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IJN Nagato class battleship Mutsu.

#1. #2. #3.

Illustrated by Tensho-Kantai.

Mutsu.  陸奥.むつ.

軍艦陸奥@ むつ 


このページを様との相互リンクの記念として陸奥屋様に贈ります.

2003年1月29日

IJN Nagato class battleship Mutsu.

IJN Nagato class battleship Mutsu.

Illustrated by Iyapopo.

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[地名]陸奥国.

現在の青森県全域と岩手県二戸郡を占める旧国.

東山道8ヶ国の1つ.

古代の蝦夷地で9世紀まで半ばを支配していた.

大化の改新後白河関以北全域を指す国名であったが712日本海側を出羽国として分割

1868.12磐城、岩代、陸前、陸中、陸奥の5国分割により再成立し陸前、陸中、陸奥3国を三陸と称した.

1935.9/26沖合いで臨時編制の第4艦隊が台風に遭遇し駆逐艦初雪が艦首部を切断される等の被害が出た(第4艦隊事件).

古くは「道の奥の国」の意から陸の奥Michinoku国と呼称され後にMichinoku更にMutsuと改称された.

1959.9/1下北郡大湊Ominato、田名部Tanabu両町が合併してできた大湊田名部市は60.8/1むつ市と改称された.

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軍艦陸奥

日本@ 長門級戦艦(2/2)

IJN Nagato class battleship Mutsu, 1934. Illustrated by A-140.

Photo1(IJN Mutsu 1922-3).2(IJN Mutsu 1923-34).3(IJN Mutsu at Yokosuka 3-4 Feb. 1937).4.5.6.

IJN Nagato class battleship Mutsu.

1917計画第8号甲鉄戦艦(88艦隊計画第2号艦)

17.8/20軍艦陸奥と命名/23戦艦

横須賀工廠で18.6/1起工

20.5/1艤装員長(7/9兼艦長21.3/1艦長)小牧自然(兵25)大佐/31貞明皇后、皇太子の臨席下に進水6/1艤装員駒林次郎(兵29)中佐、(>水雷長兼通信長)石田正一(兵32)少佐(12/1中佐)、(>兼砲術長)白浜清(兵32)少佐、(-22.5/1運用長)杉田一朗(兵32)少佐9/29軍医長兼艤装員宮川正雄(東京医専)軍医中佐11/20砲術長兼艤装員瀬崎仁平(兵32)少佐(12/1中佐)12/1通信長小泉久雄(兵34)少佐、副砲長兼艤装員鮫島具重(兵37)大尉、(-21.2/10)分隊長兼艤装員草鹿龍之介(兵41)大尉

21.3/19(-11/18)副砲長鵜池六蔵(兵38)大尉11/12始まったワシントン海軍軍縮条約でアメリカ、イギリス側が未完成艦として廃棄を主張、日本側は10/24に竣工し佐世保鎮守府籍となったと主張した結果、アメリカ、イギリスともに2隻の新戦艦建造を条件に保有を確保

IJN Nagato class battleship Mutsu.

11/18艦長黒瀬清一(兵26)大佐、副砲長佐藤正四郎(兵37)大尉、(-22.12/1)通信長心得越智孝平(兵38)大尉、分隊長秋谷吉五郎(機20)機関大尉>大西三郎(機19)機関大尉、主計長東英吉主計中佐>佐藤醇主計少佐、軍医長三井圭造軍医中佐/22就役12/1姉妹艦長門等と連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を編成、分隊長辻豊一(機19)機関大尉

22.4/10副長蘆谷幸治(兵29)中佐>井上四郎(兵31)中佐5/1運用長湯田有義(兵33)少佐、分隊長大森仙太郎(兵41)大尉/25乗員(9/20-23.7/20分隊長心得)矢次有人(機27)機関中尉10/28航海長間崎霞(兵33)中佐>毛内効(兵33)中佐11/1副砲長鵜池六蔵(兵38)大尉/10機関長山中政之(機14)機関中佐/20副長富岡愛次郎(兵32)中佐、(-24.4/10)分隊長秋永守一(機24)機関大尉12/1長門等と第1戦隊を編制、艦長寺岡平吾(兵27)大佐、機関長山中政之(機14)機関中佐、砲術長三井清三郎(兵34)中佐、水雷長大窪博(兵33)少佐

