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Kinu.   怒.

軍艦鬼怒@ 鬼怒川丸 

[地名]鬼怒川.

群馬、栃木県境の白根山北部の金精峠付近に発し、栃木県中央部、茨城県南西部を経て関東平野を南下して利根川に合流する全長176.7kmの川.

本来は香取海に注ぐ独立河川であったが、江戸時代初期に利根川を東方に流れるようにした際に支流となった.

支流に華厳の滝で有名な大谷Daiya川等があり、上流の栃木県日光市に鬼怒川温泉がある.

「常陸国風土記」等には毛野河と記されており、後に上野、下野に分かれた毛野国を流れることに由来するものと思われるが、平安時代には衣川と記されるようになり、絹川とも表記されたが、明治初期に現在の鬼怒川になった.

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軍艦鬼怒

IJN Kuma / Nagara class light cruiser Kinu, 1944.

Illustrated by Iyapopo.

日本@ 改球磨/長良級軽巡洋艦(5/6)

1918計画二等巡洋艦

20.10/1軍艦鬼怒と命名

川崎重工業神戸造船所で21.1/17起工

22.5/10艤装員長矢野馬吉(兵28)大佐、艤装員太田宇一(機14)機関少佐/29進水10/26艤装員(11/10分隊長12/20-23.12/1通信長)殿村千三郎(兵40)大尉11/10矢野艦長の指揮下に竣工し呉鎮守府籍

12/1姉妹艦名取長良第2艦隊隷下に第5戦隊を編制、砲術長松本善治(兵36)少佐>庄司弥一(兵36)少佐、分隊長中村a郎(機23)機関大尉

23.2/18呉出港後南洋方面で行動し3/20(-12/1)分隊長今泉英三(機25)機関大尉/23横須賀入港7/1(-12/10)分隊長石川雄三(機25)機関大尉8/13副長日比野正治(兵34)中佐/25横須賀出港後中国方面で行動し9/4呉入港11/10(-24.4/10)機関長伍賀満(機17)少佐、(-12/10)軍医長田辺優(長崎医専)軍医大尉12/1予備艦、艦長及川古志郎(兵31)大佐、(-/10)通信長末広由己(兵43)大尉、(/10兼木曽)主計長北崎来(経5)主計大尉

24.1/10艦長竹内正(兵30)大佐5/1(-25.11/10)副長和田専三(兵34)中佐/10(-12/1兼木曽-25.12/1)主計長井川一雄(経6)主計大尉8/24(-12/1)分隊長心得山本善雄(兵47)中尉11/10艦長松崎直(兵31)大佐、砲術長堀内馨(兵40)大尉12/1第1艦隊第3戦隊に編入、航海長堀内茂礼(兵39)少佐、(-26.12/1)分隊長貝塚武男(兵46)大尉、軍医長後藤顧三郎(千葉医専)軍医大尉

25.3/30佐世保出港後秦皇島方面を行動し4/5旅順入港7/31(-26.12/1)軍医長片岡克己(長崎医専)軍医大尉8/20分隊長吉村亀釈(機30)機関中尉12/1艦長瀬崎仁平(兵32)大佐、砲術長遠藤喜一(兵39)少佐、航海長岸福治(兵40)少佐、(-26.12/1)分隊長向野一(機24)機関大尉、(-27.11/15)堀江隆介(機30)機関中尉(26.12/1機関大尉)

26.3/30沖縄、中城湾出港後華南方面を行動4/26佐世保入港11/1艦長小野弥一(兵33)大佐、(-27.12/1)航海長木村進(兵40)少佐12/1(-27.3/19)副長野田清(兵35)中佐、(-27.12/1)砲術長入船直三郎(兵39)少佐、(-27.12/1)通信長磯部淳(兵43)大尉

27.3/26佐伯出港後青島方面を行動5/14呉入港11/15艦長小籏巍(兵33)大佐12/1予備艦、水雷長篠田清彦(兵43)大尉、(28.1/15-4/20兼浅間主計長7/1兼那智艤装員-9/10)主計長南部忠蔵(経6)主計大尉

