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Settsu.  摂津(攝津).せっつ.

摂津>摂津丸>摂津@ 摂津級戦艦 軍艦摂津A 摂津丸(大阪商船) 巡視船せっつ(1) 

IJN Kawachi class battleship Settsu as completed.

「通俗教育 海軍写真帖」(1913刊)より.

JCG Tsugaru class patrol boat (PLH07) Settsu at Kobe, 22 Mar.2014.

[地名]摂津国.

現在の大阪府北西部から兵庫県南東部を占めていた旧国で、現在の大阪市神戸市、堺市を含む地域.

5畿内の1国.

645孝徳天皇が飛鳥から難波長柄豊碕宮に遷都744聖武天皇が難波宮に遷都45平城京に遷都.

古名津の国は港の国の意味で、淀川河口部にあった難波津に由来する.

摂州.

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摂津>摂津丸>摂津

ウエスターヴェルトJacob A.Westerveltで1854進水63.4アメリカ税関監視船カイヤホーガとなり67.7/29売却されたメキシコ船ヘネラル・サンタ・アナGeneral Santa Annaを

68.6日本が購入し大砲練習船摂津@と改名

.12摂津丸と改名

69.1艦長代磯辺包義9/5or70.9広島藩(#500)or鹿児島藩に移管

70.8兼富士春日指揮赤塚源六(.11中佐)

71.4/28返納7/27艦長相浦紀道大尉

9/18一番貯蓄船11/15五等艦

72.7機関撤去

74.7/18or24摂津と再改名10/31四等艦

78.10/1艦長今井兼輔少佐

80.1係留練習艦

81.9/12除籍された乾行の船体を附属

82.10/16艦長山崎景則中佐

83.12/15艦長吉島辰寧少佐

84.10/22航海長兼兵学校教授(5/20-9/18兼監事)井上敏夫(兵5)中尉、分隊長中尾雄(兵5)中尉

85.1/25分隊長(5/20兼兵学校監事-86.2/17)中山長明(兵5)中尉7/3乗員兼兵学校監事(-86.2/6)沢良煥(兵2)大尉8/6副長(-86.1/31)有馬新一(兵2)大尉9/15乗員兼兵学校監事(-11/16)植村永孚(兵2)大尉/30乗員兼兵学校監事(-86.2/17)寺垣猪三(兵6)中尉

86.2/17(#500)or27雑役船となり兵学校練習船

88廃船9/20売却.

920t oa51.5x8.7x4.5m R 300ihp Gx8.

3檣シップ型木製汽帆船.

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日本 摂津級戦艦→日本、河内級戦艦.

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軍艦摂津IJN Settsu.

日本A 河内級戦艦(2/2)

IJN Kawachi class battleship Settsu. Illustrated by A-140.

1907補充艦艇費による呂号甲鉄戦艦

呉工廠で09.1/18起工

11.3/30進水時に軍艦摂津と命名され呉鎮守府籍4/12(-5/23浅間艦長兼)呉工廠艤装員(12/1艦長-12.7/1兼呉工廠艤装員)田中盛秀(兵13)大佐10/3信号符字GQHN

12/1機関長貞永勘五郎(兵18)機関大佐、副長川上親幸(兵18)中佐、砲術長中川寛(兵25)少佐、航海長迎邦一(兵26)少佐、水雷長堀外喜男(兵27)少佐、分隊長野津幹一(兵29)少佐、稲野喜平治(兵31)大尉、(-12.12/1)松下薫(兵32)大尉、吉山百重(兵32)大尉、(艤装員>)難波勝一(兵33)大尉、清宮善高(兵33)大尉、乗員(-13.12/1)星埜守一(兵35)中尉

12.7/1田中艦長の指揮下に竣工

IJN Kawachi class battleship Settsu.

海軍有終会編「近世帝国海軍史要(1938年刊)」より.

