Down

Akashi.  明石.あかし.

 明石級防護巡洋艦 軍艦明石@ 明石丸(川崎商事>高知県) 明石丸(三菱会社>大阪商船) 明石丸(嶋谷汽船) 

明石級工作艦 特務艦明石A 明石丸(西大洋漁業) 第11明石丸 明石丸(東京船舶) 

救助艇>巡視艇あかし(1) あかし級海洋観測艦 海洋観測艦あかしB あかし級測量船 改あかし/けらま級測量船 測量船あかし(2) 

For Mr. Takashi who was 40000th visitor of my Cottage.

3 Feb. 2010.

(1)

[地名]明石ノ浦.

Akashi Beach.

兵庫県明石市を中心とする神戸高砂両市間の瀬戸内海沿岸部、特に明石川河口より東側の海岸.

東側の海岸は舞子ヶ浜で、明石海峡を隔てた対岸に淡路島がある.

古来、歌枕として多くの歌に詠まれ、須磨とともに「源氏物語」の舞台として知られた白砂青松の地であったが、マツクイムシと海食により人工的な海岸に変容した.

1617小笠原忠真Ogasawara Tadazane、1596-1667が明石城を築城後城下町として繁栄

1919.11/1市制51.1/10明石郡大久保町、魚住村、加古郡二見町を編入68.12/9カリフォルニア州ヴァレーホと姉妹都市提携を締結

2002特例市.

1931.4/18民間研究家(後に早稲田大学古生物学教授)直良信夫Naora Nobuo、1902-85が明石郡大久保町西八木通称屏風が浦海岸(現在の明石市西八木海岸)で発見した人間の腰骨の一部は45.5/25東京大空襲によって失われたが48東京帝国大学理学部人類学科教授長谷部言人Hasebe Kotondo、1882-1965が残された石膏模型から明石(原)人Niponanthropus akashiensisと命名した.

東経135゚と日本のほぼ中央に位置しその子午線上に明石市立天文科学館の時計台が置かれている.

日本標準時(JST)はこの135゚E線上で太陽が南中する時刻を正午としたもので、協定世界時(UTC)より9時間進んでいる.

日本標準時を中央標準時ともいうのは1896西部標準時が定められ120゚Eを基準とする日本標準時から1時間遅れの時刻が台湾澎湖八重山宮古列島で使用されていたのを1937国内で時差があるのは紛らわしいという理由で削除した際に標準時を中央標準時と改めた条文が残ったためである.

なお国際連盟から委任統治領とされた南洋群島では135゚Eを西部、150゚Eを中部、165゚Eを東部標準時としていた.

39゚Eに位置する南極の昭和基地等ではUTCから3時間遅れの時刻を使用している.

(2)

[地名]明石海峡.

Akashi St.

兵庫県明石市、淡路島北端の松帆崎間にあって瀬戸内海を大阪湾と播磨灘に分割する海峡.

一番幅が少ない所で3.6kmしかなく平安時代初期から四国への渡船地として知られたが最大6kntもの潮流が流れる航海の難所でもあった.

1945.12/9淡路島から明石へ航行中の連絡船せきれい丸(34T)が強風により転覆し乗員乗客349名中304名が死亡、この事故を契機として明石海峡大橋の架橋計画が53打ち出されたが、1日1300隻もの船舶が通過する日本最多の航路帯であること、最深部で100mに達する水深、強い潮流に阻まれ実際の着工は88(86起工式を実施)となり98.4/5にようやく完成した.

橋の中央部は盛り上がっており、海面からの高さは96mに達し、全長は3911m、メイン・スパンの長さ1991mの世界最長の吊橋である.

本州四国連絡橋公団.

この強い潮流に揉まれて育った明石のタイ(鯛)タコ(蛸)は有名.

1949スポーツ・シューズの専業メーカーとして神戸で創業した鬼塚(現在はアシックス)はバスケット・ボールの試作に取り組んでいたが、ある日、夕食に出た明石を見て靴底に吸盤を取り付けることを思いつき、大ヒットとなった.

