認され呉工廠に発注

27.4/28姉妹艦高雄(横須賀工廠)と同時に巡洋戦艦赤城以来の大型艦として建造船渠で起工6/23軍艦愛宕と命名

30.6/16進水/20艤装員長(31.10/1艦長)佐田健一(兵35)大佐、艤装員御所静(機19)機関中佐11/1艤装員(31.10/1砲術長)秋山門造(兵42)少佐、大家吾一(兵46)大尉(12/1少佐31.10/1通信長)12/1艤装員高橋裴(兵43)少佐、(31.10/1航海長)曽爾章(兵44)少佐、永橋為茂(兵49)大尉、渡名喜守定(兵50)大尉、溝口国雄(機28)機関大尉

31.1/16艤装員山田道弘(機20)機関中佐/20呉工廠医務部員兼造船部員兼艤装員(10/1軍医長)板倉駿(東北大医)軍医少佐11/2副長尾崎篤郎(兵37)中佐>実吉敏郎(兵37)中佐12/1航海長近藤脩三(兵43)少佐、軍医長水流義雄軍医少佐

32.1公試開始/6分隊長伊藤利吉(兵49)大尉2/12鵜来島標柱間で実施された10/10全力公試で35.2knt/135001shp/12214mtを記録3/30佐田艦長の指揮下に同級中、最初に竣工し横須賀鎮守府予備艦となり横須賀回航、副長奥本武夫(兵38)中佐

1932年2月12日新造全力公試を実施する重巡洋艦愛宕.

4/1呉工廠水雷部検査官兼魚雷実験部員兼水雷長赤坂徳治(兵44)少佐>水雷長田中正道(兵47)大尉(12/1少佐)、通信長安川正治(兵47)少佐/16横須賀出港後犬養毅首相等政府高官を乗せて東京湾を巡航11/1副長今村脩(兵40)中佐/15砲術長黒島亀人(兵44)少佐12/1姉妹艦高雄鳥海摩耶とともに妙高級重巡洋艦と交代して第2艦隊第4戦隊に編入、艦長高橋伊望(兵36)大佐、飛行長黒井明(兵51)大尉、航空廠飛行実験部員兼乗員寺井邦三(兵50)大尉転任、分隊長中村健夫(兵50)大尉>原田孝(兵52)大尉、侯爵華頂博信(兵53)大尉

33.3/4演習中、1号機(90式2号水上偵察機)が室戸岬の南方沖で行方不明(/10黒井飛行長以下2名を死亡と認定)4/1乗員(-11/1)増田作治(兵52)大尉6/29佐世保出港後馬鞍群島方面を行動7/5馬公入港/13高雄出港後第4戦隊は戦艦陸奥の率いる青軍艦隊に所属してトラック付近で戦艦長門等からなる赤軍艦隊との特別大演習に参加8/18木更津沖帰投/21横須賀入港/26横浜沖で実施された特別大演習観艦式に昭和天皇の乗艦する練習戦艦比叡の供奉艦として参列10/20副長一瀬信一(兵41)中佐、主計長古河兼義(経8)主計少佐11/1分隊長中山定義(兵54)大尉、若林茂(兵55)中尉(/15大尉)/15艦長宮田義一(兵36)大佐、砲術長貝塚武男(兵46)少佐、航海長馬場良文(兵46)少佐、乗員荒木正臣(兵56)中尉(34.11/15大尉、分隊長)12/2無線兵装の改装と主砲射撃指揮装置の改造に着手/26横須賀工廠で91式高射装置を搭載

34.2/2工事完了3/9-6/18機関部、航空機用潤滑油管装置の改造を実施9/22舵取装置の一部改造工事に着手/27旅順出港後青島方面を行動10/5佐世保入港11/1艦長男爵園田滋(兵37)大佐、機関長美奈川武保(機24)機関中佐、水雷長(-35.10/31)平田勉(兵49)少佐、分隊長中込由正(兵52)大尉/15副長(-35.10/15)森国造(兵40)中佐、航海長(-35.10/21)北村富美雄(兵47)少佐、(>兼鈴谷-35.11/15)主計長渡邉秀秋(経9)主計少佐12/30工事完了

