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IJN Fuso class battleship Yamashiro.

Illustreted by Iyapopo.

#1.

 Yamashiro.  山城. 

#2.

IJN Fuso class battleship Yamashiro._______________ _____________________Illustrated by Tensho-Kantai.

#3.

[地名]山城国.

5畿内の1国.

1871廃藩置県により京都府に編入.

794平安遷都までの表記は、山背国であったが、これは大和国から見て山の背後にあったことに由来する.

一宮は加茂神社.

Yamashiro was the county of a south part of Kyoto prefecture.Kyoto is main city.

(Kyoto was the ancient capital city at 794-1192.Japanease emperors lived in Kyoto until 1869.)

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山城丸

アームストロング・ミッチェル/ニューカースル造船所で467番船として1884.1/12進水したイギリス鉄製貨客船を

84共同運輸が購入し山城丸と改名

85.10/1合併により日本郵船に移籍

94日清戦争時に海軍が徴用7/2艤装員(/13-95.2/20砲術長)西山保吉(兵10)大尉/13艦長森又七郎(兵1)大佐/17(-12/5)艦長三浦功大佐

95.2/20(-7/29)艦長木英次郎大佐

96.10/3横浜=メルボルン航路に就航

1904日露戦争時に徴用2/23-4/11運送船監督官波多野貞夫(兵28)中尉

10.9/1売却解体.

2528T pp92.03x11.48x9.36m Rx1/1 2200ihp 13knt.

船舶番号873or875.

信号符字HFRP.

当初、大和丸武蔵丸と命名される予定であったが海軍省の指示で山城丸近江丸と命名されたといわれる.

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山城丸

日本郵船貨客船

川崎神戸造船所で361番船として1912.7/16起工11/25竣工し横浜=上海航路に就航

23.9/3関東大震災に対する日本郵船の救助第1船として横浜入港

27.6/12高見島付近の瀬戸内海で日本郵船貨客船熊野丸と衝突し熊野丸が沈没

28南洋航路に移動

41.7/10-8/29陸軍が徴用

43.2/15ラバウル出港後駆逐艦初雪に護衛されて/17カビエン入港9/21.0800父島出港後貨物船両徳丸と3916船団を編制し特設掃海艇慶南丸に護衛されてサイパンへ航行中/23.0831父島南方約380nm(20゚45'N/142゚05'E)で両徳丸とともにアメリカ潜水艦(SS202)トラウトの発射した魚雷1本を機関室中央部に受けて左舷に大傾斜.0840船体放棄.0848船体を両断されて沈没し機関士4便乗者7計11名が死亡.

3606(3427or4625)T pp105.16x14.02x(8.53)x6.6m R(3連成)x1/1 3541ihp 11.1(15.8)knt 一等30>36三等171>188.

船舶番号15810.

信号符字MDJV>JCQA.

姉妹船近江丸と同じくネーピア&ミラー社に発注予定であったが、船価と納期を再検討されて川崎造船所に発注された.

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軍艦山城

日本@ 扶桑級戦艦(2/2+2)

Photo 1. 2. 3(IJN Fuso class battleship Yamashiro, ca 1924-7).4.

Copyright Tensho-Kantai.

Special Thanks !

1913計画第4号甲鉄戦艦13.11/20横須賀工廠で起工14.10/12軍艦山城と命名15.11/3進水16.4/1艤装員(5/20-12/1兼砲術長)田中勇(兵30)少佐、横須賀工廠軍医長砂堀雅人Sunabori Masato軍医中監が艤装員(5/20-6/1兼軍医長)を兼務/4艤装員(5/20兼航海長6/30-18.12/1航海長)米村末喜(兵29)少佐(12/1中佐)/28艤装員(5/20兼副長17.3/31副長)宮村暦造(兵27)中佐4/1艤装員長(5/20艦長)志津田定一郎(兵15)大佐、艤装員(5/20兼砲術長)田中勇(兵30)少佐12/1艤装員長中嶋資朋(兵19)大佐17.3/31中嶋大佐の指揮下に竣工し横須賀鎮守府籍

.4、76mmAAx4装備/1姉妹艦扶桑等からなる第1艦隊第1戦隊に編入12/1扶桑第1艦隊隷下に第1戦隊を編制し第1艦隊司令長官兼第1戦隊司令官山下源太郎(兵10)中将の旗艦に指定、艦長加藤雄次郎(兵19)大佐

18.2/27馬公出港後中国方面で警備に従事/3佐世保帰投4/1戦艦伊勢第1戦隊に編入/30戦艦日向第1戦隊に編入7/23戦艦摂津第1戦隊に編入8/20摂津第2戦隊に編入11/10(-19.1/24)副長松平保男(兵28)中佐12/1伊勢日向第1艦隊隷下に第1戦隊を編制し山下第1艦隊司令長官兼第1戦隊司令官の旗艦を継承

