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#1

 #2 Ise.  伊勢.いせ.#3

#4 

Illustrated by Tensho-kantai (天翔艦隊).

伊勢丸 軍艦伊勢@ 伊勢級戦艦 

伊勢丸(内外汽船) 第1伊勢丸 第2伊勢丸 第3伊勢丸 第5伊勢丸 第6伊勢丸 第7伊勢丸 伊勢丸(伊勢湾フェリー) 

護衛艦いせA 

JMSDF Hyuga class helicopter escort (DDH182) Ise.

JMSDF.

このページを上記を含む多数のアイコンや多くの写真を提供してくださった

司令長官天翔様に感謝の気持ちとともに贈呈いたします.

のkiyochan様からWarbirds(鳥街)96番地の別宅の新築を祝って上記の絵を頂戴致しました.

厚く御礼申し上げます.

2005年5月10日

IJN Ise class battleship Ise.

[地名]伊勢国.

紀伊半島東部を占める東海道に属する旧国で、現在の三重県の中央部から北部を占める.

国府跡は1990以降の調査により鈴鹿市広瀬町から発掘された.

神風の伊勢の国.

国名は「」の転音といわれる.

一部が1946.11/20伊勢志摩国立公園に指定された.

三重県伊勢市にある伊勢神宮(伊勢皇大神宮)は、五十鈴川の上流にある皇大Koutai神宮(内宮)、山田原にある豊受Toyouke大神宮(外宮)と両宮に付随する別宮、摂社、末社、所管社等の総称.

正式には「神宮」と称する全国の伊勢信仰の中心で、3種の神器の1つである八咫鏡Yata no kagamiが祀られており(天叢雲剣Ama no murakumo no tsurugiは熱田神宮、八尺瓊勾玉Yasakani no magatamaは宮中で祭祀)、皇室神として特別格の神社とされている.

このため伊勢神宮には通常は正6位以上が与えられる神階や社格がわざと与えられていないが、醍醐天皇の時代に石清水賀茂、松尾、平野稲荷春日、大原野、大神、石上、大和住吉、広瀬、龍田、丹生、貴船の各社とともに国家の重大事や天変地異に際して奉幣祈願のための使者が派遣される神社の1つに定められた.

これらの神社は特別の崇敬を受けるものとされ、年2回実施される祈年穀Kinenkoku奉幣の対象社にもなったが、一条天皇の時代に吉田、梅宮、北野、祇園(後に八坂)が増加1039以降に日吉が加えられて22となったため、これらの神社を22社と呼ぶ.

この22社はすべて畿内にあるが、中には延喜式に定められた式内社でないものも含まれており、平安時代の社格の1種と考えられる.

伊勢湾は紀伊半島握美半島に区切られた湾.

1959.9/26-7同地を直撃した伊勢湾台風(台風15号)は、死者行方不明者5098名、負傷者38921名、被害家屋83万3965戸の大被害を生じさせた.

この台風は930hPaと1934の第1室戸台風(912hPa)、45の枕崎台風(917hPa)に次ぐ観測史上3番目の上陸時の中心気圧を記録しする強力なもので、折からの満潮と重なり、伊勢湾の通常潮位より3.45mも高い記録的な高潮が沿岸の0m地帯を直撃、犠牲者の72%がこの高潮によるもので1962災害対策基本法を制定するきっかけとなった.

伊藤という苗字は伊勢の藤原氏を意味しており(伊東伊豆東部の略称から)、三重県下で1番多い苗字となっている.

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伊勢丸

H.McIntyre & Co/ペイズリー造船所で1883進水したイギリス鉄製汽船Claigmoundを

83共同運輸(東京)が購入し伊勢丸と改名

85.10/1合併により日本郵船に移籍

1921.5/28釧路から根室へ航行中、濃霧により根室ネコセ沖で座礁/29沈没.

1244T pp68.91x9.75x(6.76)m R(連成)x1/1.

船舶番号812.

信号符字HFKD.

UpDown

軍艦伊勢

日本@ 扶桑級戦艦(3/2+2)

IJN Ise class battleship Ise.

Illustreted by Iyapopo.

1913(88艦隊)計画第5号甲鉄戦艦として建造予定中、予算の都合で着工延期後伊勢級戦艦(1/2)に設計変更

14.10/12軍艦伊勢と命名

川崎重工業神戸造船所で15.5/10起工

16.9/1艤装員長兼造船造兵監督官百武三郎(兵19)大佐、艤装員(17.7/23機関長)加藤重正(機7)機関中佐

11/12進水23.6kntを公試で発揮12/1艤装員長兼造船造兵監督官秋沢芳馬(兵18)大佐(17.7/17艤装員長/23艦長兼艤装員長兼造船造兵監督官12/17艦長)、艤装員(17.7/23副長兼艤装員)石井祥吉(兵27)中佐、(17.7/23航海長)加藤勁次郎(兵28)中佐、(17.7/23砲術長)矢野馬吉(兵28)中佐、艤装員(17.7/23水雷長)堀内宗平(兵29)少佐(17.12/1中佐/13兼水無月艦長)、(-18.1/25分隊長兼艤装員)上田宗重(機13)機関少佐、吉田荘軍医少監

