Down

Asahi.  朝日.旭.あさひ.

Sampon様に

その素晴らしいサイト太平洋の戦跡を訪ねて(閉鎖中)との相互リンクの記念として

2005年1月12日

朝日丸or旭日丸(水戸藩) 朝日丸(大阪商船) 旭丸(丸辰海運>旭汽船) 軍艦朝日○ 軍艦>特務艦朝日@ 朝日級工作艦 

朝日丸(嶋谷汽船) 第2朝日丸(新田汽船) 旭丸 旭丸 朝日丸(近海郵船) 旭丸(旭汽船) 旭丸(日本海洋漁業) 

朝日丸>第2号朝日丸(朝日組回漕店) 第3朝日丸 朝日山丸(三井船舶) 旭丸 第2旭丸>第3号旭丸 第2旭丸 旭丸>第2号旭丸 

朝日丸>第3号朝日丸 第5旭丸 第9旭丸(隆昌海運) 第11旭丸(軍需省) 

港務用船あさひ(1) 港務用船あさひ(2) 灯台見回り船あさひ(3) 

警備艦>護衛艦あさひA あさひ級警備艦 あさひ級護衛艦 護衛艦あさひB 

Photographed by Tetsutaro the President of Cambria Club,

at Hattachi beach, Yotsukura, Iwaki city, Fukushima, 2 Jan. 2004.

Special Thanks !

(1)

[地名]朝日山.

Mt. Asahi.

Mt. Asahi and river Udji, 30 Apr. 2005.

宇治川に山容を映す仏徳山(前方)と朝日山(後方).

京都府宇治市、宇治川東方に位置する山.

標高124m.

藤原公実Fujiwara no Kinzane、1053-1107の「ふもとをば宇治川霧たちこめて雲居に見ゆる朝日山かな」(新古今和歌集)等で知られる歌枕.

(2)

[天文]朝昇る太陽.

The morning sun.

2009年1月1日三重県津市にて.

現在では1日は午前0時から始まるが、かつての日本では日の出(寅刻)から数えていたことが、「奥の細道」で松尾芭蕉に同行した河合曽良Kawai Sora、1649-1710?の日記によって確かめられている.

また、昨夜のことを夕べということから、夕方が1日の始まりであった時期があるのではないかといわれている.

リンゴ品種の旭は1890カナダから札幌農学校に寄贈されたマッキントッシュMcIntosh種に92命名されたものだが、このリンゴは1979アメリカ、アップルApple社が開発した個人用コンピューターにMacintoshと名づけられたことで有名である.

このリンゴは、カナダ人農夫のJohn McIntosh 、1777-1846?が発見したMcIntosh Redに由来するもので、アップルがスペルを換えたのは、同名のオーディオ・メーカーと混同されないためであったが、このためにMacの愛称が誕生した.

朝日新聞、アサヒ・ビール等、朝日のつく社名は多いが、うち旭化成は1922滋賀県膳所に建設されたレーヨン工場の敷地内に旭将軍と呼ばれた木曽義仲を祭った寺があったことに、旭屋書店は創業者の出身地を流れる岡山県の旭川に由来し、AGC旭硝子は1907.9/9創業の予定(実際には/8)だったので九+日から旭と命名されたという説がある.

また、旭精機工業は1938愛知県東春日井郡旭村(48旭町70尾張旭市)に創業した大隈鐵工所旭兵器製作所の後身であることに由来する.

Up
Down

朝日丸or旭日丸

水戸藩

石川島で1854.1/30起工55進水(横転)56.6頃、竣工後幕府に献上.

750T(推定).

水戸藩主徳川斉昭Tokugawa Nariaki、1800-60自らの監督により建造されたが、水深が浅かったため進水時に横転し厄介丸といわれた.

UpDown

朝日丸

大阪商船

神戸小野浜造船所で1884.2建造85.2開設された大阪=長崎=鹿児島港路に就航

87大阪=沖縄航路に就航.

495T.

日本で建造された最初の鉄船.

UpDown

旭丸

丸辰海運>旭汽船貨物船

1889建造

1944.2/21朝鮮半島南岸で沈没(原因不明)し船員23名が死亡.

986T.

船舶番号42959.

UpDown

軍艦朝日

日本、敷島級戦艦(1/2)敷島の候補艦名.

1897第2期海軍拡張計画甲鉄戦艦(一等戦艦)としてテームズ鉄工所ブラックウォール(ロンドン)工場で1900竣工21一等海防艦22ワシントン海軍軍縮条約により武装を撤去し練習特務艦47解体.

Up------------------------------Down

軍艦>特務艦朝日

Made by Nekono Keita 2004.

IJN Shikishima class battleship Asahi, 1904.

Courtesy of

Special Thanks !

日本@ 敷島級戦艦(2/4)

IJN Shikishima class battleship Asahi.Illustrated by A-140.

1897第2期海軍拡張計画第2号甲鉄戦艦(一等戦艦)

ジョン・ブラウン(トムソン)/クライドバンク造船所で8/1(世界戦艦物語)or18起工10/18軍艦朝日と命名

99.2/1回航委員長上村彦之丞(兵4)大佐、回航委員(1900.1/12水雷長)依田光二(兵12)少佐(00.6/1中佐)、(00.1/12砲術長)竹下勇(兵15)少佐、(00.1/12軍医長)武田正守軍医少監(9/29軍医中監)3/13進水9/29回航委員長(00.1/12艦長)三須宗太郎(兵5)大佐

1900.1/12副長飯田篤之進(兵8)中佐、航海長川合昌吾(兵10)中佐、分隊長兼回航委員(12/22砲術長)山本竹三郎(兵13)大尉、舟越楫四郎(兵16)少佐、乗員兼回航委員古川弘(兵22)中尉(9/25大尉、分隊長)3/1サウスシーで公試運転中、座礁しポーツマスで入渠修理4/12領収5/7ポーツマス入港7/31竣工し呉鎮守府籍

