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_________ Hiei.  比叡.ひえい.__________

山本留吉様に新店舗開設のお祝いとして.

2010年10月24日.

比叡級鉄甲帯コルヴェット 比叡艦>軍艦比叡@ 軍艦比叡A 護衛艦ひえいB 

2009年2月7日滋賀県草津市立水生植物公園みずの森から撮影した琵琶湖越しの叡山夕照.

#1. #2.

IJN Kongou class battlecruiser Hiei.

#3. #4.

Illustrated by Tensho-Kantai.

Illustrated by Kiyochan.

JMSDF Haruna class helicopter escort (DDH142) Hiei in JMSDF fleet review 22 Oct. 2006.

撮影寺西英之氏.

[地名]

比叡山.

叡山夕照.

2007年3月4日滋賀県草津市立水生植物公園みずの森から撮影.

日々の記憶:伊吹山から見た琵琶湖の夕照(手前は沖ノ島、奥は比叡山)、2015年10月12日.

京都府京都市、滋賀県大津市境に位置する大比叡Daihiei、四明岳Shimei ga take、釈迦ヶ岳、水井山、三石岳の5峰からなる峰々の総称.

最高峰は大比叡の848mで、いずれも比良山地の南方に連なる比叡山地中部の山.

比叡山延暦寺.

山岳信仰の対象とされ788最澄Saichou、767-822が比叡山寺を創建804-5入唐して天台教学を収め、同地に大乗戒壇の設立を願ったが822死没直後に認められ、創建時の年号延暦7年から延暦寺と名付けられた.

東麓に日吉大社がある.

比叡山平安京の鬼門(東北)に位置することから王城を守る寺とされたが1625江戸城の鬼門を守る目的で天海が寺を建立した際、このことは意識されたようで、山号には東の比叡山を意味する東叡山、寺号に同じく年号を取って寛永寺と名付けられた.

1950琵琶湖国定公園に指定.

愛宕山から見た高雄山(中央)と比叡山(奥).

Mt. Takao, photo by Mr. Triple 20 Feb. 2010.

Special Thanks !

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日本 比叡級鉄甲帯コルヴェット

2248n(3718)t

oa77.6pp67.1x12.5(*12.4)x5.3m

R(横置環動式2連成2筒)x1/1(嵌脱遊転式) 2460(2535?)ihp(*) 12.2(13?)knt(*)

克(クルップ)式170mmx0+(1+1)+1=3 克式150mmx(3+3)=6 Gx8 TTx2

装甲帯114mm(舷側部)

同型艦(2/1878)

比叡.金剛.

IJN Hiei class corvette Kongou.

鉄骨木皮製3牆バーク.

(*)#500によると比叡2270ihp、13knt、金剛2035ihp、13.7knt.

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比叡艦>軍艦比叡

日本@ 比叡級鉄甲帯コルヴェット(1/2)

1875計画鉄骨木皮コルヴェット

6/15比叡艦と命名されミルフォード・ヘーヴン造船所に.9発注/24起工

77.6/11進水78.2/25竣工

5/14副長(80.3/15乗員81.7/19副長)鮫島員規大尉(82.6/6少佐-84.2/8?)/22横浜入港後常備艦隊に編入6/15扶桑金剛比叡3艦艤装掛取扱委員(-79.2/21)坪井航三少佐7/10扶桑等とともに横浜で天覧

79.8/19艦長(-81.7/7)伊東祐亨中佐

80.4/8品川出港後香港、プロサパタ、シンガポールセイロンボンベイを経て9/17兵庫/29品川帰投

81.12/27艦長伊東祐亨中佐(82.6/6大佐)

82.7/7艦長有地品之允大佐8/8壬午事変により姉妹艦金剛等とともに横須賀出港後朝鮮水域で警備に従事9/18馬関帰着12/23艦長笠間広盾中佐(83.11/25死去)

83巡洋艦12/15艦長伊東祐亨大佐

84.2/8艦長山崎景則中佐(85.6/20大佐)/21副長(-85.6/23)野村貞少佐12/4甲申事変により/15長崎出港後金剛等とともに朝鮮水域で警備に従事

85.1/24長崎帰着8/25副長尾形惟善少佐10/5(-86.4/12)分隊長内田正敏(兵3)大尉11/19副長平尾福三郎(兵2)少佐12/15分隊長(-86.12/6)小倉鋲一郎(兵5)中尉(86.6/17大尉)

86.2/6副長心得木村平蔵大尉4/12分隊長(-7/14)武富邦鼎中尉(6/17大尉)5/28艦長松村正命少佐7/14艦長隈嵜守約大佐12/6分隊長(88.4/26砲術長-11/15)大井上久麿(兵5)大尉

87航海練習艦4/9分隊長心得(6/27-89.4/12兼水雷長心得-89.5/15)加藤定吉(兵10)少尉6/11艦長(-9/7欠員)伊地知弘一大佐10/8艦長吉島辰寧大佐/27副長三善克己(兵2)少佐、航海長児玉包孝大尉>前田浄一大尉12/24分隊長天笠喜三(兵8)大尉