17.2/20艤装員(7/23兼軍医長)新井慶三郎軍医中監6/1艤装員(7/23-18.12/1兼分隊長)粟野原謙三(兵34)大尉9/15分隊長(-12/15兼艤装員)関根郡平(兵37)大尉12/1副長兼艤装員加藤弘三(兵28)中佐、砲術長湯地秀生(兵30)中佐、機関長吉松辰三(機9)機関中佐、航海長波川正三郎(兵30)少佐、分隊長兼艤装員(-18.12/1)佐藤正四郎(兵37)大尉、(-19.2/17)宮田一(機20)大尉、(-19.4/1兼艤装員)軍医長砂堀雅人軍医中監(19.9/23軍医中佐)

/15秋沢大佐の指揮下に竣工し呉鎮守府籍

18.1/12(分隊長>)水雷長白山集次郎(兵30)少佐、分隊長(-11/12)井上勝純(兵34)大尉4/1戦艦山城等からなる第1艦隊第1戦隊に編入5/1(JGP)11/10機関長高橋清江(機9)機関中佐12/1山城等と第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、艦長桑島省三(兵20)大佐、航海長岩崎猛(兵30)中佐、砲術長東林岩次郎(兵31)少佐、水雷長(19.4/1兼通信長)鳥野団一(兵32)少佐、分隊長青山兼次郎(兵33)少佐、片山義治(兵33)少佐、和田百寿(兵34)大尉、(-19.12/1)大島四郎(兵36)大尉、水崎正次郎(兵38)大尉、(-19.9/15)足立吉平(機18)機関大尉

19.1/24分隊長心得(-12/1)西尾秀彦(兵41)中尉4/1運用長(-8/5欠員)津留雄三(兵30)少佐、副砲長藤岡晴次(兵33)少佐5/16航海長福島貫三(兵32)少佐(20.12/1中佐)6/16分隊長土田喜久次(機20)機関大尉8/9運用長永野廉三(兵32)少佐11/20艦長古川弘(兵22)大佐、軍医長上村浅次郎軍医中佐12/1戦艦扶桑等と第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、副長鮫島香(兵29)中佐、砲術長(-20.11/20)赤座剛(兵32)少佐、機関長(-20.10/18)神崎保(機10)機関中佐、副砲長(-20.12/1欠員)新見政一(兵36)大尉、分隊長井上保雄(兵38)大尉、岩佐藤吉(機16)機関少佐、川野勝次(機17)機関大尉、(-20.2/13)分隊長心得石川信吾(兵42)中尉

Line1.

IJN Ise class battleship Ise, 1917. Illustrated by A-140.

20.1/12分隊長影山五郎(兵40)大尉転任2/13分隊長宮野尾光司(機19)機関大尉転任5/7分隊長心得(-21.6/17)木下三雄(兵43)中尉6/2運用長(-11/1)是恒隆(兵32)少佐8/29館山出港後シベリア沿岸で警備任務に従事9/7小樽入港11/1機関長杉山善治郎(機10)機関中佐

/10分隊長本多譲(兵42)大尉/20艦長横尾尚(兵23)大佐、副長鈴木源三(兵30)中佐、水雷長兼通信長斎藤直彦(兵34)少佐12/1呉鎮守府予備艦、砲術長寺本武治(兵33)少佐、運用長遠山彦次(兵34)少佐、(-21.4/9)分隊長円山英勅(兵41)大尉、田中尚熊(機18)機関大尉、岡野篤夫(機23)機関大尉

21.1/10軍医長(-5/2)菅実(仙台医専)軍医少佐/13分隊長(-12/1)松本象二郎(兵40)大尉3/15富岡饒(機10)機関中佐4/30水雷長(-11/1)兼通信長米山順吾(兵33)少佐5/3軍医長柳沼三吉軍医少佐7/20副長野崎直吉(兵29)中佐9/10砲術長入江淵平(兵33)少佐11/1航海長大田垣富三郎(兵34)少佐、通信長心得中村珍次(兵38)大尉/10分隊長(-22.12/1)代谷清志(兵40)大尉/20機関長小西省三(機11)機関中佐12/1戦艦等と第1艦隊第1戦隊に編入、艦長長沢直太郎(兵26)大佐、水雷長林義寛(兵33)中佐、運用長(-23.11/1)鈴木卓郎(兵33)少佐、副砲長大橋五郎(兵37)大尉、分隊長(-22.9/20)中川浩(兵42)大尉、(-22.12/1)土井直治(兵43)大尉、分隊長心得(-22.12/1)柳本柳作(兵44)中尉、軍医長丸山博軍医中佐

