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Yamato.  大和.

1941.

1944. IJN Yamato class battleship Yamato. 1945.

IJN Yamato class battleship.

All illustrated by A-140.

上記アイコン、また各種軍艦のアイコンを提供してくださいました

A-140様に深甚なる感謝の気持ちを込めてこのページを贈ります.

1 Jan. 2003.

大和艦>軍艦大和@ 大和丸(山城丸の予定船名) 大和丸(exKong Beng) 大和丸(岸本商会) 大和丸(互光商会) 大和丸(近海郵船) 

大和丸(特設監視艇) 第2大和丸(特設監視艇) 第3大和丸(特設監視艇) 

大和級戦艦 軍艦大和A 改大和級戦艦 大和(深田サルベージ) ヤマト1 

奈良県天理市街.

2005年2月26日奈良県奈良市高峰パーキング・エリアにて撮影.

[地名]大和国.

紀伊半島中央部に位置する5畿内の1国.

1871廃藩置県により奈良県に編入76堺県81大阪府に併合87奈良県として分離.

原義は山門(山戸)で長門と同様に山の入口を指した言葉であり、古代の表記は大倭国で737(天平9)から10年間は大養徳国757(天平宝字1)頃から大和国と表記されたが、この大和Daiwaは、本来、道教の聖地の名で、あやかって当字されたものといわれる.

本居宣長の「しき嶋のやまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花」は有名であるが、自選歌集「鈴屋集」は没後に補遺が出版されているにも関わらず、収録されていない.

本居宣長自画自賛像(部分)三重県松阪市本居宣長記念館にて.

ただ1790宣長61歳の自画自賛像にはこの歌が書き込まれており、この賛が人口に膾炙したものと思われる.

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大和艦>軍艦大和

日本@ 葛城級スクリュー・コルヴェット(2/3)

IJN Katsuragi class cruiser Yamato.

小野浜造船所で1883.2/23起工

85.5/1進水7/7造船監督官東郷平八郎中佐(86.5/10艦長7/10大佐-11/22)

86.10/15(-11/22)分隊長中溝徳太郎(兵5)大尉11/16東郷艦長の指揮下に竣工

/22航海長高杉春祺大尉転任、(-87.10/27)分隊長小林廉平大尉12/28艦長野村貞中佐(7/13大佐)、副長永田賛知大尉、航海長松本和吉(>兵7)大尉、分隊長丹治寛雄(兵5)大尉、伊東吉五郎(兵7)大尉、軍医長鳥原重義大軍医、主計長森愿造大主計

87.4/25艦長国友次郎大佐7/16航海長森川植大尉10/27艦長心得河原要一(兵2)少佐、副長上村彦之丞(兵4)大尉、航海長心得高橋守道(兵8)少尉、分隊長心得土方公三郎(兵8)少尉

88.1/16分隊士(4/9航海士89.5/15分隊長心得-90.7/4)牛田従三郎(兵12)少尉

89.5/15艦長心得諸岡頼之(兵2)中佐(90.9/17大佐、艦長)、(-90.1/16)副長鏑木誠(兵5)大尉、航海長三原重業大尉、(-90.1/20)分隊長武富邦鼎大尉、主計長曽山巌彦大主計>吉富与兵衛少主計

90.1/16副長(3/1副長心得-91.1/19)小倉鋲一郎(兵5)大尉6/19(-92.5/22)分隊長久保田彦七(兵11)大尉

91.2/26分隊長心得関野謙吉(兵13)少尉(12/14大尉、分隊長-92.8/6)12/14(-92.8/27or9/7)艦長沢良煥(兵2)大佐

92.5/23(-8/27)分隊長外波内蔵吉(兵11)大尉6/29(-8/27)副長伊東義五郎(兵5)少佐

93.2/14副長酒井忠利少佐、航海長山屋他人(兵12)大尉、(-11/8)分隊長荒川規志(兵10)大尉4/15艦長尾形惟善大佐12/20艦長舟木錬太郎大佐

94.2/22航海長上村翁輔(兵14)大尉4/4(-95.5/25)副長中山長明(兵5)少佐9/26機関長田辺男外鉄大機関士12/5艦長心得上村正之丞(兵3)少佐(12/9大佐、艦長)/23(-95.6/26)機関長伊東茂治大機関士