35.3/29油谷湾出港後馬鞍群島方面を行動4/4佐世保入港10/15副長伊藤徳尭(兵39)中佐/31砲術長貞方静夫(兵47)少佐>加藤憲吉(兵48)少佐11/15予備艦、艦長鈴木田幸造(兵37)大佐/21運用長平山武俊(兵47)少佐転任(欠員)、機関長吉崎直三(機22)機関中佐12/16第2艦隊第5戦隊に編入

36.3/10予備艦4/1副長(-11/2)森国造(兵40)中佐/15艦長伊藤整一(兵39)大佐6/14-7/31横須賀工廠で外板補強と天皇乗艦に伴う船体部修理、航空機揚収用起重機の換装、前檣の短縮工事を実施10/26天皇乗艦として神戸出港/27江田島入港(最後の兵学校行幸)/28神戸入港/29神戸沖観艦式に参列11/16飛行長三浦憲太郎(兵56)大尉転任12/1艦長五藤存知(兵38)大佐、機関長鳥山祐蔵(機24)機関中佐、砲術長(-37.2/1欠員)竹下宣豊(兵48)少佐、航海長上田泰彦(兵47)少佐>三井涓三(兵50)少佐、分隊長浅野以文(兵52)大尉転任

37.7/12艦長奥本武夫(兵38)大佐/28機関長根本金次(機24)機関中佐、兼大鯨主計長小林五作(経9)主計少佐転任11/15副長龍岡長久(兵43)中佐12/1艦長坂野民部(兵38)大佐、水雷長竹内一(兵52)少佐

38.4舞鶴工廠で高雄とともに近代化改装に着手後横須賀工廠に回航され工事続行8/10艦長蓑輪中五(兵38)大佐11/15艦長高塚省吾(兵38)大佐

1939年8月25日館山沖で全力運転公試を実施する改装後の重巡洋艦愛宕.

39.5/15副長沢正雄(兵44)中佐7/15兼高雄砲術長(-9/1欠員)尾崎俊春(兵50)少佐8/25館山沖で実施された全力運転公試で34.12kntを記録9/10兼高雄通信長岩沢一郎(兵56)大尉転任/21分隊長須加崎千一(機38)機関大尉10/30工事完了11/10or15第2艦隊第4戦隊に編入/15艦長河野千万城(兵42)大佐、副長渋谷清見(兵45)中佐、砲術長奥村時文(兵50)少佐、水雷長神山昌雄(兵51)少佐、通信長岩沢一郎(兵56)大尉12/5機関長後藤正雄(機26)機関中佐>細淵精一(機27)機関中佐

40.3/27中城湾出港後華南方面を行動4/2or20高雄入港10/15艦長小柳冨次(兵42)大佐、副長上田泰彦(兵47)中佐、航海長能登清久(兵51)中佐>高橋優(兵50)少佐、水雷長(-42.7/10)小山田正一(兵60)大尉11/15運用長天本益次(兵49)中佐転任

41.1/15通信長春日多喜治(特務)少佐2/19佐世保出港/21-6中城湾寄港後華南方面を行動3/3-7高雄/11-28有明湾寄港/30横須賀入港

4/17横須賀工廠で入渠工事/20砲術長野田知行(兵52)少佐転任/26出渠5/4横須賀出港後三河湾、別府、宿毛湾方面を行動6/30-8/4横須賀寄港/6宿毛入港/11艦長男爵伊集院松治(兵43)大佐/21佐伯回航9/1-5呉寄港/10飛行長森田博(兵59)大尉転任/13横須賀入港/15横浜に回航され入渠/20機関長松尾祐一(機30)機関中佐転任/22出渠し横須賀に回航