88.9/21軍艦比叡

89.4/17艦長三浦功大佐7/1艦長東郷平八郎大佐/2艦長松村正命大佐8/1金剛とともに海兵15期80名の練習航海の目的で品川出港後ホノルル、ヒロ、パンゴパンゴ、アピア、スバ、グアムを経て

90.2/22品川帰投/28艦長田中綱常大佐5/13副長内田正敏(兵3)少佐、分隊長坂本一(兵7)大尉7/24軍医長太田弥太郎(東大医)大軍医8/1砲術長大城源三郎(兵10)大尉10/11海兵17期88名の練習航海と89.9/18遭難したトルコ軍艦エルトゥールル生存者69名送還の目的で金剛とともに田中(先任)艦長、航海長小椋元吉大尉の指揮下に神戸出港/16品川出港後長崎香港シンガポールコロンボアデンスエズを経て12/18ポートサイド入港後ペシカ湾で生存者を引き渡しスミルナを経て

91.1/2-2/10イスタンブール寄港後ピレウスアレクサンドリアを経て5/10品川帰投6/11副長植村永孚(兵2)少佐/17艦長(92.6/29-7/12解任残務取扱)森又七郎(兵1)大佐7/23航海長梶川良吉(兵7)大尉、砲術長(92.6/29-7/12解任残務取扱)山下源太郎(兵10)大尉、水雷長(92.6/29-7/12解任残務取扱)釜屋忠道(兵11)大尉、分隊長坂本俊篤(兵6)大尉8/16軍医長本多忠夫(東大医)大軍医9/30海兵18期61名の練習航海の目的で品川出港後グアム、ブリスベーン、ニュー・ブリテン、モルト、シドニーメルボルン、ウィルヘルム、マニラ、ホロ、香港寄港/20分隊長心得江頭安太郎(兵12)少尉(12/14大尉、分隊長)

92.3/13諸野亨(兵18)少尉候補生死去4/10品川帰投6/3副長(-/29)伊東義五郎(兵5)少佐/29(>機関長)解任残務取扱浅田整次郎大機関士、(分隊長>)解任残務取扱松井銓太郎(兵8)大尉、水雷主機加藤恒成大機関士転任

94.6/6航海長(95.8/20兼分隊長)伊藤乙次郎(兵13)大尉、艤装委員(/8水雷主機)秀島熊六(機旧4)大機関士/8艦長心得桜井規矩之左右(兵3)少佐(12/7大佐、艦長)、砲術長(-96.4/6)大城源三郎(兵10)大尉、水雷長(-10/23)外波内蔵吉(兵11)大尉/23副長(-12/5)坂本俊篤(兵6)少佐9/17黄海海戦で海防艦松島等とともに清国艦隊と交戦/21軍医長(-95.3/13)戸祭文造大軍医/25砲艦赤城とともに仮根拠地出港10/2呉で松島等とともに天皇が観閲12/5副長徳久武宣少佐

95.7/1軍医長(-96.9/11)石原純固大軍医8/20副長(-10/14欠員)大井上久麿(兵5)少佐9/21分隊長(-10/14)山田猶之助(兵13)大尉/28艦長(-96.4/13欠員)外記康昌(兵3)大佐10/14(水雷長>)兼分隊長緒方於菟男(兵13)大尉、分隊長吉川孝治(兵15)大尉転任、(機関長>)兼水雷主機三宅甲造大機関士、航海士菅野勇七(兵17)少尉>堀輝房(兵16)少尉(12/27大尉、分隊長-96.4/20)11/16航海長(-96.4/1)松村龍雄(兵14)大尉

96.4/6砲術長河野左金太(兵13)大尉、航海長鈴木貫太郎(兵14)大尉10/28砲術長西山保吉(兵10)大尉、航海長井内金太郎(兵13)大尉、分隊長(97.11/1砲術長-98.2/25)田中盛秀(兵13)大尉11/17艦長植村永孚(兵2)大佐12/26分隊長(97.10/26航海長)岡田啓介(兵15)大尉

97.4/5副長太田盛実少佐/13海兵24期18名の練習航海の目的で横須賀出港後エスカイモルトシアトルサン・フランシスコホノルルを経て9/20横須賀帰投(以後、海兵卒業後の練習航海に変更)10/8副長黒水公三郎(兵8)少佐(12/1中佐)12/1艦長石井猪太郎(兵4)大佐、航海長石川寿次郎(兵15)大尉、分隊長大久保朝徳(兵15)大尉転任

98.1/22副長松村直臣(兵9)中佐2/22(分隊長>)砲術長田代巳代次(兵18)大尉、分隊長(4/15-12/3兼砲術長-99.9/6)吉田孟子(兵18)大尉3/21三等海防艦5/23艦長中山長明(兵5)大佐10/1分隊長(11/2航海長/17分隊長-99.9/29)阪本則俊(兵20)大尉12/3砲術長浅野正恭(兵15)大尉、水雷長森越太郎(兵15)大尉/14海兵26期59名の練習航海の目的で横須賀出港後エスカイモルトシアトル、タコマ、メーア・アイランド、サン・フランシスコサン・ディエゴ、ハワイを経て帰投