95.7/29艦長世良田亮大佐8/20(-96.4/1)副長伊地知季珍(兵7)大尉、(-96.7/20)分隊長吉嶋重太郎(兵14)大尉9/28艦長向山慎吉(兵5)大佐12/27分隊長北野勝也(商船学校6兵13相当)大尉

96.3/2(-10/24)軍医長佐竹達大軍医/30航海長森義臣(兵14)大尉4/1艦長心得早崎源吾(兵3)少佐(10/24大佐、艦長-11/17)10/28航海長町田駒次郎(兵15)大尉

97.3/30(-98.10/22)航海長丸橋彦三郎(兵15)大尉4/17艦長酒井忠利大佐

98.3/1(-10/1)艦長永峯光孚(兵5)大佐/21三等海防艦

99.9/2艦長斎藤孝至(兵7)中佐/29(-00.3/14)艦長太田盛実中佐、分隊長堀江鶴彦(兵21)大尉12/4分隊長佐多直道(兵14)大尉>(航海長)兼分隊長小倉寛一郎(兵19)大尉

1900.5/15(-6/17)艦長成田勝郎(兵7)中佐6/7航海長古川テ三郎(兵21)大尉/19艦長今井寛彦(兵7)中佐8/14乗員(01.6/7航海長心得)井口第二郎(兵24)中尉(10/1大尉、航海長)12/24(-01.6/7)艦長有川貞白大佐

01.8/30(-02.1/20、9/2兼厳島)主計長柏木正文(東大法)大主計11/16航海長心得(02.3/13分隊長心得)犬塚太郎(兵25)中尉(02.10/6大尉、分隊長-/23)

02.3/13(-03.8/17)艦長伊東吉五郎(兵7)中佐10/23分隊長心得(03.8/17航海長心得)樺山可也(兵26)中尉(03.9/26大尉、航海長-04.3/13)

05.1/12(-7/24)航海長今泉哲太郎(兵25)大尉11/4(-06.8/14)機関長本城貞次郎(機7)大機関士(06.1/26大尉)12/12艦長伊東吉五郎(兵7)中佐>山本竹次郎*(兵13)中佐

06.1/25艦長今井兼胤(兵13)中佐3/14艦長関野謙吉(兵13)中佐(9/28大佐)、軍医長加納四郎大軍医12/24(-07.4/5)艦長森亘(兵11)大佐

07.7/1(-/12)兼赤城艦長水町元(兵14)中佐/15艦長千坂智次郎(兵14)中佐12/18艦長吉嶋重太郎(兵14)中佐

08.1/10機関長松原彦七(機10)機関大尉/15艦長島万太郎(兵14)中佐(9/25大佐)2/20(-/22)副長三村錦三郎(兵18)少佐12/10艦長岡野富士松(兵15)中佐

09.2/20(-10/1)副長大内田守繁(兵21)少佐10/11兼龍田艦長兼子c(兵15)中佐12/1艦長布目満造(兵15)中佐

10.2/16(-9/26)副長福田貞助(兵21)少佐12/1艦長中島源蔵(兵15)中佐

11.3/23艦長菅哲一郎(兵16)中佐、(-12/1)航海長藤吉ラ(兵31)大尉12/1分隊長稲野喜平治(兵31)大尉>粒良粂蔵(兵33)大尉、赤沢堅三郎(兵33)大尉

