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Aoba.  青葉.あおば.

厳冬の若狭湾と青葉山

(高浜町城山公園から)

このページを上掲の素晴らしい写真を提供して下さった撮影者の井須一郎氏に感謝の気持ちを込めて贈呈致します.

なお、氏の撮影された写真の数々は中に「青葉山と山野草」のpageとして公開されております(双方とも閉鎖中).

2003年11月18日.

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JMSDF Kongo class Aeges escort ship (DDG175) Myouko & Mt. Aoba.

2005年5月1日舞鶴港にて撮影.

[地名]青葉山.

Mt. Aoba.

京都府舞鶴市、福井県大飯郡高浜町境、若狭湾国定公園内に位置する東西2峰からなる白山火山帯に属する標高699mの円錐状休火山で大浦半島の最高峰.

舞鶴港の裏山になり、山麓に西国33ケ所29番札所真言宗松尾寺がある.

青羽山、馬耳Baji山、丹後富士とも.

宮城県仙台市郊外の青葉山に伊達政宗Date Masamuneが築いた青葉城があり1971臨時列車として発足72定期化された仙台=秋田間の気動車特急あおばの名は、この青葉城に由来する.

この特急は1975急行きたかみとなって消滅したが82東北新幹線仙台発着の列車として復活した(盛岡発着はやまびこ).

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日本 青葉級重巡洋艦→改古鷹/青葉級一等巡洋艦.

IJN Furutaka class heavy cruisers Furutaka, Kinugasa and Aoba at anchor off Shinagawa, on 4-10 Oct. 1935.

(Copyright Naval Historical Center).

IJN Improved Furutaka / Aoba class heavy cruiser Aoba soon after copletion.

Naval Historical Center.

#NH97728.

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日本@ 改古鷹/青葉級重巡洋艦(1/2)

IJN Improved Furutaka / Aoba class heavy cruiser Aoba.

Illustrated by Iyapopo.

IJN Improved Furutaka / Aoba class heavy cruiser Aoba Oct. 1945.

旧1920計画第2巡洋艦(中型巡洋艦)23(ワシントン海軍軍縮条約による新)補充計画第4甲級巡洋艦として23.9/18軍艦(一等巡洋艦)青葉と命名され三菱重工業長崎造船所第2船台で第400番船として24.2/4起工26.9/25進水27.4/1艤装員長大谷四郎(兵31)大佐36.035knt/110765shp/374.4rpmを密閉排気全力公試で発揮9/20大谷大佐の指揮下に姉妹艦衣笠より10日早く竣工し佐世保鎮守府籍

10/30横浜沖で実施された海軍特別大演習観艦式に参列11/15or12/1第2艦隊第5戦隊(原敢二郎[兵28]少将、衣笠、青葉、古鷹加古)に編入され旗艦、艦長井上肇治(兵33)大佐

28.3/29有明湾出港後青島方面で行動(以後、開戦まで姉妹艦衣笠とほぼ同一行動)4/9旅順入港12/1艦長日暮豊年(兵34)大佐

29.4第3主砲塔直前に呉式2号1型射出機を横須賀工廠で搭載3/28呉出港後芝罘方面で行動し4/3旅順入港10/5航海長草川淳(兵38)少佐11/30艦長片桐英吉(兵34)大佐、水雷長山田雄二(兵46)大尉(30.12/1少佐)

30-1高角砲にシールドを設置

30.5/17奄美大島古仁屋出港後南洋を行動6/19横須賀入港12/1艦長古賀峯一(兵34)大佐

31.12/1艦長星野倉吉(兵36)大佐、予備艦となり呉工廠で整備、修理を実施

32.11/15艦長小池四郎(兵37)大佐、同日or12/1第2艦隊第5戦隊に編入

32-3艦橋両翼に保式2型13mmMGIVx2を搭載し煙突に雨水除けを設置(当時90式2号2型水偵を搭載)

33.5/20第5戦隊第6戦隊と改称し旗艦6/29佐世保出港後華中方面で行動7/5馬公入港/13高雄出港後南洋を行動8/21木更津沖着11/15艦長杉山六蔵(兵38)大佐

34.2/20艦長三川軍一(兵38)大佐9/27旅順出港後青島方面で行動10/5佐世保入港11/15呉鎮守府籍となり艦長伍賀啓次郎(兵38)大佐

IJN Improved Furutaka / Aoba class heavy cruiser Aoba.