10/23横須賀入港、乗員浅田整次郎機関大監>機関長近藤格機関中監、水雷長有馬律三郎(兵15)少佐、分隊長佐々木高志(兵19)大尉、平野伊三郎(兵17)大機関士>乗員野田清太郎(機6)少機関士/27分隊長川村茂男(兵18)大尉/29副長毛利一兵衛(兵8)中佐12/6砲術長町田駒次郎(兵15)少佐

01.3/13砲術長町田駒次郎(兵15)少佐5/9副長大城源三郎(兵10)中佐/22常備艦隊に編入6/12姉妹艦敷島等とともに佐世保に集結/18-29佐世保鎮守府と連合小演習を実施

7/3艦長橋本正明(兵5)大佐/27敷島等と佐世保出港後仁川、芝罘、大沽、山海関、鎮海、釜山を巡航8/22佐世保帰投/28敷島等と佐世保出港後美保関で戦艦初瀬と合流後本州北西岸を経て青森へ回航され青森湾、南北海道で訓練後横須賀入港10/1千早等と常備艦隊を編制し旗艦/10初瀬等と横須賀出港後呉回航/24初瀬等と広島湾出港後有明湾回航12/1初瀬、八雲、出雲、磐手、吾妻、吉野、浪速、笠置、明石、須磨、龍田、赤城、千早、済遠と常備艦隊を編制/4呉帰投/17分隊長増田幸一(兵23)大尉

02.1/16航海長石井義太郎(兵12)中佐.2初瀬等と清水で合流後訓練に従事3/7横須賀入港/12(-03.2/21)機関長伊東茂治機関中監/18出港/21広島湾入港、特命検閲4/22水雷長広瀬武夫(兵15)少佐、分隊長伏見宮博恭王(兵20相当)大尉5/10-4常備艦隊司令官伊東義五郎(兵5)少将の旗艦を巡洋艦千歳より一時継承/24艦長小倉鋲一郎(兵5)大佐

7/1横浜回航後初瀬等と合流/6(-12/3)分隊長井出謙治(兵16)少佐/8(-03.2/20)分隊長安保清種(兵18)大尉/25-6戦艦セワストーポリで来日したロシアのボリス大公を奉迎/26横須賀回航/28初瀬等と横須賀出港後山田、室蘭、青森を巡航8/19-23室蘭寄港後韓国北東岸の新浦、元山を巡航9/8舞鶴入港10/6(-03.7/7)副長川島令次郎(兵11)中佐/14出港後佐世保経由で/22広島湾入港

IJN Shikishima class battleship Asahi 1902.

03.4/12機関長関重忠機関中監(05.1/12機関大監)6/22(-9/14)分隊長斎藤半六(兵17)少佐

7/1艦隊編成より除去/7副長牛田従三郎(兵12)中佐、砲術長心得加藤寛治(兵18)大尉(9/26少佐、砲術長-04.3/5)/18青森で常備艦隊旗艦敷島と合流後舞鶴を経て.8下旬、佐世保に移動7/24(-8/24)分隊長心得村越八郎(兵27)中尉8/12軍医長石原純固軍医中監9/26(-05.1/12)分隊長(商船学校機関術講師嘱託)風間篤次郎(機2)大機関士/28ロシア艦隊主力がウラジオストックから対馬海峡を経て旅順に回航中との報告により敷島から常備艦隊司令長官日高壮之丞中将の旗艦を一時継承し戦艦初瀬八島富士三笠、巡洋艦千歳吉野笠置高砂、駆逐艦10隻を率いて佐世保出港後鎮海湾に進出

10/1敷島到着/4伊万里外湾、今福入港後佐世保帰投/27航海長森義臣(兵14)中佐11/21艦長山田彦八(兵5)大佐12/28姉妹艦三笠等と第1艦隊隷下に第1戦隊を新編、分隊長外波辰三郎(兵19)機関少監

04-5日露戦争に従軍

04.1/6(-05.12/12)分隊長大内田盛繁(兵21)大尉(05.8/5少佐)2/6以降、旅順封鎖作戦に従事/24第1次旅順閉塞戦に広瀬水雷長が報国丸指揮官として参加3/27福井丸旅順閉塞作戦に参加中、広瀬水雷長、乗員杉野孫七上等兵曹が死亡6/6艦長野元綱明(兵7)大佐

8/10黄海海戦に参加9/10分隊長心得波多野貞夫)中尉(05.1/12大尉、分隊長-8/5)/11(-05.6/14)分隊長阪本則俊(兵20)大尉(05.1/12少佐)11/19(-05.12/12)軍医長臼井宏軍医中監12/25兼相模機関長中島市右衛門(機旧4)機関中監(06.1/26機関中佐3/8朝日機関長06.9/28機関大佐)

05.1/7副長東郷吉太郎(兵13)中佐、(-8/31)分隊長野口興国(機1)大機関士(/12機関少監)5/27-8日本海海戦に参加しロシア艦隊が発射した砲弾6発を受けて8名が死亡23名が負傷6/14副長佐藤鉄太郎(兵14)中佐、航海長堀輝房(兵16)中佐

12/12(-06.5/10)艦長竹内平太郎(兵8)大佐、機関長船橋善弥(機旧4)機関中監、(-06.6/12)分隊長心得伊地知清弘(兵30)中尉、(-06.12/20)石川清(兵30)中尉/20副長岡田啓介(兵15)中佐、砲術長秋沢芳馬(兵18)少佐/25(-07.3/29?)兼相模(-06.3/8)機関長中島市右衛門(機旧4)機関中監(06.1/26機関中佐9/28機関大佐)

Made by Nekono Keita 2004.

IJN Shikishima class battleship Asahi, 1904.

Courtesy of

Special Thanks !