12.3/1艦長兼子c(兵15)中佐、(-11/13)分隊長池中健一(兵31)大尉8/28二等海防艦12/1艦長渡辺仁太郎(兵18)中佐

13.7/31(-12/16)分隊長原敬太郎(兵33)大尉12/1艦長吉田孟子(兵18)中佐、副長平真雄(兵27)少佐航海長伊藤万喜多(兵33)大尉転任、分隊長福井恒太郎(兵34)大尉

14.12/1艦長古川弘(兵22)中佐

15.2/1分隊長井上龍起(兵34)大尉>高木嘉蔵(兵33)大尉12/13艦長石川秀三郎(兵25)中佐

16.2/10艦長岡村秀二郎(兵25)中佐12/1艦長名古屋為毅(兵26)中佐、(-17.12/1)主計長心得桑原憲(経1)中主計

17.12/1艦長石井祥吉(兵27)中佐、航海長小熊文雄(兵37)大尉、分隊長内藤淳(兵38)大尉

18.4/6(-12/1)分隊長糸川季忠(兵36)大尉11/7(-20.8/12)航海長佐藤唯一(兵38)大尉12/1艦長松山廉介(兵27)中佐、分隊長中川文一(兵30)少佐転任

19.12/1艦長加藤弘三(兵28)中佐、(-20.12/1)航海長西村祥治(兵39)大尉

20.3/24艦長加藤勁次郎(兵28)中佐12/1艦長坪田小猿(兵29)中佐、運用長大中熊雄(兵32)少佐>吉成格四郎(兵35)少佐

21.5/12(-12/1)分隊長心得田原吉興(兵43)中尉12/1艦長鈴木源三(兵30)中佐、(-22.9/15)航海長清田孝彦(兵42)大尉、(-22.5/25)分隊長小豆沢成(兵42)大尉

22.4/1特務艦となり測量艦として使用11/10艦長堀内周(兵30)中佐

23オホーツク大和堆(62北見大和堆と改名)を発見2/10機関長立花才次郎(機18)少佐3/20(-24.2/5)分隊長鎌田道章(兵39)大尉10/1(-24.12/1)分隊長心得坂田義人(兵46)中尉11/10艦長重松良一(兵32)中佐

24日本海で測量中、大和堆を発見1/21(-12/1)航海長延谷保司(兵40)大尉10/25(25.4/15-7/10兼木曽)艦長佐藤英夫(兵33)中佐

25.4/1(-7/4、8/20-26.3/20)摂津平戸軍医長伊藤雋吉(愛知医専)軍医大尉/15兼多摩機関長新保彪三(機17)機関少佐>立花才次郎(機18)機関少佐7/10兼石廊艦長御堀伝造(兵32)大佐9/18兼石廊艦長緒方三郎(兵31)中佐11/10艦長浅井謙只(兵33)中佐

26大和堆(24水産講習所調査船天鴎丸が発見)を精密測量3/27艦長佃久米太郎(兵33)中佐11/20艦長渡辺三郎(兵33)中佐12/1(-28.12/1欠員)運用長日台乕治(兵37)少佐

27.12/1艦長佐田健一(兵35)中佐

28.12/10艦長原精太郎(兵35)中佐、運用長日野昇一(兵38)少佐、航海長小原尚(兵48)大尉>寺嶋昌善(兵50)大尉、分隊長高木三郎(兵48)大尉>鈴木正明(兵48)大尉

29.11/15艦長栗林今朝吉(兵36)中佐

30.12/1艦長野沢錦二(兵36)中佐、航海長大友文吉(兵50)大尉

31.12/1艦長稲川与三郎(兵37)中佐、(-32.2/5)運用長勝野実(兵40)少佐、(-32.12/1)航海長近藤保平(兵51)大尉

32.2/15(-12/1)運用長森野草六郎(兵40)少佐11/15艦長脇坂乗平(兵38)中佐

33.11/1分隊長西野繁(兵55)中尉>荻原未年夫(兵56)中尉

34.2/20(-11/15)艦長国生行孝(兵37)中佐11/15分隊長小西源一郎(兵55)中尉転任

35.4/1除籍後司法省に移管され浦賀港内で少年刑務所宿泊船として係留

WW2中に横浜に回航

45.9/18鶴見川河口で台風により沈没

50解体.

