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Tsushima(Tushima).

対馬(對馬).つしま.

軍艦対馬@ 対馬丸(山陽鉄道) 対馬丸(日本郵船) 対馬丸(鉄道省) 海防艦対馬A 

掃海艇>特務船つしまB つしま級航路標識測定船 航路標識測定船つしま(1) 掃海艦つしまC 

[地名]対馬.

長崎県対馬振興局対馬市(2004.3/1厳原、美津島、豊玉、峰、上県、上対馬町の合併により成立)、日本海南口の壱岐島と朝鮮半島の間の玄界灘に位置する島.

浅茅湾を隔てて上島と下島に分かれ、地峡部で繋がっていたが1672大船越の堀切の完成により完全に分割された.

1968.7/22全域が壱岐対馬国定公園に指定された.

日本神話の国産み神話でイザナギ、イザナミ両神が産み出した8つの島の1つ、津島とされる.

地名は、対の島からとも、古名の津島から津(港)の島に由来するともいう.

人口31万41人(2016).

対馬海峡は九州と朝鮮半島の間にある東シナ海と日本海を結ぶ国際海峡で、対馬を境に西側を朝鮮海峡、東側を対馬海峡と呼ぶ場合もあるが、海上保安庁の海図では対馬海峡西水道と東水道である.

国際的にはKorea Straitと呼ばれることが多く、東水道をTsushima Straitとして分別する場合もある.

韓国では大韓海峡であり、分別する必要がある場合、西側を釜山海峡、東側を対馬海峡と呼ぶ.

日露戦争中の1905.5/27-8ロジェストウェンスキー中将の率いるロシア第2太平洋艦隊(旗艦クニャージ・スォーロフ)を東郷平八郎大将の率いる連合艦隊(旗艦三笠)が対馬海峡東水道で迎撃した海戦は、日本では日本海海戦と呼ばれるが、欧米では対馬沖海戦Battle of Tsushimaと呼称される.

対馬海流は日本海流の分流で、対馬海峡を通って日本海に入り、一部は宗谷暖流として宗谷海峡を経てオホーツク海に至るが、多くは津軽海峡から太平洋に流出する.

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軍艦対馬

日本@ 新高級防護巡洋艦(2/2)

IJN Niitaka class cruiser. Illustrated by SUDO.

1897第2期海軍拡張計画第2号三等巡洋艦

呉工廠で1901.10/1起工

02.12/15進水時に軍艦対馬と命名

03.7/24呉鎮守府艤装委員(10/16航海長12/7兼呉工廠艤装委員)金丸清緝(兵20)大尉(04.1/12少佐/26航海長-2/13)8/6呉鎮守府艤装委員(10/16艦長12/7呉工廠艤装委員)仙頭武央(兵10)中佐(05.1/12大佐)/28呉工廠艤装委員(05.1/11-/13分隊長心得)鳥崎保三(兵27)中尉

04.1/11主計長中村綱吉大主計/12副長兼呉工廠艤装員(-05.1/12)山中柴吉(兵15)少佐、分隊長相羽恒三(兵20)大尉2/15日露戦争開戦直後に仙頭艦長の指揮下に竣工し舞鶴鎮守府籍となり第2艦隊に編入

5/16機関長(12/28横須賀工廠艤装委員)平塚保(兵19)機関少監(05.1/12機関中監-8/1)8/10黄海海戦に参加/20樺太コルサコフ港に逃走したロシア巡洋艦ノーヴィク(>鈴谷)を巡洋艦千歳とともに撃破(このことを記念して付近を千歳湾、対馬埼と命名)12/8分隊長心得矢野馬吉(兵28)中尉(05.1/12大尉、分隊長-8/31)

05.1/12第3戦隊に編入された姉妹艦新高と交代して第2艦隊第4戦隊に編入5/27-8日本海海戦に参加6/14第4戦隊第1艦隊に編入、副長荒西鏡次郎(兵15)少佐(8/5中佐)、分隊長(-06.1/25)安村介一(兵23)大尉8/31艦長西山実親(兵8)大佐12/12副長(-06.4/1欠員)白石直介(兵17)少佐