06.1/25航海長心得土屋芳樹(兵16)少佐2/24砲術長湯浅安次郎(兵18)少佐3/14分隊長中牟田武正(兵27)大尉転任5/10艦長滝川具和(兵6)大佐、副長山崎米三郎(兵15)中佐6/12(-07.4/27)分隊長高橋三吉(兵29)大尉8/30副長関重孝(兵16)中佐、(-07.3/23)分隊長大見丙子郎(兵23)大尉(9/28少佐)、分隊長心得常盤盛衛(兵30)中尉11/22艦長土屋保(兵9)大佐12/12戦艦/20砲術長増田高頼(兵18)少佐

07.3/23砲術長中川庄作(兵18)少佐6/25砲術長村上ユ吉(兵18)少佐(9/25中佐)9/28艦長宮地貞辰(兵9)大佐、(-08.3/25)分隊長心得船越隆義(兵31)中尉

08.3/25分隊長心得東林岩次郎(兵31)中尉(9/25大尉、分隊長)4/7艦長森義太郎(兵10)大佐6/23乗員(1/11-4/1分隊長心得)石河英吉(機13)機関中尉.7伊良湖水道で座礁(後に座礁した岩礁を朝日礁と命名09対策として神島灯台を設置)/22水雷長伊集院俊(兵21)少佐9/15艦長石田一郎(兵11)大佐11/20艦長牛田従三郎(兵12)大佐、砲術長古川テ三郎(兵21)少佐、水雷長心得小泉親治(兵27)大尉(09.10/11少佐、水雷長-10.5/23兼横須賀工廠艤装員)12/10副長布目満造(兵15)中佐

09.10/11砲術長心得立野徳治郎(兵28)大尉12/1副長田代愛次郎(兵17)中佐、砲術長心得土田白雲(兵27)大尉

10.3/19副長百武三郎(兵19)中佐6/10砲術長兼砲術学校教官天野六郎(兵27)少佐が水雷長を兼務12/1戦艦薩摩等とともに第1艦隊を編制、艦長伏見宮博恭王(兵20相当)大佐、水雷長岸井孝一(兵28)少佐、分隊長堀俤吉(兵32)大尉、軍医長栗田俊三軍医中監

11.9/13水雷長高橋律人(兵28)少佐11/7砲術長心得島祐吉(兵29)大尉(12/1少佐、砲術長)12/1副長三輪修三(兵17)中佐、航海長心得石田幸太郎(兵27)少佐>石井祥吉(兵27)少佐、水雷長心得堀江豊雄(兵29)大尉、分隊長立川常次(兵30)大尉、(-12.4/15)有馬成甫(兵33)大尉、軍医長立野至軍医少監

12駆逐艦の航続力不足を補う目的で被曳航実験を駆逐艦皐月等を用いて実施3/1(-4/20欠員)艦長関野謙吉(兵13)大佐4/20砲術長心得駒林次郎(兵29)大尉、軍医長吉田荘軍医少監5/22艦長中島市太郎(兵14)大佐12/1副長伊集院俊(兵21)中佐12/1艦長町田駒次郎(兵15)大佐、副長(13.4/1兼砲術学校兼水雷学校教官)伊集院俊(兵21)中佐、(-13.5/24)軍医長福田了軍医少監

13.1/15水雷長水谷耕喜(兵28)少佐>浅見敬一(兵29)少佐5/24分隊長兼砲術学校教官武富邦茂(兵34)大尉12/1艦長浅野正恭(兵15)大佐、副長兼砲術学校兼水雷学校教官鳥崎保三(兵27)中佐、分隊長御宿好(機17)機関大尉

14.5/1副長関田駒吉(兵24)中佐/27副長兼砲術学校兼水雷学校教官大見丙子郎(兵23)中佐、(-9/13)航海長心得村瀬貞次郎(兵29)少佐、(-10/10)砲術長近藤直方(兵30)少佐12/1艦長荒川仲吾(兵15)大佐、(-15.12/13)副長兼砲術学校兼水雷学校教官鳥崎保三(兵27)中佐、(-15.3/17)航海長加藤隆義(兵31)少佐、分隊長兼砲術学校教官伊沢春馬(兵35)大尉、(-15.6/30)主計長心得村上春一(東大法)大主計

15.12/13艦長有馬純位(兵17)大佐

16.12/1艦長増田高頼(兵18)大佐、砲術長田文八(兵32)少佐、(-17.10/27)航海長山口清七(兵32)少佐、(-17.12/1)分隊長中村重一(兵37)大尉

17.2/1(-12/1)分隊長中島隆吉(兵35)大尉6/1乗員(18.5/1分隊長心得-11/12)種子田栄(機21)機関中尉12/1(-18.12/1)艦長大角岑生(兵24)大佐、(-18.12/1)砲術長瀬崎仁平(兵32)少佐、(-19.3/1)航海長心得槇喜久太(兵34)大尉、分隊長鈴木新治(兵37)大尉、分隊長心得伊藤徳尭(兵39)中尉

18.1/6戦艦石見と第3艦隊第5戦隊第2小隊を編制/13-.4シベリア出兵によりウラジオストック、カムチャツカ方面に出動/17ウラジオストック入港4/4日本人殺害事件により/5石見とともに陸戦隊約500名をイギリス装甲巡洋艦サフォークの水兵50名とともにウラジオストックに派遣9/4乗員池内正方(兵40)中尉(12/1大尉、分隊長-/25)12/4兼金剛艦長島内桓太(兵20)大佐/18副砲長(20.5/24兼砲術学校教官-8/12)寺田祐次(兵37)大尉

19.3/27艦長古川弘(兵22)大佐4/1(-8/18)分隊長兼砲術学校教官遠藤喜一(兵39)大尉/22(-12/1)航海長佐藤脩(兵35)大尉6/10艦長小山武(兵26)大佐12/1艦長(/18-20.1/30兼海軍大学校教官)武光一(兵26)大佐、(-20.12/1)分隊長心得菊池鶴治(兵41)中尉

