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Adzuma.

.吾妻.あづま.

このページをとのリンクの記念として山ア和明様に贈ります.

氏は飯野重工業時代から日立造船舞鶴工場に勤められ多くの艦艇を送り出して来られました.

その中でも訓練支援艦あずまは最も苦心した艦として思い出に残っておられるとのことです.

2003年11月 hush

現在、同サイトは閉鎖中のようですが、記念として残しておきます.

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[地名]東国の古名.

古代、東国とは鈴鹿より東方を三河国以東の諸国を指したが、後に箱根より東方の地を意味するようになった.

東は古語では「ひむかし」で、日向処と書き、日の出る方向or風を意味した.

アイヌ語で「海の東岸」を意味するatui-paの転訛か.

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東艦

ロシュフォール/ボルドー造船所でアメリカ南軍装甲衝角艦(/)ストンウォールとして1864竣工し江戸幕府が$40万で購入し67.5就役した甲鉄艦

72.1/16(4.12/7)東艦@と改名

11/14艦長伊東祐享少佐

73(5.4/12-5/2)艦隊に編入

74.2/9佐賀の乱により品川出港後兵庫(神戸)で砲艦雲揚、運送船大坂丸と合流/19神戸出港後単独で/22-3博多寄港後長崎に回航6/3品川帰投8/19長崎停泊中に台風により座礁沈没後浮揚され横須賀で修理

88.1/28除籍

89.11/12売却報告解体.

IJN ironclad Adzuma, 1865.

US Naval Historical Center Photograph.

原名をストンウォール・ジャクソンとするのは間違い.

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日本 東級甲鉄艦

700t

50x9.7x5.3m

R/2 500ihp

Gx5

乗員135

同型艦(1/1867)

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Photos.

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吾妻.

[地名]吾妻山.

(1)

福島、山形県境に東西約20km、南北約10kmにかけて並ぶ那須火山帯に属する最大の火山群であるが、有史以降の火山活動は東部の一切経山(1949m)のみである.

奥羽山脈の一部でもあり、最高峰は西吾妻山の2035m.

1950.9/5付近一帯は磐梯朝日国立公園に指定された.

最上川の水源地.

急行「あづま」は1958.10上野=福島、仙台間を東北本線経由で運行を開始した急行で85.3東北新幹線開業後に廃止された.

(2)

一説に横須賀港内箱崎半島の吾妻山で新井掘割水路の完成により島になった.

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日本 吾妻級装甲巡洋艦

9326or9436n(#147)t

129.5(135.9)x17.9(18.1)x7.2(平均)m

R(直立3連成4気筒)x2/2 ベルヴィーユ式石炭専焼缶x24 16600ihp 20.0or21(#147)knt

200/45mmIIx1+1=4 150/40mmx12(原計画は10) 89/40mmIx12 47mmIx12 450mmTTx1+(4)=5

水線178甲板102司令塔356mm

乗員644

同型艦(1/1900)

吾妻.

IJN Adzuma class armored cruiser Adzuma at anchor in Australia, 1910s.

66艦隊計画艦中の最長艦で、唯一の缶室分離配置採用艦.

66艦隊計画により建造された一等巡洋艦中、建造がイギリスに偏しないようにとの政治的配慮からドイツに発注された八雲とともにフランスで建造された結果、ロシアからの拿捕艦と防護巡洋艦畝傍を除くと、日本が発注した唯一の同国製巡洋艦となった.

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軍艦吾妻

日本A 吾妻級装甲巡洋艦(1/1)

IJN Adzuma class armoured cruiser. Illustrated by SUDO.