23.4/1航海長立花一(兵33)中佐5/1(-24.12/1)分隊長伊藤賢三(兵41)大尉6/11運用長近藤信竹(兵35)少佐(12/1中佐)8/20分隊長小暮軍治(兵41)大尉9/1長門とともに大連沖で訓練中、関東大震災の発生により東京横浜全滅と入電、救援物資を搭載して東京に回航.10第1煙突屈曲工事に着手/1副長徳広佐吉(兵32)中佐/15水雷長大島四郎(兵36)少佐、分隊長島本万太郎(機22)機関大尉/20砲術長柴山昌生(兵35)少佐(24.12/1中佐)12/1長門等と第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、艦長原敢二郎(兵28)大佐、副砲長岩越寒季(兵38)少佐、通信長心得森川章(兵42)大尉、分隊長相馬六郎(兵39)大尉転任、軍医長菅実(仙台医専)軍医中佐

24.1/10(-25.11/10欠員)運用長谷池三郎(兵36)少佐5/10軍医長山本城夫軍医中佐3/30奄美大島沖で曳航教練中、長門が接触9/6-7摂政宮、軍令部総長、連合艦隊司令長官の臨席下に野島崎南方沖で長門とともに旧戦艦安芸を主砲標的として撃沈処分11/10艦長米内光政(兵29)大佐12/1日向扶桑山城第1艦隊隷下に第1戦隊を編制、副長石井二郎(兵33)中佐、航海長山県少介(兵34)中佐、水雷長原精太郎(兵35)中佐、通信長庄司芳吉(兵41)大尉、乗員渡辺保正(兵49)中尉(25.12/1-26.2/10分隊長)

25照射指揮所、副砲改造工事を実施5/30(-12/1)分隊長矢次有人(機27)機関大尉7/15-6佐伯湾外で実施された戦技訓練で摂政宮長門から移乗8/20分隊長片山司吾六(兵46)大尉転任11/10副長中村寛(兵34)中佐12/1予備艦、艦長池田他人(兵30)大佐、(-26.5/1)砲術長高木資雄(兵36)少佐、運用長岸川三平(兵34)中佐、水雷長渡辺彝治(兵35)中佐、航海長鬼俊民(兵36)中佐、副砲長中野勝次(兵40)少佐、分隊長三坂直廉(兵40)大尉転任

26.5/1分隊長秋永守一(機24)機関大尉、多田野佐七郎(兵48)中尉(12/1大尉)6/10(-27.11/15)分隊長小倉外吉(兵41)大尉(26.12/1少佐)11/1(-27.6/1)砲術長竹田六吉(兵36)中佐12/1連合艦隊第1艦隊第1戦隊に編入、艦長枝原百合一(兵31)大佐、(-27.11/15欠員)通信長清宮弘(兵39)少佐、分隊長(-27.12/1)安田義達(兵46)大尉、(-27.12/1)上野権太(機26)機関大尉/10長門等と連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を再編

27.1艦首改造工事に着手.3下旬、陸軍の山東省出兵を援護する目的で青島へ回航4/7帰投5/16(-/28)分隊長吉見信一(兵43)大尉6/1砲術長寺田祐次(兵37)中佐/20運用長岡野一幹(兵36)少佐(12/1中佐)8/15(-28.12/10)航海長松浦永次郎(兵38)少佐(12/1中佐)10/20大演習に参加/30横浜沖で実施された第13回観艦式(大演習観艦式)で昭和天皇乗艦(参加艦艇158隻、航空機80飛行船1機)11/15乗員丹野蔚(兵49)大尉12/1長門等と第1戦隊を編成、艦長堀俤吉(兵32)大佐、副長伊沢春馬(兵35)中佐、砲術長堀江亥之吉(兵37)中佐、副砲長徳永栄(兵41)少佐、(-28.11/15)通信長一瀬信一(兵41)少佐、(-28.12/10)分隊長久邇宮朝融王(兵49)大尉