22.4/12イギリス皇太子(後のエドワード8世)座乗の巡洋戦艦リナウン等と戦艦長門等とともに横浜で交歓6/10分隊長六村為樹(兵37)大尉転任/29仁川出港後旅順方面で行動7/1副長福原五郎(兵30)中佐/4鎮海入港8/29呉出港後シベリア方面で行動9/10小樽入港11/13摂政宮神戸で乗艦/14高松で下艦後巡洋艦矢矧で今治、三津浜を訪問/24乗艦12/1和歌山県深山で下艦、艦長漢那憲和(兵27)大佐、副長水野熊雄(兵31)中佐、砲術長安藤隆(兵34)中佐、機関長園田成幸(機12)機関中佐、水雷長小島謙太郎(兵36)少佐、副砲長(-23.12/1欠員)丸茂邦則(兵40)大尉、通信長心得汐崎進(兵41)、分隊長簑妻準二(兵37)大尉転任、(-23.12/1)福田貞三郎(兵40)大尉、(-23.12/1)小畑長左衛門(兵43)大尉、(-23.11/1)牟田口格郎(兵44)大尉、分隊長心得三浦速雄(兵45)中尉、軍医長加藤勝雄軍医少佐

23.1/20通信長心得山上誠一(兵38)大尉3/20分隊長(-12/1)藤井芳郎(機24)機関大尉8/25横須賀出港後中国方面で行動9/4有明湾入港/7-30関東大震災により関東方面で行動10/15航海長(-25.11/10)槇喜久太(兵34)少佐11/1運用長鈴木卓郎(兵33)少佐転任、砲術長大沢一介(兵35)少佐/10副長有馬成甫(兵33)中佐、機関長徳尾政雄(機14)機関中佐、軍医長(-24.8/12)坂田忠作軍医少佐12/1呉鎮守府予備艦、艦長福与平三郎(兵28)大佐、運用長恩地貞市(兵36)少佐、通信長(-25.2/7)北沢真吉(兵42)少佐、分隊長(-24.5/1)美原泰三(機22)機関大尉

24.2/5副砲長(-25.5/15)鎌田道章(兵39)少佐5/1分隊長大村芳綱(機20)機関大尉10/9館山出港後遠洋航海に従事/21佐世保帰投/25軍医長吉田博軍医少佐12/1艦長和田健吉(兵29)大佐、副長浅井謙只(兵33)中佐、機関長奥津清(機15)機関中佐、砲術長楠岡準一(兵36)少佐、水雷長佐藤文吉(兵36)少佐、分隊長(-25.12/1)渡辺瑞彦(機24)機関大尉、岡崎文勲(兵46)中尉転任、乗員(25.12/1-26.11/1分隊長)杉浦経三郎(兵49)中尉

25.4/1分隊長(-26.12/1)竹内馨(兵46)大尉5/1通信長田嶋英夫(兵42)大尉7/1分隊長(-26.7/10)花田行武(兵43)大尉8/20分隊長宮崎房雄(兵48)中尉転任/22艦長米村末喜(兵29)大佐10/22分隊長(-26.11/15)中島四郎(機30)機関中尉11/10副長藤岡晴次(兵33)中佐12/1艦長田岡勝太郎(兵30)大佐、航海長作間応雄(兵36)中佐、機関長百瀬利太郎(機14)機関中佐、水雷長木幡行(兵37)少佐、砲術長大野一郎(兵38)少佐、副砲長清水巌(兵39)少佐、分隊長倉永小三(兵40)大尉>田口広成(兵46)大尉、(-26.12/1)木村行蔵(兵49)中尉、軍医長杉田勇軍医少佐/10長門等と第1艦隊隷下に第1戦隊を編制

26.3/30中城湾出港後厦門方面で行動4/5馬公入港/20基隆出港後舟山島方面で行動/26寺島水道帰投12/1艦長河野董吾(兵31)大佐、運用長相浦小七(兵36)中佐、航海長(-28.3/15)小熊文雄(兵37)少佐、砲術長(27.12/1兼分隊長-28.12/10)水野準一(兵37)少佐(27.12/1中佐)、水雷長(-27.12/1)神山徳平(兵38)少佐、副砲長(-27.11/1)神田芳夫(兵41)少佐、通信長(-28.2/6)河野千万城(兵42)少佐、分隊長(-27.12/1)一宮義之(兵44)大尉、(-27.11/1)鬼束鉄夫(兵47)大尉、(-27.12/1)神重徳(兵48)大尉、軍医長柳沼三吉軍医中佐、主計長幸村忠一主計少佐>倉永辰熊(経1)主計少佐

27.3/27佐伯出港後青島方面で行動4/7旅順入港9/10乗員(-10/30)安場保雄(兵42)少佐/15分隊長(-12/1)長嶺公固(機29)機関大尉11/15副長太田増右衛門(兵34)中佐12/1呉鎮守府予備艦となり前檣楼の改正工事に着手、艦長南部道二郎(兵31)大佐、運用長(-28.12/27)浅野千之介(兵36)中佐、機関長藤崎孝吉(機17)機関中佐、兼鬼怒軍医長六川新吉軍医中佐

Line2.

IJN Ise class battleship Ise.