12/1姉妹艦河内等と第1艦隊を編制、艦長山中柴吉(兵15)大佐、機関長野口興国(機1)機関中佐(13.12/1機関大佐)、砲術長心得志賀已之治(兵26)少佐、水雷長坂元貞二(兵28)少佐、分隊長成沢美水(兵29)少佐、中島孝一(兵30)大尉>岡内弥三郎(兵33)大尉、有馬寛(兵33)大尉、波田野二郎(兵34)大尉、糟谷宗一(兵35)大尉

13.1/15水雷長水谷耕喜(兵28)少佐12/1巡洋戦艦金剛等と第1艦隊を編制、艦長木村剛(兵15)大佐、副長勝木源次郎(兵21)中佐、航海長心得(-14.12/1)宮村暦造(兵27)少佐、砲術長心得黒沢定明(兵28)少佐、水雷長(-14.8/15)上田良武(兵28)少佐、分隊長田中豊一(兵30)大尉>秋山栄(兵30)大尉、園周次(兵33)大尉>(-15.2/1)高松公春(兵32)大尉、村中又一(兵33)大尉>(-16.2/25)岡田x一(兵35)大尉、須田稔(機17)機関大尉

14.3/20機関長(-8/18)木村貫一(機3)機関中佐8/18戦時編制への移行により河内安芸薩摩第1艦隊隷下に第1戦隊を編制し第1艦隊司令長官兼第1戦隊司令官加藤友三郎(兵7)中将の旗艦を継承後WW1への参戦により膠州湾封鎖作戦に従事12/1艦長永田泰次郎(兵15)大佐、副長大見丙子郎(兵23)中佐、軍医長心得砂堀雅人(99H)軍医少監(15.6/30軍医大監-16.3/1軍医長)

15.2/1航海長心得高橋宗三郎(兵28)少佐>(-12/13)村瀬貞次郎(兵29)少佐、分隊長目黒孫四郎(兵32)大尉、(-16.12/1)石井常次郎(機18)機関大尉/5分隊長鵜野正方(兵30)少佐>杉田一朗(兵32)大尉5/5機関長三善康太郎(機5)機関中佐>(-17.6/9)川路俊徳(機7)機関中佐/16乗員戸刈隆始(兵37)中尉(12/13大尉、分隊長)12/13戦艦扶桑等とともに第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、艦長川原袈裟太郎(兵17)大佐、副長関干城(兵27)中佐、水雷長寺島宇瑳美(兵29)少佐>石川清(兵30)少佐、砲術長心得(16.8/1砲術長)橋本才輔(兵30)少佐、分隊長島津忠重(兵35)大尉>速水善氏(兵33)大尉、藤沢孝政(兵35)大尉>岸本鹿子治(兵37)大尉、戸田信行(機12)機関大尉転任

16.2/12副長武富咸一(兵27)中佐/17水雷長中山鞆信(兵30)少佐7/1機関長(-12/1)安住省一(機7)機関中佐12/1艦隊編制より除去、艦長本田親民(兵17)大佐、副長秋元秀太郎(兵26)中佐、砲術長清藤徳弥(兵30)少佐、水雷長(-17.12/1兼分隊長)山中義勇(兵29)少佐、分隊長和田愛三郎(兵31)少佐

17.7/2副長松山嶝(兵28)中佐12/1河内とともに第1艦隊隷下に第2戦隊を編制、艦長犬塚助次郎(兵21)大佐、副長(-18.1/6)藤田尚徳(兵29)中佐、機関長吉松辰三(機9)機関中佐>関口精一(機10)機関中佐、航海長志和為於菟(兵30)少佐>山本土岐彦(兵31)少佐、砲術長三矢四郎(兵31)少佐、分隊長岩沢安五郎(兵30)少佐>海津良太郎(兵30)少佐、浅井謙只(兵33)大尉>和田専三(兵34)大尉、脇鼎(兵36)大尉、中村珍次(兵38)大尉、(-18.7/1)都築伊七(機18)機関大尉、浅野直政(機20)機関大尉