28.5/25副砲長大林末雄(兵43)少佐11/15分隊長和智恒蔵(兵50)中尉12/10艦長吉田善吾(兵32)大佐、(-29.11/30欠員?)副長小島謙太郎(兵36)中佐、(-29.11/1)砲術長土田斉(兵38)中佐、航海長堀内茂礼(兵39)中佐、機関長近藤武三(機17)機関中佐>立花才次郎(機18)機関中佐、水雷長田村直文(兵38)少佐>大塚敏雄(兵38)少佐、(-29.11/1)運用長中村正雄(兵40)少佐、(-31.12/1)通信長柴田滝三郎(兵41)少佐、工作長赤松嘉一郎(機25)機関少佐、分隊長宮嵜俊男(兵48)大尉転任、法元廉(兵50)大尉転任、(-29.1/15)山田達也(兵48)大尉、奈良孝雄(兵49)大尉、隈部伝(兵50)大尉、乗員時永縫之助(兵50)大尉転任

29.10/15分隊長稲田良人(兵49)大尉転任11/5砲術長入船直三郎(兵39)少佐/30艦長阿武清(兵33)大佐、航海長堀内茂礼(兵39)中佐>梶岡定道(兵39)中佐、運用長大島良之助(兵38)少佐、(-30.12/1)副砲長黒島亀人(兵44)少佐、(-30.2/22)分隊長(-30.2/22)伊勢貞良(機26)機関少佐、川畑正治(兵47)大尉12/24副長宍戸好信(兵37)中佐

IJN Nagato class battleship Mutsu.

30.7/1(-9/15)分隊長小川貫爾(兵43)少佐12/1予備艦、艦長毛内劾(兵33)大佐、副長宍戸好信(兵37)中佐>(-31.12/1)坂部省三(兵36)中佐、航海長宮里秀徳(兵40)中佐、砲術長田口広成(兵46)少佐、(-31.11/2)水雷長山ア助一(兵39)少佐、分隊長篠原多磨夫(兵51)大尉>久保木英雄(兵51)大尉

31.11/14砲術長市来政章(兵39)中佐転任12/1艦長菊野茂(兵34)大佐、副長堀江亥之吉(兵37)中佐、砲術長峰松寧夫(兵41)中佐、航海長万膳三雄(兵39)少佐転任、水雷長田中穣(兵47)少佐

32.5/10艦長和田専三(兵34)大佐10/10副砲長(-33.11/15)貝塚武男(兵46)少佐11/1艦長安藤隆(兵34)大佐、航海長渡辺清七(兵42)少佐(12/1中佐)、(-33.11/1)水雷長田中保郎(兵42)少佐(12/1中佐)/15砲術長小暮軍治(兵41)中佐12/1金剛日向連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を編成、分隊長芥河唯太郎(兵52)大尉32末、探照燈および高角砲を増備

33.5/20金剛榛名日向第1戦隊を編成.7中旬、第4戦隊(高雄愛宕鳥海摩耶)等からなる青軍艦隊を率いて特別大演習に参加しトラック付近で長門等からなる赤軍艦隊と演習10/20砲術長沢正雄(兵44)少佐11/1航海長今村幸彦(兵42)少佐、分隊長佐久間良也(兵51)大尉転任、小代正(兵51)大尉転任、末国正雄(兵52)大尉転任/15予備艦、艦長槽谷宋一(兵35)大佐、副長田村直文(兵38)中佐>岩越寒季(兵38)中佐、運用長藤井音四郎(兵41)中佐>黒木剛一(兵43)中佐、通信長(-34.11/15)田嶋英夫(兵42)中佐、分隊長菊池喜市郎(兵49)大尉転任/20前檣等の改装工事に着手