06.1/25砲術長(4/1兼分隊長)高橋寿太郎(兵28)大尉4/1分隊長藤井雅(兵27)大尉>(航海長>)兼分隊長替地初太郎(兵26)大尉、分隊長心得永野永三(兵29)中尉転任、高橋辰三郎(機11)機関中尉転任5/25(分隊長心得>)兼航海長心得辻友輔(兵29)中尉(9/28大尉、分隊長)>航海長加藤勁次郎(兵28)大尉9/28副長堀江長吉(兵16)少佐、分隊長野口寛(兵29)大尉、乗員美濃口市三郎(兵30)中尉、平山栄(兵31)中尉10/3砲術長石渡武章(兵28)大尉

07.6/13分隊長心得松山茂(兵30)中尉8/5艦長三上兵吉(兵11)大佐9/3砲術長(11/22兼分隊長)谷口美貞(兵29)大尉/28分隊長後藤進一(兵30)大尉、中田藤三郎(機11)機関大尉、斎藤寅二(機11)機関大尉

08.4/20航海長松山嶝(兵28)大尉、砲術長(12/10兼分隊長)井戸玖吾(兵29)大尉、分隊長(-09.12/17)佐久間勉(兵29)大尉、野原三郎(兵30)大尉、林清二(兵30)大尉11/20艦長森義臣(兵14)大佐12/10副長水科三十郎(兵17)少佐転任、機関長中井銀次郎(機2)機関少佐>福中鉄三郎(機3)機関少佐、(分隊長>)航海長加藤長太郎(兵31)大尉、分隊長落合直成(機11)機関大尉転任、図師崎尚文(機12)機関大尉転任、乗員大中熊雄(兵32)中尉転任

09.2/20艦長(-5/25欠員)水町元(兵14)中佐/25砲術長丹生猛彦(兵30)大尉7/10艦長高木七太郎(兵15)中佐(10/11大佐-12/1欠員)8/30兼舞鶴港務部主計長生島稠主計少監>棚町五十吉(三高法)大主計(10.3/19主計少監)10/25砲術長橋本才輔(兵30)大尉12/1副長(-10.2/16欠員)足立六蔵(兵21)少佐

10.2/16兼千早艦長片岡栄太郎(兵15)中佐3/19兼千早艦長山岡豊一(兵17)中佐4/9艦長舟越揖四郎(兵16)大佐5/23砲術長北島周作(兵30)大尉、航海長青木国太郎(兵31)大尉>波川正三郎(兵30)大尉6/16主計長永宮二男造(京大法)大主計9/26機関長国島誠(機6)機関少佐>河野円二(機5)機関少佐12/1艦長町田駒次郎(兵15)大佐、副長花房太郎(兵24)少佐、航海長寺島健(兵31)大尉、分隊長高橋雄三郎(兵32)大尉、(-11.5/22)出光万兵衛(兵33)大尉、倉持正次郎(機13)機関大尉、軍医長笹野正人(東大医)大軍医

11.5/22航海長加藤長太郎(兵31)大尉/23分隊長(12.4/20兼砲術長)津田静枝(兵31)大尉11/27艦長桜野光正(兵15)中佐12/1副長宮本松太郎(兵25)少佐、主計長本多秀也大主計/27(12.4/20兼千歳)艦長山口鋭(兵17)大佐、軍医長(-13.12/1)伏島忠雄(千葉医専)大軍医

12.4/20分隊長村上季彦(機12)機関大尉転任5/22艦長(-6/29欠員)下平英太郎(兵17)大佐7/31乗員篠田賢則(兵34)中尉(12/1大尉、分隊長)、石原戒造(兵35)中尉8/28二等巡洋艦9/27艦長平賀徳太郎(兵18)大佐、兼日進機関長大槻寿人(機7)機関少佐>後藤兼三(機10)機関少佐11/13乗員(-13.12/1)甘利恒雄(兵36)中尉12/1機関長木田盛徳(機9)機関少佐