35.3/29油谷湾出港後華中方面で行動4/4佐世保入港11/15艦長平岡粂一(兵39)大佐、副長勝野実(兵40)中佐となり衣笠と第2艦隊隷下に第7戦隊(司令官古賀峯一少将)を再編(古鷹加古の近代化改装のため)し旗艦

36.2/27大阪入港後2・26事件に対応して陸戦隊を揚陸12/1(丸46-9)or11予備艦となり呉工廠で入渠、修理、副長田原吉興(兵43)中佐

37.8/15警備艦/19(丸46-9)or20-4上海上陸作戦に多度津より第11師団を輸送9/1予備艦11/15(38.6/3-14兼衣笠)艦長広瀬末人(兵39)大佐

38.10(#38、丸46-9)or11/15佐世保工廠で艦橋の大幅改正(主砲用檣楼測距儀の新設を含む)、主砲(3年式2号)、魚雷発射管の換装等を中心とする近代化改装に着手

39.11/15(-40.4/5兼能登呂6/10-7/20兼八重山)艦長秋山勝三(兵40)大佐、副長中津成基中佐(兵44)中佐

40.10/15副長溝畠定一中佐(兵46)/30工事完了11/1艦長森友一(兵42)大佐/15古鷹加古からなる第1艦隊第6戦隊(牧田覚三郎[兵38]少将)に編入され旗艦、機関長磯部太郎(機31)中佐

41.3/30-4/10第6戦隊旗艦を加古より一時継承5/1-7呉工廠に入渠7/25艦長久宗米次郎(兵41)大佐9/10第6戦隊司令官五藤存知(兵38)少将旗艦/25副長中村謙治(兵48)中佐11/7南洋部隊(第4艦隊)に編入/21南洋部隊グアム攻略支援隊を五藤少将の指揮下に第6戦隊で編成し旗艦/30.0930衣笠加古古鷹を率いて柱島出港12/2.1344母島に入港し攻略部隊旗艦津軽等と合流/4.0900攻略部隊出港.1700第6戦隊を率いて出港/8-10.1800グアム攻略部隊東方、グアム南方で支援(/10.1320連合艦隊司令長官は第6戦隊の主隊編入を中止)/11.1000第6戦隊は南方部隊(第2次)ウェーク攻略支援部隊を編成/12.0806-13.1230トラック寄港、補給/16.1300-/21.0600ルオット寄港後攻略部隊東方を北上/22.0652夕張等からなる攻略部隊、空母蒼龍等からなる機動部隊と合流/23.0200ウェークの東方50nmに進出.05-1000同島東方1-30kmで攻略を支援.1200南下後ポカアック=ウェーク間で支援任務に従事/25.1100ルオット入港