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大和丸

1884共同運輸が購入した貨物船山城丸の予定船名.

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大和丸(exKong Beng)→大和Taiwa丸.

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大和丸

Dixon(Raylton)/ミドルスブラ造船所で355番船として1894.4/9進水7/20竣工したイギリス、P&Oライン(Peninsular&Oriental SN.Co)貨物船セイロンCeylon(船舶番号98785)を

1913岸本商会が購入し大和丸と改名

17Tabacos Filipinasに転売されMoncadaと改名17フランス政府に売却されDepute Pierre Goujonと改名11/12ビスケー湾北部のBelle Ile沖でU103の発射した魚雷を受けて沈没.

4094T pp114.3x14.3m R(3連成)/1 13.5knt.

船舶番号66D.

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大和丸

互光商会貨物船

大阪鉄工所因島工場で914番船として1917.10進水.11竣工後白洋汽船に移籍?

43.10/25.0800佐伯出港後うゑいるす丸等とオ507船団を編成11/4-/12パラオ寄港/15ウエワク入港/18ホーランディア出港後パラオへ帰投中/22.0827パラオ諸島マラカル島の南東約25km(07゚09'N/134゚34'E)で木曽丸とともに左舷方向から発射されたアメリカ潜水艦(SS283)ティノサの発射した魚雷を機関室後部と第5船倉に受けて爆発後約20分で沈没し便乗者161船員24船砲隊2名が死亡.

4366or4379T 105.16x14.96x(8.59)m R(3連成)x1/1 2925ihp 13.2knt.

船舶番号21059.

信号符字JBW>NLVT.

福丸貨物船19隻の2番船.

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大和丸

Esercizio Bacini/リヴァ・トリゴーソ造船所で1915.11竣工したイタリア、Transatlantica Italiana Societa Anomima di Navigazione貨客船ジュゼッペ・ヴェルディ

28近海郵船が購入し貨客船大和丸と改名後台湾航路に就航

陸軍が徴用

43.9/10.1700船客916名、貨物3334t、郵便物3004梱を搭載して門司出港後木曽丸等と195船団を編制し駆逐艦汐風に護衛されて基隆へ航行中/13.0206舟山列島東福山島の東方77km(30゚06'N/123゚33'E)でアメリカ潜水艦(SS279)スヌークの発射した魚雷3本中、1本を左舷第2船倉に受けて浸水後左舷に傾斜.0215or20船客に退船命令.0258船体放棄.0300沈没し船客29船員4計33名が死亡.

9655or9757T pp146.2x18.1m R(4連成)/2 18knt.

姉妹船朝日丸(exダンテ・アリギエリ).

船舶番号33769.

信号符字JKRB.

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大和丸

木造ケッチ型漁船(西宮)

1935.10進水

39.7/17海軍が徴用

41.12/31直卒部隊警戒部隊特設監視艇(乙)となり海面防備部隊に編入

42.1/20佐世保鎮守府所管特設監視艇となり馬公防備隊に編入4/10一般徴用(雑用船)7/20徴用解除後海南警備隊所属雑用船

44.10/13は号大和丸と改名

45.8/15敗戦時、残存.

33(20)T 18.0x4.4x(2.0)m.

船舶番号41065.

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第2大和丸

木造ケッチ型漁船(三重県大湊町)

1937.4進水

41.9/1海軍が徴用10/25横須賀鎮守府所管特設監視艇/31第3三防備隊に編入

42日本真珠に移籍1/15第7防備隊に編入2/1第1監視艇隊に編入4/10第3特別根拠地隊に編5/1第82警備隊に編入11/20舞鶴鎮守府所管に変更

44.3/25第90警備隊と改称

45.8/15敗戦時、残存

46.2/1除籍12/31徴用解除.