10/6第2艦隊司令長官兼第4戦隊司令官近藤信竹(兵35)中将の旗艦を摩耶より継承11/7有明湾出港/9横須賀出港後戦備作業に着手/12宿毛湾経由で柱島沖入港/15乗員小倉正保馬場栄一(兵70)少尉候補生(42.6/1少尉)/17第4戦隊主力(鳥海摩耶)を率いて呉回航/20第4戦隊より鳥海を分離/21第4戦隊主力、第46駆逐隊を率いて柱島回航/22第3戦隊第2小隊(戦艦金剛榛名)が合流/25佐伯湾回航/27佐伯出港、高雄合流/29.0600第4戦隊(高雄摩耶)、第3戦隊第2小隊、第4駆逐隊(野分舞風萩風)、第6駆逐隊第1小隊()からなる南方部隊本隊(近藤第2艦隊司令長官)を率いて佐伯出港12/2.0800馬公入港後第8駆逐隊(大潮朝潮満潮荒潮)が合流/4.1230馬公出港後第3戦隊第2小隊(戦艦金剛榛名)、高雄を率いて索敵哨戒に従事/11-4カムラン湾寄港/8マレー上陸作戦の間接支援に従事/9.1415伊65がイギリス戦艦(53)プリンス・オヴ・ウェールズ等からなるZ部隊を発見したことにより出動/10第7戦隊、第3水雷戦隊軽巡洋艦川内、駆逐艦4が合流後マレー沖海戦によりZ部隊が壊滅したことにより作戦中止/17-20カムラン湾寄港後リンガエン湾上陸作戦を支援/24カムラン湾入港/26.1200第2期兵力部署の発令により南方部隊は比島部隊より蘭印部隊に改編され第4戦隊第3戦隊第2小隊、第4航空戦隊、第4駆逐隊第6駆逐隊第1小隊で本隊を編成し第4戦隊第1小隊、金剛、第4駆逐隊からなる主隊を直率/29カムラン湾在泊中に南方部隊と南方軍が協議(カムラン協定)

42.1/1カムラン協定調印/3第4航空戦隊を馬来部隊に編入/8カムラン湾出港/11-4馬公寄港/18-28パラオ寄港後対潜哨戒に従事2/16-18パラオ寄港後第3戦隊とともに第4駆逐隊に護衛されて/21ケンダリー入港/22摩耶が合流/25.0830南方部隊本隊として第4戦隊(高雄摩耶)、第4駆逐隊第1小隊(野分)を率いてケンダリー出港後空母赤城等からなる機動部隊に続航.1530機動部隊と分離/26.1200頃、バリ島の204゚160nmで駆逐艦早潮、給油船東栄丸と合流/27スンバワ島南方海域に到達/28早朝、バリ島南方に到達3/1早朝、チラチャップの南方70nmに到達しジャワ島の南方を遊弋中に等が商船4隻を撃沈、1隻を撃破、1隻を拿捕/2午前、早潮がオランダ商船を拿捕.1850チラチャップの南方約300nmに到達後第23航空戦隊機より報告のあった駆逐艦2の攻撃に摩耶、第4駆逐隊第1小隊を分離し軽巡洋艦1(マーブルヘッド?)の攻撃に高雄と向かい.2200バリ島南方沖(15゚38'S/113゚13'E)でアメリカ駆逐艦(DD227)ピルズバリーを視認.2225距離5200mで照射砲撃開始.2232撃沈(主砲弾54、高角砲弾15発発射)/3.1000バリ島の196゚160nm付近に到達後西に変進後等がアメリカ砲艦(PG21)アシュヴィルを撃沈.1200頃、分離行動中の早潮、東栄丸と合流し曳航補給/4.0740-0900頃、チラチャップの170゚280nm付近でジャワから脱出してきたイギリス護送船団を攻撃しオーストラリア、スループ(U77)ヤラ、イギリス、タンカー、イギリス商船、イギリス掃海艇各1隻を撃沈.1620がオランダ船チサロア(7089T)を拿捕(千早丸と改名).2030オランダ商船(1030T)を拿捕/7.1305ケンダリー入港/18ケンダリー出港後に護衛されてタラカン経由で/21-2バリクパパン/23-4マカッサル寄港/27-

4/2セレターに寄港し補給整備に従事/3-4ペナン/10水雷長小山田正一(兵60)大尉転任/10-1カムラン湾寄港/17横須賀入港/18アメリカ空母(CV8)ホーネット等によるドゥーリトル空襲により第2艦隊旗艦として重巡洋艦高雄摩耶妙高羽黒、駆逐艦等10隻を率いて緊急出港/20単独航行中の空母祥鳳の護衛の目的で駆逐艦を分離したが、合流できなかったため駆逐艦野分を派遣(/21合流).2130追撃中止/23横須賀入港5/3-4入渠(120mmAAを127mmAAIIに換装?)/13旗艦を鳥海に継承し横浜浅野第1船渠に入渠/21出渠/24横須賀出港/25広島湾入港/27第2艦隊旗艦を鳥海より継承/29柱島出港後ミッドウェー作戦に攻略部隊旗艦として参加6/14柱島入港