42.1/1マーシャル諸島東方にアメリカ機動部隊出現との報告により出港/5機雷敷設艦沖島等からなる南洋部隊R(ラバウル)攻略部隊に編入され第6戦隊は支援部隊を編成/6-7ルオット寄港/10-8.0600トラック寄港後沖島等からなる攻略部隊本隊西方で間接支援に従事/21カビエンの南西沖でオーストラリア空軍のカタリナ飛行艇に発見され、同飛行艇1機の攻撃に遭遇(空母翔鶴搭載機が撃墜)/24以降、ラバウル=カビエン間で索敵、支援に従事/30.0800ラバウル入港、燃料補給/30午後、出港/31午後、ニュー・ハノーヴァー島北岸イサベラパッセージ入港2/1.0715イサベラパッセージに陸戦隊揚陸予定中、空母(CV6)エンタープライズを中心とするアメリカ第8任務部隊のマーシャル諸島空襲により作戦中止.1122出港/4.1058-/5ルオット寄港/6クェゼリン入港、燃料補給.0500出港/10.1246トラック入港後整備に従事/20.0000夕張等をラエサラモア(SR)作戦支援部隊に編入(/21.1050頃、合流/22.1405分離)/24アメリカ機動部隊のウェーク空襲により機関を一時待機(出港せず)3/2トラック出港/5ラバウル寄港後衣笠加古古鷹ラエサラモア攻略戦に従事/9ブカ島クインカロラに陸戦隊を揚陸/27ラバウル出港後ブーゲンヴィル島攻略作戦に従事4/1ラバウル寄港/10-30トラック寄港後ポート・モレスビー攻略作戦に従事5/5-6ショートランド寄港/7珊瑚海海戦に参加/9ショートランド寄港/16-7トラック寄港/22.1351呉入港/25-9入渠6/16衣笠とともに呉出港/18軽巡洋艦天龍等からなる第18戦隊と合流/23-30トラック寄港後船団護衛7/2洋上補給/5-6キエタ寄港、燃料補給/7-9レカタ寄港、掃海、掃討、調査に従事/14レカタ出港/14第8艦隊を新編/16ラバウル入港/31-8/1ラバウル寄港/1-7カビエン寄港/7ラバウル出港/7-8重巡洋艦鳥海等とともにツラギ泊地に突入しアメリカ巡洋艦4隻を撃沈し左舷TTに被弾炎上(第1次ソロモン海戦)/9.0710加古が被雷沈没/10-7カビエン寄港/26キエタ入港/27ショートランド回航9/1キエタ入港後同方面で哨戒任務に従事10/11古鷹衣笠、駆逐艦吹雪初雪を率いてショートランド出港.2143ガダルカナル島ヘンダーソン飛行場砲撃の目的で航行中、アメリカ陸軍第11爆撃航空団所属のB17爆撃機が視認/12.2035重巡洋艦(CA38)サン・フランシスコ等からなるアメリカ艦隊を発見後軽巡洋艦(CL50)ヘレナのレーダー射撃を受けて艦橋を大破後集中砲撃(計32発)により155-203mm砲弾24発を第2、3主砲塔、方位盤、左舷高射装置、第2高角砲、第2探照灯、射出機、第2ボイラー室等に受けて大破し五藤少将、参謀2名、中村副長等士官8名を含む79名が死亡(サヴォ島沖海戦)/12.0800-/13ショートランド寄港後駆逐艦初雪に護衛されて/15トラック入港/22呉に入港し修理(第3主砲塔を撤去し予備砲身不足から25mmMGIIIx1を仮設置、13mmMGを25mmMGIIIx1に換装、前檣の3脚化)11/10呉鎮守府部隊に編入され重巡洋艦筑摩艦長荒木伝(兵45)大佐が艦長を兼任12/17艦長(兼大淀艤装員長)田原吉興(兵43)大佐/24副長石坂竹雄(兵50)、機関長高城為行(機31)中佐