20.1/26(-9/24)機関長竹内泰民(機12)機関中佐6/3(-22.5/1)航海長槇喜久太(兵34)少佐7/9(-21.12/1)砲術長兼砲術学校教官和田専三(兵34)少佐8/3副長兼砲術学校教官松尾堪九郎(兵30)中佐>中沢久直(兵30)中佐/10運用長心得兵頭宗治郎(兵34)大尉10/9(-21.4/16)分隊長兼砲術学校教官中村正雄(兵40)大尉11/20艦長上田吉次(兵26)大佐12/1(-21.4/20)分隊長大野董(機20)機関大尉、分隊長心得兼砲術学校教官小西要人(兵44)中尉

21.9/1一等海防艦11/20艦長石田幸太郎(兵27)大佐

22.8/25艦長田中豊一(兵30)大佐11/10兼榛名艦長(-12/1欠員)森初次(兵27)大佐12/1副長吉武純蔵(兵32)中佐

23.1/20艦長常松憲三(兵27)大佐4/1ワシントン海軍軍縮条約により武装撤去され特務艦(練習特務艦)となり第4予備特務艦8/20(-24.7/19)兼青島(11/10-5兼洲埼)主計長島津稜威雄(経5)主計大尉11/20艦長丹生猛彦(兵30)大佐12/1(-24.12/1)航海長荘司喜一郎(兵45)大尉

24.6/16艦長徳田伊之助(兵30)大佐10/20艦長太田質平(兵32)大佐12/1(-25.12/1)分隊長河野康(兵47)中尉

25.7/15艦長杉浦正雄(兵30)大佐12/1(-26.6/5)兼摂津(-26.3/20兼大和3/20-4/15兼野島)軍医長伊藤雋吉(愛知医専)軍医大尉

25or8船体両舷4ヶ所にブラケットを装備し旧ドイツ潜水艦○1、2を利用して福井順平(東工大)造船中将等が開発した釣瓶式潜水艦引揚げ装置を持つ日本初の潜水艦救難艦に改造

26.11/1艦長今川真金(兵31)大佐、(-27.12/1)分隊長平尾松雄(機26)機関大尉

27.9/25(-12/1)兼摂津軍医長矢可部軍司(熊本医専)軍医大尉12/1(28.3/10-5/21兼浅間)艦長津留信人(兵33)大佐、(-28.11/1)兼摂津主計長古川兼義(経8)主計大尉

28試製呉式1号射出機を仮装備し広島湾で日本初の射出機実験を実施12/10艦長公家種次(兵33)大佐、(-29.11/30)分隊長公文恵章(兵50)大尉

29.6/1(-7/15)呉海兵団教官兼摂津軍医長伊藤雋吉(愛知医専)軍医大尉11/30艦長合葉庄司(兵34)大佐

30.12/1艦長蜂屋義尾(兵36)大佐

31-2頃、工作設備を設置

31.3/20(-12/1)航海長磯久研磨(兵48)大尉12/1艦長藤森清一朗(兵37)大佐

32.5/10兼鬼怒艦長佐倉武夫(兵37)大佐/20艦長小橋義亮(兵37)大佐

33.11/15艦長井上幸吉(兵37)大佐

34.10/22艦長岡村政夫(兵38)中佐(11/15大佐)

35.11/15艦長殿村千三郎(兵40)中佐

37.8/1(#393)or16(#522)工作艦/15呉工廠で潜水艦引揚げ装置の撤去、前後トップ檣の短縮と工作設備(応急排水、修理可能程度)の搭載を実施して朝日級工作艦(1/1)への改造完了/16第1港務部長兼艦長加藤仁太郎(兵37)大佐、(12/1-38.8/5第1根拠地隊機関長兼)工作部長島本万太郎(機22)機関大佐/18工事完了後即日出港/20上海入港後呉淞に派遣され黄浦江で損傷艦艇の修理に従事(前後主砲塔跡に艦内工作部が製作した木製偽砲を設置)11/5杭州湾上陸作戦に参加/11-2黄浦江で水路啓開作戦に従事/26工作部員松笠潔(機23)機関中佐(12/1機関大佐)12/1設網艦白鷹第1掃海隊、第1防備隊と第3艦隊隷下に第1根拠地隊を新編

38.1/8艦長平岡粂一(兵39)大佐、(-12/15)副長藤永紫郎(兵42)中佐3/15(-11/15)臨時工作部員西沢兄信(機25)機関中佐.5長江江陰沿岸で擱座していた中華民国巡洋艦寧海を浮揚9/2(-39.10/15)工作部員佐伯甚七(機23)機関中佐(11/15機関大佐)11/1艦長龍崎留吉(兵40)大佐12/1工作部長(/26兼艦政本部造船造兵監督官-39.11/15)津田勝次(機13)機関大佐/2龍崎艦長死去/5艦長畠山耕一郎(兵39)大佐

39.11陸上庁舎が完成し第1工作部と改名されるまで上海方面根拠地隊旗艦/15艦長松山光治(兵40)大佐、(-40.11/1)工作部員坂上富平(機26)機関大佐

40.5/29-11/7上海方面を警備11/15連合艦隊付属、艦長森野草六郎(兵40)大佐、工作部長鳥山祐蔵(機24)機関大佐

41夏、フランス領南インド=シナ進駐によりカムラン湾に進出8/20(-42.6/15)工作部長赤松嘉一郎(機25)機関大佐9/13艦長田村劉吉(兵41)大佐10/1副長和田純久(兵45)中佐>有馬純広(兵47)中佐11/19呉出港/20第11特別根拠地隊の一部、駆潜艇1隻とで馬来部隊カムラン湾基地部隊に配属/28-12/5三亜寄港/7カムラン湾入港後防材設置に従事

42.3/9カムラン湾出港/11セレターにWW2時における最初の日本艦として入港後特務艦鶴見、軽巡洋艦那珂等の修理に従事5/22シンガポール出港後駆潜艇第9号に護送されて機材補充の目的で呉へ回航中/25.2327カムラン湾の南南東120nmの南シナ海(09゚37'N/109゚50'E)でアメリカ潜水艦(SS182)サーモンの発射した魚雷1本が左舷中央缶室に命中、約10秒後に後部水雷室付近に1本が命中し主機、発電機停止/26.0049左舷部に30゚傾斜し船体を放棄.0103沈没し16名が死亡、4(#130)or2名が行方不明となり1名(日射病で休養中)が救助後死亡、生存者田村艦長以下583名(赤松工作部長以下3名が重傷)

7/10or6/15除籍.