なお、アシックスasicsという社名は、2世紀初めのローマの風刺作家ユベナリス(ユウェナリス)Decimus Junius Juvenalis、60-130の「もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかし、と祈るべきだ」という言葉に由来し、原文で「精神」を意味するMensをより動的な意味をもつAnimaに変更したラテン語Anima Sana in Corpore Sanoの頭文字をとったもの.

同地では珊瑚玉の模造が行われており、ツゲで作った素材の上に卵白を上塗り塗料として使用していたが、不用になった卵黄で作られたのが「たこ焼」の発祥であるといわれる.

1995.1/17.0546.52明石海峡(34゚35'09"135゚02'01")の海底、深さ16kmを震源として発生したM7.3の兵庫県南部地震は阪神・淡路大震災として知られ、死者6434行方不明者3負傷者4万3792名を出す大惨事となった.

Up
Down

日本 明石級防護巡洋艦→日本、須磨級防護巡洋艦.

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軍艦明石

日本@ 須磨級防護巡洋艦(2/2)

IJN Suma class protected cruiser. Illustrated by SUDO.

1893計画丙号(三等)巡洋艦

横須賀造船廠で94.8/6起工

95.5/27or28軍艦明石と命名

97.10/21呉鎮守府籍に指定11/8東宮武官公爵鷹司煕通陸軍少将の隣席下に進水*

98.7/30横須賀鎮守府艤装委員(12/9副長)竹内平太郎(兵8)中佐、(12/9兼機関長99.5/4機関長)賀茂厳雄(旧機3)機関中監、(8/1兼艤装委員12/9兼砲術長99.5/4砲術長)安保清種(兵18)大尉8/1横須賀鎮守府艤装委員(12/9水雷長)小山田仲之丞(兵17)大尉12/9(艤装委員>)航海長石川寿次郎(兵15)大尉、軍医長山口猪之吉(90)大軍医、兼機関術練習所主計長海老原靖大主計

99.3/29乗員古川弘(兵22)中尉/3or30or31(日本海軍全艦艇史)竣工*し呉鎮守府籍

6/17艦長心得中村静嘉(兵7)中佐(9/29大佐、艦長)、副長谷雅四郎(兵9)少佐、機関長(-9/29兼分隊長)秀島熊六(旧機4)機関少監(9/29機関中監)/24乗員栗田俊三少軍医(00.9/25中軍医)9/2乗員(-/14欠員)平岩元雄(兵26)少尉候補生/29水雷長田中芳三郎(兵18)大尉、(乗員>)分隊長前野邦忠(機3)中機関士10/13砲術長石川長恒(兵18)大尉12/4航海長田中行尚(兵17)大尉、分隊長高久文五郎(兵17)大尉>犬塚助次郎(兵21)大尉/21砲術長谷口尚真(兵19)大尉/25水雷長渡辺仁太郎(兵18)大尉、主計長小蘆与一郎主計少監>島崎廉平大主計/31戦艦八島等と常備艦隊を編制

1900.1/12乗員大見丙子郎(兵23)中尉、高柳直夫(兵26)少尉、秋元秀太郎(兵26)少尉、吉川力(機6)少機関士、岡定衛(機6)少機関士、軍医長岡部千之(86)軍医少監>日向次作()軍医少監5/15副長矢島純吉(兵12)少佐(6/1中佐)/20砲術長中里重次(兵20)大尉、主計長都留秀熊(99)大主計/23艦長心得太田盛実中佐(9/25大佐、艦長-01.2/18欠員)6/5艦隊編制より除去/7分隊長猪山綱太郎(兵17)大尉/18戦艦富士等とともに常備艦隊に編入7/10副長吉見乾海(兵12)少佐(9/25中佐-12/6欠員)/16砲術長竹内重利(兵20)大尉8/6-11/16北清事変(義和団事件)で太沽芝罘に派遣/10乗員(-12/6)武富咸一川浪鷹治古屋道太郎三浦容夫(兵27)少尉候補生9/13機関長桜田順三(機旧4)機関少監/15富士等と常備艦隊を編制10/22航海長中嶋資朋(兵19)大尉12/6航海長(>-01.3/29兼分隊長)八戸三輪次郎(兵20)大尉、砲術長兼分隊長相羽恒三(兵20)大尉/27乗員矢沢操少軍医