8/11出港後アメリカ軍のガダルカナル島来攻により第2艦隊を率いて/17-21.1900トラック寄港/23ガダルカナル島北方300nmでアメリカ機が触接/24第2次ソロモン海戦に参加9/5.1030トラック入港/9トラック出港後作戦支援に従事/10分隊長松浦勉(兵64)大尉/24-

10/11トラック寄港/26南太平洋海戦に参加/30.1530トラック入港11/9トラック出港/13アメリカ潜水艦(SS202)トラウトの発射した魚雷を回避/15第3次ソロモン海戦に参加しアメリカ戦艦(BB57)サウス・ダコタを撃破し小破/19トラック入港12/1艦長中岡信喜(兵45)大佐/12トラック出港/17呉入港/26副長柳原増蔵(兵48)中佐(42.11/1大佐)>根岸実(兵49)中佐/29-

43.1/6呉工廠で入渠/20呉出港後駆逐艦大波に護衛されて/25-31トラック寄港後ガダルカナル島撤退作戦を支援2/9トラック入港

4/27飛行長小幡英郎(兵64)大尉>加賀野純一(兵66)大尉5/25水雷長渡辺芳郎(兵61)大尉転任

7/21トラック出港/26横須賀入港

8/2-9横須賀工廠に入渠/9第2艦隊司令長官兼第4戦隊司令官に栗田健男(兵38)中将/16公試に出動/17横須賀出港/23-9/18トラック寄港後マーシャル諸島方面で訓練を実施予定中/19アメリカ第15任務部隊のタラワ空襲により転針/20-3ブラウン/25-

10/17トラック寄港/19-23ブラウン寄港後ウェーキ方面を行動/25水雷長磯部慶二(兵62)大尉転任/26トラック入港11/3ブーゲンヴィル島トラキナにアメリカ軍上陸との報告により第2艦隊を率いてトラック出港/4タンカー、日章丸の被爆損傷により鳥海等を分離/5早朝、ラバウル入港.0900アメリカ第38任務部隊空母搭載機等によるラバウル空襲に遭遇、至近弾2-3発を受けて右舷外板剥離、中岡艦長、吉岡昌甫(兵69)中尉等18or22名が死亡、20名が重傷/7トラック入港/10鳥海に旗艦を継承、機関長堂免敬造(機32)中佐(44.10/15大佐)/11トラック出港後空母翔鶴高雄等とともに駆逐艦玉波等に護衛されて/15横須賀入港、艦長荒木伝(兵45)大佐(44.10/15少将)/18-12/17横須賀工廠に入渠/22横須賀工廠で機銃の増備、22号レーダーの搭載を含む修理完了/26木更津沖回航

44.1/4横須賀出港後空母雲鷹瑞鳳とともに駆逐艦野分等に護衛されて/9-2/10トラック寄港後第5戦隊(妙高羽黒)とともに航行中.2100(08゚27'N/149゚24'E)でアメリカ潜水艦(SS178)パーミットが魚雷4本を発射/13パラオ入港3/1第2艦隊は第3艦隊と第1機動艦隊を新編/29アメリカ第58任務部隊空母群の接近により第4戦隊(愛宕鳥海高雄)、第2水雷戦隊(第27[春雨白露]、24[満潮]、32駆逐隊[藤波])、第1戦隊(戦艦武蔵)、第17駆逐隊(浦風磯風谷風浜風)を率いてパラオ出港

4/1-5ダバオ/9-29リンガ/29-5/2シンガポール/2-11リンガ寄港後戦艦大和長門扶桑、金剛、榛名、第4戦隊(愛宕鳥海高雄摩耶)、第7戦隊(熊野鈴谷利根筑摩)、第2水雷戦隊を率いて/14タウイ・タウイ入港/23(乗員>)分隊長奥西平治(兵71)中尉6/13.0900出港/14夕刻、ギマラス入港/15.0717あ号作戦発令.0800機動部隊前衛部隊旗艦としてギマラス出港/15夕刻、サン・ベルナルディノ海峡通過/16.1700戦艦大和等と合同/17.0330全艦洋上補給完了/18マリアナ沖海戦/21.0745作戦中止/22-3沖縄中城湾寄港/24柱島入港