IJN Shikishima class battleship Asahi.

信号符字JFCQ.

Line.

1906.5/10愛知県中島郡明知、祐賀、上祖父江、玉野村と大徳村の一部が合併した際に新村名をどうするかで夜を徹した所、日本海海戦1周年の新聞記事に触発され、戦時中、戦艦朝日に乗艦していた者がいたことから朝日村という村名が決定されたがこの朝日村は1955.1/1尾西市(2002.4/1一宮市)に編入されるまで存続した.

舞鶴市には朝日通り等軍艦名にちなんだ通りが多く見られる.

また、愛知県日進市は1906.4/1or5/10愛知Echi郡香久山、白山、岩崎の3村が合併した際に装甲巡洋艦日進の艦名をとって日進村と命名されたことに由来する.

上記の情報を提供して下さったのまこっちゃん様

ならびにbashi様に深く感謝致します.

2005年5月4日

候補艦名白根.

艦名は(1)に由来するものと思われるが、姉妹艦敷島とともに本居宣長の和歌「しき嶋やまとごゝろを人とはゞ朝日にゝほふ山ざくら花」に由来するものと考えるならば(2)に由来するものと思われる.

同艦の素晴しい写真が所長木宏之提督の絵葉書に見る日本海海戦時の連合艦隊主力中に収められています.

戦艦朝日カッター(3号艇)

広瀬神社(大分県竹田市大字竹田)所蔵

写真提供Sampon様

Special Thanks !

広瀬神社は1904.3/27第2次旅順閉塞戦で福井丸指揮官として参加中に砲弾を受けて死亡した朝日水雷長広瀬武夫(兵15)少佐(中佐)を祭る神社として1930その故郷である大分県竹田市に創建が決定35社殿が竣工した.

戦艦朝日水雷長としてしばしばカッターの指揮をとった広瀬を偲ぶよすがとして1937海軍から奉献されたこのカッターであるが、第2次旅順閉塞戦時に乗っていたカッターであるとは限らない.

IJN Shikishima class battleship Asahi.

Illustrated by Iyapopo.

Up---------------------------------Down

日本 朝日級工作艦

11441st

oa129.6pp122.10x22.94x6.93m

R(直立3連成3気筒)x2/2 ロ号艦本水管式石炭専焼缶x4 12.0knt 石炭1772t

3年式8cm(76/40mm)AAIx(1+1)+0=2 12.7or25mmMGx1

乗員286

同型艦(1/1937改造)

朝日.

1924事故により沈没した工作艦関東代艦として34計画により工作艦明石を建造中(39竣工)37日中戦争の再発によりワシントン海軍軍縮条約により武装撤去され特務艦(練習特務艦)となっていた敷島級戦艦を改造.

UpDown

朝日丸

嶋谷汽船貨物船(大阪)

小野鉄工造船所(大阪)で1917.11進水.

2205T pp82.30x11.89x(7.24)m R(3連成)x1/1.

船舶番号21997.

信号符字NRTJ.

第6札幌丸級貨物船4隻の第2船.

UpDown

第2朝日丸

新田汽船貨物船(愛媛県味生)

新田汽船新田(大阪)造船所で1919.6進水10.0kntを公試で発揮

21神戸船籍

22共立汽船(和歌山県住江)に譲渡

23神戸船籍

38北海道炭鉱汽船(東京)に譲渡

41.11陸軍が徴用/8高雄出港後上海、南京、漢口間を往復5/4-6神戸寄港後長江で輸送任務に従事

42.10/15大阪入港後大阪=釜山航路に就航

43.11/23合併により三井物産船舶部に譲渡

44.5/10.0430父島出港後4510船団を編成5/13横須賀入港7/9.1000第9師団主力、独立速射砲第3、7大隊、戦車第27連隊、野戦重砲兵第1連隊を乗せ白根山丸等とカナ912船団を編成し怒和島等の護衛下に鹿児島出港/11.1730那覇入港後部隊を揚陸8/11高雄出港後香港へ航行中/13香港東南東約65km(22゚03'N/114゚44'E)で爆撃を受けて沈没し船砲隊員4船員18計22名が死亡.

1323(1940)T pp67.00x10.60x(5.60)x4.87m R(3連成)x1 710ihp 8.0knt.

船舶番号25940.

信号符字RQMT.

姉妹船第2万栄丸.

UpDown

旭丸

岩川善吉他所有木造ケッチ型漁船(高知県長浜)

1928.7進水

40井上宇太郎(油津)が購入

44.4/11海軍が徴用

/25横須賀鎮守府所管特設監視艇第2号旭丸と呼称され第6富正丸第2海幸丸とともに北東方面艦隊第22戦隊第4監視艇隊に編入(艇番号434)

9/29第22戦隊第3監視艇隊に編入

45.2/20横須賀鎮守府部隊横須賀防備戦隊横須賀防備隊に編入7/15横須賀防備隊は第1特攻戦隊に編入7/18.1432浮島沖で対空戦闘.1835撃墜機乗員2名を収容8/15敗戦時、残存11/30徴用解除

47.5/3除籍.