28.9/5(-29.11/30)機関長大野董(機20)機関少佐(12/10機関中佐)12/10第11、第12第23駆逐隊第2艦隊隷下に第2水雷戦隊を編制、艦長田尻敏郎(兵33)大佐、砲術長升田仁助(兵42)少佐、航海長石井敬之(兵43)少佐、水雷長渋谷紫郎(兵44)少佐

29.3/28呉出港後華中方面を行動4/3旅順入港11/1水雷長清水利夫(兵46)大尉/30艦長中島隆吉(兵35)大佐、(-30.5/2)副長寺田祐次(兵37)中佐、砲術長木下三雄(兵43)少佐、(-30.6/20)航海長野元為輝(兵44)少佐、分隊長四方好治(機29)機関大尉、軍医長田辺優(長崎医専)軍医少佐

30.5/17古仁屋出港後南洋方面を行動6/19横須賀入港11/1(-31.12/1)砲術長猪口敏平(兵46)少佐、(-12/1)水雷長森寛(兵48)大尉12/1第11、第12、第19駆逐隊第2艦隊隷下に第2水雷戦隊を編制し司令官後藤章(兵31)少将旗艦、艦長坂本伊久太(兵36)大佐、分隊長増井三十四(機32)機関大尉

31.1/10(-12/1)機関長山口真澄(機22)機関中佐3/29福岡出港後青島方面を行動4/5旅順入港12/1予備艦、(32.5/10-20兼朝日)艦長佐倉武夫(兵37)大佐

32.6/1(-11/15)分隊長鈴木保厚(兵49)大尉11/1警備艦兼海軍兵学校練習艦12/1(-33.9/1)副長久重一郎(兵40)中佐、(-33.9/1)分隊長堀江隆介(機30)機関大尉

33.8/16館山出港後南洋方面を行動8/21木更津沖入港9/1(-11/15)副長安場保雄(兵42)中佐11/15予備艦、艦長木幡行(兵37)大佐、(-34.11/15)機関長赤松嘉一郎(機25)少佐

34.2/2呉工廠にて特定修理に従事10/22(-35.11/15)副長新美和貴(兵40)中佐11/1艦長遠藤喜一(兵39)大佐/15警備艦兼海軍機関学校練習艦、(-35.10/31)機関長大江秀三(機26)機関中佐

35.11/15第2艦隊第2潜水戦隊に編入、艦長三輪茂義(兵39)大佐、(-36.12/1)砲術長安藤憲栄(兵51)少佐

36.4/13福岡出港後青島方面を行動/22佐世保入港8/4馬公出港後厦門方面を行動/6高雄入港12/1第1艦隊第8戦隊に編入、艦長石川茂(兵40)大佐、副長坂田義人(兵46)中佐

37.3/27佐世保出港後青島方面を行動/6?有明湾着7/29水雷長家木幸之輔(兵52)少佐>華頂博信(兵53)大尉(12/1少佐)8/10佐世保出港後華中方面を行動11/23呉入港12/1艦長田代蘇平(兵41)大佐、副長萱場松次郎(兵44)中佐、航海長山崎嘉吉(兵50)少佐

38.4/9佐世保出港後華南方面を行動/14基隆入港9/20館山出港後華中方面を行動/28佐世保入港10/9馬公出港後華南方面を行動11/17呉入港12/15艦長渡辺清七(兵42)大佐

39.3/22鹿児島出港後華北方面を行動4/2佐世保入港11/1(-40.8/27)副長山本岩多(兵46)中佐/15予備艦、艦長橋本愛次(兵39)大佐

40.4/20艦長伊藤徳尭(兵39)大佐11/1特別役務艦/15警備艦兼兵学校練習艦12/2艦長矢牧章(兵46)大佐/27主計長奥好晴(経25)主計中尉>高山博吉主計中尉