01.3/29副長真野巌次郎(兵12)少佐(7/3中佐)、分隊長心得横尾尚(兵23)中尉(10/1大尉、分隊長)、乗員湯谷堅蔵(兵26)少尉(10/1中尉-12/12欠員)4/1巡洋艦済遠とともに常備艦隊に編入、艦長(-02.3/22欠員)上原伸次郎(兵7)大佐6/7航海長阪本則俊(兵20)大尉7/9航海長向菊太郎(兵19)大尉8/14砲術長(-02.12/3?)村上ユ吉(兵18)大尉/22乗員渡辺玉樹(兵28)少尉候補生(02.1/18少尉-12/3)/30副長横田平作(商船学校6兵13相当)少佐12/1戦艦朝日等と常備艦隊を編制/12航海長富士川一吾(兵19)大尉、分隊長心得永松敏(兵25)中尉(01.0/6大尉、分隊長)

02.1/20主計長(-10/6)柏木正文(東大法)大主計4/22艦長佐伯ァ(兵8)中佐(10/6大佐-/25欠員)、機関長平野宗四郎(兵16)機関少監>鈴木富三(兵16)機関少監、水雷長三田村誠造(兵22)大尉12/25艦長宮地貞辰(兵9)中佐

03.1/23航海長磯貝正吉(兵23)大尉、乗員(-10/6)松原彦七(機10)少機関士2/7機関長(-4/12兼分隊長9/26兼分隊長)貞永勘五郎(兵18)機関少監4/12副長吉嶋重太郎(兵14)少佐(04.7/13中佐)、分隊長居崎稠雄(機4)大機関士/27西義克少機関士候補生以下機関学校11期卒業生31名が乗艦(-9/8)7/16仁川済遠の艦首が左舷部に接触し艦首水中TT前扉を損傷9/4乗員宮坂助治郎(兵30)少尉候補生/26砲術長糸川成太郎(兵20)大尉>上田吉次(兵26)大尉、分隊長飯森正芳(機6)大機関士12/3分隊長心得川路俊徳(機7)中機関士(04.7/13大機関士、分隊長-05.3/15)/28巡洋艦浪速等とともに第2艦隊隷下に第4戦隊を新編

04.1/11-7朝鮮半島=佐世保間の電線敷設船の護衛と電信技師の仁川への輸送に従事2/6佐世保出港後浪速等と輸送船を護送/7韓国八口浦寄港/8仁川入港後装甲巡洋艦浅間等と陸軍部隊の揚陸を支援/9仁川を出港したロシア巡洋艦ワリヤーグを追って出港後浪速等とともに交戦(仁川沖海戦)/16第3艦隊第6戦隊に編入9/11副長大島正毅(兵15)少佐(05.1/12中佐-2/13)12/10.2012遇岩南方で右舷錨座下が浮流機雷に触れて大破し乗員1名が軽傷/12.1300青泥窪(大連)入港後入渠整備/23艦長(-05.12/12欠員)宇敷甲子郎(兵10)大佐