43.2/15第8艦隊直轄艦となり呉出港/20トラック入港/24艦長山森亀之助(兵45)大佐/28トラック出港3/2-3ラバウル寄港/4駆逐艦初月に護衛されてカビエン近郊のメウエMoeweパッセージ湾に入港4/3.0400頃、駆逐艦初月文月とともにメウエパッセージ港内でアメリカ陸軍航空隊第4航空軍第43爆撃航空団のB17爆撃機3機と交戦中、後部右舷射出機付近に命中した爆弾が右舷前部(?)機械室で爆発炎上、TT内の魚雷2本の誘爆により炎上後多数の至近弾が命中、浸水し左15゚、前後30゚に傾斜し艦橋より後部を水没させた状態で沈没を避ける目的で擱座し36名が死亡、75名が負傷/13工作艦山彦丸が応急作業開始/16軽巡洋艦川内が曳航中に浸水、再擱座/21浮揚(日本水雷戦史)/21(丸46-9、中部太平洋海軍作戦)or5/2(太平洋戦争軍艦戦記)川内に曳航されカビエン出港4/25(丸46-9、中部太平洋海軍作戦)or5/7トラック入港後第4工作部で応急修理7/25トラックを2軸使用可能状態で出港8/1呉入港後復旧工事に着手(前檣に21号レーダー、同基部に電探室を新設、第3主砲塔復旧、後檣両側に25mmMGIIIx2を増備)11/10機関長高村正夫(機31)中佐/24修理完成12/15呉出港/20-1マニラ寄港/24シンガポール入港/25第1南遣艦隊に編入

44.1/3足柄シンガポール出港/4-5ペナンに寄港し陸軍部隊を搭載/6メルギーに揚陸/9シンガポール入港/11リンガ回航後訓練に従事/23軽巡洋艦大井、駆逐艦敷波と陸軍部隊を搭載しシンガポール出港/25ペナン北方のナンカウリ島に揚陸/25南西方面艦隊第16戦隊(左近充尚正[兵40]少将)旗艦を足柄より継承3/2オーストラリア=アデン間での通商破壊(サ1号作戦)の目的で第7戦隊(筑摩利根)を率いてバンカ泊地出港/4.1100ココス島北東約210nmに到達し索敵開始/9利根がイギリス貨物船バハー(7840T)を撃沈/12作戦終了/15午後スンダ海峡南口に到達/15夜、ジャカルタ入港5/29夜、第1次渾作戦(陸軍海上機動第2旅団ビアクBiak島逆上陸作戦)の発令により第16戦隊司令官左近充尚正少将の指揮下に第16戦隊(青葉、軽巡洋艦鬼怒第19駆逐隊[浦波敷波]、厳島)からなる輸送隊本隊、津軽等からなる輸送隊支隊、第5戦隊(重巡洋艦妙高羽黒)、第27駆逐隊(春雨、五月雨白露時雨)からなる警戒隊、戦艦扶桑、第10駆逐隊(風雲、朝雲)からなる間接護衛隊とともに渾部隊を編成(第1梯団、約2300名乗艦)/31タラカン出港後サンボアンガZamboangaを経て6/1-2.1845ダバオに寄港陸兵を搭載/3第30号掃海艇、第36、37号駆潜艇を渾部隊に編入.1100モロタイ島の北方64nm(揚陸地沖約540nm)でアメリカ陸軍B24哨戒機2機の触接により.2025連合艦隊司令長官の命令により/4の揚陸を中止/4午前、ワイゲオ島南西部ワアパリム湾入港/4.2030-5.0600ソロン寄港/8艦長山澄忠三郎(兵48)大佐/12第16戦隊(青葉、鬼怒)、第4駆逐隊(満潮、野分、舞風)、機雷敷設艦厳島、津軽、第36号駆潜艇、第127号輸送艦と輸送部隊を編成し第1機動艦隊から派遣された戦艦大和等と第3次渾作戦部隊をソロン沖バチャン泊地で編成/13あ号作戦の発令により作戦中止10/11シンガポールで軽巡洋艦鬼怒と接触/17セレターで入渠中、アメリカ軍のレイテ侵攻により修理を中止しリンガ湾回航/18リンガ出港/20-3ブルネイ寄港後南西方面艦隊指令部の命令により鬼怒、駆逐艦浦波とマニラへ回航中/23.0000or24.0430(日本軽巡戦史)過ぎ、マニラ湾口南西約70nmでアメリカ潜水艦(SS243)ブリームの発射した魚雷6本中1本が右舷前部機械室に命中、右舷に大傾斜して航行不能/25キャビテに鬼怒に曳航されて入港、排水後第103工作部で応急修理/26マニラ空襲により至近弾3発と機銃掃射を受け数名が死亡11/5左舷後部主機により最大5kntで自力航行可能となりマタ31船団として重巡洋艦熊野、大成丸と駆潜艇3、小型砲艦1に護衛されてマニラ出港/6サンタ・クルーズ寄港/7アメリカ潜水艦ブリーム、(SSギッタロ、レイ、レイトンより発射された魚雷7本を回避後単独航行によりサン・フェルナンドで清水を、高雄で燃料を補給後基隆で入渠し右舷前部破孔と左舷前部推進軸を修理(12knt発揮可能)12/5(太平洋戦争軍艦戦記)or12呉入港後修理保留のまま呉港外鍋海岸に係留