1896海軍拡張計画66艦隊第2号一等巡洋艦97.10/18軍艦吾妻と命名しラ・ロワール/サン・ナザール造船所で98.2/1起工3/21一等巡洋艦に類別12/16佐世保鎮守府籍99.5/1回航委員長(1900.3/14-02.5/24艦長)小倉鋲一郎(兵5)大佐、委員小泉鞫セ郎(兵8)中佐(副長)、橋本又吉郎(兵13)少佐(航海長)、今井兼胤(兵13)少佐(水雷長)、大角岑生(兵24)少尉(9/29中尉)6/24進水1900.7/28竣工

IJN Adzuma class armored cruiser Adzuma at Portsmouth, 1900.

/29出港/30-8/19ポーツマス/28-9/2マルタ/6ポートサイド/9-11スエズ寄港/17アデン出港後コロンボ経由で10/14シンガポール出港/20台湾海峡で荒天に遭遇/22佐世保/29横須賀到着、第1予備艦

01.2/9常備艦隊に編入10/1舞鶴鎮守府籍に転籍12/28第1予備艦

02.2/15航海長森義臣(兵14)少佐3/13副長築山清智(兵11)中佐4/22艦隊編制より除去5/31艦長成田勝郎(兵7)大佐10/6航海長岡野富士松(兵15)少佐(05.1/12中佐)

03.7/11副長松村龍雄(兵14)中佐10/15艦長藤井較一(兵7)大佐12/28連合艦隊第2艦隊第2戦隊に編入

04.4/16装甲巡洋艦出雲等と第2次ウラジオストック砲撃の目的で韓国海州邑を出港/22元山寄港後ウラジオストックに向かったが濃霧のため目的を達せずに反転/26-7元山寄港/28-9ウラジオストックを攻撃/30-5/2松田湾寄港後朝鮮海峡で警備に従事

04-5第2艦隊第2戦隊に所属して蔚山沖海戦に参加

05.1/7副長東郷静之介(兵13)中佐/12艦長村上格一(兵11)大佐/22青森で第2艦隊司令官嶋村速雄(兵7)少将が乗艦し三須宗太郎(兵5)中将と交代5/27-8日本海海戦に参加6/14副長水町元(兵14)中佐8/5艦長井出麟六(兵8)大佐12/20常備艦隊に編入

06.5/10第1予備艦、砲術長心得筑土次郎(兵24)大尉(9/28少佐、砲術長)8/30艦長石橋甫(兵10)大佐12/24艦長上泉徳弥(兵12)大佐

07.9/3副長吉田増次郎(兵17)中佐/28砲術長心得上田吉次(兵26)大尉11/22第1艦隊に編入12/28第2艦隊に編入

08.8/12or28艦長久保田彦七(兵11)大佐9/22第1艦隊に編入/25砲術長心得古川四郎(兵27)大尉(09.10/11少佐、砲術長)11/20第2艦隊に編入12/10水雷長心得青木董平(兵27)大尉

09.2/14艦長築山清智(兵11)大佐5/25航海長小牧自然(兵26)少佐10/1-12/1艦長栃内曽次郎(兵13)大佐12/1第2予備艦

10舞鶴工廠で大修理に着手し煙突を換装2/16日進艦長山中柴吉(兵15)大佐が艦長を兼任4/9艦長花房祐四郎(兵13)大佐6/22山中日進艦長が艦長を兼務7/25(12/1-17兼阿蘇)艦長笠間直(兵13)大佐

11.4/1(-5/23)三笠艦長土山哲三(兵12)大佐が艦長を兼任5/23艦長岩村教通(兵14)大佐9/1第1予備艦12/1水雷長岸科政雄(兵28)少佐

12工事完了4/20練習艦隊に編入7/12砲術長大湊直太郎(兵29)少佐10/3副長村上ユ吉(兵18)中佐

13.5/1第1予備艦/14副長古川弘(兵22)中佐/24(-14.8/22)艦長佐藤皐蔵(兵18)大佐8/10練習艦10/14(-14.11/19)機関長心得安住省一(機7)機関少佐(12/1機関中佐、機関長)12/1練習艦隊に編入

