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Shiranui.  不知火.しらぬひ.しらぬい.

水雷艇>軍艦>駆逐艦不知火@ 駆逐艦不知火A 巡視艇しらぬひ(1) 護衛艦しらぬいB 

[気象]不知火.

旧暦7月、風の弱い新月の夜等に九州有明海八代海に出現する発光現象で、海面から10mほどの高さの所に数百から数千の数が横並びに見える.

景行天皇が九州南部に進攻した際に船を進める目印にしたと「日本書紀」、「肥前国風土記」、「肥後国風土記」等にあり、誰がともしているか知らない火の意味で、知らぬ火から不知火と名づけられた.

1種の怪異現象と考えられていたが大正時代に遠くの漁船の漁火Iaribiが複雑に屈折して見える蜃気樓の1種と解明され、その後、年間を通じて最も海水の温度が上昇する夏に大潮により6mもの水位が下降して干潟が出現して急激な放射冷却が起こることによって生じるとされた.

現在では干潟が埋め立てられたことと夜が明るくなったことにより現象はほとんど観察されていない.

不知火海は八代海の別称.

第8代横綱不知火と、その弟子の第11代横綱不知火光右衛門1825-79が編み出した不知火型は雲龍型とともに大相撲の2大土俵入りの型であるが、本来は不知火が編み出したものが雲龍型、雲龍のが不知火型であったともいわれる.

「不知火の」は「筑紫」にかかる枕詞.

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水雷艇>軍艦>駆逐艦不知火

日本@ 東雲級駆逐艦(4/6)

IJN Shinonome class destroyer. Illustrated by SUDO.

第1期海軍拡張計画による1896計画第8号水雷艇駆逐艦

ジョン・I・ソニークラフト/チズウィック造船所で98.1/1起工3/16水雷艇不知火と命名6/28横須賀水雷団第1水雷艇隊艇長兼回航委員長矢島純吉(兵12)少佐、回航委員(-10/19)藤原英三郎(兵21)中尉

10/19回航委員長笠間直(兵13)少佐

99.3/15進水5/13竣工11/10横須賀入港

1900.6/22軍艦、艦長村松亥四松(兵15)大尉、乗員(-01.6/4)関田駒吉(兵24)中尉7/28艦長隈元通純(兵15)大尉9/25艦長小林恵吉郎(兵15)少佐

01.1/18乗員(-3/11)吉村弘中主計3/18乗員林好郎(和仏法律学校)少主計(01.10/1中主計02.6/5-7/7兼夕霧乗員-11/15)5/4乗員植村信男(兵26)少尉(10/1中尉-02.9/19)/31乗員(-02.11/8)斎藤恒四郎(機2)大機関士

03.6/22艦長小黒秀夫(兵15)少佐9/26艦長西尾雄次郎(兵17)少佐

04.3/10艦長渡辺仁太郎(兵18)大尉(7/13少佐)9/11艦長桑島省三(兵20)大尉(05.1/12少佐)、乗員杉浦正雄(兵30)少尉(05.1/12中尉-06.5/10)

05.8/20乗員岩村兼言(兵31)少尉(06.9/28中尉-10/20)12/12三等駆逐艦となり第11駆逐隊(叢雲夕霧不知火陽炎)を新編

06.1/25兼夕霧艦長田代巳代次(兵18)少佐2/27(-11/22)乗員小泉武三(機12)機関中尉3/20兼夕霧艦長堀江鶴彦(兵21)大尉4/23(06.8/30兼陽炎)艦長猪山綱太郎(兵17)少佐

07.4/27(-8/26兼陽炎)艦長横地錠二(兵27)大尉9/11乗員杉浦正雄(兵30)少尉(05.1/12中尉-06.5/10)/28兼夕霧艦長斎藤温海(兵27)大尉10/10兼叢雲艦長野田為良(兵28)大尉

08.1/15艦長阿部真一郎(兵26)大尉/16兼叢雲艦長野田為良(兵28)大尉2/1艦長副島村八(兵28)大尉

09.5/25艦長和田健吉(兵29)大尉8/5乗員山口長南(兵34)少尉(10/11中尉-11/16)