19.4/1(-8/26)副砲長久原福松(兵34)少佐11/3予備艦となり艦隊編制より除去/20艦長大内田盛繁(兵21)大佐

20.11/20艦長増田幸一(兵23)大佐

21.11/1航海長(22.9/15-10/28兼砲術学校教官毛内効(兵33)少佐(12/1中佐)/20艦長小山武(兵26)大佐

22.3/10副砲長(22.3/10-7/1兼砲術学校教官)糟谷宗一(兵35)少佐/29猿島沖で滑走発艦実験を実施4/1(-10/15)航海長(-6/1兼砲術学校教官)槇喜久太(兵34)少佐7/1艦長高橋節雄(兵26)大佐11/1副長(-23.6/20兼砲術学校教官)大野寛(兵32)中佐/10艦長鳥崎保三(兵27)大佐、(-23.5/10)砲術長兼砲術学校教官伴次郎(兵33)少佐(22.12/1中佐)

23.2/8(-4/1)航海長兼砲術学校教官立花一(兵33)中佐5/10(-12/1)砲術長荒木貞亮(兵35)少佐9/3-30関東大震災により救援任務に従事12/1艦長高橋律人(兵28)大佐、(-24.10/25)副砲長阿部孝壮(兵40)大尉

24.2/1砲術長宮田義一(兵36)少佐4/1戦艦長門等からなる第1艦隊第1戦隊に編入11/20(-25.11/10)機関長江坂徳蔵(機16)機関中佐12/1戦艦陸奥等と第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、艦長大湊直太郎(兵29)大佐、(-25.12/1)砲術長草鹿任一(兵37)少佐、(-25.10/20)水雷長山県正郷(兵39)少佐、副砲長藤田利三郎(兵40)大尉(-25.5/15)通信長大西敬一(兵44)大尉、(-25.12/1)軍医長会田常次Aida Tsuneji(仙台医専)軍医中佐

25(or26)水偵x1搭載25.3/30佐世保出港後中国秦皇島方面で行動4/5旅順帰投12/1長門等と第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、艦長伊地知清弘(兵30)大佐、(-26.11/1)水雷長伍賀啓次郎(兵38)少佐、砲術長寺田祐次(兵37)少佐(26.12/1中佐)、副砲長保科善四郎(兵41)少佐

26、80mmAAx4増備3/30中城湾出港後厦門方面で行動4/5馬公帰投/20基隆出港後中国舟山島方面で行動/26寺島水道帰投11/16水雷長醍醐忠重(兵40)少佐12/1予備艦となり艦隊編制より除去、兼榛名艦長益子六弥(兵30)大佐、副長佐田健一(兵35)中佐、(-27.5/1)副砲長伊藤賢三(兵41)少佐、(-27.1/10)通信長田原吉興(兵43)大尉

27前檣を楼檣化3/1艦長寺島健(兵31)大佐6/1(-12/1)砲術長竹田六吉(兵36)中佐/25副砲長丸茂邦則(兵40)少佐7/28-8/10連合艦隊演習で天皇乗艦として使用12/1(-/28兼榛名)艦長東林岩次郎(兵31)大佐、副長柴山昌生(兵35)中佐、副砲長中尾八郎(兵40)少佐/28(-28.12/10)運用長野田謙三(兵36)中佐

28.12/1砲術長入船直三郎(兵39)少佐/10陸奥日向とともに連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を編制し連合艦隊第1艦隊司令長官兼第1戦隊司令官谷口尚真(兵19)大将の旗艦に指定、艦長豊田貞次郎(兵33)大佐、(-29.11/1)副長雪下勝美(兵36)中佐、(-29.11/30)機関長野村将三(機18)機関中佐、(-29.11/30)副砲長長谷真三郎(兵44)少佐

29.3/29佐伯出港後青島方面で行動4/7-13大連寄港後秦皇島方面で行動/22佐世保帰投10/5艦長岩村兼言(兵31)大佐11/5(-30.12/1)砲術長工藤久八(兵39)少佐/30伊勢等と連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、艦長小槇和輔(兵33)大佐、航海長草川淳(兵38)少佐、(-30.12/1)水雷長山崎助一(兵39)少佐、(-30.1/25)軍医長矢野義雄(京大医)軍医中佐

30.1/25軍医長保利信明(長崎医専)軍医中佐3/28佐世保出港後青島方面で行動4/3大連帰投11/1副長寺田祐次(兵37)中佐/10第1予備艦となり艦隊編制より除去12/1艦長寺本武治(兵33)大佐/27第3予備艦となり横須賀工廠にて近代化改装(34500t 212.75x33.08x9.68m T 75000shp 24.5knt 356mmIIx2+2+2=12 152mmIx[7+7]=14 127mmAAx8 25mmMGx16 13mmMGx8 水偵x3 射出機x1)に着手

