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Niitaka.  新高.

台北亭様に御厚誼の感謝として

2004年夏

[地名]新高山.

中華民国(台湾)の最高峰玉山(ユイ・シャン)Yu Shanの日本名.

標高が3978(公式には3952)mあり1895日本の台湾領有により富士山の3776mを抜いて国内最高峰となったことから明治天皇が新高山と命名した.

なお、同国第2位の雪山も標高が3886mと富士山より高いことから1923台湾訪問中の摂政裕仁親王が次高Tsugitaka山と命名した.

新潟県産の天の川と高知県産の今村秋を1927菊地秋雄が東京府立園芸学校玉川果樹園で交配してできたは大きなものでは1kgにも達する大型品種で、新潟と高知の1字ずつをとって新高梨と命名されたが2010DNA鑑定の結果、高知ではなく神奈川のを交配させたものと判明した.

ニヒタカヤマノボレ1208は1941.12/8.0000に開戦との予定を報せる海軍の暗号で12/2.1730山本五十六連合艦隊司令長官名で長崎県針尾島にあった無電塔から発信された.

なお、作戦参加部隊に対する作戦発起点への集結命令である第2開戦準備命令はフジヤマノボレ1121であり、作戦中止命令はツクバヤマハレの予定であった.

また、陸軍は開戦日を都市名で報せることにしており、12月1日の場合はヒロシマ、2日フクヲカ、3日ミヤザキ、4日ヨコハマ、5日コクラ、6日ムロラン、7日ナゴヤ、8日ヤマガタ、9日クルメ、10日トウキヤウとなっていたため、ヒノデハヤマガタトスと打電している.

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新高

日本 新高級防護巡洋艦

3120s3366nt

pp102.0wl100.4x13.5x4.9(平均)m

R(直立3連成4気筒)x2/2 ニクローズ式石炭専焼缶x16 9400ihp 20.0knt 石炭633t

150/40mmIx6 76/40mmIx10 47mmIx4

甲板76mm

乗員287

同型艦(2/1905)

新高.対馬.

准姉妹艦音羽.

IJN Niitaka class cruiser Niitaka.

魚雷発射管を全廃した最初の日本巡洋艦.

1904日露戦争開戦時、海防艦橋立に次いで国産第2の大艦.

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軍艦新高

日本@ 新高級防護巡洋艦(1/2)

IJN Niitaka class cruiser. Illustrated by SUDO.

1897第2期拡張計画第1号三等巡洋艦として横須賀造船廠で1901.1/7起工

02.11/15進水時に軍艦新高と命名

03.4/21艤装員大城源三郎(兵10)中佐7/17艤装委員(/21兼艦長12/7横須賀工廠艤装委員/28兼艦長)荘司義基(兵11)中佐(05.1/12大佐)/21(-05.1/27)航海長桜井真清(兵22)大尉、機関長藤沢良之助(兵17)機関少監、軍医長立川清太郎大軍医、横須賀鎮守府経理部衣糧部科員兼主計長滝山安栗大主計12/28(-04.7/13)乗員兼横須賀工廠艤装委員森電三(兵28)中尉

04.1/4(-05.1/12)副長兼横須賀工廠艤装委員浅野正恭(兵15)少佐/12(-9/11)分隊長兼横須賀工廠艤装委員阪本則俊(兵20)大尉/27自然通風全力公試のみを実施した状態で荘司艦長の指揮下に竣工し巡洋艦浪速等からなる連合艦隊第2艦隊第4戦隊に編入

2/9仁川沖海戦に装甲巡洋艦浅間等とともに参加/11-5/20、5/26-11/10日露戦争に第2艦隊第4戦隊所属として従軍し対馬を基地に海峡警備、黄海海戦、上海警備、ロシア巡洋艦アスコルド監視に従事2/24(-12/29)分隊長柳沢祐冬(機5)大機関士12/20-

05.1/11馬公を基地にして南シナ海、マニラ湾方面を哨戒/27-3/12、4/6-9/28、10/8-15第2艦隊第4or3戦隊所属として対馬を基地として海峡警備、朝鮮半島北部への陸兵輸送に従事2/13砲術長三上良忠(兵27)大尉3/15(-06.4/1)分隊長心得和田健吉(兵29)中尉5/27-8日本海海戦で巡洋艦音羽とともにロシア巡洋艦スヴェトローナを撃沈8/20(-06.4/1)副長伏見宮博恭王(兵20相当)少佐12/12(-06.3/15)機関長斎藤恒四郎(機2)機関少監(06.1/26機関少佐)/20艦長山県文蔵(兵11)大佐

06.1/25分隊長(4/1-12/20航海長)米村末喜(兵29)大尉4/23砲術長大坪一次(兵27)大尉6/12分隊長心得米内光政(兵29)中尉(9/28大尉、分隊長)8/30艦長宮地貞辰(兵9)大佐11/22艦長秀島成忠(兵13)中佐(07.9/28大佐)

07.1/18装甲巡洋艦筑波等と第2艦隊を編制5/17(-08.4/20)砲術長米内光政(兵29)大尉12/10(-08.9/25)分隊長竹内泰民(機12)機関中尉

08.4/7(-12/23欠員)艦長中島市太郎(兵14)中佐(9/25大佐)6/3(-09.2/3)機関長村上莞爾(機3)機関少佐9/25(-09.4/1)副長中村正奇(兵20)少佐11/20航海長福与平三郎(兵28)大尉

09.5/19艦長笠間直(兵13)大佐11/1(-12/1)兼比叡主計長芹沢正人(東大法)大主計12/1艦長桜野光正(兵15)中佐、(-10.6/3)航海長浜野英次郎(兵30)大尉、(-11.4/1)分隊長本多敬太郎(機13)機関大尉