28.12/10艦長岩村兼言(兵31)大佐、副長吉見勇助(兵35)中佐、機関長伊藤幸吉(機17)機関中佐、航海長(-29.4/1)川島義之(兵39)少佐、分隊長(-29.11/30)高島三治(兵45)大尉、有近六次(兵50)大尉、小野原政保(兵50)大尉、軍医長小川恂吉(熊本医専)軍医少佐

29.3/6砲術長(-11/5)井上左馬太(兵40)少佐10/5兼扶桑艦長池田武義(兵32)大佐11/1航海長酒井一雄(兵39)少佐、水雷長浜屋七平(兵39)少佐、運用長(-30.12/1)大崎安児(兵39)少佐、乗員高橋農夫吉(兵47)大尉/15砲術長堀内馨(兵40)少佐/30第1艦隊第1戦隊に編入、艦長原敬太郎(兵33)大佐、副長藤森清一朗(兵37)中佐、機関長大塚清吉(機18)機関中佐、通信長宮本八十三(兵40)少佐、副砲長(-30.8/29)貝塚武男(兵46)少佐、分隊長杉野健次(兵47)大尉、(-30.12/1)中島民部(兵48)大尉、田ヶ原義太郎(兵50)大尉、軍医長田代良顕軍医中佐

30.3/28佐世保出港後青島方面で行動4/3大連入港8/29分隊長川崎松平(兵50)大尉転任11/1水雷長(-31.11/2)佐伯孝二(兵39)少佐/15副長富田貴一(兵38)中佐、機関長田崎義(機18)機関中佐12/1艦長羽仁六郎(兵33)大佐、砲術長清水巌(兵39)中佐、副砲長(-31.9/7)重永主計(兵46)少佐、工作長鳥海専一(機26)機関少佐、分隊長松木通世(兵50)大尉>(31.12/1副砲長-32.9/24)加藤憲吉(兵48)大尉、松永敬介(兵50)大尉>櫛引誠雄(兵50)大尉、宮田嘉信(兵50)大尉、(-32.11/15)安藤憲栄(兵51)大尉、島内百千世(兵52)大尉、(-31.12/1)中島四郎(機30)機関大尉、乗員原田孝(兵52)中尉転任、軍医長冷水琢磨軍医中佐/20運用長野村亮吉(兵39)少佐

31.3/29佐世保出港後青島方面で行動4/5裏長山列島帰投6/5呉工廠に入渠し前部塗具庫を航空燃料格納庫に改造し通風装置を新設する工事に着手4?/23呉工廠出渠5/20軍医長阿久根睦(東大)軍医中佐10/20航海長渡辺清七(兵42)少佐11/20呉工廠に入渠し艦底保護亜鉛を修理12/1艦長古賀峯一(兵34)大佐、副長関田繁里(兵38)中佐、機関長山本六助(機19)機関中佐、運用長(-32.11/15欠員)佐藤敬三(兵42)少佐、水雷長(-32.11/15)泊満義(兵46)少佐、通信長(-32.11/15)本田甚次郎(兵46)少佐、分隊長(-32.12/1)猪口力平(兵52)大尉、大島福次郎(兵52)大尉、乗員上田猛虎(兵52)大尉、軍医長天野先吉(慈恵医専)軍医少佐

32.2/10呉工廠出渠3/27佐世保出港後第1次上海事変に出動4/3大連入港11/15副長池田七郎(兵38)中佐、砲術長神田芳夫(兵41)、航海長(-33.11/15)村山清六(兵42)少佐12/1呉鎮守府第2予備艦、艦長田畑啓義(兵35)大佐、機関長宮野尾光司(機19)機関中佐、運用長中村正雄(兵40)中佐、分隊長(-33.11/1)鹿野清之助(兵54)大尉、軍医長柴田龍三軍医少佐

33.4/1分隊長浮田信家(兵50)大尉5/14呉工廠に入渠し中央露天甲板、側幕を新設/15運用長渓口豪介(兵41)中佐/20副砲長佐藤治三郎(兵48)少佐/22機関長大野董(機20)機関中佐6/6呉工廠出渠8/16館山出港後南洋方面に遠洋航海/21木更津沖着10/20軍医長押田淳軍医中佐11/1副砲長(-34.9/25欠員)柚木重徳(兵50)大尉、分隊長中村鎮雄(兵50)大尉転任、矢野邦弘(兵53)大尉>本田仙蔵(兵55)中尉(/15大尉)/15予備艦のまま砲術学校練習艦となり艦長山本弘毅(兵36)大佐、機関長村越忠章(機20)機関中佐、砲術長石原二郎(兵44)少佐(34.11/15中佐35.9/15-兼日向砲術長-11/15)、運用長(-35.10/25)山形政二(兵43)少佐12/11航海長石井敬之(兵43)中佐

34.6/20航海長(-8/10)今村幸彦(兵42)中佐、通信長(-35.11/21)佐藤州雄(兵44)少佐7/18飛行長(-35.8/5)宮崎隆(兵52)大尉9/1航海長(-35.10/10)曽爾章(兵44)少佐(11/15中佐)/25機関部の大改造を中心とする近代化改装の目的で呉工廠に入渠10/22副長村尾二郎(兵39)中佐11/1艦長清水光美(兵36)大佐、副砲長(-35.8/15)松永敬介(兵50)少佐、分隊長林鉦次郎(兵51)大尉、武市文男(兵51)大尉/15第1艦隊第1戦隊に編入、機関長山森六三郎(機21)機関中佐、軍医長水流義雄軍医中佐