05.1/3乗員野辺田重興(兵32)少尉候補生(05.8/31少尉-11/21)/12第2艦隊第4戦隊に編入/27航海長(12/12兼分隊長)中村良三(兵27)大尉5/27-8日本海海戦に参加しロシア装甲巡洋艦ディミトリィ・ドンスコイを僚艦とともに攻撃、海戦時副長有馬律三郎(兵15)中佐、機関長松沢敬譲(兵19)機関少監(06.1/26機関少佐)、分隊長宮野好二(兵28)大尉、木田盛徳(機9)機関大尉、渡辺竹三郎(機10)大機関士、軍医長藤沼械四郎大軍医、主計長川上重典主計少監6/14第4戦隊は第1艦隊に編入8/5砲術長(-9/12)村越八郎(兵27)大尉、主計長(-12/12)徳永晃大主計12/12副長山口徳四郎(兵15)少佐、(水雷長>)兼分隊長東条政二(兵27)大尉、(06.2/1-3/14兼筑紫-10/20)軍医長砂堀雅人(99H)大軍医/27航海長(-06.3/8兼分隊長8/10兼分隊長)村瀬貞次郎(兵29)大尉/29艦長外波内蔵吉(兵11)大佐

06.2/15分隊長秋元猛四郎(機9)機関大尉3/3副長福田昌輝(兵17)少佐、分隊長遠藤格(兵28)大尉、乗員赤堀研吉(機13)機関少尉/8乗員岡本郁男(兵30)中尉4/1分隊長心得永野永三(兵29)中尉8/10機関長兼分隊長栗田富太郎(機3)機関少佐、(砲術長-11/15?>)兼分隊長志賀已之治(兵26)大尉、水雷長寺島宇瑳美(兵29)大尉転任(欠員)、分隊長心得丹生猛彦(兵30)中尉、田中康(機10)機関中尉転任、乗員栗林縫助少主計転任、清崎春斎少軍医転任10/12艦長橋本又吉郎(兵13)大佐11/22乗員中里陽一(機13)機関少尉12/5機関長石田常次郎(機3)機関少佐

07.2/9航海長福村篤男(兵27)大尉3/15乗員(-9/3)壁島為造中軍医/31砲術長松平保男(兵28)大尉4/5水雷長(-9/3)八角三郎(兵29)大尉、分隊長心得(-9/3)杉浦正雄(兵30)中尉/25古市龍雄以下機関学校15期卒業の機関少尉候補生が乗艦(-8/24)9/3副長有馬純位(兵17)少佐転任、(航海長>)兼分隊長石田幸太郎(兵27)大尉、砲術長含川清治(兵28)大尉、分隊長野村仁作(兵28)大尉転任、分隊長心得福田武男(兵30)中尉転任、乗員大蘆義宣(兵31)中尉転任、木村政吉(兵33)少尉転任、執行鼎蔵(兵33)少尉転任、田村孝次少主計転任/14軍医長(-12/22)砂堀雅人大軍医/28砲術長森岡昌家(兵28)大尉12/27艦長田中盛秀(兵13)大佐

08.1/15乗員(-2/22)平田昇(兵34)少尉、白根貞介(兵34)少尉(09.10/11中尉-12/8)2/22副長伊集院兼誠(兵18)少佐>三村錦三郎(兵18)少佐7/28乗員高須四郎(兵35)少尉候補生(12/25少尉-10.12/1)、谷本馬太郎(兵35)少尉候補生(12/25少尉-10.12/1)9/1艦長鈴木貫太郎(兵14)大佐/22機関長村地正司(機5)機関少佐>栗田光一(機6)機関大尉/25副長遠矢勇之助(兵20)少佐、分隊長井上梅太郎(機12)機関大尉、神田千頴(機12)機関大尉12/10副長生野太郎八(兵21)少佐、乗員(-09.3/16)菊野茂(兵34)少尉

09.10/1艦長真田鶴松(兵15)大佐/11水雷長志岐重吉(兵31)大尉、分隊長鎮目静(兵32)大尉、西郷従親(機12)機関大尉12/1乗員(-11.4/20)福沢哲四郎(兵36)少尉候補生/28分隊長田中謙治(機12)機関大尉

10.1/10副長横尾義達(兵22)少佐/15航海長(-5/23)波川正三郎(兵30)大尉5/23水雷長小栗信一(兵31)大尉、分隊長小林省三郎(兵31)大尉12/1機関長細野幸三郎(機5)機関少佐>荒尾文雄(機7)機関少佐、(航海長>)兼分隊長(-11.12/1)岩崎猛(兵30)大尉、(砲術長>)兼分隊長安原武雄(兵30)大尉、分隊長森岡喜作(兵28)大尉転任、(軍医長>)兼赤城軍医長佐藤武大軍医、(主計長>)兼大和主計長南条寿大主計

