Down

Kantou(Kuwantou).  関東(關東).

関東丸>特務艦関東@ 関東級工作艦 関東丸 関東丸(岸本汽船) 関東丸(岸本汽船) 第1関東丸 

[地名]関東(くゎんとう).

(1)

関東州.

中国東北部(旧満洲)の別称.

山海関より東方の意味.

旧日本陸軍の関東軍は同地を防備する目的で設置された.

(2)

関東地方.

奈良時代には東海道伊勢鈴鹿東山道美濃不破Fuwa、北陸道越前愛発Arachiの3関より西方の諸国の総称で、西方を関西と呼んだが、鎌倉時代以降に箱根より東方の地を意味するようになった.

1923.9/1関東大震災により大きな被害を受け、この日は防災の日となった.

この震災で横須賀工廠で空母に改装中の巡洋戦艦天城、横浜船渠で建造中の軽巡洋艦那珂等が廃艦となったため、天城に代わって廃棄予定だった戦艦加賀が空母に改装され、那珂は24再起工された.

また、浦賀船渠で建造中の軽巡洋艦阿武隈は工場施設の被災により工程約70%で工事を中断され、竣工は1925.5/26と進水より2年以上後になった.

さらに、特務艦洲埼艦長森山明(兵29)大佐、砲術学校教官石橋滋(兵44)大尉、水雷学校在学中の加藤三郎(兵49)少尉等が死亡した.

カンサイ.

Up
Down

関東丸>特務艦関東

IJN repair ship Kantou.

バーマイスター&ウエインBurmeister&Wain/コペンハーゲン造船所で1900.3竣工04.2/7or9日露戦争時に旅順付近で巡洋艦高砂が捕獲したロシア、ロシア=東アジア汽船貨物船マニジューリヤ

4/7関東丸@と仮に命名*

04.7工作船に改造/6連合艦隊付属、主計長深水貞吉大主計(05.1/12主計少監-12/12欠員?)10/6艦長(-05.1/12欠員?)中尾雄(兵5)大佐

05.2/14関東丸と改名し横須賀鎮守府籍(GQPT)12/12工作船監督官佐多直道(兵14)少佐転任

06.3/23工作船4/1指揮官(-10/20欠員)茶山豊也(兵12)大佐、分隊長(-10/11)白石直介(兵17)少佐、分隊長心得(-9/28)和田健吉(兵29)中尉5/12工作長大久保立造船少監12/28(-07.3/15兼武蔵)機関長(07.5/30-12/10機関長心得)荒尾文雄(機7)機関大尉

07.5/30指揮官(-10/15欠員)秀島七三郎(兵13)大佐、分隊長山下義章(兵20)少佐、(航海長>)分隊長鎌倉義喜(兵26)大尉、航海長常松憲三(兵27)大尉、分隊長心得砥川三郎(兵30)中尉、田丸成二(機11)機関中尉(9/28機関大尉、分隊長)、乗員井上鉄彦(兵31)中尉、(兼鈴谷軍医長>)軍医長安藤三治大軍医、(兼鈴谷主計長>)主計長栗原正雄大主計、乗員野村義隆中主計12/11指揮官(-08.7/11欠員)上野亮(兵14)中佐/18分隊長(-08.1/15)関干城(兵27)大尉

08.7/11横須賀港務部付属、航海長(9/25分隊長)島崎友亀(兵29)大尉9/15主計長国分良吉(東京高商)大主計/25航海長藤村昌吉(兵27)大尉

09.1/25指揮官(-6/23)小黒秀夫(兵15)中佐、分隊長心得(-6/23)満岡諒次(機13)機関中尉8/18航海長漢那憲和(兵27)大尉(10/11少佐)10/11機関長大槻寿人(機7)機関大尉>(-12/25兼松江機関長)道家分児(機6)機関大尉12/1航海長米村末喜(兵29)大尉

10.1/15航海長人見三良(兵26)少佐

11.5/22航海長井戸玖吾(兵29)大尉

12.6/28(-7/9兼横須賀港務部長)指揮官(-7/31)真野巌次郎(兵12相当)大佐7/31航海長小林信秋(兵30)大尉、分隊長青木国太郎(兵31)大尉転任11/5分隊長有馬成甫(兵33)大尉12/1航海長兼分隊長吉田清純(兵29)少佐

13.2/19指揮官平田得三郎(兵16)大佐、航海長伴達也(兵30)大尉、分隊長吉田玄徳(兵32)大尉、蒲地景治(機16)機関大尉、兼横須賀港務部軍医長島本又太郎軍医少監>軍医長杉山貴一軍医少監、主計長朝比奈正一主計少監>竹下一男大主計9/26航海長片山登(兵32)大尉12/1機関長杉山善治郎(機10)機関少佐