35.8/1呉工廠で船体部改装工事に着手(TT撤去)/15呉鎮守府第3予備艦10/31艦長関根郡平(兵37)大佐、軍医長岩波浩軍医少佐11/15副長寺垣敬三(兵40)中佐、(36.12/1兼比叡)機関長酒見匡(機22)機関中佐、(-36.12/1兼日向)航海長藤谷安宅(兵46)少佐(36.12/1中佐)、兼日向通信長田村保郎(兵45)中佐、副砲長木下康夫(兵50)大尉、分隊長林鉦次郎(兵51)大尉転任12/2砲術長是枝操(兵44)中佐/11兼日向運用長宇宿主一(兵44)少佐/27分隊長徳丸常一(兵専3)特務大尉転任

36.1/10兼日向工作長(-3/20)中島四郎(機30)機関少佐2/25軍医長宮原国雄軍医中佐4/1副長伊藤徳尭(兵39)中佐/10砲術長杉野健次(兵47)少佐/28軍医長藤井茂雄軍医中佐10/12運用長(-37.2/10)高木三郎(兵48)11/16(-12/1兼日向)艦長高須三二郎(兵37)大佐25.26knt(35800st、80000shp)を公試で発揮12/1副長(-37.11/15or20)猪瀬正盛(兵40)中佐、兼扶桑通信長和田純久(兵45)中佐、砲術長加藤憲吉(兵48)少佐、副砲長(-37.7/12)吉野顕(兵50)大尉/10航海長吉川唯喜(兵46)中佐

37.3/23復役/10通信長高原久衛(兵47)中佐5/1運用長(-8/21)本告唯次(兵47)少佐/31工事完了し呉工廠を出渠7/10兼蒼龍通信長遠藤滋(兵48)少佐8/16軍医長日下志純一軍医中佐11/1通信長広岡忠男(兵48)少佐(12/1中佐)/15運用長河野康(兵47)少佐(12/1中佐)、砲術長島井善次郎(兵48)少佐(12/1中佐)12/1第1艦隊第1戦隊に編入、艦長山口多聞(兵40)大佐、副長木山辰雄(兵42)中佐、機関長秋永守一(機24)機関中佐、副砲長福元義則(兵52)少佐、飛行長伊藤琢蔵(兵56)少佐、分隊長(38.8/1副砲長-11/1)福地誠夫(兵53)少佐、宮本実夫(兵54)大尉、藤本五男(兵55)大尉、軍医長金沢龍三軍医中佐

Line3.

IJN Ise class battleship Ise.

38.1/6砲術長江島久雄(兵47)中佐4/9寺島水道出港後華南方面に行動/14基隆着10/17寺島水道出港後華南方面に行動中/21厦門港外でイギリス軽巡洋艦(C19)バーミンガムと交歓/23馬公帰投11/1運用長大野周(兵47)少佐(/15中佐)、軍医長村田三郎(金沢医専)軍医中佐/15(39.11/1兼扶桑)艦長山口儀三朗(兵40)大佐、副長中島千尋(兵43)中佐、機関長根本金次(機24)機関中佐12/1砲術長櫛引誠雄(兵50)中佐、飛行長(-39.11/1)堀知良(兵58)大尉/5副砲長島内百千世(兵52)少佐/15航海長小原尚(兵48)中佐、通信長田中瑞穂(兵50)少佐(39.11/15中佐)

39.3/22鹿児島出港後華北方面に行動4/2寺島水道入港10/15航海長左悦辰雄(兵49)少佐(11/15中佐)、副砲長権平正男(兵52)少佐11/1砲術長柚木重徳(兵50)少佐(/15中佐)/15艦長大森仙太郎(兵41)大佐、副長佐藤州雄(兵44)中佐、機関長篠田忠敬(機26)機関中佐、運用長俵安岐夫(兵48)中佐、飛行長(-41.8/20)江藤恒丸(兵58)大尉、分隊長柳稔雄(兵56)大尉転任、佐藤喜代蔵(兵62)中尉>小林日本(予備)大尉、軍医長岸上静雄軍医中佐、主計長藤井百太郎(経10)主計中佐転任

40.3/26有明湾出港後華南方面に行動4/2高雄入港10/15艦長高柳儀八(兵41)大佐、副長坂田義人(兵46)中佐、航海長石坂竹雄(兵50)中佐、副砲長北村肇(兵55)少佐11/15第1艦隊第2戦隊に編入、機関長大本政蔵(機27)機関中佐、運用長工藤計(兵50)少佐(41.10/15中佐)、通信長三浦徳四郎(兵51)少佐、分隊長山口寅雄(兵57)大尉転任、軍医長飯野鎮雄軍医中佐

IJN Ise class battleship Ise, 1941. Illustrated by A-140.