11.3/8水雷長後藤充蔵(兵31)大尉4/1兼艦長奥田貞吉(兵15)中佐/20乗員島村綱雄(兵36)少尉>相浦誠一(兵33)中尉、茂泉慎一(兵37)少尉5/9兼石見艦長花房祐四郎(兵13)大佐/22(-7/15兼)艦長大島正毅(兵15)大佐9/13副長粟屋雅三(兵25)少佐12/1艦長小山田仲之丞(兵17)大佐、機関長吉崎徳一郎(機9)機関少佐、砲術長(-12.12/11)高崎円(兵30)大尉、分隊長江原収治(兵33)大尉、寺田栄之丞(兵33)大尉

12.4/20副長(-11/13)田村丕顕(アナポリス)少佐8/9乗員元泉威(兵37)少尉(12/1中尉-13.12/1)/28二等巡洋艦9/29艦長斎藤半六(兵17)大佐11/12横浜沖大演習観艦式に赤軍第6戦隊所属として参列/14軍医長(-13.12/1)石原亮(京大福岡医)大軍医12/1分隊長中島外喜男(兵34)大尉

13.12/1艦長笠島新太郎(兵16)中佐、副長福村篤男(兵27)少佐、砲術長合田四郎(兵30)大尉>折田一二(兵31)大尉、航海長内山邦彦(兵32)大尉>伊藤万喜多(兵33)大尉、分隊長高鍋三吉(兵33)大尉転任、乗員(-15.5/26)佐藤正四郎(兵37)中尉、(-14.12/1)原忠一(兵39)少尉

14.1/24艦長田代愛次郎(兵17)大佐3/23副長松下惣吉(兵27)少佐、乗員城島高次(兵40)少尉9/1-11/15WW1に第2艦隊所属として参加し青島攻略戦に従事11/19-15.9/25、16.1/3-17.3/11第3艦隊第6戦隊に所属して巡洋艦利根等と南シナ海、シンガポール、インド洋方面で行動しボルネオマラッカを警備12/1艦長田口久盛(兵21)中佐、乗員下村勝美(兵39)中尉

15.2/1航海長伊藤万喜多(兵33)大尉>山県少介(兵34)大尉5/1乗員(-11/6)佐藤俊美(兵41)少尉/15乗員(-12/13)早川貞吉(経3)少主計候補生6/30分隊長(-12/13)福沢哲四郎(兵36)大尉9/25艦長筑土次郎(兵24)中佐(16.4/1大佐)10/1乗員(-16.12/1)小暮軍治(兵41)少尉/30乗員(-16.12/1)乗員菊池鶴治(兵41)少尉12/13副長山名寛一郎(兵28)少佐、砲術長辺見辰彦(兵32)大尉>(-16.11/6)小槇和輔(兵33)大尉、分隊長小滝徳治(兵36)大尉(-17.2/7/8インド洋で死去)

16.3/27軍医長(-11/1)菅原佐平(東大医)大軍医11/6乗員(-17.12/1)岩越寒季(兵38)中尉12/1艦長三宅大太郎(兵25)中佐、副長成沢美水(兵29)少佐、機関長田丸成二(機11)機関少佐、乗員(-17.12/1)田中保郎(兵42)少尉

17.2/7第10()、第11駆逐隊()とともに第2特務艦隊を新編、航海長坂本正(兵35)大尉、分隊長藤永三郎(兵36)大尉>吉成格四郎(兵35)大尉、石井順三(兵36)大尉/13シンガポール入港3/1第11駆逐隊シンガポールに到着/5巡洋艦矢矧シンガポールに到着した第2特務艦隊司令官佐藤皐蔵(兵18)少将の旗艦を/6継承/11シンガポール出港後ドイツ武装商船ヴォルフの捜索を実施して/17コロンボ/27アデン入港4/4-10ポートサイド寄港/13マルタ入港後地中海で船団護衛に従事.8マルタ出港10/22帰投11/4艦隊編制より除去