18.6/14航海長(-11/9)毛内効(兵33)少佐7/23戦艦山城等からなる第1艦隊第1戦隊に編入8/20第2戦隊に編入11/10艦長内田虎三郎(兵22)大佐12/1戦艦鹿島とともに第1艦隊隷下に第2戦隊を再編し旗艦、砲術長赤座剛(兵32)少佐、航海長(-19.12/1)井上肇治(兵33)少佐、分隊長(19.4/1副砲長-12/1)本田忠雄(兵37)大尉、海津良太郎(兵30)少佐>(-19.12/1)井上保雄(兵38)大尉、楠岡準一(兵36)大尉>床井春吉(兵39)大尉、柳沼七郎(兵40)大尉、主計長伊佐早雄三主計少監>荒井煕主計少監(>主計少佐)

IJN Kawachi class battleship Settsu ca 1917-9.

19.1/9副長(-10/29欠員)武内康吉(兵28)中佐3/6分隊長心得今井滋雄(機22)機関中尉6/10艦長古川弘(兵22)大佐8/5分隊長心得(-12/1)松永貞市(兵41)中尉10/28横浜沖で実施された第12回観艦式(大演習観艦式)で大正天皇乗艦(参加艦艇111隻、航空機12機)11/6艦隊編制より除去/20艦長今泉哲太郎(兵25)大佐12/1副長本多数馬(兵30)中佐、砲術長速水善氏(兵33)少佐>万代納次郎(兵33)少佐、水雷長兼通信長松岡雄(兵31)少佐転任12/1機関長中村大六(機10)機関中佐、分隊長出淵潔(兵32)大尉転任、狩野三作(兵35)大尉転任、田鎖恭一郎(兵37)大尉>加藤正(兵37)大尉転任、分隊長心得三浦盛衛(機24)機関中尉

20.6/3艦長横尾尚(兵23)大佐8/3副長影浦喜次郎(兵29)中佐、運用長池田喜蔵(兵33)少佐11/12航海長木村正治(兵35)少佐/20艦長武光一(兵26)大佐12/1水雷長兼通信長植松秀茂(兵33)少佐、主計長石井清麿主計少佐

21.6/7兼伊吹軍医長会田常次(仙台医専)軍医少佐9/10副砲長寺田幸吉(兵36)大尉(12/1少佐-22.5/1)11/20艦長小山田繁蔵(兵27)大佐12/1副長山中義勇(兵29)中佐>井上四郎(兵31)中佐、砲術長峯信夫(兵34)少佐>片桐英吉(兵34)少佐、航海長佐藤脩(兵35)少佐、分隊長末宗重雄(兵38)大尉転任、分隊長心得(-22.4/1)沢正雄(兵44)中尉、(-22.3/20)中瀬沂(兵45)中尉

22.3/21貞明皇后の香椎宮参宮時に乗艦として使用(23.5/21佐世保鎮守府よりこのことを記念して同艦の120mm砲x1を同宮に奉納)4/1分隊長峰松寧夫(兵41)大尉転任、分隊長木原直孝(機21)機関大尉転任、(軍医長>)兼千歳軍医長川口善一軍医少佐/10副長菊池正宏(兵30)中佐/15砲術長(11/1副長心得)浅井謙只(兵33)少佐(12/1中佐、-23.4/10)8/23呉海兵団練習用に指定10/14(主計長>)扶桑摂津主計長浅野要一主計少佐11/10兼伊吹艦長松平保男(兵28)大佐12/1(航海長>)兼潜水学校教官斑目健介(兵36)少佐