34.3/1(-11/1)分隊長岩上次一(兵50)大尉6/1横須賀鎮守府に転籍9/5横須賀工廠で2ヶ年計画による大改装工事に着手/20(-35.1/28)航海長土井高(兵42)中佐8/15機関長市村譲介(機21)機関中佐11/1運用長島津信夫(兵42)少佐/15艦長細萱戊子郎(兵36)大佐、砲術長山森亀之助(兵45)少佐、(35.6/20兼鈴谷艤装員10/10-/31軍医長-11/15)軍医長神立金作(慈恵医専)軍医中佐11/15副砲長辻橋文吉(兵48)大尉

35.10/15副長森良造(兵39)中佐11/15兼鳥海艦長春日篤(兵37)大佐、(-37.12/1、36.4/1-6/1兼金剛)砲術長酒井原繁松(兵46)中佐、兼金剛通信長遠藤滋(兵49)少佐、(-36.12/1)軍医長伊藤雋吉(愛知医専)軍医中佐/16(-37.12/1)航海長渋谷清見(兵45)中佐12/2艦長桑折英三郎(兵36)大佐

36.4/1(-37.1/7兼金剛-12/1)工作長堀江隆介(機30)機関少佐7/15(-11/16)航海学校教官兼航海長関郁乎(兵43)中佐9/30大改装工事完成11/16艦長(-12/1兼横須賀海兵団長)後藤英次(兵37)大佐12/1長門等と連合艦隊第1艦隊隷下に第1戦隊を編成、運用長杉坂一雄(兵44)中佐転任、通信長本田甚次郎(兵46)中佐、副砲長吉本家彦(兵50)少佐

37.1/26(-12/1)主計長早川貞吉(経3)主計中佐7/7連合艦隊第1艦隊司令長官永野修身(兵28)大将の旗艦として伊勢湾寄航中、盧溝橋事件の発生により呉回航8/11佐世保出港後華北に向かう輸送船団を護衛、朝鮮西方海面を行動/15佐世保帰投/20愛媛県三津浜港より第11師団の一部約2000名が乗艦/23上海沖に到着し部隊を揚陸/24搭載機が上海方面の陸戦に協力/25佐世保帰投9/15佐世保出港後華北方面の警戒に従事/23佐世保帰投11/15副長福吉保夫(兵42)中佐12/1艦長高木武雄(兵39)大佐、砲術長貞方静夫(兵47)中佐、航海長梶原季義(兵47)中佐、副砲長庵原貢(兵52)少佐

38.4/9佐世保出港後/14まで華南方面で行動10/17佐世保出港後/23まで華南方面で行動11/15(39.2/1-5/15兼八雲9/15兼山城)艦長五藤存知(兵38)大佐、分隊長福永秀成(兵54)大尉転任、松崎重吉(兵54)大尉転任12/1(-39.11/15)通信長本田甚次郎(兵46)中佐/15予備艦

39.4/30長門とともに土佐沖で青島を実艦標的として撃沈処分10/15(-40.10/15)運用長泉福次郎(兵50)少佐11/1艦長保科善四郎(兵41)大佐、機関長守田定三(機27)機関中佐/15連合艦隊第1艦隊第1戦隊に編入、副長土井元夫(兵42)中佐>高田栄(兵46)中佐、砲術長加藤憲吉(兵48)中佐>(-41.9/10)永橋為茂(兵49)中佐、通信長遠藤滋(兵48)中佐、分隊長久保山重志(兵61)大尉、江波戸和郎(兵62)大尉/20航海長杉浦経三郎(兵49)中佐

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40.3/26佐世保出港後4/2まで華南方面で行動11/1艦長小林謙五(兵42)大佐