56(29)T 21.1x4.4x(2.4)m Dx1/1.

船舶番号33498.

UpDown

旭丸

河野宗郎所有貨物船

487r.

88T.

船舶番号34780.

UpDown

朝日丸

ソシエタ・エゼルチッティオ・バッチーニ/リヴァ・トリゴーソ造船所で1914.9起工11/28進水15.2竣工したイタリア、Transatlantica Italiana Societa Anomima di Navigazione客船ダンテ・アリギエリ

28近海郵船が購入し貨客船朝日丸と改名

7/23台湾航路(神戸=基隆)に就航

37.8/7or17台湾から帰投中、海軍が徴用/17呉鎮守府所管特設病院船となり旅客、貨物を神戸で下船後呉に回航され改装工事(士官、兵員、伝染病用病室、レントゲン室、手術室を設置、患者収容数120?)に着手、病院長兼第1部長若生良穂(東大医)軍医大佐、(-12/1)第2部長金井泉(新潟医専)軍医中佐、(-11/1)乗員川田理軍医中佐/25工事完了し呉出港後上海=日本本土間を14回往復し約1万名を輸送9/5第3艦隊に編入10/20支那方面艦隊に編入11/15上海入港時に砲撃を受けるが被害なし12/1病院長兼第1部長高城喬(岡山医専)軍医大佐

38.3/25支那方面艦隊附属第2特務隊に編入、同夜、三菱重工業神戸造船所で船体検査と設備改装の目的で第1岸壁に係留中、動揺制御タンクの誤認操作から左舷に傾斜/26朝、岸壁に寄り掛かった状態で擱座しプロムナード・デッキ船室まで浸水5/3日本サルヴェージが浮揚6/9復旧工事完了/12呉出港後上海に進出し病院船任務を継続11/15病院長兼第1部長上原純之助(京都府立医専)軍医大佐

39.9/8合併により日本郵船に移籍11/15(-40.11/15)病院長兼第1部長田辺優(長崎医専)軍医大佐

40三菱重工業横浜造船所で第2煙突(ダミー)を撤去11/15連合艦隊付属

41.9/20(-42.11/1)病院長兼第1部長神立金作(慈恵医専)軍医大佐12/3佐伯出港後パラオに進出

42.2/11佐世保入港/21呉出港3/26ティモール島クーパン港内でイギリス機の攻撃に遭遇(日中戦争をのぞくWW2時に攻撃を受けた最初の日本病院船/31大本営発表)4/22高雄入港

43.3/5ラバウル出港/8-12トラック寄港/14サイパン寄港/20呉入港10/1呉工廠で艤装工事に着手/31徴用解除11/7工事完了/10除籍と同時に呉鎮守府所管特設運送船(雑用船乙)/28呉出港

12/19.1200シンガポール出港後あさしほ丸等とヒ24船団を編成

44.1/4佐世保入港/7-9大阪/13-9佐世保寄港

2/4.1700呉出港後神戸へ航行中/5.0253牛島の西方2kmの備讃瀬戸(34゚21'N/133゚46'E)でタンカー満珠丸と衝突し野田船長の命令により沖の洲東北端に擱座後全員救助/19船体に亀裂が発生/24船体折損、放棄

7/15除籍

12/1徴用解除

49解体.

9738(#120)or9326(4650[Hdw]or5838[本邦建造船])or8998(日本の客船1)T oa153.5pp147.2x18.1x(11.4)x7.8-8.0m

R(4or3[#120]連成往復)x2 9300ihp 17.3(航海16.0)knt 一等63二等220三等672名.

2檣2本煙突(後部煙突はダミー).

姉妹船大和丸(exジュゼッペ・ヴェルディ)とともにダミー・ファンネルを有した唯一の日本の大型客船.

(2)?.

UpDown

旭丸

ブローム+フォス/ハンブルク造船所で1890竣工1900.3/27大阪商船が購入し汕頭丸と改名27.12瑞鳳丸と改名されたドイツ、Chinesische Kustenfahrt Ges貨客船Swatow(ハンブルク)を

37旭汽船が購入し旭丸と改名され丸辰海運が運航

44.2/21朝鮮半島南岸で沈没し乗員23名が死亡.

986T 9.0(8.0)knt.

船舶番号42959.

信号符字JNXL.

UpDown

旭丸

日本海洋漁業漁船

37T.

船舶番号35942.

UpDown

朝日丸>第2号朝日丸

占部造船鉄工所で1934.8/14進水した宗像汽船貨物船第3福栄丸(神戸)が

37朝日組回漕店に移籍し朝日丸(東京)と改名

41.8/31海軍が徴用9/20呉鎮守府所管特設掃海艇となり第2号朝日丸と改名され占部造船鉄工所で艤装工事に着手、艇長隅部五夫(神戸商船)大尉10/14工事完了/15特設掃海艇眉山丸等からなる第33掃海隊に編入/22就役11/1呉出港/12吉見(下関)入港12/8第33掃海隊等で下関防備隊を新編後吉見を基地に任務に従事

43大朝汽船>大洋興業に移籍

45.8/15敗戦時、残存(A023)11/30除籍

46.8/10徴用解除.

283(152)T 36.5x7.0x(3.5)m 焼玉x1/1 240hp.

船舶番号39686.

信号符字JWII.

参考:隅部五夫著「機雷掃海戦-第154号海防艦長奮戦記」1987成山堂書店(2008光人社NF文庫として再刊).

UpDown

第3朝日丸

1907?建造

44.1/25ラバウル(概位4゚15'S/152゚40'E)で爆撃を受けて沈没.

147T.