38(23)T 18.0x4.8x(2.2)m.

船舶番号43183.

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第3大和丸

木造ケッチ型漁船(宮城県唐桑町)

1937.10/25起工38.3/10進水/30竣工

42.1/31海軍が徴用3/10横須賀鎮守府所管特設監視艇4/10第65警備隊に編入

44.3/10特設砲艦豊国丸等とともに北東方面艦隊第22戦隊隷下に第4監視艇隊を新編9/29第3監視艇隊に編入

45.3/11横浜出港/14消息不明5/10徴用解除と同時に除籍.

船舶番号44681.

信号符字JADN.

98(37)T 24.3x5.4x(2.7)m.

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日本 大和級戦艦

IJN Yamato class battleship Yamato 1941.

Illustrated by Iyapopo.

64000s69100T72809ft

oa263.0wl256.0x38.9(水線36.9)x(18.915)x10.4(平均)m

T(艦本式高低圧式)x8/4(225rpm、4枚羽スクリュー直径6m) ロ号艦本式空気予熱器付重油専焼缶(25kg/u、325゚C)x12

150000shp 27knt 重油6400t 7200nm/16knt

94式460/45mm(正式名称は45口径94式40cm、砲身長21m、各砲砲弾120発、射程41400m、初速780m/s、砲弾重量1.46t)IIIx2+1=9

3年式155/60mmIII(最上級軽巡洋艦の再利用)x1+(1+1)+1=12 89式127/45mmAAIIx(3+3)=12

25mmMGIIIx8=24(>137) 12.7mmMGIIx2=4=8(>20)

水上偵察機x7 射出機(呉式2号5型)x2

水線410(VH鋼、傾斜20゚)甲板230砲塔前楯650天蓋270側楯250後楯190司令塔500mm

乗員約2500

同型艦(2+2/1941-2)

大和.武蔵.(信濃).(紀伊).

3番艦は建造中に信濃級空母に設計変更されて完成.

設計番号A-140F5.

船体重量43000砲熕重量11700t.

筑紫級測量艦に搭載されたD主機は本級に搭載予定のものを転用したもの.

数値の誤謬を御指摘戴いたTakeahero様に感謝致します.

2009年4月17日.

Photographed by Tensho.

The 460 mm cannonball of IJN Yamato class battleship at the Hinoyama park, Shimonoseki, 2 May 2003.

Courttesy of

Special Thanks !

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軍艦大和

日本A 大和級戦艦(1/2+1+1)

IJN Yamato class battleship Yamato. Illustreted by Iyapopo.

1937海軍補充(B)計画戦艦第1号艦

8/21建造を訓令され呉工廠造船第4船渠で11/4起工

40.8/8.0830久邇宮朝融王(兵49)大佐(海防艦八雲艦長)の臨席下に進水後同工廠丙錨地ポンツーンで艤装

41.9/5艤装員長宮里秀徳(兵40)大佐(10/15少将)(Photo1)10/16-8土佐沖で予行運転実施/22-30宿毛湾沖or11/29徳山沖(戦艦大和発見)で公試運転を実施し全力公試で27.46knt/153550shp/68200tを記録(Photo2.3)/25呉出港後佐伯経由で/26-8宿毛沖で公試/29呉入港11/1艤装員長高柳儀八(兵41)大佐/29-12/7徳山沖の伊予灘で公試を行い12/7主砲試射/8呉回航中に出港する旗艦長門等からなる第1艦隊と反航/9-15最終艤装/16艦長高柳大佐、副長黛治夫(兵47)中佐(10/15大佐)の指揮下に竣工(総工費\1億3780万2000)し呉鎮守府籍となり戦艦長門陸奥からなる連合艦隊第1戦隊に編入(Line1)