41.2/6運用長公文恵章(兵50)少佐(10/15中佐)/24佐世保出港後3/3まで華南方面で行動

8/11長門連合艦隊隷下に第1戦隊を編成、艦長小暮軍治(兵41)大佐(42.5/1少将)/30横須賀入港9/3横須賀工廠で入渠整備/10砲術長中川寿雄(兵50)中佐、副砲長高橋真(兵55)少佐>(分隊長>)今泉正次(兵59)大尉、分隊長(-42.11/5)朝田一利(兵60)大尉/13出渠/21横須賀出港/23室積沖回航10/6副長植村庭三(兵47)中佐

12/1-3呉工廠に入渠/8開戦時ハワイ攻撃機動部隊援護のため.1200連合艦隊第1戦隊所属として長門等とともに柱島出港/11.0600機動部隊の帰還により小笠原諸島北東沖で反転/13柱島帰投

42.1/18竣工直後の戦艦大和の射撃訓練用標的曳航艦として使用

4/11乗員江間修(兵68)中尉5/29大和等と柱島出港後ミッドウェー作戦支援に従事中6/6赤城等空母4隻喪失により作戦中止/7駆逐艦から負傷兵を収容後反転/14柱島帰投/20or22艦長山澄貞次郎(兵44)大佐

7/14第1戦隊の解隊により第1艦隊第2戦隊に編入/22-9呉工廠で入渠整備8/8(-10/15)兼大和飛行長奥田重信(兵57)少佐/11アメリカ軍のガダルカナル島来攻により重巡洋艦愛宕等からなる第2艦隊とともに横須賀出港/17-21トラック寄港後第2駆逐隊(村雨五月雨春雨)等に護衛されてソロモン方面に発見されたアメリカ機動部隊の捜索に従事中/24第2次ソロモン海戦となり速力不足により第2駆逐隊とともに愛宕等と分離9/5トラック入港/22トラック帰投後訓練整備作業に従事

11/1(-43.6/1)機関長吉村亀釈(機30)中佐(43.5/1大佐)/17第11戦隊司令官阿部弘毅(兵39)中将の旗艦を駆逐艦雪風から継承

43.1(-/3)運用長福地周夫(兵52)中佐/7主力部隊に編入され燃料を満載して空母瑞鶴等とともにトラック出港後サイパン経由で呉入港/10副長大野小郎(兵48)中佐(5/1大佐)/12-28柱島寄港/29-2/6横須賀工廠で入渠整備/15横須賀出港/16柱島入港/23母港を柱島に変更3/4呉入港/8柱島警泊/10艦長三好輝彦(兵43)大佐

4/13呉に回航され北方警備の目的で弾薬等を搭載/17柱島帰投/20柱島を基地に伊予灘で訓練に従事/26徳山で燃料補給後アッツ島守備隊支援の目的で伊予灘で訓練に従事/28-5/3柱島帰投/4-5伊予灘で砲撃訓練/5-10柱島寄港後伊予灘で砲撃訓練/15副砲長本明徳久(兵61)大尉/27呉工廠に入渠し整備/31柱島入港6/8.1210柱島泊地(33゚58'N/132゚24'E)にて第3砲塔付近で大爆発が発生、船体を切断して約30秒間で沈没し乗員1471名中、三好艦長、大野副長、運用長末武政治(兵50)中佐、土師喜太郎(兵51)中佐、本明副砲長、熊谷璋(兵67)大尉以下1121名が死亡(生存者は長門扶桑に負傷者を除いて収容後サイパンギルバート諸島マキンクェゼリン等に分散配備され大半が死亡)

9/1除籍

44.7船体から燃料580tを回収

47.9末、西日本海事が艦体を発見

48.6/24西日本海事に対して山口県知事が搭載物件の引揚げを認可.8アメリカ極東海軍の命令により政府は引揚げ中止を命令12/1極東海軍は建設省に対して引揚げを許可/8山口県知事に引揚げ、処分の所管事務処理を委託

49.6/20西日本海事と契約を締結7/21慰霊祭を実施後作業開始

51.3末、作業中断

52.11作業再開

53.6/28艦首紋章を浮揚

71.3/15艦尾浮揚作業開始/16.1645浮揚成功

72.11山口県大島郡周防大島町(旧東和町)、屋代島東部の爆沈地点に臨む丘に陸奥記念館を設置(94.4/27移転).