41.2/24佐世保出港後華南方面で行動3/3-6馬公寄港/11-28有明湾寄港/29-4/26呉寄港/27宿毛入港.5試験的に21号対空レーダーを装備(レーダーを装備した最初の日本艦)/15通信長(-42.7/14)渡部寿雄(兵52)少佐6/3宿毛出港/6-21四日市/23-28有明湾寄港/30横浜入港

7/6横浜出港/6-8木更津沖/11有明湾入港8/15機関長加茂衡一(機27)機関中佐/20副長沢勇夫(兵46)中佐、航海長山中秀夫(兵50)少佐(10/15中佐)、副砲長柚木誠之(兵59)大尉/21柱島入港9/10砲術長(-42.7/25)前田寛次(兵50)中佐/20軍医長刈谷一夫軍医中佐/25艦長武田勇(兵43)大佐

11/15第1艦隊第2戦隊に編入12/8開戦により柱島出港後小笠原南方海面で行動/13柱島帰投後、内海西部にて全作戦を支援

42.2/8警戒部隊を編成/19呉回航後改修工事/26-3/12柱島寄港後空母瑞鶴等と本州東方海面で行動/16-20伊勢湾寄港/21-

4/18柱島寄港後ドゥーリトル東京初空襲により空母(CV8)ホーネット等からなるアメリカ機動部隊を追跡5/5伊予灘で射撃訓練中、日向で砲身内爆発事故が発生/29ミッドウェー作戦主力部隊として戦艦大和等と柱島出港6/6ミッドウェー作戦の中止によりアリューシャン作戦支援の目的で北上/17-22横須賀寄港/24柱島入港

7/10副長(-43.3/15欠員)遠藤滋(兵48)中佐/14連合艦隊付属となり呉、柱島で訓練に従事、軍医長横瀬国幸軍医少佐8/1分隊長鎌田満夫(機48)機関中尉転任/20副砲長柚木誠之(兵59)大尉9/15砲術長(-43.3/5欠員)佐久間良也(兵51)中佐、機関長村田利男(機29)機関中佐(11/1中佐)

10/13軍医長大塚健軍医少佐11/1運用長木山静衛(兵55)少佐/11副砲長(-43.3/1)宮本績(兵63)大尉/21-9呉工廠に入渠12/23呉工廠で伊勢級航空戦艦への改造工事に着手

Line5.

IJN Ise class battleship Ise, 1943. Illustrated by A-140.

43.1/10航海長中垣義幸(兵50)中佐>2/23呉鎮守府第4予備艦となり呉工廠に入渠し改造工事に着手3/10兼呉航空隊飛行長(-11/5)村山利光(兵57)少佐

4/10軍医長兼呉工廠医務部員相良正一郎軍医大尉/25艦長長谷真三郎(兵44)大佐(11/1少将)6/25高射長山口三郎(兵63)大尉7/1機関長増田清志(機29)中佐

8/1航海長小滝久雄(兵50)中佐、砲術長二神延三(兵51)中佐9/1副長(-44.2/20欠員)奈良孝雄(兵49)大佐/5兼山城軍医長内田倫常軍医少佐/10第1艦隊第2戦隊に編入、分隊長菊池政秋(兵67)大尉/23改造工事を終了し呉工廠を出渠後周防灘で諸訓練諸公試に従事/26呉入港/31柱島回航9/1機関長山田定智(機30)中佐、通信長(-11/15)古川勇(兵60)少佐/5再就役/14or15以降、兵学校候補生の実務練習に従事

10/9宇品にて陸軍諸物件を搭載/10軍医長新家武夫軍医少佐/14戦艦山城等とともに第52師団(柏)を乗せ宇品出港/20軽巡洋艦龍田、駆逐艦早波等に護衛されてトラック入港後陸軍諸物件を揚陸(丁3号作戦)/25高射長師岡勇(兵62)大尉(44.5/1少佐)/31トラック出港11/5徳山入港/7柱島回航/10呉回航後同方面で訓練に従事12/25艦長中瀬泝(兵45)大佐(44.10/15少将)

44.2/25連合艦隊付属3/25砲術長(-45.2/23)黒田吉郎(兵52)

4/10飛行長(-5/1欠員)江村日雄(兵57)少佐20機関長塚部顕夫(機31)中佐5/1第3艦隊第4航空戦隊に編入/20副長(-45.3/25)小滝久雄(兵50)中佐(44.10/15大佐)、航海長(-45.3/10)城野喬(兵53)中佐/29分隊長松本兵吾(兵71)中尉6/5兼第634航空隊飛行長(-8/1欠員?)江村日雄(兵57)少佐/7出渠後整備/19通信長(-10/10欠員?)安井テ二(兵57)/21伊予灘で諸公試諸訓練/23広島湾帰投後、広島湾、岩国沖などで訓練に従事/31呉工廠に入渠し機銃、電探を装備

10/20空母瑞鶴等とともに機動部隊を編成して豊後水道出港/24日向、駆逐艦秋月若月霜月初月と前衛部隊を構成し夜襲を試みたが会敵しなかったため本隊に合流/25レイテエンガノ岬沖海戦でアメリカ任務部隊搭載機と交戦し至近弾多数を受け、空母瑞鳳乗員98名を救出/27-8奄美大島薩川湾寄港/29-11/8呉寄港後日向等とともにマニラ向け軍需品輸送に従事中/11-2馬公寄港/13アメリカ第38任務部隊搭載機によるマニラ空襲により入港不能となり/14-5新南群島に寄港し軍需品を輸送艦に移載/22-12/12リンガ寄港(11/25ジョホール水道で座礁)/14カムラン湾入港後ミンダナオ島向けアメリカ輸送船団攻撃の目的で待機12/30作戦中止によりカムラン湾出港