45.1/1呉港務部長村山清六(兵42)大佐が艦長を兼任2/25第1予備艦6/20特殊警備艦7/24アメリカ第38任務部隊空母搭載機の爆撃により命中弾1、至近弾1を受けて損傷/28アメリカ第38任務部隊空母搭載機の爆撃により命中弾4発を受けて艦尾を切断され右舷に大傾斜の上、着底(/24、8の爆撃で乗員212名が死亡)8/15敗戦時、着底状態で残存11/20除籍

46.11/29播磨造船が現地で水面上に露出した部分の解体に着手

48解体完了.

IJN Improved Furutaka / Aoba class heavy cruiser Aoba.

信号符字JJDA.

姉妹艦古鷹衣笠とともに軍港近くの山名に由来.

衣笠(ヘルショー式)とともに電動油圧式舵取装置(ジョンネー式)を装備した最初の国産水上艦艇(海外建造艦では駆逐艦浦風、給油艦神威が装備)で、三菱パーソンズ式タービンを採用した最後の日本艦.

Photos.

IJN Improved Furutaka / Aoba class heavy cruiser Aoba. Illustrated by SUDO.

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石川島造船所で1938竣工し佐世保工廠に配備された旧日本海軍30t型起重機船が

WW2後運輸省第3港湾局に移管され青葉と改名の上広島に配備

62以前に廃船.

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川崎重工業泉州工場でWW2中に起工された大型曳船深日丸を

川崎汽船客船青葉丸と改名し中央部を10m延伸

1948.3/8工事完了し今治=高浜=門司航路に就航(関西汽船客船早鞆丸と共同配船)

49.6/20.2100高浜出港後姫島祝島間の周防灘を航行中/21.1430頃、姫島の東方約16kmでデラ台風による突風により転覆後沈没し乗客2名、乗員1名を除く135名全員が死亡.

599(172)T pp48.1x8.0x2.7x(8.0)m R(3連成)x2 750ihp 11.4(航海9.7)knt 船客定員365.

A071.

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あおば

海上保安庁(1) あやめ級巡視艇(41/52)CS101

1951計画12m型木製巡視艇として臼杵鉄工所臼杵造船所で52.3/16竣工し第8管区海上保安部舞鶴海上保安部に配属

54.5/1(CS41)

73.10/30竣工し舞鶴海上保安部に配属された巡視艇(CL136)ゆらかぜと交代して/13解役.

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海上保安庁 あおば級実習艇

15t 19.9T

oa14.0x3.6x(1.8)m

Dx1/1 325bhp 15.5knt 243nm/15.5knt

同型艇(1/1975)

あおば.

公称船型A型.

海上保安庁最大のFRP船.

第1級小型船舶操縦士養成用.

船体塗色は朱色.

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あおば

海上保安庁(2) あおば級実習艇(1/1)

1975計画A型実習艇として小浜ドック(福井県小浜市)で12/10海上保安庁最大のFRP船として竣工し海上保安学校(舞鶴)に配属

96.3/26竣工し海上保安学校に配属された実習艇あおばと交代して/27解役.