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信号符字JGJA.

艦内神社として1925.9/9青森県弘前市の岩木山Iwakiyama神社の分霊を安置した.

参考

海市のかなた−戦艦「陸奥」の引揚げ(青山淳平作、中央公論新社).

陸奥記念館.

PORTHOLE.

Photo by hush, 13 June 2004.

三重県四日市市大宮町(しで)神社境内にある軍艦陸奥の遺品.

碑文には第3砲塔破片とあり、左側についている銘板には「燈99小型20四分電路筐、(甲板倉庫入口)」等の記載がある.

志氏神社 戦艦「陸奥」の部品

東京船の科学館にある陸奥の主砲.

2004年8月15日撮影.

2011年8月14日撮影.

本級の主砲を16インチ406mmとする記述が見受けられる場合もあるが、正しくは410mmである.

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むつ

日本原子力船開発事業団(1963.8設立) 原子力貨物船(1/1)

石川島播磨重工東京第2工場で1968.11起工69.6皇太子妃の支綱切断により進水70.7/13船体工事完成/14東京出港後青森県大湊(現むつ市)に回航され原子炉据付

72.9/6核燃料装荷完了

74.8/26.0000大湊出港/28.1134尻屋崎の東方約800kmの洋上で初臨界を達成9/1.1700頃、同海域で原子炉の出力を2%まで上昇させた際に原子炉から放射線漏れを起こし試験中断(遮蔽リングの設計ミス)後当局の絶対安全の保障に対する不信感等により各地で入港拒否10/14むつ市が地元補償と母港撤去を条件に大湊への入港を許可/15大湊入港

75.6/18佐世保市長が修理港引き受けを表明

78.10/11大湊出港後佐世保回航

80.8佐世保で遮蔽改修、安全性総点検を実施

82.6/30工事完了.8佐世保出港9/6大湊入港

84.2むつ市関根浜に新定係港建設開始

85.3日本原子力船研究開発事業団を日本原子力研究所に統合

88.1/27関根浜に回航.8原子炉容器蓋開放点検、船体点検等を実施

89.10/30点検完了

90.3/29関根浜港岸壁にて出力上昇試験を再開し初回臨界を達成4/28停泊試験を終了7/10関根浜出港/13初の原子動力航行を開始後70%出力公試を実施/30-9/25関根浜寄港後90%出力公試を開始.12実験航海終了

91.2/14竣工(使用前検査合格証及び船舶検査証書受領、当初計画は72.1竣工予定)

92.2までの約1年間で約46000nm(82000km)を航行.9解役工事に着手

93.5-7使用済核燃料取出し作業を実施.12海洋開発審議会の「我が国の海洋調査研究の推進方策について」の答申で海洋観測船に転用することが決定

95.6/22原子炉区画(14.6x13x13.2m、3180t)を4100t吊り大型海上クレーンを撤去(むつ科学技術館に展示)後

海洋科学技術センターJAMSTECに船体が引き渡され海洋地球研究船みらいと改名97.9/29再就役2001.6/27日本原子力研究所むつ事業所から使用済み燃料12本(約0.9t)を貨物船日の浦丸で同研究所東海研究所に輸送7/4搬入完了18在籍.

アメリカ(サヴァンナ)、ソ連(レーニン)、西ドイツ(オットー・ハーン)に次いで世界で4番目の原子力船.

8350T(2400HT) 130.0(119.0)19.0x13.2(13.2)m NTx1 水管式缶 10000(連続)9000(常用)shp 乗員79.


Since 8 Nov. 2001.

Last up-dated, 25 Apr. 2018.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

IJN Nagato class battleship Mutsu.

Illustrated by Iyapopo.

#27.

Mutsu.

Ver.1.18a.

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