99.3/4水雷長永田泰次郎(兵15)大尉8/28or9/16(日本海軍史)横須賀帰投9/29艦長早崎源吾(兵3)大佐、副長但馬惟孝(兵9)中佐、機関長山本一男機関少監>(-10/10)村田愛吉(機旧4)機関少監、航海長正木義太(兵21)大尉、分隊長奥田貞吉(兵15)大尉転任10/27主計長佐野雄治大主計11/20艦長丹治寛雄(兵5)大佐12/4副長(-00.8/6欠員)宇敷甲子郎(兵10)中佐、航海長森義臣(兵14)少佐

1900.2/21金剛とともに海兵27期113名の練習航海の目的で横須賀出港後香港マニラ、バンカ、木曜島、ブリスベーンシドニーメルボルンウェリントンフィージーを経て7/30or31(日本海軍史)横須賀帰投8/30分隊長心得栗田富太郎(機3)中機関士9/11兼天龍主計長心得宇土兵蔵中主計/25(-01.3/13)兼金剛航海長布目満造(兵15)少佐

01.3/12-5/16兼金剛主計長心得徳永晃中主計8/6副長(-03.12/28?)久保田彦七(兵11)中佐/30軍医長西勇雄大軍医9/10艦長岩崎達人(兵6)大佐11/16航海長丸橋彦三郎(兵15)少佐/28砲術長(-02.9/10)三村錦三郎(兵18)大尉

02.9/1(-03.9/26、03.3/19-4/20兼摩耶)軍医長心得立野至中軍医10/23艦長木助一(兵9)中佐(12/9大佐)

03.7/7艦長松村直臣(兵9)中佐9/26分隊長心得(-04.1/14)末次信正(兵27)中尉10/5副長(-04.1/18欠員)広瀬順太郎(兵14)少佐

04.1/12艦長佐々木広勝(兵7)大佐/14(航海長>)兼分隊長岡田雄三(兵25)大尉

06.5/11兼金剛艦長秀島成忠(兵13)中佐8/30艦長川合昌吾(兵10)大佐

07.2/28軍医長守屋忠太大軍医5/2艦長土山哲三(兵12)大佐11/15艦長(-08.9/25)羽喰政次郎(兵12)大佐

08.9/25兼丹後軍医長(-11/20)福田了大軍医11/5(-12/10)艦長羽喰政次郎大佐、副長丹羽千太郎(兵14)中佐転任12/10副長水科三十郎(兵17)少佐

09.2/10or20艦長(-11/1)森義臣(兵14)大佐/20分隊長心得本多敬太郎(機13)機関中尉(10/11機関大尉、分隊長-/20)3/6主計長(11/1-12/1兼新高主計長-10.1/12)芹沢正人(東大法)大主計10/11分隊長富沢利男(兵31)大尉

10.1/12主計長柳川兵一大主計2/16艦長志摩猛(兵15)中佐3/9軍医長今吉政吉大軍医12/1兼舞鶴港務部軍医長中島悦郎軍医少監

11.3/8副長清水林吾(兵23)少佐>兼阿蘇副長中里重次(兵20)中佐/23航海長田岡勝太郎(兵30)大尉4/1鎮遠等とともに除籍

12.3/25売却.

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軍艦比叡

IJN Kongou class battlecruiser Hiei.

Illustrated by Iyapopo.

日本A 金剛級巡洋戦艦(2/4)

Photo1. 2 ( at Sasebo, 21 Dec. 1915.). 3 (ca1926.). 4 (ca1925-6.). 5 (5 Dec. 1939 in Sukumo bay). 6. 7.

1906戦時建造(後に10)計画卯号装甲巡洋艦

11.6/5軍艦比叡と命名

横須賀工廠で11/4起工

12.11/21卯号巡洋戦艦として進水12/20横須賀工廠艤装員(13.9/20兼艦長)高木七太郎(兵15)大佐、(13.9/20-14.1/17兼分隊長)城戸忠彦(機12)機関大尉

13.1/15横須賀工廠艤装員(9/20-14.4/18航海長)漢那憲和(兵27)少佐、(9/20兼水雷長14.8/4水雷長/23水雷長心得)坂元貞二(兵28)少佐9/20副長山梨勝之進(兵25)中佐、横須賀工廠艤装員兼機関長(-14.2/19)村田愛吉(機旧4)機関大佐12/1分隊長佐々木革次(兵29)少佐

14.1/17分隊長笹谷鉢造(機14)機関大尉2/19分隊長(-15.3/3)松原雅太(兵35)大尉4/18航海長(-8/4兼横須賀工廠艤装員-12/1)植村信男(兵26)中佐5/27分隊長(-8/4兼横須賀工廠艤装員-15.2/1)相良達夫(兵32)大尉7/10軍医長兼横須賀工廠艤装員鈴木源三郎軍医中監>花輪忠男軍医中監

8/4高木艦長の指揮下に竣工し佐世保鎮守府籍

/18対ドイツ開戦により姉妹艦金剛とともに巡洋戦艦鞍馬等と第1艦隊隷下に第3戦隊を編制/20副長内田虎三郎(兵22)中佐/23砲術長(12/1副長)武光一(兵26)中佐/24-9/14佐世保寄港後WW1の勃発により東シナ海方面で行動/22佐世保帰投10/15寺島水道出港後青島方面を行動/17寺島水道帰投12/1砲術長(-15.12/13)大湊直太郎(兵29)少佐、分隊長武富邦茂(兵34)大尉