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海上保安庁 あおば級実習艇

15.0T

oa16.0x4.1x(2.0)m

Dx1/1 380bhp 22knt

最大搭載人員15(実習生12)

同型艇(1/1996)

あおば(3).

FRP製V字型船型.

船体塗色は朱色.

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あおば

海上保安庁(3) あおば級実習艇(1/1)

1995第2次補正計画A型実習艇としてヤマハ発動機蒲郡製造に.12発注96.1/16起工3/13進水/26竣工し/27解役された実習艇あおばの代艇として海上保安学校(舞鶴)に配属され1級小型船舶操縦士資格の実技試験用として使用

2004法改正により実技艇の規格が変更されたことにより各種訓練等に従事

12在籍.

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Aobasan.青葉山.

[地名]青葉山.

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青葉山丸

佐藤泰次郎所有貨物船

石川島造船で1921.6進水.

2181T.

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青葉山丸

三井物産船舶部貨物船(神戸)

第1次船舶改善助成施設の適用を受けて三井物産造船部玉工場で202番船として1934.3/14起工35.1/14or22進水3/30竣工し横浜=ニュー・ヨーク定期航路に就航

41.7/8陸軍が徴用(船番号862)12/3.1900関西丸等とともに第5師団兵員を乗せ三亜出港/6.0900淡路山丸等からなる主船団と合流/7.1030フコク島南西沖のタイ湾で那古丸等とともに分進/8.0035マレー半島東岸、タイ南部のシンゴラSingora入港後兵員を揚陸

42.7/9南シナ海でアメリカ潜水艦(SS192)セイルフィッシュの発射した魚雷を受けて大破12/28三井船舶の設立により移籍

43.8/4饒津丸等とフ407船団を編成しパラオ出港/11宇品入港9/23摩耶山丸と2隻でフ302船団を編成し駆逐艦春風に護送されてパラオ出港10/9宇品入港/12.1600門司出港後南海丸等とヒ13船団を編成し海防艦対馬等に護衛され/16-8高雄寄港/21-4三亜寄港/30.1546シンガポール入港

44.12/19.1330門司出港後日向丸等とモタ38船団を編成し第19(虎)師団をフィリピンに輸送中/25.1440高雄入港後タマ38船団を編制/26黎明、高雄出港/26鵝鑾鼻付近/27バタン島警泊/29.1900北サン・フェルナンド(06゚30'N/120゚30'E)入港後揚陸作業中、アメリカ陸軍航空隊機の爆撃を受け/30.0700頃、船体中央部に直撃弾を受けて炎上後中央部から切断沈没し乗船部隊21船砲隊員1船員3計25名が死亡.

6359>8811(7945)T pp137.16x18.90x(12.04)m D(三井B&W)x1/1 7000bhp 16.75(18.54)knt.

船舶番号40196.

信号符字JFQJ.

三井物産が吾妻山丸級に続いて建造した高速ディーゼル貨物船2隻の第1船で遮浪甲板型の第1船.

2檣1本煙突遮浪甲板型.

姉妹船阿蘇山丸(遮浪甲板型).

准姉妹船吾妻山丸天城山丸(三島型).

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青葉山丸

三井船舶貨物船(東京)

第7次前期計画造船により三井造船玉野製作所で567番船として1951.5/22起工52.2/9進水4/24竣工、日本商船管理局番号(SCAJAP.NoA114)

64.4/1合併により大阪商船三井船舶(東京)に移籍

74.12/5Lee Lai Maritime S.A(パナマ)に売却されEurythliと改名77rit Enteprise Ltd(パナマ)が購入しPohengと改名78上海で解体.

6738G(10240D)T pp142.25x19.30x(12.40)m D (三井B&W、974VTF160)x1/1 8000bhp 19.17(17.3)knt.

船舶番号68741.

信号符字JQHN.

赤城山丸級貨物船5隻の第4船.


Since 3 Nov. 2001.

Last up-dated 10 Nov. 2013.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#17.

Aoba.

Ver.1.13a.

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