10.1/15艦長阿部恒雄(兵28)大尉4/28乗員(-11.1/23)市川大治郎(兵33)中尉

11.5/23艦長米原末男(兵30)大尉6/1乗員日暮豊年(兵34)中尉12/20乗員(-12.12/1)鈴木幸三(兵36)中尉

12.2/1第11駆逐隊の解隊により佐世保鎮守府馬公要港部第10駆逐隊に編入、艦長中山鞆信(兵30)大尉8/28三等駆逐艦11/13艦長小川正冬(兵29)大尉12/20乗員(-13.12/1)山口長南(兵34)大尉

13.5/24艦長加島次太郎(兵31)大尉12/1乗員(-14.12/15)日暮豊年(兵34)大尉

14.3/23乗員(-15.3/8)水野孝吉(兵37)中尉12/1第10駆逐隊解隊/15乗員(-15.12/13)石戸勇三(兵36)大尉

15.5/1第3駆逐隊は佐世保鎮守府に移管され第8駆逐隊と改称12/13乗員(-17.2/26)近藤一馬(機21)機関中尉

16.6/8艦長丸山半三郎(兵31)少佐>森田弥五郎(兵32)大尉(12/1少佐)12/1乗員(-17.12/1)鈴木長蔵(兵40)中尉

17.4/1第8駆逐隊より除去、艦長松川晃(兵34)大尉、兼薄雲乗員鈴木常次(経2)中主計8/16兼薄雲乗員田川資造(東大医)中軍医12/1艦長奥野晃(兵36)大尉、乗員中原達平(兵38)大尉

18.6/1乗員(-12/1)藤田健六(機23)機関中尉12/1艦長戸須賀千之(兵36)大尉/13乗員(-19.12/1)石井正雄(機24)機関中尉

19.3/1兼薄雲乗員高田六郎(千葉医専)中軍医(9/23軍医中尉-12/1)8/5乗員(-12/1)佐藤寅治郎(兵43)中尉

20.7/1艦長兼砲術学校教官早川定三(兵37)大尉/9兼生駒乗員(-11/1)大久保信(千葉医専)軍医少尉12/1乗員(-21.12/1)黒島亀人(兵44)中尉

21.11/10兼白露艦長須賀彦次郎(兵38)大尉

22.2/1兼薄雲艦長大島信哉(兵37)大尉4/1特務艇(二等掃海艇)

23.6/30二等掃海特務艇

8/1雑役船(運貨船)公称第2526号と改名25.2/25廃船認許となり解体.

Photo by hush, 30 July 2009.

東京都墨田区両国1丁目の鉄鋼業岡田菊治郎商会(現岡田商事)が解体作業で得た同艦の錨2つが昭和初年に当時の江東尋常小学校(現在の両国小学校)に寄贈されており、現在も展示されており、裏側には製造年と推定される1898が刻印されている.

なお、近傍には同校の卒業生であった芥川龍之介の碑文が1990に設置されており、その小説「杜子春」の一節が刻まれている.

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駆逐艦不知火

日本A 陽炎級駆逐艦(2/18)

IJN Kagerou class destroyer.Illustrated by Iyapopo.

1937計画第18号(一等)駆逐艦

浦賀船渠で37.8/30同級中最初に起工

38.4/15駆逐艦不知火(シラヌヒ)と命名6/28進水

39.12/20中村謙治(兵48)中佐の指揮下に竣工し呉鎮守府籍となり第2艦隊第2水雷戦隊第18駆逐隊(陽炎不知火)に編入、機関長服部知一(機33)機関少佐、砲術長白石信秋(兵58)大尉、航海長福山修(兵59)大尉、水雷長(-41.9/10)生永邦雄(兵60)大尉

40.10/15艦長赤沢次寿雄(兵49)中佐

41.10/15(乗員>)水雷長熊谷璋(兵67)中尉11/17-8佐伯寄港後第1水雷戦隊所属として軽巡洋艦阿武隈等と/22-6択捉島単冠湾寄港後空母赤城等からなる機動部隊を護衛12/8開戦時、機動部隊に所属して真珠湾奇襲に参加/23-

42.1/8柱島寄港後赤城等からなる機動部隊を護送/14トラック入港/20ラバウル攻撃を護衛/21第5航空戦隊(空母翔鶴瑞鶴)を等とともに護衛してラエサラモアを攻撃/23ラバウルカビエン揚陸を支援/29-2/1.1100トラック寄港後アメリカ空母(CV6)エンタープライズ等のマーシャル諸島空襲により赤城等と追撃/3.0305作戦中止/8-15パラオ寄港/19赤城等のポート・ダーウィン空襲を護衛/21-5スターリング湾寄港後ジャワ島南方で作戦中3/1とともに商船を撃沈/5チラチャップ空襲を護衛/11-27スターリング湾寄港後インド洋作戦に従事中