15.2/1分隊長(-12/13)豊田貞次郎(兵33)大尉/5金剛等と第1艦隊隷下に第3戦隊を編制9/8副長花房太郎(兵24)中佐10/3伊勢湾外で金剛とともに海防艦壱岐を実艦標的として撃沈12/1軍医長(-17.2/20)新井慶三郎軍医中監/1or13艦長加藤寛治(兵18)大佐/13榛名等と第2艦隊隷下に第3戦隊を編成、副長寺岡平吾(兵27)中佐、分隊長河村辰雄(兵32)大尉>末岡武俊(兵33)大尉、(-17.12/1)服部豊彦(兵33)大尉、(-16.12/1)有馬成甫(兵33)大尉

16.4/9佐世保出港後中国方面を行動/18佐世保帰投9/1分隊長美濃口市三郎(兵30)少佐>高橋為次郎(兵31)大尉11/8天皇の乗艦する姉妹艦榛名とともに神戸出港/10佐世保入港12/1予備艦、艦長堀輝房(兵16)大佐、副長名越士朗(兵27)中佐、機関長本城貞次郎(機7)機関中佐、水雷長横田亨(兵30)少佐、砲術長合田四郎(兵30)少佐、軍医長新井慶三郎軍医中監

17.12/1金剛等と第2艦隊隷下に第3戦隊を編制、艦長桑島省三(兵20)大佐、副長加藤勁次郎(兵28)中佐、分隊長宇野積蔵(兵34)少佐、分隊長心得(-18.12/1)原田清一(兵39)中尉/27分隊長(-19.12/1)石黒虎雄(兵37)大尉

18.4/11佐世保出港後青島方面を行動/17仁川帰投7/15(-19.8/20)分隊長水野準一(兵37)大尉11/10副長含川清治(兵28)中佐12/1艦長吉川安平(兵22)大佐、航海長宮村吉通(兵30)中佐>南部道二郎(兵31)少佐、水雷長山中義勇(兵29)中佐、砲術長成富保治(兵30)少佐転任、分隊長秀島政一(兵31)少佐>栗田稔(兵34)少佐

19.3/25志布志湾出港後華北方面を行動4/9佐世保帰投12/1艦長白根熊三(兵24)大佐、副長蔵原惟皓(兵29)中佐、砲術長三矢四郎(兵31)少佐>大野太熊(兵32)少佐、水雷長兼通信長今村久茂(兵32)少佐、運用長松山為麿(兵31)少佐>脇田四郎(兵33)少佐、副砲長(-20.12/1)宍戸好信(兵37)大尉

20.1/12分隊長弓削末蔵(兵36)大尉>木岡蟻志松(兵40)大尉5/10分隊長心得伊崎俊二(兵42)中尉6/19航海長(-12/1)小野弥一(兵33)少佐8/12艦長松村菊勇(兵23)大佐/29館山出港後ロシア領沿岸警備に従事9/7小樽帰投10/13予備艦11/12副長砥川三郎(兵30)中佐/20艦長匝瑳胤次(兵26)大佐12/1分隊長田中正明(兵34)少佐転任、分隊長心得(-21.12/1)牟田口格郎(兵44)中尉、上野権太(機26)機関中尉

21.11/1砲術長伴次郎(兵33)少佐12/1第1艦隊第2戦隊に編入、副長福田武男(兵30)中佐、副砲長(-22.12/1)草鹿任一(兵37)少佐

22.1/20砲術長和田専三(兵34)少佐6/19佐世保出港後青島、大連方面を行動7/4鎮海帰投8/30佐世保出港後セント・ウラディミール方面を行動9/10小樽帰投11/10艦長横地錠二(兵27)大佐、水雷長原精太郎(兵35)少佐/20副長(-23.10/20)鈴木義一(兵32)中佐、砲術長中島隆吉(兵35)少佐/21巡洋戦艦12/1第2艦隊第4戦隊に編入、水雷長大窪博(兵33)少佐>加来博胤(兵35)少佐、航海長山県少介(兵34)少佐転任、分隊長山口次平(兵41)大尉、村上暢之助(兵44)大尉、藤崎煕(機19)機関大尉転任

23.2/18呉出港後南洋方面を行動3/15佐世保帰投5/10水雷長(-11/10)脇鼎(兵36)少佐8/13砲術長佐田健一(兵35)少佐(12/1中佐)/25横須賀出港後中国方面を行動9/5呉帰投10/15分隊長(-24.12/1)渡辺瑞彦(機24)機関大尉/20副長(-11/20)秋山虎六(兵33)中佐11/10水雷長原精太郎(兵35)少佐12/1艦長中島晋(兵29)大佐、副砲長堀江亥之吉(兵37)少佐>金沢正夫(兵39)少佐、分隊長森友一(兵42)大尉

24.3/15分隊長並河孝(機26)機関大尉5/1副砲長水崎正次郎(兵38)少佐12/1艦長村瀬貞次郎(兵29)大佐、機関長(-25.12/1)片山清次(機16)機関中佐、航海長木村正治(兵35)少佐>(-25.12/1)作間応雄(兵36)少佐、運用長本橋政光(兵35)少佐>(-26.11/1)清水柳太郎(兵36)少佐、副砲長(-25.12/1)松永貞市(兵41)大尉