23.1/20艦長武富咸一(兵27)大佐6/1副長村田英男(兵31)中佐、運用長金田光太郎(兵33)少佐>伊佐卓弥(兵34)少佐/15分隊長(-10/1)佐藤寅治郎(兵43)大尉8/13通信長心得(-9/1)黒瀬浩(兵41)大尉9/1運用長高崎四郎(兵33)少佐10/1特務艦となりワシントン海軍軍縮条約により呉工廠で武装、装甲、缶x1、中央部煙突を撤去(16130t 16knt)、第3予備艦/14第4予備艦11/20艦長松本匠(兵29)大佐12/1分隊長心得岡村精一(兵44)中尉

24.4/1標的艦に改造され艦砲標的の曳航用に使用(撤去された主砲塔は対馬要塞龍ヶ崎第1、第2砲台に各1基設置)/19第1予備艦7/17豊後水道で実艦標的として使用する旧戦艦肥前を曳航して佐伯入港12/1第3予備艦、艦長右田熊五郎(兵29)大佐、運用長箕村登(兵34)少佐

25.4/1(-7/4兼平戸大和8/20兼平戸大和12/1兼大和朝日26.3/20兼朝日野島4/15-6/5兼朝日)軍医長伊藤雋吉(愛知医専)軍医大尉/20(-6/15兼球磨10/20-12/1兼多摩)艦長山本土岐彦(兵31)大佐6/1第1予備艦7/1連合艦隊付属に編入8/15第1予備艦12/1第3予備艦、運用長楠岡準一(兵36)少佐、航海長兼潜水学校教官横山弥太郎(兵38)少佐、機関長志村政彦(機17)機関少佐転任、分隊長(-26.12/1)柴田滝三郎(兵41)大尉

26.2/20(兼剣埼主計長>)主計長田雑利紀(経4)主計大尉7/1第2予備艦9/1第1予備艦10/15運用長岡野一幹(兵36)少佐11/29標的艦12/1第4予備艦、(27.4/2-5/1兼石廊)艦長瀬崎仁平(兵32)大佐

27.9/25(-12/1)兼朝日軍医長矢可部軍司(熊本医専)軍医大尉/28兼朝日艦長今川真金(兵31)大佐12/1艦長津田威彦(兵33)大佐、分隊長小野源吉(兵41)大尉転任、兼朝日主計長古川兼義(経8)主計大尉

28.7/26航海長(-29.10/5)草川淳(兵38)少佐11/15分隊長椋田実(兵50)中尉転任12/10分隊長内野信一(兵50)大尉

29.6/1兼呉海兵団分隊長(-7/15兼教官)兼朝日軍医長伊藤雋吉軍医大尉11/15航海長香川清登(兵46)大尉/30艦長千谷定衛(兵34)大佐、分隊長友重丙(兵47)大尉、呉海兵団教官兼軍医長永山千代作(慈恵医科大)軍医大尉、兼朝日主計長河村直衛(経12)主計大尉

30.5/26航海長(-7/22)木村行蔵(兵49)大尉12/1艦長伊佐卓弥(兵34)大佐(31.1/31死亡)、分隊長大西謙次(兵52)大尉

31.2/1艦長原田文一(兵35)大佐4/1艦長白石邦夫(兵35)大佐7/16-32.11/18兼呉工務部軍医長広川済(岡山医科大)軍医大尉12/1艦長石井順三(兵36)大佐

32.12/1艦長井上幸吉(兵37)大佐、兼矢矧韓崎機関長戸田鶴寿(機23)機関少佐>(-33.9/1)兼浅間機関長藤田健六(機23)機関少佐

33.11/1分隊長富村重雄(兵48)大尉>(-34.11/1)本田照久(兵52)大尉/15(-34.10/13兼平戸)艦長大橋五郎(兵37)中佐

34.4/1(-35.10/31兼呉港務部-11/1兼第16駆逐隊)軍医長天野直枝(医23少)軍医少佐10/13(兼平戸機関長>)機関長徳山禅三(機27)機関少佐、(兼平戸主計長>)兼呉港務部主計長戸井常市(経9)主計大尉11/15艦長小林三良(兵37)大佐