41.1/9-11、16-9、21-2/8、18-27、3/5呉防備戦隊旗艦を第46号哨戒艇に1/20-1、2/17-8、3/1-5八雲に一時変更3/15艦長鍋島俊策(兵42)大佐

4/10呉防備戦隊旗艦を金城山丸に継承し海軍潜水学校から連合艦隊第4潜水戦隊に編入され旗艦6/17機関長石清水明機関少佐>木下慶一郎機関少佐

8/11艦長加藤与四郎(兵43)大佐9/1特設潜水母艦名古屋丸第18第19第21潜水隊連合艦隊隷下に第4潜水戦隊を編成し司令官吉富説三(兵39)少将旗艦

12/8開戦時第4潜水戦隊旗艦/14カムラン湾出港後クアンタンKuantan北東沖で重巡洋艦等鳥海とともに第2次マレー上陸作戦を支援/17軽巡洋艦由良等とともにミリー上陸作戦を支援

42.2/1第4潜水戦隊は南方部隊甲潜水部隊に部署/17カムラン湾出港後名古屋丸とともに/20ダバオ寄港/23-4スターリング湾寄港3/10第4潜水戦隊解隊9/21副長岡巌(兵50)中佐12/22艦長上原義雄(兵45)大佐

43.2/21球磨とともに第5師団歩兵1連隊中、兵員333名、92式7cm歩兵砲(大隊砲)2門を乗せてスラバヤ出港/27ニューギニア南西部のカイマナ湾に揚陸後オランダ領東インド諸島カブイ湾に陸戦隊を揚陸、警備に従事3/22艦長板倉得止(兵42)大佐.4シンガポール第101工作部で整備に従事後第16戦隊旗艦を継承5/14リンガ泊地を視察/15出港後バタビア回航8/20(-44.4/10)副長永井貞三(兵51)中佐

44.2/4艦長川崎晴実(兵46)大佐

4/23サイパン出港後軽巡洋艦夕張とともに東松3号船団を護送して/24-6パラオ寄港

8/7シンガポール出港後第27駆逐隊(時雨五月雨)に護衛されてブルネイマニラ経由でパラオへ航行中/18.0100頃、パラオ北端で五月雨が座礁(/26被雷沈没)9/25第16戦隊は第2艦隊隷下となりリンガで訓練に従事

10/11シンガポールで重巡洋艦青葉と接触/16第16戦隊旗艦として駆逐艦浦波を率いてシンガポール出港/20-1ブルネイ寄港後南西方面艦隊に復帰し青葉等とマニラへ航行中/23.0430青葉が被雷.2200青葉を曳航してマニラ入港/24アメリカ第38任務部隊空母搭載機のマニラ空襲により損傷.0630マニラ出港後浦波等とミンダナオ経由でオルモックへ兵員を輸送する第1次多号作戦に従事中/26イロイロの北東沖のスルー海(11゚46'N/123゚11'E)でアメリカ第77任務部隊第4群第2隊の護衛空母搭載機約50機の爆撃を受けて航行不能となって漂流中.1730沈没12/20除籍.

信号符字JLMA.

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Kinugawa.鬼怒川.

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鬼怒川丸

東洋海運貨物船(東京)

三菱重工長崎造船所で722番船として1938.3/31起工8/24進水11/30竣工

1941.12/8.0300マレーシア東岸ターペに阿蘇山丸とともに第5師団兵員を駆逐艦東雲に援護されて揚陸

42.11/13第2次ガダルカナル強行輸送作戦として長良丸等ととともにラバウル出港/14ガダルカナル島タサファロンガ沖(08゚58'S/159゚60'E)で爆撃を受けて沈没.

6937T pp132.59x17.83x(10.01)m Dx1/1 4000bhp 16.247knt.

船舶番号45430.

信号符字JURM.

姉妹船富士川丸.


Since 4 Mar. 2002.

Last up-dated, 9 Aug. 2016.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

IJN Kuma / Nagara class light cruiser Kinu, 1944. Illustrated by Iyapopo.

Kinu.

Ver.1.16a.

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