45.1/1リンガ入港後待機2/1分隊長江本義男(兵70)大尉/6シンガポールで1/25-6アメリカ機が敷設した機雷に触れて小破/10物資輸送(完号作戦)の目的で日向、軽巡洋艦大淀、駆逐艦、第21駆逐隊(初霜朝霜)とともにシンガポール出港/11イギリス潜水艦(P318)タンタロスが視認/12アメリカ潜水艦(SS322)ブラックフィンが視認/13バタガン岬沖でアメリカ潜水艦(SS320)バーゴールの発射した魚雷を回避/20呉入港/23軍医長佐藤根元軍医少佐/25艦長牟田口格郎(兵44)大佐2/20主計長菊池圭次主計大尉(>主計少佐)3/1第4航空戦隊の解隊により、呉鎮守府第1予備艦となり呉で待機/7機関長(-4/28)長嶋繁美(機33)中佐/19呉付近にてアメリカ任務部隊搭載機の爆撃により2弾が命中/20軍医長中村道夫軍医大尉

6/1長門等とともに特殊警備艦となり音戸で防空砲台任務に従事/11兼日向主計長高山保秀主計少佐/30主計長吉田延義主計大尉

7/1内務長(-8/10)小寺才二少佐/20軍医長西川正光軍医大尉/24呉港外、倉橋島北東の三ツ島沖(34゚12'N/132゚31'E)でアメリカ第38任務部隊空母搭載機の爆撃を受けて大破、右舷に約15度傾斜した状態で着底し牟田口艦長、吉田主計長以下多数が死傷、師岡高射長が指揮を継承/28同様の攻撃を受けて大破(その後、第2主砲塔に1弾が装備されていたため最大仰角で発射)し/24と合計で190名が死亡

11/20除籍

Line6.

IJN Ise class battleship Ise.

46.10/9現地で播磨造船呉船渠が解体に着手

47.7/4解体完了

60.10/25呉海軍墓地に軍艦伊勢慰霊碑を建立.

信号符字JGGA.

巡洋戦艦に類別された榛名霧島以外では国内の民間造船所で建造された最初の日本戦艦.

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日本 伊勢級戦艦

31260t

206x28.6x8.8m

T(伊勢はブラウン・カーティス式、日向はパーソンズ式)x4/4 45000shp 23knt

41式356/45mmIIx2+2+2=12 140/50mmIx(10+10)=20 76/40mmAAx4 533mmTTx(2)

同型艦(2/1918)

伊勢.日向.

IJN Ise class battleship Ise.

 扶桑級戦艦として建造予定中、建造予算が不成立となり、着工延期の間に、主砲塔配置(第3、4主砲塔の背負い式配置)、副砲の強化等の変更等の改正を実施した改扶桑級戦艦で、日本が建造した2番目の弩級戦艦.

副砲は片舷各9門を砲廓装備にし残る1門にシールドを付けて前部煙突側部船首楼甲板上に設置(第4主砲塔が上甲板レヴェルとなったため船首楼が短縮されたことによる)し、火薬庫を弾庫上部にして触雷時の誘爆の危険性を減らしている関係で、攻撃力は扶桑級より増加したが、定員が増えた結果居住性が犠牲になっている.

IJN Ise class battleship Ise.

2檣2本煙突長船首楼型.

艦名は皇室の祖霊を祀るとされる伊勢神宮の所在地伊勢国と天孫降臨の舞台である高千穂峰のある日向国を対にしたものと考えられる.

三重県いなべ市員弁町の八幡神社に14インチ砲弾と機雷が奉納されている.

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近代化改装

(伊勢級航空戦艦)

38000st

oa219.62x33.8m

80000shp 25knt 9500nm

356mmIIx2+2+0=8 127mmAAIIx8=16 25mmMGIIIx19=57

搭載機22

乗員1463

Photo 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7.

参考

天下御免丸様のページの中に大正期の戦艦「伊勢」昭和期の戦艦「伊勢」に分けてまとまった記載があります.

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ドックスフォードDoxford/Pallion造船所で301番船として1902.9/30進水.10竣工16Bombay & Persia Steam Nav Co Ltdに売却19Naderiと改名されたイギリス、Moor Line Ltd貨物船Aviemoorを

23内外汽船が購入し伊勢丸(尼崎)と改名

40.4/21青森県Shinyasakiで座礁41浮揚解体.

3715>3799T pp104.2x14.2m R(3連成)/1 8.5knt.

船舶番号27910.

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第1伊勢丸

南洋海運貨物船

2E型戦時標準船として川南深堀造船所で1944.5/27竣工

49.7/16東京船舶に移籍.

866(1500)T.

船舶番号50878.

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第2伊勢丸

南洋海運貨物船

2E型戦時標準船として三菱若松造船所で1944.9/24竣工

45.7/24美保ヶ関沖で空襲により沈没し船員10名が死亡.

884(1556)T.

船舶番号53483.