35.4/18艦長水崎正次郎(兵38)大佐10/18信号符字(JWWD)11/15艦長楢橋憲基(兵39)中佐、運用長船橋一一(兵51)大尉>(-36.12/1)高橋英一(兵51)大尉

36.12/1艦長左近允尚正(兵40)大佐、機関長楠田授一(機29)機関少佐

37駆逐艦矢風の操縦する無線標的艦への改造工事に着手2/10兼扶桑航海長藤牧美徳(兵46)少佐>航海長矢野房雄(兵55)大尉、運用長丹野雄三(兵51)大尉.7工事完了し10kg演習爆弾による爆撃訓練に従事8/1連合艦隊直轄/29上海に送られる佐世保第4特別陸戦隊約1000名を軽巡洋艦名取矢風に移乗11/1通信長高原久衛(兵47)中佐転任12/1運用長椋田実(兵50)少佐

38.4/15副長保田智(兵46)中佐、航海長近藤保平(兵51)少佐6/1通信長吉峰高見(兵53)大尉>出浦完(兵52)少佐7/20艦長鈴木長蔵(兵40)大佐12/15副長山高松次郎(兵44)中佐、機関長河野六郎(機29)機関少佐

39第2次改装(装甲を施すとともに戦艦金剛から陸揚げされた缶を閉鎖されていた第2缶室に搭載し速力を17kntに向上)に着手(艦載水雷艇を交通船[水雷艇型]公称第984号と改名)11/15兼鳳翔艦長原田覚(兵41)大佐、副長古谷啓次(兵43)中佐、機関長佐々木綱雄(機30)機関少佐

40工事完了3/10艦長小暮軍治(兵41)大佐4/20特別役務艦より連合艦隊付属に編入され30kg演習爆弾による実艦標的として使用10/11横浜沖で実施された第18回観艦式に参列11/1兼最上艦長伊崎俊二(兵42)大佐/15副長(-41.8/11)羽田次郎(兵47)中佐、(-4/1兼厳島)航海長富所幸太郎(兵52)少佐>住山勝美(兵56)少佐、運用長岩島敬一(兵58)大尉転任/28艦長森徳治(兵40)大佐

IJN Target ship Settsu, 7 April 1940.

41.9/1連合艦隊付属に編入、艦長松田千(兵44)大佐.12初旬、台湾出港後フィリピン方面で無線中継実験艦として使用/1信号符字(JFDQ)

42.2/10艦長石井敬之(兵43)大佐5/20艦長島本久五郎(兵44)大佐10/1艦長長井満(兵45)大佐

43.2/2艦長長谷真三郎(兵44)大佐4/13艦長佐藤勝也(兵44)大佐6/25艦長三浦艦三(兵47)大佐8/4艦長相馬信四郎(兵42)大佐10/30航海長吉津信一(兵55)少佐>伊東謹之助(兵57)少佐

44.3/1第1航空艦隊に臨時編入され大分=徳山間で第522、762航空隊の標的として使用4/24主計長加藤博太郎主計大尉転任5/5連合艦隊直轄6/10連合艦隊付属8/10艦長大藤正直(兵39召)大佐12/25内務長村上数一(予備)少佐転任

45.1/3空母鳳翔等ととともに航空標的として使用3/11鳳翔等とともに大分出港後第252航空隊に協力7/1津久茂瀬戸に移動/19呉出港後江田島大須海岸に疎開し同地で係留中/24.1500アメリカ空母搭載のF6F3戦闘機30機により後部司令塔右舷部に直撃弾1、至近弾5発を受けて右舷機械室水線下1mに発生した亀裂より浸水後江田島に着底し兵員2名が死亡2名が負傷後全25mmMGを陸上に撤去し宿泊艦/28空襲により爆弾2発が艦橋後部と左舷部直撃/29船体放棄され居住設備の大半を陸上に移動8/15第4予備特務艦、機関長浜口宮次郎(召)少佐転任11/20除籍

46.6浮揚後播磨造船所呉船渠に曳航

47.5/3除籍.8解体完了.