14.8/18第3予備艦、水雷長山田正興(兵29)少佐12/1(-15.1/15or25)艦長三村錦三郎(兵18)大佐

15.2/1航海長心得片山登(兵32)大尉(15.12/13少佐、航海長)4/12艦長竹内重利(兵20)大佐6/30第1予備艦8/5兵学校練習艦9/1練習艦隊に編入12/12or3艦長飯田久恒(兵19)大佐/13兼警備艦

16.9/1第2予備艦、砲術長心得松本忠左(兵32)大尉(16.12/1少佐、砲術長)、航海長心得立花一(兵33)大尉11/1第1予備艦12/1第1第16駆逐隊第2艦隊隷下に第2水雷戦隊を編制、艦長新納司(兵22)大佐

17.3/28警備艦8/4第2水雷戦隊に編入9/15副長島祐吉(兵29)中佐12/1第1第17駆逐隊第2艦隊隷下に第2水雷戦隊を編制

18.1/24第1特務艦隊に編入6/6第1予備艦7/1or5艦長飯田延太郎(兵24)大佐/17練習艦隊に編入9/2砲術長宇野積蔵(兵34)少佐/16(-19.7/26)兼警備艦10/18練習艦隊に編入11/9航海長毛内効(兵33)少佐12/1副長常盤盛衛(兵30)中佐

19.3/1装甲巡洋艦常磐とともに横須賀出港後第46期少尉候補生遠洋航海に使用され南アジアオーストラリア方面を巡航7/26横須賀帰投8/1副長浜野英次郎(兵30)中佐/5(-20.10/1)艦長原田正作(兵24)大佐*>副島慶親(兵28)大佐/18航海長心得竹原九一郎(兵35)大尉(12/1少佐、航海長)9/15水雷長白根貞介(兵34)少佐、副砲長大野一郎(兵38)大尉10/1(-20.5/22)兼警備艦/9常磐とともに海兵47期少尉候補生115名を分乗させ/10-29特別大演習に参加11/1練習艦隊旗艦を常磐から継承/24少尉候補生110名(病気退艦5名)を分乗させて横須賀出港後遠洋航海に使用/25-8鳥羽(伊勢神宮参拝)12/1-9佐世保寄港後佐世保近海で射撃訓練/12-5基隆/16-9馬公/20-4香港/30-

20.1/5シンガポール/12-5コロンボ/24-6アデン寄港後スエズ運河を経て2/2-7ポートサイド(カイロ視察)/11-21ナポリ(ローマ視察)/23-3/5マルセイユ(パリ、WW1戦跡視察)/5-10ツーロン/12-4ビゼルタ/15-8マルタ寄港後スエズ運河を経て/22-5ポートサイド4/10-3コロンボ/22-6バタヴィア5/2-6マニラ/13-20有明湾寄港/22横須賀帰投6/6第3予備艦

21.7/20艦長が秋元秀太郎(兵26)大佐から副島慶親(兵28)大佐に交代8/1舞鶴海兵団練習艦に充当9/1一等海防艦12/20艦長加藤弘三(兵28)大佐

22.7/1砲術長岡村政夫(兵38)大尉11/20艦長高橋宗三郎(兵28)大佐12/1佐世保鎮守府籍に転籍し第3予備艦、航海長清水柳太郎(兵36)少佐

23.8/22砲術長岡田x一(兵35)少佐9/1第1予備艦11/10(24.3/6-25兼龍田)艦長吉田茂明(兵30)大佐12/1第3予備艦

24.5/20副長浅井謙只(兵33)中佐9/1第2予備艦11/1舞鶴要港部付属第4予備艦となり兵学校練習用に充当12/1呉鎮守府籍に転籍となり舞鶴要港部付属、艦長(兼春日艦長兼横須賀海兵団教官)湯地秀生(兵30)大佐