UpDown

朝日山丸

三井船舶貨物船

三井物産造船部玉工場で1935.3/31進水4/30竣工し姉妹船明石山丸とともにバンコック航路に就航

41.12/18海軍が徴用/20横須賀鎮守府所管特設運送船(雑用船乙)

42.1/21敦賀丸等とタラカン出港/24.0140バリクパパンに上陸開始後泊地に侵入してきたアメリカ駆逐艦(DD228)ジョン・D・フォード等4隻の砲撃を受けて中破

3/7.1500鹿島灘(36゚38'N/141゚06'E)でアメリカ潜水艦(SS210)グレナディアの発射した魚雷を回避

5/22.1155市江崎南方日置沖1nmの紀伊水道(33゚30'N/135゚27'E)でアメリカ潜水艦(SS236)シルヴァーサイズの発射した魚雷を受けて大破、擱座

43.10/30.1600まるた丸、花川丸、照川丸、帝香丸、基山丸、陽山丸、山幸丸、聖山丸、帝坤丸、大島丸、鎮海丸、泰南丸、豊丸、楡林丸、神国丸、生和丸と第110船団を編成し第2号哨戒艇等に護送されて六連出港11/2.0810対潜戦闘/4.1410高雄入港/18.1225利山丸、まどらす丸、鳥取丸、越前丸、赤城山丸、松栄丸とH5(甲)船団を編成し第2号哨戒艇に護送されてマニラ出港/22.1600第2京丸が護衛に加入/23.0600第2号哨戒艇が分離/24ハルマヘラ島カウ入港

44.1/19.0730第1小倉丸等と第130船団を編成し笠島等に護衛されて門司出港/23空襲を受け/23-5福瑶島兪山寄港/25空襲を受け高雄に向かう予定を変更して基隆入港/31.0920武津丸等と第133船団を編成し第31号哨戒艇等に護送されて門司出港2/6.1500高雄入港/8.1100くらいど丸等とタパ01船団を編成し第31号哨戒艇に護送されて高雄出港/16.0845-3/6.0800パラオ寄港後たすまにあ丸等とパタ04船団を編成/13.1000高雄入港5/17.0430辰春丸、祥山丸、備後丸、明隆丸、江ノ島丸、美保丸、美濃丸、山珠丸等からなる第4517船団を編成し駆逐艦朝凪等に護送されてサイパン出港後山珠丸が港口で座礁、脱落/20未明、父島南東海面を北上中、アメリカ機動部隊発見の報告を受けて北西に転針し父島北方を経て小笠原列島の西側を北上/22朝凪が被雷沈没/24.1730東京入港7/2マニラ出港後イサベラ、ピートン寄港/14カウ湾入港後カウ南西約20kmのマリウット(01゚00'N/127゚45'E)で揚陸中/24.0040アメリカ陸軍航空隊B24爆撃機1機による空襲を受け船体後部に命中した爆弾により炎上後搭載爆薬に引火爆発、廃船となり船砲隊員3船員3名が死亡、29名が行方不明9/10徴用解除と同時に除籍.

4551(6481)T 109.7x15.24x(8.84)m Dx1/1 3171bhp 15.27knt 乗客12.

船舶番号40205.

UpDown

旭丸

市田満義木造ケッチ型漁船

枕崎造船所で1938.12進水39.2竣工

41.7/6海軍が徴用/25佐世保鎮守府所管特設監視艇9/1鎮海防備隊に編入

45.7/29釜山東方竹辺里灯台の130゚500m(概位35゚00'N/129゚55'E)で座礁/31船体放棄11/3徴用解除

47.5/3除籍.

177(107)T 27.0x5.8x(3.0)m Dx1/1.

船舶番号44460.

信号符字JQPL.

UpDown

第2旭丸>第3号旭丸

個人所有漁船

1936.11進水

44.3/16海軍が徴用4/15横須賀鎮守府所管特設監視艇となり第3号旭丸と呼称され北東方面艦隊第22戦隊第4監視艇隊に編入

8/1第22戦隊を連合艦隊に編入

45.8/10徴用解除と同時に除籍/15敗戦時、残存.

74(41)T 22.8x4.7x(2.7)m Dx1/1 100hp.

船舶番号42175.

信号符字JSFK.

木造ケッチ型.

UpDown

第2旭丸

木造漁船

枕崎造船所で1937.12進水

41.9/20海軍が徴用し佐世保鎮守府所管特設監視艇となり第7防備隊に編入

42.2/1横須賀鎮守府所管特設監視艇となり特設砲艦安州丸等と第2監視艇隊を新編

45.8/10除籍.

164(98)T 27.4x6.1x3.1m Dx1.

船舶番号43352

信号符字JQGL.

UpDown

旭丸>第2号旭丸

個人所有漁船(油津)

1928.7進水

44.4/11海軍が徴用/25横須賀鎮守府所管特設監視艇となり第2号旭丸と呼称され北東方面艦隊第22戦隊第4監視艇隊に編入

8/1第22戦隊を連合艦隊に編入9/29第3監視艇隊に編入

45.2/20横須賀防備隊に編入8/15敗戦時、残存11/30徴用解除

47.5/3除籍.

56(29)T 21.1x4.4x(2.4)m Dx1/1 92hp.

船舶番号33498.

木造ケッチ型.

UpDown

朝日丸>第3号朝日丸

漁船

1942.2/10海軍が徴用し舞鶴鎮守府所管特設監視艇第3号朝日丸と改名され特設監視艇備讃丸、第2南進丸、第15大日本丸、第11号紀美丸、美島丸、オーストラリヤ丸、鳥取丸、第5光進丸と第8特別根拠地隊に編入.

UpDown

第5旭丸

1936.11進水した清水浜漁業共同組合漁船清興丸(土佐清水)を

42立石実義が購入し第5旭丸(枕崎)と改名

44.9/9海軍が徴用

10/20横須賀鎮守府所管特設監視艇となり喜久丸等と第22戦隊隷下に第6監視艇隊を新編し呉工廠で艤装工事に着手11/16工事完了

45.2/20第6監視艇隊の解隊により第3監視艇隊に編入8/10徴用解除と同時に除籍/15敗戦時、残存.