12/1艦長平岩元雄(兵26)大佐、副長上村従義(兵30)少佐、砲術長原鵬二郎(兵34)大尉>徳重佐一郎(兵36)大尉、航海長萩原栄七(兵34)大尉、分隊長増山忠雄(兵34)大尉>堀江亥之吉(兵37)大尉、野村正光(兵35)大尉>田中重正(兵38)大尉、軍医長(-18.11/10)菅実(仙台医専)大軍医

18.3/1乗員大須賀都美次(千葉医専)少軍医(18.12/1中軍医-19.9/1)/12砲術長(-19.7/29)佐田健一(兵35)大尉、分隊長(-19.9/20)板垣行一(兵38)大尉、乗員東郷二郎(兵41)中尉、橋本象造(兵43)少尉(12/1中尉-19.3/1)、(-19.9/10)篠田勝清(兵44)少尉、(-19.9/10)早川幹夫(兵44)少尉、(-9/12)中津成基(兵44)少尉/14乗員西岡喜一郎(機24)機関少尉(12/1機関中尉-19.4/1)、(-19.2/17)西沢兄信(機25)機関少尉4/16シンガポールを基地としてインド洋の警備に従事(-19.2/9)9/12乗員高木惣吉(兵43)少尉(12/1中尉-19.9/10)12/17インフルエンザにより乗員の過半数が発病し48名が死亡した矢矧を救援

19.2/6艦長福村篤男(兵27)大佐4/5.1543大立島南方海域で第12駆逐隊の魚雷発射訓練時に標的を曳航中、駆逐艦浦波の発射した魚雷が故障により衝突し推進翼を小破6/16-20ニコラエフスク(尼港)事件の発生により沿海州警備に従事12/1艦長福与平三郎(兵28)大佐、副長岡本熊太(兵31)少佐、(>兼千代田)機関長吉川正庫(機13)機関少佐、砲術長山田満(兵37)大尉、分隊長野沢錦二(兵36)大尉転任、松友幸信(機19)機関大尉

20.3/15艦長天野六郎(兵27)大佐4/1砲術長河村源一郎(兵36)大尉(21.12/1少佐)6/3主計長心得(-8/1)木寺寛爾(経4)主計中尉8/23航海長村上勇(兵39)大尉9/1兼千代田主計長心得(-11/1)木寺寛爾(経4)主計中尉、乗員(-11/1)井川一雄(経6)主計少尉11/20(兼千代田)機関長染河精之進(機13)機関少佐12/1副長白木豊(兵31)中佐、分隊長粟屋繁(機22)機関大尉

21.3/5分隊長心得(-/19)篠田太郎八(兵44)中尉/7分隊長(-22.12/1)岡野篤夫(機23)機関大尉/15乗員今里博(兵45)中尉、(-11/1)城英一郎(兵47)少尉4/1第1遣外艦隊に編入、乗員椎名三郎(新潟医専)軍医少尉(12/1軍医中尉-22.10/5)9/1二等海防艦12/1砲艦宇治嵯峨伏見隅田鳥羽第1遣外艦隊を編制、機関長中村寛治(機15)機関少佐

22.4/25第1遣外艦隊より除去5/1艦長田岡勝太郎(兵30)大佐、砲術長寺田幸吉(兵36)少佐、分隊長小沢三良(兵42)大尉、乗員川崎進(兵46)中尉>市坪正雄(兵45)中尉、(-12/1)竹下宣豊(兵48)少尉、堀江茂(機28)機関少尉>山下寿一郎(機29)機関少尉、軍医長横山祐幸軍医少佐>/25分隊長(-23.11/1)小豆沢成(兵42)大尉.11後檣(明治末期に撤去し前檣を延長)を江田島海軍兵学校信号檣に転用/20艦長心得岩崎猛(兵30)中佐(12/1大佐、艦長)12/1砲術長(-24.11/1)水野孝吉(兵37)少佐、分隊長(-24.5/10)磯部淳(兵43)大尉、(-23.3/20)増田仁平(機26)機関中尉