31.12/1(32.12/16-6/20兼五十鈴)艦長真崎勝治(兵34)大佐、(-32.4/1)副長金子豊吉(兵38)中佐、(-32.12/1)水雷長亀山峯五郎(兵44)少佐

32.2/22-5/2砲術学校教官小西成三(兵46)少佐が砲術長を兼務12/1艦長糟谷宗一(兵35)大佐、(-33.2/2)副長大塚幹(兵39)中佐

33.11/15艦長小島謙太郎(兵36)大佐

34.9/21(-35.11/15)砲術長沢正雄(兵44)少佐(11/15中佐)10/15第1予備艦/20(-35.10/25)副長工藤久八(兵39)中佐11/15巡洋戦艦榛名等と連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を編制し旗艦を金剛から継承、艦長南雲忠一(兵36)大佐、機関長森田貫一(機23)機関中佐、(-35.10/31)航海長石原聿(兵46)少佐、(-35.10/21)工作長四方好治Shikata Koji(機29)機関少佐、軍医長高橋豊(金沢医専)軍医中佐/25工事完了

35.3/29佐世保出港後中国馬鞍群島方面で行動4/4寺島水道帰投10/25副長中野勝次(兵40)中佐11/15艦長大熊政吉(兵37)大佐、(-36.12/1)砲術長貝塚武男(兵46)中佐、(-36.12/1)機関長梅林正義(機23)機関中佐、軍医長椎名三郎(新潟医専)軍医中佐

36.2/4連合艦隊司令長官高橋三吉(兵29)中将の旗艦を戦艦長門に継承4/13佐世保出港後青島方面で行動/22寺島水道帰投6/1第1予備艦12/1横須賀警備戦隊練習艦、艦長小林仁(兵38)大佐、(-37.10/16)副長大田実(兵41)中佐、(-37.12/1)軍医長伊藤雋吉Ito Shunkichi(愛知医専)軍医中佐

37.2/10(-11/15)通信長(6/1兼鈴谷艤装員7/10通信長)平井昌平(兵46)中佐6/27横須賀工廠にて改装工事に着手10/20(38.7/1-8/20兼八雲)艦長阿部嘉輔(兵39)大佐12/1第2予備艦

38.3/31改装工事完了10/15(-39.11/1)航海長北村富美雄(兵47)中佐11/15第1予備艦、(-12/15兼長門)艦長角田覚治(兵39)大佐、(-12/5)兼長門機関長大江秀三(機26)機関中佐

39.8/11洲本出港後南洋方面で行動8/26岸和田帰投9/1(-40.2/3)副長吉見信一(兵43)中佐/15陸奥艦長五藤存知(兵38)大佐が艦長を兼任(11/1専任)11/15艦長原鼎三(兵41)大佐

40.3/1特別役務艦より第1艦隊第1戦隊に編入3/26有明湾出港後華南方面で行動4/2高雄入港10/15艦長緒方真記(兵41)大佐11/15横須賀鎮守府練習兼警備艦

IJN Fuso class battleship Yamashiro 1941. Illustrated by A-140.

41.3/15第2艦隊第5戦隊に編入4/22横須賀鎮守府練習兼警備艦5/24or30艦長(8/8兼剣埼艤装員長)小畑長左衛門(兵43)大佐10/31第1艦隊第2戦隊に編入12/8太平洋戦争の開戦により機動部隊援護のため連合艦隊旗艦長門等と柱島出港/13小笠原付近で反転し柱島帰投

42.2/26-3/3呉工廠に入渠4/18ドゥーリトル東京初空襲によりアメリカ空母部隊攻撃のため柱島出港/22捕捉できず柱島に帰投5/29ミッドウェー作戦主力部隊として戦艦大和等と柱島出港6/6ミッドウェー作戦の中止によりアリューシャン作戦支援の目的で北上/17-22横須賀寄港/24柱島入港8/29呉工廠に入渠9/1艦長大和田昇(兵44)大佐/4呉工廠を出渠後内海にて訓練に従事10/15機関長小林省三(機30)機関中佐(42.11/1中佐)

43.2/1柱島出港/3横須賀入港3/1艦長早川幹夫(兵44)大佐4/8以降、6月まで木更津沖で飛行機襲撃訓練に従事8/1砲術長兼横須賀砲術学校教官原田孝(兵52)中佐/2艦長久宗米次郎(兵41)大佐(11/1少将)/26横須賀出港後駆逐艦第32駆逐隊(涼波藤波早波)に護衛されて/27柱島/28呉入港9/7柱島出港/7-8室積沖で砲術学校教程射撃/8-9徳山寄港後電探実験に従事/10柱島入港/15少尉候補生乗艦実務練習に従事10/8-12呉工廠に入渠/13宇品にて戦艦伊勢等とともに第52師団甲支隊2000名等陸軍輸送物件を搭載(丁3号作戦)/15軽巡洋艦龍田等とともに内海西部出港/20-31トラックに寄港し輸送物件を揚陸後空母隼鷹を加えて帰投中11/5豊後水道南方でアメリカ潜水艦(SS232)ハリバットの発射した魚雷が隼鷹に命中/5徳山で給油/7柱島回航12/25艦長田原吉興(兵43)大佐(44.5/1少将/5死去)/29柱島出港/31横須賀入港