10.3/19(-5/23)分隊長和波豊一(兵32)大尉5/23(-11.4/28)砲術長高崎親輝(兵30)大尉

11.4/1(-9/13)航海長田岡勝太郎(兵30)大尉、(-10/9)分隊長高野順(機14)機関大尉10/25(-12.12/1)艦長榊原忠三郎(兵17)大佐11/7航海長富岡愛次郎(兵32)大尉

12.7/13(-11/13)分隊長角佐七(機15)機関大尉8/26二等巡洋艦11/13(-13.8/22)副長田村丕顕(兵27)少佐12/1(-13.9/26)航海長片山登(兵32)大尉

13.4/1艦長飯田久恒(兵19)大佐9/13(-14.5/27欠員)艦長秋沢芳馬(兵18)中佐(12/1大佐)/26(-14.5/27)航海長井上肇治(兵33)大尉12/1砲術長高野五十六(兵32)大尉

14.5/27(-8/16)主計長心得平井博(東京高商)中主計8/13艦長小林研蔵(兵19)中佐、乗員松野省三(兵36)中尉(12/1大尉、分隊長-15.2/1)9/4-25WW1中、第1艦隊第5戦隊所属として青島攻略戦に従事10/27第3艦隊所属として利根等とともに華南、シンガポール方面を警備/30(-15.3/20)艦長野崎小十郎(兵21)中佐(12/1大佐)

15.2/13帰投4/1艦長岩田秀雄(兵20)8/23(-16.11/1)軍医長阿部文五郎(東大医)大軍医12/13(-17.12/1)航海長大田垣富三郎(兵34)大尉、乗員久武戒三(東京高商)中主計(16.12/1大主計、主計長)12/28-17.11/13、18.6/15(馬公出港)-19.5/21第1特務艦隊(18.5/23編入)所属としてシンガポールを基地としてインド洋警備後同艦隊分遣隊所属として喜望峰を警備

16.12/1艦長安村介一(兵23)大佐、副長今橋重良(兵28)少佐、(-17.12/1)砲術長宇野積蔵(兵34)大尉

17.2/7艦長犬塚太郎(兵25)大佐12/1艦長黒瀬清一(兵26)大佐、(-18.1/25)分隊長水崎正次郎(兵38)大尉、主計長心得紺野逸弥(経1)中主計

18.5/13艦長名古屋為毅(兵26)大佐9/25主計長山本丑之助(経1)大主計

19.8/1(-12/1)主計長心得是川重之助(経2)中主計(9/23主計中尉)11/20艦長有田秀通(兵27)中佐

20.7/7-9/3ペトロハヴロフスクで警備任務に従事12/1艦長今村信治郎(兵30)大佐、(-21.12/1)航海長福留繁(兵40)大尉、(-21.1/20)分隊長柴田善治郎(兵38)大尉/9(-21.12/1)分隊長門前鼎(兵42)大尉

21.1/10(-4/1)分隊長水崎正次郎(兵38)大尉4/1(-11/20)分隊長柴田善治郎(兵38)大尉/20(-22.1/20)分隊長上田儀右衛門(機20)機関大尉5/3-9/5南シナ海、オランダ領インドネシア方面を警備9/1二等海防艦/17艦長古賀琢一(兵29)大佐

22.5カムチャツカ半島方面に派遣され警備任務に従事中8/25オゼルナヤOzernaya沖で停泊中に暴風に遭遇/26.0600頃、海岸に擱座、転覆し乗員300余名中/28現場に急行した駆逐艦が岡田二等水兵と機関兵15名を救助したが古賀艦長、機関長飯村重道(機15)機関中佐、浅羽源司(兵45)中尉、大田秋蔵(兵46)中尉、袴田烈(兵48)少尉、真崎利吉(兵48)少尉等残る284名は死亡

23.4/1除籍後解体処分と遺体収容の目的で工作艦関東を派遣.

IJN Niitaka class cruiser Niitaka.

「歴史写真」1922年11月号(歴史写真会発行)所収.

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ラッセル/ポート・グラスゴー造船所で1904.10竣工したオーストリア船舶連盟(トリエステ、コスリッチ・ライン)客船アーニー

12.7/12大阪商船が購入し新高丸と改名の上、台湾航路に就航

16.4/1南洋甲線、ジャワ航路、朝鮮航路に就航

31.8/10温州丸福州丸桃園丸とともに北日本汽船に売却され敦賀=清津航路に就航

33小樽=恵須取(樺太)航路に就航

43.7/12.0340小樽から敦賀へ石炭を輸送中、北海道渡島半島茂津多岬西方約50km(42゚56'N/139゚57'E)で右舷方向からアメリカ潜水艦(SS179)プランジャーの発射した魚雷2本を第1、2船倉中間部と第3船倉前部に受けて沈没し9名が死亡.

2478>2504>2658(3695)T pp189.61x12.27x(8.46)x6.8m R(3連成)x1/1 1300ihp 10knt 一等18二等28三等271.

船舶番号15189.

信号符字LWMK.

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新高丸

台湾総督府、ドラグサクション式ドレッジャー(浚渫船)

浦賀船渠で480番船として1943.2進水.6日本最大のドラグサクション式浚渫船として竣工

44.10/12アメリカ第38任務部隊搭載機による台湾空襲により(22゚37'N/120゚15'E)で沈没.

3244T pp98.0x16.0m R(3連成)/1 19knt.

参考

国立科学博物館

(住友重機械工業株式会社横須賀造船所所蔵浚渫船新高丸模型).


Since 12 Mar. 2002.

Last up-dated, 12 May 2016.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Niitaka.

Ver.1.16a.

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