25.4/15分隊長(-26.12/1)有馬正文(兵43)大尉、杉坂一雄(兵44)大尉/20砲術長増田実(兵38)少佐>(-12/1)石黒虎雄(兵37)少佐6/16艦長館明次郎(兵30)大佐11/10副長津田威彦(兵33)中佐>久原福松(兵34)中佐12/1水雷長平田良之(兵39)少佐、通信長(-26.7/1)柿本権一郎(兵41)少佐、分隊長(-26.12/1)今井滋雄(機22)機関少佐、(-26.12/1)泊満義(兵46)大尉、(-26.6/1)酒井原繁松(兵46)大尉、(-26.12/1)安田義達(兵46)大尉

26.3/29徳山出港後青島、威海衛方面を行動4/9旅順帰投11/1運用長坂部省三(兵37)少佐(12/1中佐-27.12/1)8/20艦長岡本郁男(兵30)大佐11/1機関長川野勝次(機17)機関中佐、運用長坂部省三(兵37)少佐(12/1中佐-27.12/1)、分隊長三浦速雄(兵45)大尉/15副砲長内田市太郎(兵40)少佐転任12/1金剛第2艦隊隷下に第4戦隊を編制、副長野原伸治(兵34)中佐、水雷長加茂亭佐(兵39)少佐、通信長林蓉斎(兵39)少佐>原鼎三(兵41)少佐、副砲長小畑長左衛門(兵43)大尉、主計長服部薫(経2)主計少佐>内山敬治(経1)主計少佐

27.3/27佐伯出港後厦門方面を行動4/5馬公帰投8/24美保ヶ関事件により損傷した那珂を舞鶴へ曳航12/1艦長大野寛(兵32)大佐、副長谷本馬太郎(兵35)中佐、運用長千知波長次(兵37)中佐、砲術長堀江亥之吉(兵37)少佐>(-29.10/1)岩越寒季(兵38)少佐(28.12/10中佐)、航海長居谷吉春(兵38)少佐>酒井一雄(兵39)少佐、通信長伊藤安之進(兵42)少佐、分隊長小柳徳松(兵49)大尉、軍医長芋川千秋(東北大医専)軍医中佐

28.3/29有明湾出港後青島、秦皇島方面を行動4/9旅順帰投11/15副長(-29.11/30)堀江六郎(兵36)中佐12/4横浜沖特別観艦式供奉艦/10艦長嶋田繁太郎(兵32)大佐、水雷長猪瀬正盛(兵40)少佐、副砲長(-29.9/5)柳本柳作(兵44)少佐、分隊長前原富義(兵44)大尉転任、佐土原親光(兵46)大尉>松田源吾(兵49)大尉、吉本家彦(兵50)大尉、大谷孝之(兵50)大尉、乗員渡辺薫雄(兵50)大尉、三田国雄(兵50)大尉

29.2/1運用長(-11/1)東郷二郎(兵41)少佐3/13徳山湾で内火艇指揮中に今村章(兵54)中尉が転落死/28呉出港後芝罘方面を行動4/3旅順帰投6/15通信長平井昌平(兵46)大尉8/1山口県北西部、油谷Yuya湾外の日本海で榛名とともに廃駆逐艦第15号(ex駆逐艦朝風)を実艦標的として撃沈10/15呉工廠で船体改装工事に着手11/1水雷長猪瀬正盛(兵40)少佐転任/30予備艦、艦長石井二郎(兵33)大佐、副長外賀良三郎(兵36)中佐、軍医長伊藤慎一(岡山医専)軍医少佐

30.3/15主計長(-10/1)鈴木久(経5)主計少佐4/22調印された第1次ロンドン海軍軍縮条約により/24工事中止/25保存工事に着手8/25副長岡野一幹(兵36)中佐12/1艦長和田専三(兵34)大佐、分隊長梶原正見(兵50)大尉

31.3/31工事完了6/1戦艦7/1呉工廠で改装復旧工事に着手11/1横須賀鎮守府籍に転籍12/1副長大橋五郎(兵37)中佐、砲術長須知幸太郎(兵39)中佐>市村茂松(兵41)少佐、航海長(-33.11/15)美濃部貞功(兵42)少佐、運用長斉藤三郎(兵46)大尉転任、分隊長相馬正平(兵50)大尉、主計長三宅伊久治(経1)主計少佐>野々垣清次(経3)主計少佐/31工事完了

32.5/10艦長丹下薫二(兵36)大佐11/15(-33.11/15)砲術長升田仁助(兵42)中佐、通信長西村義治(兵44)少佐12/1イギリス戦艦アイアン・デューク、アメリカ戦艦(BB32)ワイオミングとともに練習戦艦に改造、艦長前田政一(兵34)大佐、副長友成佐市郎(兵38)中佐、運用長加藤文太郎(兵43)少佐