7/8第2艦隊司令長官栗田健男(兵38)中将の旗艦としてシンガポールに向かう第49(狼)師団第106連隊将兵を乗せた第1戦隊(戦艦大和武蔵)と第4戦隊(愛宕鳥海高雄)、第7戦隊(熊野鈴谷利根筑摩)、第2水雷戦隊(軽巡洋艦能代、第27[時雨]、五月雨]、31[朝霜岸波沖波長波]、32駆逐隊[浜波]、島風)からなる甲部隊、戦艦金剛等からなる乙部隊を率いて呉出港/8-9空襲を避けて佐伯寄港/10.1730-1900中城湾寄港/16.1640リンガ入港後兵員を貨物船に移送/22-30シンガポールで入渠8/1第2艦隊第1、第3、第4、第5、第7戦隊(熊野鈴谷筑摩利根)、第2水雷戦隊、第3艦隊第10戦隊、最上、連合艦隊付属秋津洲で第1遊撃部隊を編制/1-26リンガ寄港/10分隊長松本治(機51)機関大尉転任/26-30シンガポール寄港/30リンガ入港

10/18.0100捷1号作戦の発動により第1遊撃部隊旗艦(第2艦隊司令長官栗田健男中将)として第1戦隊(大和武蔵長門)、第4戦隊(愛宕、高雄鳥海摩耶)、第5戦隊(妙高羽黒)、第2水雷戦隊(能代第2駆逐隊、第31駆逐隊、第32駆逐隊)からなる第1部隊(栗田中将直率)と第3戦隊(金剛榛名)、第7戦隊(熊野鈴谷利根筑摩)、第10水雷戦隊(矢矧、第17駆逐隊)からなる第2部隊(鈴木中将)を率いて(戦艦山城等からなる第3部隊は別行動)リンガ出港.1732捷1号作戦の発令/20.1100-22.0800ブルネイ寄港後レイテへ16kntで航行中/23.0632フィリピン西方のパラワン水道(09゚28'N/117゚17'E)でアメリカ潜水艦(SS227)ダーターが距離約900mで発射した魚雷6本中、4本が右舷第1缶室から後部機械室にかけて命中、栗田司令長官、荒木艦長以下准士官44下士官兵667傭人2等の生存者を駆逐艦岸波朝霜が救助後第2艦隊司令部は岸波を経て大和に移乗.0653転覆沈没し堂免機関長、出田増国(兵60)少佐、奥西分隊長以下360名が死亡12/20除籍.

IJN Takao class heavy cruiser. Illustrated by Iyapopo.

信号符字JJIA.

第2艦隊旗艦用として建造.

艦名は(1)に由来する.

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第3愛宕丸

個人所有木造漁船(石巻)

山西造船鉄工所(石巻)で1941.4進水

42.4/17海軍が徴用5/1横須賀鎮守府所管特設監視艇/10第3監視艇隊に編入

44.8/6横須賀出港後哨戒任務に従事/22撤哨後横浜へ帰投中/25犬吠崎の南西約18kmで小型給油船(船名不詳)と衝突して航行不能/26曳航中に沈没10/10徴用解除と同時に除籍.

55(25)T 21.3x4.6x(2.2)m Dx1.

船舶番号48438.

信号符字JQBD.

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愛宕丸

鎮海工作部で1941.2建造された旧日本海軍150t型曳船兼交通船公称1343号

WW2後佐世保重工に引渡され曳船愛宕丸と改名.

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愛宕丸

 佐世保工廠で1922竣工45航路啓開本部に移管49.10/20海上保安庁に移管され掃海船MS54と改名された旧日本海軍雑役船300t型曳船公称第518号曳船兼交通船

52.3/1愛宕丸Bと改名

8/1保安庁の発足により海上警備隊に移管され横須賀地方隊西部航路啓開隊徳山航路啓開隊に編入

53.9/16発足した呉地方基地隊に編入

54.4/10えい船(YT17)愛宕丸となり雑船に指定

7/1海上自衛隊の発足により雑船(えい船)

12/1雑船(YR01)救難艇1号と改名され佐世保に配備57除籍58運輸省海技大学校練習船梅枝丸と改名68売却解体.

335t oa38.1x7.0x(3.3)x2.4m R/2 800ihp 12.0knt.

船名は配属地から考えて(3)に由来するものと思われる.