14.1/17分隊長小松虎治郎(機15)機関大尉3/5指揮官丸橋彦三郎(兵15)大佐8/14(-15.2/5)工作部長重村義一(機3)機関中佐、(-15.1/29)工作部員福井順平(東工大)造船少監12/1指揮官犬塚助次郎(兵21)中佐

15.2/1航海長毛内効(兵33)大尉、分隊長渡部忍(兵31)大尉>島崎友亀(兵29)少佐、大場嘉藤(兵35)大尉/18指揮官兼工作部長河野左金太(兵13)大佐、工作部員(9/13-12/13工作部長)岩野直英(東工大)造船大監、(-8/3、9/3-12/13)橋口保孝(東大工)造船大技士、主計長佐々木重蔵(東大法)大主計5/8メキシコ、バハ・カリフォルニア半島中部西岸のサン・バルテルミSan Bartolomeで座礁した装甲巡洋艦浅間を装甲巡洋艦常磐ともに浮揚

8/23工作船関東と改名

9/13指揮官犬塚助次郎(兵21)中佐(15.12/13大佐)、工作部長岩野直英(東大工)造船大監12/13分隊長森清亮(兵33)大尉転任

16.12/1指揮官岡村秀二郎(兵25)中佐(17.4/1大佐)、航海長(-17.5/15欠員)塚原二四三(兵36)大尉

17.5/5軍医長田中肥後太郎(東大医)大軍医12/1指揮官宮村暦造(兵27)中佐、航海長山田省三(兵37)大尉、分隊長中沢久直(兵30)少佐>大島衛義(兵30)少佐

18.9/10指揮官豊島二郎(兵27)中佐12/1指揮官福村篤男(兵27)大佐、分隊長海津良太郎(兵30)少佐、山口常太郎(兵39)大尉/11指揮官今泉哲太郎(兵25)大佐、航海長(-/13)田結穣(兵39)大尉/13分隊長(19.3/20-7/24乗員)福田良三(兵38)大尉

18-9マルタに進出し戦利艦として配分を受けた旧ドイツ潜水艦を整備の上、随伴して日本へ回航

19.2/15乗員(-7/10)村田豊太郎(機12)機関中佐7/14指揮官石井祥吉(兵27)大佐12/1指揮官加賀藤吾(兵28)中佐、(分隊長>)運用長松村和介(兵31)少佐(21.12/1中佐、副長)河野初次郎(兵32)少佐、分隊長逢坂梅松(兵35)大尉

20.1/8指揮官(4/1艦長)吉富新八(兵28)中佐(12/1大佐)/21主計長中鶴律夫主計少佐>主計長心得岡保三(経4)主計中尉4/1特務艦(工作艦)関東8/12分隊長瀬戸重雄(兵35)大尉、梅崎卯之助(兵40)大尉/23分隊長(-21.7/20)福田貞三郎(兵40)大尉9/1分隊長心得横山茂樹(機23)機関中尉(12/1機関大尉、分隊長-21.9/1)/3乗員(-21.7/1)酒巻宗孝(兵41)大尉

21.9/17艦長七田今朝一(兵29)大佐10/1分隊長(-22.6/10)草鹿龍之介(兵41)大尉/14乗員(-22.6/10)市丸利之助(兵41)大尉12/1運用長秋永三夫(兵36)少佐

22.6/10分隊長蜂屋義尾(兵36)少佐転任/15艦長(-11/20)林清二(兵30)大佐、副長河野初次郎(兵32)中佐転任12/1艦長内藤省一(兵30)大佐、航海長板垣行一(兵38)大尉(23.12/1少佐)、兼八雲軍医長(-23.4/1)勝正吉(慈恵医専)軍医少佐

23カムチャツカ半島オゼルナヤ海岸に前年沈没した二等海防艦新高の残骸処分と遺体収容の目的で派遣9/15(10/20兼青島)艦長吉川真清(兵31)中佐10/1第2予備特務艦11/1運用長阪本敏(兵37)少佐転任12/1艦長是恒隆(兵32)中佐/15航海長木村進(兵40)大尉

24.3/1第1予備特務艦、運用長森下与一郎(兵35)少佐/20分隊長心得(-7/4)柳沢蔵之助(兵46)中尉4/1在役特務艦5/24分隊長吉田栄之助(兵41)大尉12/1艦長鳥野団一(兵32)中佐、航海長福山直治(兵41)大尉/7呉寄港、鳥野艦長、福山航海長乗艦/9出港後舞鶴へ航行中/11荒天により艦位を失い/12.0800頃、福井県南条郡河野Kono村(2005.1/1合併により南越前町)字糠浦Nukaura沖150mの敦賀湾北東部(下糠浦海岸)で悪天候により座礁沈没/14森下運用長、近藤暁(機19)機関少佐等96名が死亡(後に重傷者1名が死亡)

特務艦関東遭難の碑(2005年8月14日撮影)

25.3/1除籍.