25.4/15艦長長井実養(兵33)中佐8/1(27.10/7-11/14兼神通)艦長三矢四郎(兵31)大佐

27.12/1艦長江頭貞三(兵34)中佐

29.11/30艦長山内裳吉(兵35)中佐

30.12/1艦長楠岡準一(兵36)大佐

31.6/1海防艦12/1(-32.4/1)艦長武藤浩(兵35)大佐

33.11/15機関学校練習任務を解除

39.11/6海防艦

42.7/1特務艦(練習特務艦)吾妻となり舞鶴鎮守府第4予備特務艦として舞鶴海軍機関学校定繋練習艦として使用後舞鶴で軍事思想普及用に充当

43.9/2備砲撤去

44.1/10水雷兵器撤去

2/15除籍され廃艦第15号と仮称44夏-45初頭、西舞鶴で解体

91京都市伏見区乃木神社に京都海軍戦没者慰霊の目的で同艦の主錨を奉納.

The anchor of IJN Adzuma class armored cruiser Adzuma.

京都海軍戦没者慰霊碑として設置されている装甲巡洋艦吾妻の主錨.

2015年6月21日京都市伏見区桃山町乃木神社にて.

信号符字GQKS>JLYA>JUXA.

木宏之提督の絵葉書に見る日本海海戦時の連合艦隊主力中に同艦の素晴しい写真が収められています.

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吾妻丸

日本郵船貨物船

リヴァプール航路用に三菱重工業長崎造船所に1935発注され700番船として37.5/3起工10/23進水38.3/10竣工し新設の東航世界一周航路に就航(4週1便)

41.8/23海軍が一般徴用し横須賀鎮守府所管雑用船

42.4/10呉鎮守府所管特設運送船(雑用船乙)8/3三菱横浜造船所で改装工事に着手/26工事完了

43.1/21大阪鉄工所築港or笠戸工場で応急タンカーへの改造工事に着手2/15特設運送船(給油船甲)となり監督官(5/25指揮官)荒糺(兵33召)大佐3/11工事完了11/30.0700重油6000t航空ガソリン500ドラム、ガソリン500ドラム等を搭載し国洋丸健洋丸と船団を編成し第6号駆潜艇等に護衛されてバリクパパン出港後トラックへ航行中12/3.1947パラオの南西沖約325km(06゚34'N/131゚40'E)で左舷第5、6船倉中間部に命中したアメリカ潜水艦(SS283)ティノサの発射した魚雷が第6船倉内の航空用ガソリンに引火炎上し爆発の衝撃により右3゚に舵輪が固定したまま操舵不能となり.2030第5船倉内の重油に引火.2100頃、船首方向に浮上してきた潜水艦を砲撃.2121右舷機関室に魚雷2本が命中し右舷後部に傾斜後約2分間で沈没し大佐(戦死により少将)を含む兵員40名中17名、船員64名中50名、計67名が死亡

44.2/5除籍と同時に徴用解除.

6646T 140.00x19.00x(12.30)m Dx1/1 9125bhp 19.2knt.

姉妹船赤城丸等とともに、同社がリヴァプール航路増強の目的で第2次船舶助成施設により建造されたAクラス高速ディーゼル貨物船5隻中の最終船で、同型中唯一の遮浪甲板型.

船舶番号44403.

信号符字JWZL.

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吾妻山丸

三井物産船舶部貨物船(神戸)

第1次船舶改善助成施設第1号の指定を受けて(新造見合い船として愛宕山丸を売却解体)三井物産造船部玉工場で195番船として1932.11/18起工33.5/28進水7/31竣工しニュー・ヨーク航路に就航

41.10/15海軍が徴用し大阪鉄工所桜島工場で改造工事に着手11/20舞鶴鎮守府所管特設運送船(雑用船甲)、監督官遠山彦次(兵34)大佐12/10工事完了/16芝浦出港