13.5/24艦長三輪修三(兵17)大佐8/10砲術長高原半(兵32)大尉、分隊長(-14.7/21)洪泰夫(兵33)大尉12/1主計長(-14.5/27)熊生栄(東京高商)大主計

14.1/24艦長笠島新太郎(兵16)中佐(14.12/1大佐)3/23乗員久保田久晴(兵36)中尉5/27乗員上田儀右衛門(機20)機関少尉(12/1機関中尉)、軍医長(-15.12/4)氏家孝次郎(仙台医専)大軍医12/4分隊長水町又三郎(兵32)大尉転任、太田増右衛門(兵34)大尉転任

15.3/17乗員(-12/4)中島喜代宣(兵36)中尉12/4艦長別府友次郎(兵22)中佐>松下東治郎(兵23)中佐(/13大佐)、副長飯田包亮(兵28)少佐>岸科政雄(兵28)少佐、航海長朝枝三蔵(兵32)大尉>佐藤市郎(兵36)大尉、砲術長赤座剛(兵32)大尉>浜田宰(兵32)大尉、分隊長水町又三郎(兵32)大尉、太田増右衛門(兵34)大尉>石井三郎(兵34)大尉、(-17.1/20)伊沢春馬(兵35)大尉

16.6/3機関長岩崎森三(機11)機関少佐死去9/1航海長吉川晃(兵34)大尉12/1艦長小松直幹(兵25)大佐、副長野崎直吉(兵29)少佐、乗員(17.12/1-18.12/1分隊長心得)宇垣完爾(兵39)中尉

17.3/5巡洋艦矢矧とともにシンガポール入港12/1艦長漢那憲和(兵27)中佐、副長安部隆吉(兵30)少佐、砲術長杉山俊亮(兵35)大尉、航海長鬼俊民(兵36)大尉、分隊長相馬清次郎(兵33)大尉>野口隼士(兵37)大尉、阿部政夫(兵36)大尉転任

18.12/1艦長井上伊之吉(兵27)大佐、副長高田交治郎(兵30)少佐、航海長国生行孝(兵37)大尉、分隊長本橋政光(兵35)大尉、(-19.7/29)草川淳(兵38)大尉、高橋政一(兵39)大尉、分隊長心得園田昇(兵41)中尉

19.1/9軍医長針谷赫次大軍医転任7/20分隊長(-21.6/1)長野健輔(機21)機関大尉8/1乗員(-12/1)長谷川喜一(兵42)中尉11/20艦長丸橋清一郎(兵27)中佐(12/1大佐)12/1第7第31駆逐隊第3艦隊隷下に第3水雷戦隊を編制旗艦、副長堤勲平(兵31)少佐、航海長戸塚道太郎(兵38)大尉

20.1/30航海長(-12/1)下村勝美(兵39)大尉、分隊長大高熊雄(機17)機関大尉11/12艦長心得野村仁作(兵28)中佐(12/1大佐、艦長)/20副長美濃口市三郎(兵30)少佐、機関長西郷従親(機12)機関少佐>鳥居秀夫(機12)機関少佐12/1分隊長(-21.2/24)草川淳(兵38)大尉

21.4/1主計長心得(-11/20)鳥居新一(経5)主計中尉9/1二等海防艦となり佐世保鎮守府籍(35まで華南、華北で警備任務に従事)/2兼吾妻艦長副島慶一(兵28)大佐11/1艦長岸科政雄(兵28)大佐12/1砲術長前沢弼治(兵37)大尉>千知波長次(兵37)大尉、航海長亀井主計(兵37)大尉>(-24.12/1)石川茂(兵40)大尉、分隊長牛尾藤雅(兵42)大尉、(-22.3/1)兼筑摩軍医長神立金作(慈恵医専)軍医大尉

22.4/1第1遣外艦隊に編入5/15分隊長(-11/10)東郷二郎(兵41)大尉7/12乗員鴨遊波夫(兵48)少尉(23.12/1中尉-24.7/4)11/10艦長池田他人(兵30)大佐、乗員武井英(熊本医専)軍医少尉(12/1軍医中尉-23.11/10)12/1砲艦安宅嵯峨鳥羽伏見隅田第1遣外艦隊を編制し司令官小林研蔵(兵19)少将の旗艦、分隊長中原三郎(兵40)大尉転任