33.1/1練習艦2/23艦長佐田健一(兵35)大佐5/31横須賀工廠で御召艦用施設工事に着手7/20工事完了/31二見出港後南洋方面を行動しトラック近海で実施された戦艦陸奥の率いる青軍艦隊と戦艦長門等からなる赤軍艦隊との海軍特別大演習に統監艦として使用8/13横須賀帰投/16or25(#667)横浜沖で実施された第16回観艦式(特別大演習観艦式)で昭和天皇乗艦(先導艦鳥海、供奉艦愛宕高雄摩耶、参加艦艇171隻、航空機160機)10/20分隊長兼横須賀航空隊教官(34.5/15兼飛行長-11/1)木村軍治(兵52)大尉11/1分隊長松本勝(兵54)中尉>土岐勲(兵55)中尉(/15大尉)/15艦長井上成美(兵37)大佐/15副長(-34.10/20)工藤久八(兵39)中佐、航海長村山清六(兵42)中佐、(-34.11/15)砲術長岩渕三次(兵43)中佐、(-34.11/15)分隊長秀島成信(兵52)大尉、軍医長武井英(熊本医専)軍医少佐

34.1/26横須賀工廠で主砲塔、弾庫等の改装工事に着手3/10軍医長黒木武一(岡山医専)軍医中佐11/1飛行長兼横須賀航空隊教官今川福雄(兵52)大尉/15副長鎌田道章(兵39)中佐(35.11/15大佐)、航海長関郁乎(兵43)中佐12/15砲術長高橋雄次(兵44)中佐

35.3/31工事完了4/2満州国皇帝溥儀を乗せ駆逐艦白雲叢雲薄雲とともに大連出港/5横浜入港/25帰国する溥儀を乗せ横浜出港/26大連入港*8/1艦長大川内伝七(兵37)大佐10/31砲術長三浦速雄(兵45)少佐(11/15中佐-36.4/10)11/6-21鹿児島、宮崎両県下行幸時天皇乗艦/21副長峰松寧夫(兵41)中佐、航海長(-36.12/1)清水正心(兵43)中佐、機関長熊倉純(機21)機関中佐>辻幾三郎(機22)機関中佐、軍医長(-36.12/1)牛窪成恒(京都医専)軍医中佐

IJN Kongou class battlecruiser Hiei, 1936. Illustrated by A-140.

36.4/1艦長稲垣生起(兵38)大佐7/15機関長美奈川武保(機24)機関中佐8/26(-12/1)副長松岡知行(兵42)中佐9/24陸軍特別大演習に向かう昭和天皇を乗せて横須賀出港後駆逐艦白露時雨に護衛されて/26室蘭入港10/9帰京する天皇を乗せて小樽出港/10函館寄港/12横須賀帰投/20海軍大演習統監艦として天皇乗艦となり/25-9神戸寄港後港外で先導艦鳥海、供奉艦愛宕足柄と合流し白露時雨に護衛されて洲本沖を発した長門等からなる連合艦隊艦艇110隻と反航し海軍機100機が空中分列式を実施(第17回観艦式)/30横須賀帰投12/1艦長越智孝平(兵38)大佐、副長小島正(兵40)中佐、兼伊勢機関長酒見匡(機22)機関中佐、通信長森玉賀四(兵45)中佐転任、運用長宮崎保人(兵46)少佐

37.4/1呉工廠で船体改装工事に着手12/1(38.4/1-24兼扶桑)艦長青柳宗重(兵37)大佐、砲術長是枝操(兵44)中佐>杉野健次(兵47)中佐

38.11/15艦長(-12/5兼三隈12/5-39.2/9兼日向艦長)平岡粂一(兵39)大佐、砲術長(-39.11/15)島崎繁一(兵50)少佐

39.10/15分隊長黒田武光(機37)機関大尉11/1呉航空隊飛行長兼広工廠航空機部検査官兼飛行長勝田三郎(兵50)少佐転任/15艦長阿部孝壮(兵40)大佐、副長小沢三良(兵42)中佐>斎藤正雄(兵43)中佐、運用長川元徳次郎(兵48)中佐、通信長遠藤滋(兵48)中佐転任、運用長永久熊亮(兵53)少佐転任、副砲長富川憲三(兵55)少佐12/20航海長室田勇次郎(兵50)中佐

40.1/31工事完了2/1第3予備艦より練習兼警備艦に変更3/15練習艦

4/24副長亀山峯五郎(兵44)中佐.7(-41.4)砲術長高松宮宣仁(兵52)少佐(40.11/15中佐)/16戦艦日向と交代して特別役務艦

10/11横浜沖で実施された第18回観艦式(紀元2600年記念特別観艦式)で昭和天皇乗艦、先導艦高雄、供奉艦加古古鷹(参加艦艇985隻、航空機527機)/12日向と交代して練習艦/15(or11/15)艦長有馬馨(兵42)大佐、機関長梅北正平(機25)機関中佐>三品武夫(機28)機関中佐

11/1飛行長(-42.4/25)松崎重吉(兵54)少佐、分隊長(-41.10/1欠員)細谷宏(兵63)中尉、軍医長村上倫吉軍医中佐>福原文雄軍医中佐/15第1艦隊第3戦隊に編入され第3戦隊司令官小沢治三郎(兵37)少将の旗艦を金剛から継承、副長(-41.9/1欠員)毛利剛二郎(兵47)中佐、航海長(-42.12/5)志和彪(兵50)中佐、副砲長宮本鷹雄(兵56)少佐、運用長五十嵐康彦(兵50)少佐、分隊長清水秀政(兵56)少佐転任、花水善七(兵58)大尉、(41.9/10副砲長)田中兼光(兵59)大尉、皇族付武官兼乗員土師喜太郎(兵51)少佐>(-41.4/5)神田武夫(兵52)少佐、工作長鶴三七徳(機31)機関少佐>得居登(機33)機関少佐

IJN Kongou class battlecruiser Hiei, 1941. Illustrated by A-140.