/21柱島回航/26(-43.10/28)運用長泉福次郎(兵50)中佐

42.2/4-10呉寄港/12長門から連合艦隊司令長官山本五十六(兵32)大将の旗艦を継承

5/29.0600第1(大和長門陸奥)、第2(伊勢日向扶桑山城)、第9戦隊(北上大井)、千代田、鳳翔第1水雷戦隊第24駆逐隊(海風江風山風涼風)、第27駆逐隊(有明夕暮白露時雨)を率いて柱島出港.1700頃、第3水雷戦隊軽巡洋艦川内等が合流6/4.0500第1艦隊を分離後ミッドウェー、アリューシャン作戦を支援/6作戦中止/10対潜行動を行い実弾を発射/14柱島帰投後訓練に従事

7/14連合艦隊直轄艦8/5連合艦隊第1戦隊に編入/17.1230空母春日丸(/31大鷹と改名)、第7駆逐隊()を率いて柱島出港後ソロモン作戦支援の目的で行動中/27トラック沖でタロアに向かう春日丸を分離/28トラック入港直前にアメリカ潜水艦(SS229)フライングフィッシュの雷撃を回避/28トラック環礁春島第2錨地に入港

12/17艦長松田千(兵44)大佐

43.2/11連合艦隊旗艦を姉妹艦武蔵に継承3/29頃、第2航空戦隊空母隼鷹飛鷹の急降下爆撃標的として使用

4/18トラック環礁内で主砲発射訓練を実施5/8アメリカ軍のアッツ島進攻により空母雲鷹冲鷹第5戦隊(重巡洋艦妙高羽黒)、駆逐艦夕暮長波五月雨、潮を率いてトラック出港/13柱島入港/14呉回航/21-30呉工廠第4船渠で入渠修理を行いMGx4を増備

7/12-7呉工廠で入渠修理を行い2号電波探信儀1型、2型(仮称)、1号電波探信儀3型を装備/21呉出港後速力試験、出動訓練に従事8/16呉出港/16-7平群沖/23戦艦長門に率いられ戦艦扶桑、空母大鷹、重巡洋艦愛宕高雄、駆逐艦秋雲夕雲天津風初風を率いてトラック入港9/7艦長大野竹二(兵44)大佐(11/1少将)

10/17トラック出港/19-23ブラウン寄港/26トラック入港/28運用長(12/1内務長)林紫郎(兵51)中佐(44.10/15大佐)12/12出港後空母翔鶴、駆逐艦と/17-20横須賀寄港後戌1号輸送作戦として独立混成第1連隊兵員、物資を搭載し駆逐艦秋雲谷風山雲に護衛されてトラックへ航行中/25トラックの北西約150nmでアメリカ潜水艦(SS305)スケートの発射した魚雷3本中、1本が第3主砲塔右舷側に命中、小破/25-

44.1/10トラック寄港後軽巡洋艦大淀とともに駆逐艦朝雲満潮藤波等に護衛されて航行中/11浮上潜水艦を探知/14伊豆諸島の南方(30゚48'N/135゚28'E)でアメリカ潜水艦(SS310)バットフィッシュがレーダー探知/16呉入港/25艦長森下信衛(兵45)大佐(10/15少将)/28-2/3呉工廠第4船渠に入渠し損傷個所を調査/25第1戦隊第2艦隊に編入/25呉工廠に入渠し修理を実施するとともに中央部両舷の第2、3副砲塔を撤去し127mmAAIIx(3+3)、25mmMGを搭載(Line2)3/1副砲長深井俊之助(兵62)少佐/15副長(-45.3/10兼砲術長)能村次郎(兵50)中佐(5/1大佐)/18出渠

4/11呉出港後伊予灘で諸公試/17-21呉に寄港し輸送物件搭載と補給作業を実施後摩耶とともに駆逐艦島風雪風に護衛されて/26-8マニラ5/1-11リンガ寄港/3あ号作戦発令/14タウイ・タウイ入港6/8重巡洋艦利根に給油/10第2水雷戦隊等とともに出港後渾作戦に従事中/12-3ハルマヘラ島バチャンBatjan寄港後作戦中止/14-5ギマラス寄港/19-21第1戦隊司令官宇垣纏(兵40)中将の旗艦としてマリアナ沖海戦に参加/22-3沖縄中城湾寄港/24柱島入港後呉に回航され整備に従事(Photo4)