UpDown

第9旭丸

隆昌海運>中村汽船貨物船

1939建造

WW2時に海軍が徴用し特設運水船

43.11/6ブーゲンヴィル島近海を行動中、ブカ島西方海上(概位05゚15'S/154゚30'E)でアメリカ陸軍航空隊B25爆撃機による爆撃を受けて給水船朝山丸とともに浸水沈没し船員4名が死亡.

227T 31.90m.

船舶番号45922.

信号符字JFVN.

UpDown

第11旭丸

軍需省貨物船

1944.11/18八丈島の南東約150nm(31゚40'N/141゚47'E)でアメリカ潜水艦(SS189)ソーリの発射した魚雷を受けて大破.

110T.

船舶番号51495.

UpDown

港務用船あさひ

1927.10竣工した旧日本海軍木造港内交通船が

48.5/1海上保安庁に創設とともに移管され港務用船(H25)あさひ(1)と改名され横浜海上保安本部に配属

6/4再就役

49.6/1解役.

29.2st 9.0knt.

b.

UpDown

港務用船あさひ

土佐造船(高知)で1953.8?竣工した旧日本海軍25t型砲艇が

48.7/25海上保安庁に引渡され港務用船(H140、CL29)あさひ(2)と改名し神戸海上保安本部高知海上保安部に配属

50.6/1神戸海上保安部第5管区海上保安部に改編

54.5/1(CL127)

67.10/16竣工し高知海上保安部に配属されたた巡視艇(CL40)しおかぜと交代して9/27解役.

b.

UpDown

灯台見回り船あさひ

波崎で1950.10竣工した船を

1950計画3T型灯台見回り船として海上保安庁に編入し灯台見回り船(/、LS118)あさひ(3)と命名され犬吠崎航路標識事務所に配属

78.3/31解役.

(2).

UpDown

警備艦>護衛艦あさひ

フェデラル/ポート・ニューアーク造船所で1943.7/26竣工47.5/16予備役に編入されグリーン・コーヴ・スプリングスで保管されていたアメリカ、キャノン/ボストウィック級(DET型)護衛駆逐艦(--/76+44、DE168)アミック

55.6/14日米船舶貸借協定による第5次貸与艦としてボストン工廠で姉妹艦(DE169)アサートン(はつひと改名)とともに日本にMDAP貸与され海上警備隊、あさひ級警備艦(1/2)あさひAと改名しはつひとともに横須賀地方隊隷下に第6護衛隊を新編し横須賀に配備後ノーフォークで就役訓練を実施

9/26ノーフォークor10/1ボストンを高根1佐以下165名の運航により出港後ニュー・ヨークパナマ運河ロング・ビーチサン・フランシスコホノルル等を経て11/25横須賀入港

56.3/1第6護衛隊自衛艦隊第1護衛隊群に編入

57.9/1(DE262)

59.6特別改装工事時にソナーを換装

60.10/1護衛艦12/1第6護衛隊は護衛艦(PF297)しい等と第3護衛隊群を新編し横須賀に配備

61.9/1第3護衛隊群護衛艦隊に編入

62頃、SA、SLレーダーを撤去し国産のOPS-16対水上レーダーに換装

64.12/10第6護衛隊の解隊により練習艦隊第1練習隊に編入され呉に配備

75.4/7返還のためはつひとともに呉を出港6/13海上自衛隊に貸与された艦艇中、最後に横須賀で除籍、返還(海上自衛隊最後の外国製護衛艦)され横須賀で係留保存

78.12/23フィリピンに売却79韓国で整備と近代化改装を実施80.2/27ダツ・シカツナ級フリゲート(1/2、PF5)ダツ・シカツナとして再就役89除籍.

(2).

Up---------------------------------Down

海上警備隊 あさひ級警備艦

1240s1520ft

oa93.27x11.16x(6.1)x3.01m

DE(Dx4)/2 6000hp 20.0knt

Mk22、76/50mmIx2+1=3 Mk1、40mmMGIIx1+(1+1)=6 20mmMGIx8 Mk10、ヘッジ・ホッグx1 K砲x8 爆雷投下軌条x2

Mk26レーダー付Mk52射撃指揮装置x1(艦橋上) Mk51射撃指揮装置x3(40mmMG用) SA対空レーダーx1 SL対水上レーダーx1

乗員220

該当艦(2/1955貸与)

DE262 あさひ(exDE168 アミック>フィリピン、PF5 ダツ・シカツナ).

263 はつひ(exDE169 アサートン>フィリピン、PF6>11 ラジャ・フマボン).

JMSDF Asahi class escort (DE263) Hatsuhi circa 1956 & 1967.

日米船舶貸借協定により引渡されたアメリカ、キャノン/ボストウィック級(DET型)護衛駆逐艦の後身.

海上自衛隊唯一のディーゼル・エレクトリック推進艦.

UpDown

海上自衛隊 あさひ級護衛艦

5100st

oa151x18.3x(10.9)m

COGLAG(LM2500IECx2+Ex2)/2 6800hp 30knt

127/62mmIx1 20mmCIWSx2 Mk41VLS(16セル)x1 90式SSMIVx2 ASTTIIIx2

ヘリコプター(SH60K)x1

同型艦(--/2018-)

DD119 あさひ.(2014計画5000t型護衛艦1614号艦として16起工17進水19.3竣工予定).

Up---------------------------------Down

護衛艦あさひ

海上自衛隊B あさひ級護衛艦(1/--)DD119

2013計画5000t型護衛艦1613号艦

三菱重工業長崎造船所で2015.8/4起工

16.10/19進水時に護衛艦あさひと命名

18.3竣工予定.


Since 17 Dec. 2001.

Last up-dated, 24 Oct. 2016.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#55.

Asahi.

Ver.1.16a.

Copyright (c) hush ,2001-16. Allrights Reserved.

Up


動画