信号符字JFDQ.

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摂津丸

大阪商船特殊貨物船

戦時標準船M型(陸軍特殊船)甲型2番船

日立造船因島工場で2684番船として1944.5/15起工10/18進水

45.1/5竣工し陸軍が徴用(船番号1330)

/25宇品出港/27-2/9基隆寄港後日向丸とタモ41船団を編制/14六連入港3/28.0553蓋井灯台の185゚1850mでアメリカ陸軍航空隊機の敷設した機雷に触れて航行不能となり三菱重工業長崎造船所に回航8/15敗戦時、残存/24徴用解除後復員輸送に従事

47.9/15or11/24日本水産に売却され三菱重工業長崎造船所で塩蔵工船に改造

48.10/31日立造船因島工場で冷凍工船(9329T)に改造完了

53.3/7ロス海で第7南氷洋捕鯨船団に参加中、バルブ修理時に誤ってキングストン弁を開放、浸水/13.0644スコット島東北東約750km(67゚08'S/162゚47'E)で沈没.

参考天翔艦隊.

1947.5「アーロン収容所」の著者である歴史学者の会田雄次Aida Yuji、1916-97は摂津丸で復員している.

朝日印刷工業株式会社のHP朝日印刷HOMEPAGEによると村田謙二著「地獄の28収容所から病院船摂津丸」という本が個人出版されているようである.

9671(5630)T oa143.2pp142.0x19.5x11.6m Dx2/2orTx1/1 3200bhp 12.1knt.

船舶番号54740.

信号符字JFMT.

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巡視船せっつ

JCG Tsugaru class patrol boat (PL07) Settsu at Kobe, 22 Mar.2014.

海上保安庁(1) つがる級巡視船(6/9)PL07

JCG Tsugaru patrol boat. Illustrated by Niwatori.

1982計画改ヘリコプター搭載型(大型)巡視船

住友重機械工業追浜造船所浦賀工場で83.4/5起工

84.1/6船名、船体番号を公表4/21進水9/27竣工し第3管区海上保安部横浜海上保安部に配属

85.10/18ヘリコプター1機搭載型(大型)巡視船(PLH07)

86.3/19竣工し横浜海上保安部に配備された巡視船(PLH21)みずほと交代して/3係留埠頭の完成により第5管区海上保安部隷下に配備される最初のヘリコプター搭載巡視船として神戸海上保安部に配属

91.5/26東京羽田沖で行なわれた91年度観艦式に参列.12船長大森保武

2006.5/27-8羽田沖で実施された海上保安庁観閲式に巡視船(PLH31)しきしま等とともに参加

09.7/3和歌山県白浜町の南西約29kmの紀伊水道で35mmMGの射撃訓練中、砲身が外れて海中に落下

11.4/25船長酒瀬川清行

12.1/11神戸出港後海賊及び海上テロ対策に関する相互連携協力推進の一環として/20-1シンガポール、センバワンSembawang寄港/26-31インド南東部チェンナイChennaiに寄港し/29インド沿岸警備隊巡視船(OPV30)ヴィシュワストと港内で合同訓練を実施2/4-10ペナン寄港/19神戸帰投6/11船長岡正博

20.2/12-9/30JMU因島工場で延命工事を実施10/1復帰

21在籍.

JCG Tsugaru class patrol boat (PL07) Settsu.

神戸海上保安部.

信号符字JQWO.

船舶番号IMO8320949.

搭載機すま.

JCG Tsugaru class patrol boat (PL07) Settsu.

通常、海上保安庁の船艇名は「ちようかい」、「りゆうきゆう」のように拗音を小文字で表記していないが、同船の場合は見栄えが悪いという理由で「せっつ」と表記されており、海上保安庁船艇中、唯一の例外となっている.

写真は2014年3月22日神戸港で撮影したもので、船首部分の背景の山は摩耶山.


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Settsu.

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