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海上自衛隊 あたご級ミサイル護衛艦

7700s10000ft

oa165x21x(12)x6.2m

COGAG(Gx4)/2 10000shp 30knt+@

Mk41VLS(64)+(32)=96セル 90式SSM(SSM1B)IVx2 ASTTIIIx2=6 Mk45mod4、127/62mmIx1 20mmCIWSx2

乗員165

同型艦(2/2007-8)

DDG177 あたご.178 あしがら.

JMSDF Atago class AEGIS escort (DDG178) Ashigara at Yokohama 24 Oct. 2009.

Photo by Mr. Tomekichi Yamamoto.

Courtesy of .

Special Thanks !

ヘリコプター格納庫(SH60K哨戒ヘリコプターx1収容可能)を有する最初の海上自衛隊ミサイル護衛艦で、2タイプ目のイージス・システム(ベース・ライン7.1)搭載艦.

こんごう級ミサイル護衛艦の艦首延長型.

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護衛艦あたご

海上自衛隊B あたご級ミサイル護衛艦(1/2)DDG177

JMSDF Kongou class AEGES escort ship (DDG175) Myoukou & Atago class AEGIS escort ship (177) Atago at Maidzuru 3 May 2015.

中期防衛力整備計画による2002計画7700t型ミサイル護衛艦2317号艦

三菱重工業長崎造船所で04.4/5起工

05.8/24今津寛防衛庁副長官の命名により進水し艤装員長舩渡健1佐

06.5/17第1回試運転開始

07.3/15舩渡艦長の指揮下に竣工し第62護衛隊に編入されたミサイル護衛艦(DDG172)しまかぜと交代して第3護衛隊群第63護衛隊に編入され舞鶴に配備、副長田中亮二(防大26)2佐、船務長安宅辰人3佐

/19-10/25舞鶴寄港

08.1/21-5ハワイでSM2の発射試験を実施後2/19.0900横須賀帰投の予定で航行中.0407野島崎の南南西約40kmの太平洋上でマグロ漁に向かう途中の千葉県勝浦市新勝浦市漁業協同組合所属の漁船清徳丸(7.3T)と衝突両断し乗船していた親子2名が行方不明3/24事故当時の当直海士長が自殺未遂/26第3護衛隊群ヘリコプター護衛艦(DDH141)はるな等と第3護衛隊群隷下に第3護衛隊を再編し舞鶴に配備/28艦長清水博文(防大29)1佐4/16横須賀出港後海上保安庁巡視艇(PC86)すがなみ、(107)いずなみとともに業務上過失往来危険容疑で現場検証/18横須賀出港/22舞鶴帰投9/14.0658高知県沖ノ島南西約20kmの豊後水道で領海内を移動する潜望鏡を視認しソナーにより追尾.0700領海外に退去.0813国籍不明の潜水艦と確認.0839失探

09.12/21艦長大野敏弘(防大30)1佐

10.5/16第1護衛隊群司令官山下万喜海将補の指揮下に護衛艦(DD108)あけぼのとともに横須賀出港/16-7房総半島沖でオーストラリア、フリゲート(F06)ニューカースルとの共同訓練を実施/27-6/1真珠湾寄港/9-14ヴィクトリアに寄港/12カナダ海軍創立100周年観艦式に参列/22真珠湾入港/23-8/1あけぼのとともにリムパック2010演習に参加/3真珠湾出港/16横須賀帰投

11.12/9艦長山脇修(防大29)1佐

13.6/10-26第2護衛隊群司令湯浅秀樹(防大30)海将補の指揮下にカリフォルニア沖で実施されたドーン・ブリッツDawn Blitz13演習にヘリコプター護衛艦(DDH181)ひゅうが等とともに参加

14.3/26艦長宇仁健一郎(防大34)1佐

15.11/27艦長三浦則文(防大35)1佐

17.5/26艦長大島信吾(防大37)1佐

19.2/15艦長小城尚徳(防大38)1佐

20在籍.

JMSDF Kongou class AEGES escort ship (DDG175) Myoukou & Atago class AEGIS escort ship (177) Atago at Maidzuru 3 May 2015.

ミサイル護衛艦(DDG168)たちかぜ代艦.

信号符字JSSH.

本艦の命名に当たっては、部内応募により旧日本海軍を代表する艦名として「ながと」と「ゆきかぜ」が候補に挙がったといわれている.


Since 6 Nov. 2001.

Last up-dated, 8 May 2020.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#24

Atago.

Ver.1.20a.

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