23.10/20艦長心得藤吉ラ(兵31)中佐(12/1大佐、艦長)11/10分隊長(-24.4/18)赤松嘉一郎(機25)機関大尉12/1安宅宇治伏見隅田勢多堅田比良保津鳥羽第1遣外艦隊を編制

24.4/1第1遣外艦隊に編入された巡洋艦利根と交代/10分隊長酒井武雄(兵39)少佐転任5/1機関長岩下礫(機16)機関少佐>加治木種一(機18)機関少佐/7艦長心得津留雄三(兵30)中佐()7/18砲術長中野勝次(兵40)大尉8/14兼敷島(/25兼襟裳-9/10)軍医長山之内秀三(長崎医専)軍医大尉9/15(-11/18)第1遣外艦隊に編入12/1艦長梅田三良(兵31)大佐、副長男爵渡辺汀(兵33)中佐>太田増右衛門(兵34)中佐

25.1/31第1遣外艦隊に編入され司令官永野修身(兵28)少将の旗艦となり長江で警備に従事3/17主計長(-12/1)吉川漁夫(経3)主計大尉/18分隊長(-12/1)藤原喜代間(兵45)大尉12/1艦長柳沢恭亮(兵32)大佐、砲術長岩淵三次(兵43)大尉、分隊長藤村白鷹(兵43)大尉転任

26.5/20航海長(-27.1/15)山高松次郎(兵44)大尉7/1艦長黒羽根秀雄(兵32)大佐12/1艦長河村重幹(兵33)大佐、副長小沢覚輔(兵34)中佐>野口幸一(兵35)中佐、砲術長吉見信一(兵43)大尉

27.3/1兼長良艦長柳沢恭亮(兵32)大佐4/20艦長蔵田直(兵33)大佐/26航海長古賀善吾(兵41)少佐、砲術長龍岡長久(兵43)大尉、分隊長広岡忠男(兵48)大尉、軍医長中野初次軍医大尉5/1第1遣外艦隊に編入/16平戸等と第2遣外艦隊を編制11/15艦長間崎霞(兵33)大佐

28.2/10.1200山東省石臼所の南東8nmで瑞鳳丸が不審船より銃撃を受けたとの報告により急行3/15艦長伴次郎(兵33)大佐8/25旅順出港後華北で警備任務に従事9/7軽巡洋艦球磨と交代11/1分隊長(-29.11/1)高崎正光(兵46)大尉12/10艦長佐藤脩(兵35)大佐、副長藤永三郎(兵36)中佐>野田謙三(兵36)中佐、砲術長(-30.12/1)友貞操一(兵42)少佐、分隊長土手義勝(兵50)大尉

29.4/1主計長(-11/30)堤恭二(経6)主計大尉11/30副長(-30.11/10)沢田実(兵38)中佐12/1艦長湯野川忠一(兵34)大佐

30.4/10航海長大石保(兵48)大尉12/1艦長本田忠雄(兵37)大佐、副長原田亀(兵38)中佐、航海長宮崎保人(兵46)大尉、分隊長木下康夫(兵50)大尉転任

31.6/1海防艦9/26第1遣外艦隊に編入11/14砲術長江島久雄(兵47)大尉>池田広光(兵46)大尉12/1巡洋艦平戸等と第1遣外艦隊を編制

32.3/10分隊長小山猛男(兵46)大尉>佐藤豊三郎(兵51)大尉11/15艦長松浦永次郎(兵38)大佐12/1安宅宇治隅田伏見鳥羽勢多堅田比良保津熱海二見第24駆逐隊浦風第1遣外艦隊を編制、副長戸上虎次(兵39)中佐、機関長河村脩(機24)機関少佐>赤松嘉一郎(機25)機関少佐、砲術長馬場金治(兵49)大尉、航海長能登清久(兵51)大尉>植村正夫(兵50)大尉、分隊長越智長太郎(兵49)大尉>椋田実(兵50)大尉