信号符字GQPT.

「軍艦関東越前海岸遭難記」には中尾雄(兵5)大佐茶山豊也(兵12)大佐との間に指揮官として佐多直蔵少佐が記されているが、佐多直道(兵14)少佐の誤記である.

*日露開戦時に長崎で修理中に拿捕したロシア、東清鉄道会社貨客船に同名のマンチュリア(>満州丸>満洲)があり、混同を避ける目的で仮に命名されたものと推定される.

日付等の間違いを御指摘下さった海軍航空隊スキー様に感謝申し上げます.

2014.10/19

Up---------------------------------Down

日本 関東級工作艦

11000nt

pp124.97x15.11x6.10m

R(直立3連成3気筒)x1/1 宮原水管式石炭専焼缶x4 1703ihp 11.0knt 石炭982t

安式120/40mm(平射砲)Ix1+1=2

乗員161

同型艦(1/1915再就役)

関東(exマンチュリア).

2檣1本煙突.

日露戦争で拿捕した旧ロシア汽船の後身.

UpDown

関東丸

1898.10/26進水1905Blue Anchor Lineに売却10.1/26P&Oラインに売却されたイギリス、Wilhelm Lund所有船ワコールWakool(ロンドン)が

13岸本商会に売却され関東丸と改名

17フランス政府に売却されLe Myre de Villiersと改名23イタリアの解体業者に売却25.4/23解体完了.

5004T.

UpDown

関東丸

岸本汽船貨物船

横浜船渠で61番船として1917.11/22起工

18.4/11進水6/20竣工

20摂津汽船(西宮)に売却

27摂津商船(府中>大阪)に移籍

43.11/16合併により大阪商船(大阪)に移籍

47.1/6シンガポールでオランダが接収.

1542>1547T pp73.15x10.21x(6.86)m R(3連成) 9281ihp 11.99(9)knt.

船舶番号22296.

信号符字NTCJ>JBFC.

UpDown

関東丸

岸本汽船貨物船(府中)

横浜船渠でS179番船として1929.10/11起工

30.4/28.1650進水8/25公試で18.336kntを記録9/16竣工し大阪商船が用船

10/11神戸or香港出港後ニュー・ヨーク航路に就航

37.1摂津汽船に\185万で売却され大阪商船が継続して用船

38原田汽船に売却され大阪商船が継続して用船

41.8帰国/9海軍が徴用12/1呉鎮守府所管特設運送船(雑用船乙)となり海軍省に配属され呉鎮守府に所属/10工事完了

42.1/21or2/1ヤルートで空襲により船尾に爆弾を受けて操舵機を損傷3/15三菱重工業横浜船渠で修理に着手7/20横須賀鎮守府所管特設航空機運搬艦(乙)となり第23航空戦隊に編入、艦長有馬直(兵36召)大佐/31工事完了8/15横須賀出港/23高雄出港9/11ケンダリー出港.2210マカッサル、マンダル岬の北西約55km(03゚16'S/118゚29'E)でアメリカ潜水艦(SS189)ソーリの発射した魚雷を受けて沈没し便乗者26船員13名が死亡10/20徴用解除と同時に除籍.

8599>8606(10779.17D5188)T pp140.21x18.75x(12.12)x8.57m D(MAN)x2/2 7500(9141)ihp 18.336(16.0)knt 一等5.

船舶番号36105.

信号符字JJKC.

2檣1本煙突平甲板型.

姉妹船関西丸.

大阪商船畿内丸級4隻の准姉妹船.

UpDown

第1関東丸

関東水産漁船

1943.11/5ブーゲンヴィル島キエタの北方(06゚15'S/155゚25'E?)でアメリカ陸軍航空隊B24爆撃機の空襲を受けて沈没.

77T.


Since 30 Jun. 2016.

Last up-dated, 26 Jun. 2019.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Kantou.

Ver.1.19a.

Copyright (c) hush ,2001-19. Allrights Reserved.

Up


動画