7/5-7歩兵第106連隊(狼18702部隊十時和彦[士26]大佐)が乗艦/8.0845呉出港.1830-/9.0400臼杵湾/10.1430-1900中城湾寄港/16マラッカ海峡入口に到達後金剛等を分離し武蔵利根第27駆逐隊(時雨五月雨)、島風を率いて/16.1610リンガに入港し陸軍部隊を揚陸後訓練に従事

10/1リンガ出港/1-18ガラン寄港/20-2ブルネイに寄港し燃料補給後捷1号作戦としてレイテ湾へ航行中(Photo5)/23パラワン水道付近で被雷沈没した重巡洋艦愛宕から駆逐艦岸波を経て第2艦隊司令長官栗田健男(兵38)中将の旗艦を継承/24シブヤン海でアメリカ任務部隊空母搭載機の空襲を受けて前甲板左錨鎖庫に爆弾1発が命中(Photo6.7.8.9)/25レイテサマール島沖海戦で護衛空母(CVE73)ガンビア・ベイ等からなるアメリカ艦隊と交戦し駆逐艦(DD533)ホーエルを撃沈(Photo10.11)/26シブヤン海でアメリカ任務部隊空母搭載機の空襲を受けて前甲板を爆弾2発が直撃(本海戦で直撃弾3至近弾24発を受け29名が死亡)/28-11/8.0300ブルネイに寄港し御室山丸から燃料補給後第1戦隊(大和長門)、第3戦隊(金剛榛名)、軽巡洋艦矢矧、第17駆逐隊(駆逐艦4)を率いて多号作戦間接支援の目的で新南群島方面を行動/11ブルネイ入港/15第1戦隊の解隊により第2艦隊直轄艦/16ブルネイを空襲したアメリカ陸軍航空隊B24爆撃機40機、P38戦闘機15機と交戦.1830長門金剛矢矧、駆逐艦等4隻とともにブルネイ出港後内地に回航中/21基隆の北方70nmで金剛、駆逐艦浦風が被雷沈没/24呉入港後呉工廠で入渠修理とMGの増設工事を実施/25艦長有賀幸作(兵45)大佐

45.1/1長門榛名とともに第2艦隊隷下に第1戦隊を再編/3呉工廠を出渠後内海西部で待機訓練2/1or10第2艦隊第1航空戦隊に編入3/19岩国沖の広島湾でアメリカ第58任務部隊空母(CV9)エセックス等に搭載されたSB2C攻撃機11、F6F戦闘機15機と交戦し1000lb半徹甲爆弾20、250lb通常爆弾5発を投下されたが、砲弾、機銃弾約15000発を発射、至近弾により方位盤防振装置に不具合が発生したのみに留まる(Photo12)/24天1号作戦発動により出動準備命令/28.1730呉出港後佐世保回航中、アメリカ機動部隊の南九州空襲により作戦を中止し同日広島湾兜島沖に仮泊