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第3伊勢丸

南洋海運貨物船

2E型戦時標準船として川南深堀造船所で1944.9/24竣工

49.7/16東京船舶に移籍

50.9座礁事故により沈没.

873>931(1459)T.

船舶番号53083.

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第5伊勢丸

南洋海運貨物船

2E型戦時標準船として川南深堀造船所で1944.10/30竣工

45.6/25崎戸港外で爆撃を受けて沈没し船員1名が死亡.

873(1619)T.

船舶番号54409.

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第6伊勢丸

南洋海運貨物船

2E型戦時標準船として川南深堀造船所で1944.11/4竣工

49.7/16東京船舶に移籍

52.9転売.

873>906(1474)T.

船舶番号54412.

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第7伊勢丸

南洋海運貨物船

2E型戦時標準船として川南深堀造船所で1944.11/4竣工

49.7/16東京船舶に移籍

52.9転売.

873>918(1474)T.

船舶番号54415.

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伊勢丸

伊勢湾フェリー、カー・フェリー

1984竣工

1119(425D)T.

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伊勢丸

伊勢湾フェリー、RORO型カー・フェリー

内海造船瀬戸田工場で686番船として2005.1竣工し鳥羽=伊良湖航路に就航

19就航中.

Isewa Ferry Ise marui at Toba, 5 Sep. 2009.

2333(425D)T oa73.3pp66.0x13.8m D/2.

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護衛艦いせ

海上自衛隊A ひゅうが級ヘリコプター護衛艦(2/2)DDH146>182

中期防衛力整備計画による2006計画13500t型ヘリコプター護衛艦2320(当初は2406)号艦

IHIマリン・ユナイテッド横浜工場で08.5/30起工

09.8/21岸信夫防衛大臣政務官の命名により進水、艤装員長星山良一(防大26)1佐

JMSDF Hyuga class helicopter escort (DDH182) Ise.

10.7/20公試開始

11.3/16星山艦長の指揮下に竣工し同日除籍されたヘリコプター護衛艦(DDH142)ひえいの代艦として第4護衛隊群第4護衛隊に編入され呉に配備

12.3/22船務長大森浩昭(防大35)2佐転任8/1艦長梅崎時彦(防大29)1佐

13.1/19-21舞鶴初寄港11/8レイテ島を襲った台風30号による救援の目的で/18呉出港後輸送艦(LST4001)おおすみ、補給艦(AOE422)とわだフィリピン国際緊急援助隊を編制/18レイテ到着/20帰国(サンカイ作戦)

14.2/21艦長藤原秀幸(防大33)1佐6/7護衛艦(DDG174)きりしまと呉出港後RIMPAC2014に参加8/21呉帰投

JMSDF Hyuga class helicopter escort (DDH182) Ise.

JMSDF.

15.8/3艦長田昌樹(防大29)1佐

16.4/12インドネシア海軍国際観艦式に参加-/16パダン周辺海空域で実施されたインドネシア海軍主催多国間共同訓練コモド2016に参加/17-9同海空域で日米豪共同海外巡航訓練を実施/26スービック湾入港-/29フィリピン軍と通信訓練を実施5/1-12ブルネイ=シンガポール間でADMM+海洋安全保障実動訓練に参加

17.3/22竣工し第4護衛隊群第4護衛隊に編入されたヘリコプター護衛艦(DDH184)かがと交代して、同日除籍されたヘリコプター護衛艦(DDH144)くらまの代艦として第2護衛隊群第2護衛隊に編入され佐世保に配備9/11-28日本列島南方海域で護衛艦(DD108)あけぼの後に(113)さざなみとともにアメリカ空母(CVN76)ロナルド・レーガン戦闘群との共同巡航訓練を実施11/2日本海で護衛艦(105)いなづま、(112)まきなみとともに空母ロナルド・レーガン、(CVN68)ニミッツ、(71)セオドア・ルーズヴェルト戦闘群との日米共同訓練を実施

18.3/11-23南シナ海北部から沖縄近海で空母(CVN70)カール・ヴィンソン等と日米共同巡航訓練を実施/30艦長大森浩昭(防大35)1佐12/1.0400頃、イージス護衛艦(DDG173)こんごうから11/30転落した1曹を屋久島の南方約50kmの海中から救出

6/8-16グアムで実施された日米印共同訓練マラバール2018に護衛艦(DD118)ふゆづき、(DD114)すずなみ、潜水艦(SS501)そうりゅう、P1哨戒機2機とともに参加/27-8/2環太平洋合同演習RIMPAC2018に参加9/22唐津入港

19.6/3-8/21掃海隊群司令白根勉(防大32幹候39)海将補の指揮下に輸送艦(LST4003)くにさきとともにオーストラリア、クィーンズランド州ショールウォーターベイ演習場で行われるTalisman Sabre 2019(TS19)日米共同演習に参加

19在籍.

JMSDF Hyuga class helicopter escort (DDH182) Ise at Yokkaichi 14-5 Oct. 2017.

建造費約\975億.

信号符字JSQX.


Since 27 Aug. 2001.

Last up-dated, 3 July. 2019.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#2.

Ise.

Ver.1.19a.

Copyright (c) hush ,2001-19. Allrights Reserved.

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