33.11/1機関長島名正雄(機27)機関少佐/15安宅宇治隅田伏見鳥羽勢多堅田比良保津熱海二見第24駆逐隊浦風とともに第3艦隊隷下に第11戦隊を編制、艦長中村一夫(兵37)大佐、副長高橋政一(兵39)中佐、分隊長浅海六郎(兵55)中尉転任

34.2/20砲術長(-35.9/26)深見盛雄(兵50)大尉11/1艦長畠山耕一郎(兵39)大佐/15分隊長角町与平(兵56)中尉転任

35.8/10兼八雲主計長(-11/15)鴇田権蔵(経7)主計少佐10/31副長古木百蔵(兵41)中佐転任(欠員)11/15艦長(-37.7/1欠員)上野正雄(兵40)中佐/21分隊長本多憲太郎(機33)機関大尉転任

36.6/15(機関長>)兼峯風機関長竹内雄二(機30)機関少佐12/1砲術長河野毅(兵49)大尉転任

39.4/1除籍後横須賀海兵団練習艦

40.4/1廃艦第10号と改名44三浦半島大津海岸で訓練標的として使用中、漏水により沈没(#482)

45横須賀でアメリカ機の爆撃を受けて沈没しWW2後解体.

IJN Niitaka class cruiser Tsushima.

呉工廠で建造された最初の大型軍艦.

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対馬丸

山陽鉄道連絡船

三菱重工業長崎造船所で1905.8進水10/26竣工11/1関釜航路に就役

06.12/1国鉄に売却

23.5/1稚内=大泊(コルサコフ)間(稚泊航路)開設により神戸製鋼所播磨造船工場で船首を砕氷構造に改造

25.12/7稚内、中野寒岬沖で猛吹雪により座礁後乗員乗客全員と積荷の一部を救出後船体を両断されて放棄

27代船亜庭丸を建造.

1679T.

船舶番号9048.

同型船壱岐丸.

日本初の航洋国際フェリー.

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対馬丸

日本郵船貨物船

ラッセル/グラスゴー造船所で666番船として1914.9/8進水12/22竣工しヨーロッパ航路に修好

16.6/21横浜出港後パナマ運河再開第1船としてニュー・ヨーク入港

38Tushima Maruに表記を変更

41.9/21陸軍が徴用

42.5/5徴用解除6/12船舶運営会が徴用

43.6/5アメリカ潜水艦(SS197)シーウルフの発射した魚雷1本が命中(不発)

44.8/21.1835那覇出港後和浦丸等とチモ103船団を編成し砲艦宇治等に護衛されて長崎へ航行中/22.1000頃、(29゚30'N/129゚30E)でアメリカ潜水艦(SS287)バウフィンの発射した魚雷を受けて沈没、本土に疎開する児童、教師、付添人等1661名中、児童738名を含む1484名と船員24兵員21名が死亡

97.12/12トカラ列島悪石Akuseki島北西約10kmの海底で、海洋科学技術センターの無人深海調査機ドルフィン3Kが船首部を発見

98.12船体腐食等の理由により浮揚を断念.

6754T pp135.64x17.68x(10.36)m R(3連成)/2.

船舶番号17757.

姉妹船高田丸とともにラッセル/グラスゴー造船所で建造.

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対馬丸

鉄道省連絡貨物船

播磨造船相生工場で306番船として1941.2進水.4竣工

45.8/10蝕雷沈没.

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海防艦対馬

日本A 択捉級海防艦(7/14+16)

IJN Etorofu class coast deffence ship. Illustrated by Sabani.