4/5コロンボ/9トリンコマリー空襲を護衛/23呉入港後整備に従事5/21軽巡洋艦神通等と第2水雷戦隊所属として呉出港/25サイパン入港6/3ミッドウェー攻略船団を護送/5-6ミッドウェー海戦に攻略部隊の一部として参加/14-7トラック寄港後第7戦隊(重巡洋艦熊野鈴谷)を護衛して/23呉入港/26-8横須賀寄港後等と水上機母艦千代田等を護送

7/4.1710キスカ占領作戦参加の目的でキスカ湾外(52゚00'N/177゚40'E)に到着し濃霧のため仮泊中/5.0256等とともにアメリカ潜水艦(SS215)グラウラーの発射した魚雷1本を艦橋、第1煙突間に受けて大破し乗員3名が死亡後救難工作隊の協力を得て艦橋と檣を撤去、船体の爆破切断を実施8/15駆逐艦に曳航されてキスカ出港後第26号駆潜艇の護衛されて/20片岡湾入港後曳航任務を特設運送船富士山丸に交代/31特別予備艦9/3特設運送船神津丸に曳航されて占守島経由で舞鶴入港後修理

43.10/5艦長安並正俊(兵50)中佐.10末、工事完了(第3主砲塔を撤去し25mmIIIMGx2を搭載)11/1艦長荒悌三郎(兵56)少佐/5水雷長横塚正彦(兵68)大尉/15再就役し第9艦隊に編入

44.1/7佐伯出港後船団護衛/16-23パラオ寄港後ウエワクホーランディアに船団を護送2/3-21パラオ寄港後ウエワクホーランディアに船団を護送3/1第5艦隊第1水雷戦隊第9駆逐隊に編入/6.0800パラオ出港後駆逐艦時雨等とともにパタ04船団を護衛/13.1000高雄入港後呉で探信儀を装備/30or31薄雲第5艦隊第1水雷戦隊隷下に第18駆逐隊を新編/31第18駆逐隊司令井上良雄(兵48)大佐の司令駆逐艦を継承

4/2呉出港後大湊経由で北方海域に進出6/19大湊出港後重巡洋艦那智足柄を護送/21呉入港/28横須賀出港後硫黄島に向かう船団を護送

7/1-31大湊寄港後那智足柄を護送8/2呉入港/11横須賀出港後父島に輸送を行う軽巡洋艦木曽多摩を護送/14帰還

10/14呉出港後那智足柄を護送して奄美大島馬公に寄港/24-5レイテスリガオ海峡海戦に参加/26.2030コロン出港後軽巡洋艦鬼怒、駆逐艦浦波を捜索中/27.0300マスバテ島南東沖に到達し捜索後帰投中.0935航空機発見を打電後消息不明(ミンドロ島南方のセミララ島の西方約1kmでアメリカ空母搭載機の空襲により沈没)となり、井上司令、艦長、横塚水雷長以下全乗員が死亡と認定12/10除籍.

信号符字JJHDorJZDA.

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巡視艇しらぬひ

鎮海工作部で1940.1竣工した旧日本海軍25t砲艇型内火艇が

49.12/20海上保安庁に引き渡され(CL71)しらぬひ(1)と改名され門司海上保安本部佐世保海上保安部に配属

50.6/1第7管区海上保安部佐世保海上保安部所属

51.10三池海上保安部に配属

54.5/1(CL111)

61.10/16解役.

106T.

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護衛艦しらぬい

海上自衛隊B あさひ級護衛艦(2/--)DD120

2014計画5000t型護衛艦1614号艦

三菱重工業長崎造船所で2016.5/20起工

17.10/12進水時に護衛艦しらぬいと命名、艤装員長高須賀政信(防大33)2佐

19.2/27高須賀艦長の指揮下に竣工し第3護衛隊群第7護衛隊に編入され大湊に配備

19在籍.


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Last up-dated, 6 Apr. 2019.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

Shiranui.

Ver.1.19a.

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