4/5.1359連合艦隊司令部より沖縄突入準備命令.1500突入命令(同夜、/3大和矢矧に着任した海兵74期、経理学校35期出身少尉候補生73名が退艦)/6.1516第2艦隊司令長官伊藤整一(兵39)中将の旗艦として第2水雷戦隊旗艦矢矧第17駆逐隊磯風浜風雪風第21駆逐隊朝霜初霜第41駆逐隊冬月涼月を率いて出港後徳山で重油4000tを搭載して三田尻沖を経て(Line 3).1950豊後水道西水道を通過後アメリカ潜水艦(SS410)スレッドフィンが視認/7.02-600大隅水道通過後アメリカ空母搭載機の集中攻撃を受け.1402左舷中央部に中型爆弾2発命中.1407右舷中央部に魚雷1本命中.1412左舷中央部、後部に魚雷各1本が命中、左舷に6゚傾斜し速力が12kntに低下.1417左舷中央部に魚雷1本が命中、急激に傾斜.1420左舷20゚傾斜.1421(公式には1423)男女群島南方176km、喜界ヶ島南西15nm(30゚43'17"N/128゚04'00"E)で前後部主砲塔の誘爆により沈没(Photo13.14.15.16.17.18.19)し第2艦隊伊藤司令長官、参謀末次信義(兵58)少佐、小沢信彦(兵62)少佐、有賀艦長、航海長茂木史朗(兵53)少佐、内務長、分隊長服部信六郎(兵69)大尉以下約3000(戦闘詳報は2498、「慟哭の海」は3063)名が死亡(坊ノ岬沖海戦、日本側損害大和等沈没、死亡3721名、アメリカ側損害航空機10機を喪失し搭乗員8名[+着艦事故等により空母乗員8]が死亡)、能村副長以下生存者276名は残存駆逐艦3隻に救助されて佐世保に帰投/20連合艦隊付属に編入

8/31除籍

IJN Yamato class battleship Yamato 1945.

Illustrated by Iyapopo.

79.5呉市長迫墓地公園(旧海軍墓地)内に戦艦大和戦死之碑建立

82.5/25戦艦大和探索会が沈没船体を発見、水深340mに艦尾部約60m、水深360mに艦橋を含む艦首から中央部約180m、その他の部分が水深430mの窪地状の海底に幾つかの鉄塊が散乱する状態を観測/26-7動画の撮影に成功

2016.5/11深田サルベージ調査船はくようが無人探査機が動画撮影に成功.

The 460 mm cannonball of IJN Yamato class battleship at the Aichi Gokoku Jinja, Nagoya, 10 Mar. 2013.

1936.12/31失効したワシントン海軍軍縮条約後に建造された最初の日本戦艦.

1961アメリカ原子力空母(CVN65)エンタープライズ竣工まで世界最大の軍艦で、史上世界最大の戦艦で、呉工廠で完成した最後の戦艦.

信号符字JGAA.

艦内神社は大和Oyamato神社から分祀されており、沈没時に戦死した伊藤整一司令長官以下2717名の霊位はその末社である祖霊社に合祀せられたが1972.9/24第2艦隊各艦の戦没将兵3721名の霊位も合祀された.

大和神社は平安中期以降に朝廷から特別の崇敬を受け、国家の重大事や天変地異に際しては奉幣祈願のための使者が派遣された22社の1つで、奈良県天理市にある.

呉工廠で艤装中の大和、艦首遠方の艦艇は手前から特設輸送船、重巡洋艦加古衣笠、特設給油艦、給糧艦間宮、空母鳳翔.

Up---------------------------------Down

日本 改大和級戦艦

64000st

27knt

510mmIIx2+1=6 100mmx20-4

同型艦(+2/--)

(798).(799).

1942海軍軍備充実(D)計画戦艦として建造予定中計画中止.

大和級戦艦の主砲を510mm砲に換装し対空兵装の強化と司令部施設の改正を実施したもの.

UpDown

大和

深田サルベージ建設クレーン船

2017現存.

2788T.

最大吊上げ能力800t.

UpDown

ヤマト1

超伝導電磁推進実験船として三菱重工業で1989起工

90命名

92.6/16進水後神戸市に無償譲渡され神戸海洋博物館で船体を展示(推進装置は船の科学館に展示)

2016船体を撤去.

Yamato 1 at the Kobe Maritime Museum.

2014年10月30日神戸海洋博物館にて.

185T oa30.0x10.39x(2.50)m 6連環内部磁場型超伝導電磁石x2 8knt 乗員3+7=10.


Since 7 Nov. 2001.

Last up-dated, 19 Nov. 2017.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#26

Yamato.

Ver.1.17a.

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