1941戦時建造(○急)計画海防艦316号艦

42-3臨時軍事費により日本鋼管鶴見造船所で42.6/20起工11/1海防艦対馬と命名され呉鎮守府籍と仮定

43.3/20進水6/19艤装員事務所を設置7/1艤装員折笠明予備中尉/28鈴木登(予備)少佐の指揮下に竣工

10/12.1600南海丸等7隻からなるヒ13船団を護送して門司出港

11/3.1210シンガポール出港後旭栄丸等5隻からなるヒ14船団を護送中/8旭栄丸が被雷沈没/16.1030-

12/11.1400門司寄港後瑞鳳丸等5隻からなるヒ25船団を護送/21.1320-26.1000シンガポール寄港後タンカー厳島丸等6隻からなるヒ26船団を護送

45.1/21.0300楡林出港後明島丸帝北丸からなるユタ15船団を海防艦鵜来第27号海防艦とともに護送して楡林出港10/5除籍12/1特別輸送艦

47.7/30or31上海で中華民国に賠償艦接11として譲渡され臨安(リン・アン)級護衛艦(1/2、77)臨安と改名57or63除籍.

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掃海艇>特務船つしま

スティーヴン・ブロス/ストックトン造船所で55.1/14起工2/7(MSC255)12/18進水56.7/1竣工と同時に日本に供与されたアメリカ、ブルーバード級沿岸掃海艇(5/16)MSC255

/28海上警備隊、やしま級掃海艇(3/4)つしまBと改名し横須賀地方隊に編入

57.3/1第1掃海隊群第11掃海隊に編入されたやくしまの代艇として第1掃海隊群第21掃海隊に編入9/1(MSC653)

69.3/15第1掃海隊群を自衛艦隊に編入

73.3/31特務船(YAS60)

78.3/20除籍返還.

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海上保安庁 つしま級航路標識測定船

1718T 1834n2055ft

oa75.0x12.5x(6.4)x4.1(常備)m

Dx1/1 4000bhp 17.6(航海16.5)knt

乗員44+(便乗者)10=54

同型船(1/1977)

LL01 つしま.

1975計画電波標識等測定船として電波標識の誤差、補正値、有効範囲の測定、光波標識の光到達距離測定、視認状況調査等の目的で建造(同目的で建造された世界で唯一の専用船)77.8/1航路標識測定船.

2檣1本煙突長船首楼型.

測量船(HL01)昭洋をタイプ・シップに建造.

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航路標識測定船つしま

海上保安庁(1) つしま級航路標識測定船(1/1)LL01

1975計画電波標識等測定船として三井造船玉野事業所で76.6/10起工

77.4/7進水8/1航路標識測定船9/9竣工し8/1解役された灯台補給船若草と交代して本庁灯台部に配属/16玉野出港後東京回航

82.1/21東京出港後南シナ海、インド洋方面での測定航海(オメガ、ロランA、デッカ)に初めて従事し2/4-9シンガポール/25-3/2ジャカルタ寄港/16東京帰投

90大韓民国を親善訪問

91.5/26羽田沖観艦式に参列

2003.4/1灯台部が警備救難部の航行安全業務部門と統合し交通部と改称

12.3/31解役.

2005年8月14日東京にて.

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掃海艦つしま

海上自衛隊C やえやま級掃海艦(2/3)MSO302

中期防衛力整備計画による1989計画1000t型掃海艦302号艦

日本鋼管鶴見製作所で90.7/20起工

91.9/20進水

92.10/16公試開始

93.3/23竣工し第2掃海隊群所属の姉妹艦(MSO301)やえやま第2掃海隊群隷下に第51掃海隊を新編し横須賀に配備

2000.3/13新編された掃海隊群第51掃海隊を編入

10.8/20-3ヘリコプター護衛艦(DDH181)ひゅうが等とともに伊勢湾マリンフェスタ'10参加の目的で四日市寄港

11.9/8掃海母艦(MST463)うらがとともに横須賀出港後ダ・ナンアンダマン諸島ポート・ブレアに寄港10/14ミナサルマン(バーレーン)寄港/15-30ペルシャ湾でアメリカ、イギリス共催の多国間掃海訓練に参加12/1帰国

16.7/1除籍.

JMSDF (MSC302) Tsushima at Yokkaichi, 20 Aug, 2010.


Since 12 Mar. 2002.

Last up-dated, 16 Nov. 2019.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Tsushima.

Ver.1.19a.

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