41.2/3高知沖出港/4-13小松島/20-4佐世保寄港3/1-2三都澳/3-7馬公/11-28有明湾/30-

4/5砲術長深見盛雄(兵50)中佐/25横須賀/27-6/3宿毛/5-18四日市/19-22宿毛/23-7有明湾/30-

7/8横須賀/11-6有明湾/17-20小松島/22-7宿毛/28-8/1別府/2佐伯入港/20運用長大西謙次(兵52)少佐(10/15中佐)/21出港後柱島沖に回航9/1柱島出港/4横須賀入港/8通信長石城英夫(兵50)少佐>高内和義(兵50)中佐/10艦長西田正雄(兵44)大佐、分隊長中尾静夫(兵58)大尉/20機関長松尾祐一(機30)機関中佐(42.11/1大佐)、軍医長村越義雄軍医中佐/25副長田村礼三(兵47)中佐(42.11/1大佐-12/20)

10/1横須賀出港/3-6室積沖/7-21佐世保/22-11/11佐伯/12-8横須賀に寄港し臨戦準備/22-6択捉島単冠湾寄港12/8空母赤城等からなる機動部隊に所属して真珠湾攻撃に参加/23-

42.1/8柱島寄港/14-7トラック寄港後機動部隊のラバウル攻撃を支援/27-2/1トラック寄港/8-18パラオ寄港/21-5スターリング湾寄港後ジャワの南方で機動作戦に参加3/1アメリカ駆逐艦(DD219)エドソルを撃沈/11-26スターリング湾寄港後セイロン島機動作戦に参加/22横須賀帰投/24-

5/2横須賀工廠で入渠整備/18横須賀出港/19柱島入港/20ミッドウェー攻略部隊主隊に編入/29柱島出港後ミッドウェー作戦に参加し北方部隊を支援6/24-8川内湾寄港

7/11横須賀帰投/14第3艦隊隷下に霧島第11戦隊を新編、砲術長竹谷清(兵51)中佐/18横須賀出港/19柱島入港/20工作長(-12/10)吉田寿(機38)機関少佐8/12呉出港後柱島に回航/16呉/16柱島出港後ソロモン作戦を支援/24第2次ソロモン海戦に参加/28トラック入港後訓練、整備に従事9/10副砲長湯川興三(兵63)大尉.0600出港後南下/23トラック入港

10/11.1015出港/26南太平洋海戦に参加/30トラック帰投11/1通信長石城英夫(兵50)中佐、軍医長中村正道軍医中佐/4前進部隊に編入/7分隊長(-/18)妹尾知明(兵66)大尉/9.1543第11戦隊司令官阿部弘毅(兵39)中将の指揮下に第11戦隊(比叡霧島)、第10戦隊(軽巡洋艦長良、第6駆逐隊[駆逐艦]、第16駆逐隊第1小隊[駆逐艦天津風雪風]、第61駆逐隊[駆逐艦照月])、第4水雷戦隊(駆逐艦朝雲第2駆逐隊[駆逐艦村雨五月雨夕立春雨]、第27駆逐隊[駆逐艦時雨白露夕暮])と挺身攻撃隊を編制してトラック出港後ガダルカナル島ヘンダーソン飛行場砲撃へ航行中/11ショートランドを出港した第2水雷戦隊駆逐艦村雨等と合流/12重巡洋艦(CA38)サン・フランシスコ等からなるアメリカ第67任務部隊第4群に迎撃され駆逐艦(DD459)ラフェイを撃沈したが被弾により操舵不能(第3次ソロモン海戦)となり湯川副砲長等が死亡/13アメリカ任務部隊搭載機の攻撃を受け魚雷2本が命中.0420天津風雪風が合流.0600第27駆逐隊(有明欠)が合流.1600負傷者152名を含む生存者約1000名を駆逐艦が収容.2300サヴォ島の347゚4.6nmで自沈、乗員188名が死亡12/20除籍

2019.2/4沈没船体を発見/6公表.

観艦式での天皇乗艦3回は日本艦艇中、浅間に次ぐ第2位.

信号符字JGDA.

海軍砲術学校桜と錨様によると1940.1/31復旧工事の完了とともに練習戦艦から戦艦に類別変更されたとされるが、そのことを定めた内令は存在せず、除籍時まで本艦は公式には練習戦艦であったとのことである.

御教示、感謝申し上げます.

2006.9/25.

*この際に発行された満州国皇帝御来訪記念切手は4種類あり、うち1銭5厘と6銭の2種類には遼陽の白塔を背景に航行する比叡の姿が描かれているが、これは1921発行の皇太子帰朝記念切手に香取級戦艦が描かれて以来、日本の戦艦が描かれた2度目のケースとなった.

Photos.