44.2/10機関長本沢半三Motozawa Hanzo(機31)中佐(10/15大佐/25死亡、少将)/25第2戦隊の解隊により連合艦隊付属となり横須賀方面海軍諸学校練習艦5/5田原艦長が病没/6艦長篠田勝清(兵44)大佐(10/15少将/25中将)/12-24横須賀第5船渠に入渠/29電探試験目標艦として横須賀出港後横須賀帰投6/17副長尾崎俊春(兵50)中佐(10/15大佐/25少将)7/20横須賀工廠に入渠し機銃増備、大発6隻の増載工事を実施8/20出渠?/12第21駆逐隊(駆逐艦初春若葉)に護衛されて空母雲鷹とともに横須賀出港/13呉入港後訓練に従事9/10姉妹艦扶桑と第2戦隊(西村祥治中将)を再編し旗艦/17宇品寄港、独立混成第25旅団兵員が乗艦/23第17駆逐隊(駆逐艦磯風浦風雪風)護衛下に柱島出港/24.0716南西諸島沖(29゚30'N/129゚15'E)でアメリカ潜水艦(SS390)プレイスが/26.1240(20゚44'N/118゚13'E)でアメリカ潜水艦(SS391)ポンフレットが/27.0532ルソン島沖でアメリカ潜水艦(SS249)フラッシャーが視認/29-30ブルネイ寄港10/4-8リンガに寄港し重巡洋艦愛宕等からなる第2艦隊と合同/20ブルネイ入港/22出港する栗田艦隊を見送った後.1500出港後第4駆逐隊(野分欠)等とスリガオ海峡経由でレイテ島に突入に向かう途中/25スリガオ海峡にてアメリカ艦艇と交戦、レーダー射撃による集中砲火を浴び.0230横転沈没西村司令官以下第2戦隊司令部、篠田艦長、尾崎副長、本沢機関長以下乗員1660名が死亡(10名生存)

45.8/31除籍.

IJN Fuso class battleship Yamashiro 1944. Illustrated by A-140.

IJN Fuso class battleship Yamashiro.

信号符字JGFA.

新造時から方位盤を搭載していた最初の日本戦艦.

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山城丸

北岡春雄所有木造ケッチ型漁船

1937.9進水

41日本真珠(東京)に移籍9/1海軍が徴用10/25横須賀鎮守府所管特設監視艇(乙)/31第3艦隊第3根拠地隊第3防備隊に編入

42.1/15第5艦隊第7根拠地隊第7防備隊に編入2/1第5艦隊第2監視艇隊第6小隊に編入/25連合艦隊第3根拠地隊第3防備隊に編入4/10第4艦隊第3特別根拠地隊に編入5/1第4艦隊第6根拠地隊第65警備隊に編入9/20クェゼリン入港

44.1/30消息不明2/6クェゼリンで航空機の攻撃or艦砲射撃を受けて沈没3/31除籍3/31除籍6/30徴用解除.

38(23)T 18.1x4.6x(2.2)m Dx1.

船舶番号43719.

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山城丸

日本郵船貨物船

第18次計画造船により三菱造船長崎造船所で1588番船として1963.3/1起工8/20進水11/9竣工し北アメリカ太平洋岸航路を1航海した後スエズ運河経由ヨーロッパ航路に就航

73.10/17シリア、ラタキアLattakia港内に停泊中、第4次中東戦争の勃発によりイスラエルのミサイルを受けて炎上し全損

73ギリシャ、Funny Shipping Co.Ltdに売却されKyra(IMO5425932)と改名83パナマ、North Lorne Corpに売却されMicheleと改名11/28解体.

船舶番号90896.

信号符字JGDL.

10466(12896)T pp150.0x23.0x(12.8)m Dx1/1 13000bhp 22.45(19.5)knt 船客4.

山梨丸級の2番船であったが、貨物船初のバルバス・バウの採用により船型を改め、経済船型とあいまって従来の2/3の出力で航海速力20kntを発揮.

姉妹船山口丸、山形丸.


Since 3 Nov. 2001.

Last up-dated, 26 Feb. 2015.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#22.

Yamashiro.

IJN Fuso class battleship Yamashiro.Illustreted by Iyapopo.

Ver.1.15a.

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