42.1/20トラック出港後金龍丸等とともに軽巡洋艦天龍等に護衛されて/22カビエンに海軍特別陸戦隊を揚陸4/25-30ラバウル5/2ツラギ港外に到着し/4揚陸作業中、アメリカ空母(CV5)ヨークタウン搭載機の攻撃を受けて損傷6/1監督官山上誠一(兵38)中佐/10佐世保出港/29トラック出港7/6-11ルンガ岬に第11、13設営隊を揚陸/30横須賀入港9/7舞鶴第4特別陸戦隊を乗せて舞鶴出港/10-6横須賀寄港10/12.1850第1次ガダルカナル強行輸送に向け船舶工兵第20連隊、第1揚陸隊、軍需品等を搭載して笹子丸等とともにラバウル出港/14.2200ガダルカナル島北西部ブニナ岬の南東3kmのタサファロンガ泊地(09゚20'30"S/159゚50'40")に入港し揚陸作業中/15.0800頃より同地でアメリカ陸軍航空隊機の爆撃に遭遇.0940開始されたB17爆撃機3機による水平爆撃により.0950頃、船首、船橋、機関室に3発以上が命中炎上後弾薬類の誘爆により爆沈し船員3名が死亡

43.2/1徴用解除と同時に除籍.

7613>7621>7622(9974)T oa138.3pp137.2x18.3x(11.3)m D(三井B&W)x1/1 7254bhp 18.85knt.

船舶番号38085.

1本煙突三島型.

姉妹船天城山丸(三島型).

准姉妹船阿蘇山丸.青葉山丸(遮浪甲板型).

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あづま.

[地名]吾妻Agatsuma峡.

群馬県北西部、利根川支流の吾妻川中流、吾妻郡吾妻町松谷と同郡長野原町河原湯間の全長約4kmの渓谷.

白根山榛名山の間に位置する.

浸食作用により奇観を呈する.

中流部に源頼朝が1193狩の最中に見つけたという伝承を持つ川原湯温泉があるが、八ツ場Yanbaダムの建設により源泉と温泉街が水没することになっている(2009発足した民主党政権はダムの建設中止を表明).

関東耶馬渓Yabakeiとも称する.

1935.12/24名勝に指定.

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海上自衛隊 あづま級訓練支援艦

1950st

oa98.00x13.00x(7.20)x3.80m

D(川崎重工、MAN)x2/2 4000bhp 18knt

76/50mmAAIx1=1 短魚雷落射機x2

ライアンBQM34Aファイアービー高速(ジェット)標的機x3+3=6

KD=2R-5低速(プロペラ)標的機x10

乗員185

同型艦(1/1969)

ATS4201 あづま.

1967計画訓練支援艦.

海上自衛隊初の訓練支援艦で、洋上でのターゲット・ドローンが運用可能な最初の艦.

低速運用の目的で減揺タンクを装備し各艦への真水等の補給を考慮して設計.

後甲板はターゲット・ドローンの運用用だが、連絡用ヘリコプター発着が可能.

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訓練支援艦あづま

海上自衛隊B あづま級訓練支援艦(1/1)ATS4201

1967計画2200t型訓練支援艦4201号艦として舞鶴重工業に68.3/27発注7/13起工69.4/14進水10/21(JFS70)or11/26竣工し自衛艦隊直轄艦となり呉に配備

70.8/18豊後水道南方で高速標的機の飛行試験に成功

82夏、三菱重工業広島造船所で高速無人標的機チャカIIへの機種変更によりTCATS(Target Control and Trscking System)追尾誘導装置を改造し艦橋上に大型レドームを装備

92.3/31現在、自衛艦隊直轄艦(呉)

93.7/31広島湾内で実施された呉地方隊展示訓練に護衛艦(DD115)あさぐも等とともに参加

2000.3/17竣工し護衛艦隊に編入された訓練支援艦(ATS4203)てんりゅうと交代して99.5/28除籍.

JMSDF (ATS4201) Adzuma.

JMSDF's Photo.

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海上自衛隊 あづま代艦→てんりゅう.


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The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Adzuma.

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