UpDown

護衛艦ひえい

海上自衛隊B はるな級ヘリコプター護衛艦(2/2)DD(H)142

JMSDF Haruna class helicopter escort (DDH142) Hiei.

JMSDF Haruna class helicopter escort. Illustrated by 巣田@うぐぅ.

第3次防衛力整備計画による1970計画4700t型甲III型(ヘリコプター搭載型)護衛艦2402号艦

船体価格\682600kで石川島播磨重工に発注され東京第2工場で72.3/8起工

73.8/13進水し艤装員長一色行雄(兵75)1佐

74.11/27一色艦長の指揮下に竣工し姉妹艦(DDH141)はるな第1護衛隊群隷下に第51護衛隊を新編し横須賀に配備

75.12/16艦長岩津章次(兵75)1佐

77.12/5艦長能津長和(海保大1幹候4)1佐

79.1/20艦長内海久(海保大1幹候4)1佐

80.1/25ミサイル護衛艦(DDG163)あまつかぜと出港後2/26-3/16ハワイで実施されたリムパック80演習に海上自衛隊護衛艦として初めて参加4/2帰投7/5艦長松田和久1佐9/15-6伊豆大島沖ではるな等とともにイギリス艦隊との親善訓練を実施

81.5ミサイル護衛艦(DDG169)あさかぜ等とともに秋田県沖での日米合同演習に参加7/24-6護衛艦(DD161)あきづき等とともに伊豆大島沖で展示訓練を実施

82.12/6艦長上田誠也(防大1)2佐

83.3/30第51護衛隊の解隊により護衛艦隊第1護衛隊群直轄艦

84.2/10艦長山下忠2佐3/30第4護衛隊群直轄艦となり旗艦を継承

86.4/2艦長新田有信(同志社、幹候13)2佐

87.5/11艦長牧山元(防大7)1佐

87.8/31石川島播磨重工東京第2工場で艦齢延長特別改装工事(FRAM)工事に着手

89.3/13工事完了

90.7/9艦長葛西信義(防大9)1佐

92.1/13艦長畑田隆(防大9)2佐4/21-4アメリカ横須賀基地を訪問したタイ、フリゲート(3)ピン・クラオをアメリカ、ミサイル・フリゲート(FFG41)マックラスキーとともに交歓

93.3/24艦長古沢稔(防大11)2佐12/15通常訓練時に硫黄島沖で艦底の定期点検を実施の目的で潜水中の乗員が珊瑚を密漁

94搭載ヘリコプターをHSS2BからSH60Jに変更8/30艦長稲田悟(防大12)1佐

96.5/19補給艦(AOE424)はまな等と横須賀出港後5/22-6/21中部太平洋で実施されたリムパック96演習に参加8/20艦長八木場紀元(防大14)2佐(97.1/1、1佐)

97.8/1若狭湾北方訓練海域で護衛艦(DD164)たかつき等とともに射撃標的となった旧護衛艦(DD167)ながつきを砲撃12/8艦長今村修二(防大15)1佐

99.5/11ミサイル護衛艦(DDG175)みょうこう等とともに派米訓練部隊として横須賀出港/25-8ヴィクトリア6/1-15サン・ディエゴ/21-7/22真珠湾寄港8/3横須賀帰着/10艦長菊地英夫(防大19)1佐

2001.9/20艦長湯元正義(防大21)1佐

02.9/17テロ対策特別措置法により護衛艦(DD106)さみだれとともにインド洋に派遣.12任務終了

03.1/26帰国3/27艦長下出隆敏(防大21)1佐10/28テロ対策特別措置法により第4護衛隊群司令東郷行紀(防大18)海将補の旗艦として護衛艦(DD108)あけぼのとともに呉出港後補給艦(AOE423)ときわとともにインド洋に派遣.11中旬、はるな等と交代

04.3/3帰国

05.3/25艦長後藤大輔(東海大学、幹候30)2佐(7/1、1佐)

06.5/11呉出港後ミサイル護衛艦(DDG174)きりしま等とともに/24-7真珠湾6/4-13サン・ディエゴ/23-8/2真珠湾に寄港しアメリカとの合同訓練を実施/15呉帰投12/6艦長椋木泰樹(防大24)1佐

07.12/20艦長川上修平2佐

08.3/26第1護衛隊群第61護衛隊ミサイル護衛艦(DDG171)はたかぜ第3護衛隊群第7護衛隊護衛艦(DD155)はまぎり第4護衛隊群第8護衛隊護衛艦(DD158)うみぎり第4護衛隊群隷下に第4護衛隊を再編し呉に配備

10.4/26艦長染田良弘(防大29)1佐7/23-7護衛艦(DE230)じんつうとともにウラジオストックを訪問し市制130周年記念行事と観艦式に参列後第11回日露捜索・救難共同訓練(SAREX)に参加

11.3/16竣工し第4護衛隊群第4護衛隊に編入されたヘリコプター護衛艦(DDH182)いせと交代して除籍.

JMSDF Haruna class helicopter escort (DDH142) Hiei in JMSDF fleet review 22 Oct. 2006.

Photo by Mr. Tomekichi Yamamoto.

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Last up-dated, 7 Feb. 2019.

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#29.

Hiei.

IJN Kongou class battlecruiser Hiei. Illustrated by Iyapopo.

Ver.1.19a.

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