23.2/15艦長本宿直次郎(兵30)大佐3/15分隊長心得(-24.12/1)武林忠二(機27)機関中尉4/7呉出港/13-8サイパン/18-21ロタ/23-8ヤップ/30-5/13パラオ/14-5アンガウル/15-パラオ寄港10/1艦長心得菊井信義(兵31)中佐(12/1大佐、艦長)/15副長下村敬三郎(兵33)少佐>祝原不知名(兵36)少佐12/5乗員天野直枝軍医少尉

24.5/1兼能登呂軍医長心得(-12/1)長置盛保(長崎医専)軍医中尉6/1航海長岸人三郎(兵40)大尉転任(欠員)8/5副長(12/1兼分隊長)徳重佐一郎(兵36)少佐12/1兼平戸艦長(-25.1/15欠員)福島貫三(兵32)大佐、分隊長大西茂昭(兵47)中尉転任

25.1/15兼多摩球磨主計長田中忠一(経5)主計大尉転任(欠員)

28.4/1除籍7/6廃軍艦第2号と仮称30.8/3伊豆大島南方約15nmで急降下爆撃の実艦標的として撃沈処分.

*本艦の進水日には「日本海軍全艦艇史」にある1897.11/8の他に11/18、12/8(「世界の艦船」#441)があるが「官報4309号」の記載に従った.

また、竣工日には99.3/3or30or31(日本海軍全艦艇史)と諸説あるが、確定できなかったので併記した.

いぎし ちじ様のより

2005年4月29日、広島県江田島市(2004.11/1までは安芸郡)江田島町の海上自衛隊第1術科学校にて撮影されました巡洋艦明石のマストの写真をお借りしました.

上記にありますように、このマストは明治末期に撤去された同艦の後檣を1922海軍兵学校の信号檣として転用したもので、WW2後、海上自衛隊に引き継がれました.

現在でも中央グランドに設置され、信号旗の訓練等に使用されているようです.

貴重な写真を提供して下さった、いぎし様に厚く御礼申し上げます.

また、日露戦争中の戦時編制については戦時編制調査室の出沼ひさし様の御協力を賜りました.

厚く御礼申し上げます.

2010年2月11日

(1)

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明石丸

川崎商事貨物船

高知県汽船

448>568T.

船舶番号20407.

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明石丸

ゴーレイGourlay Bros&Co/ダンディー造船所で129番船として1887.5進水88竣工したイギリス、G.Armistead & Co貨客船ディーンDeanを

89三菱会社が購入し明石丸と改名

93.8/11大阪商船が購入

96.5/1日本初の台湾航路として開設された大阪=台湾航路に須磨丸(1563T)、舞鶴丸(1076T)とともに配船

98神戸=高雄航路に就航

1905.9/30厦門から汕頭へ航行中、厦門港外クンムンカオ礁南東端で座礁解撤.

1571T pp74.95x10.12x(5.17)m R.

船舶番号1149.

信号符字HGVB.

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明石丸

アーヴィン/ウエスト・ハートルプール造船所でM596番船として1918.6進水.10竣工19スイフト汽船Swift S.S. Co.Ltd(Hessler & Co、ウエスト・ハートルプール)が購入しDibble Bridgeと改名21La Tunisienne(F.C.Strick & Co、スワンジー)が購入しチュニジアTunisiaと改名されたイギリス、戦時標準型貨物船War Simoom(船舶番号142673)を

26or8嶋谷汽船が購入し貨客船明石丸と改名

43.9/22スラバヤ出港後箕面丸等と船団を編成してアンボンへ航行中/25.0650バンダ海(06゚32'S/125゚55'E)でアメリカ潜水艦(SS222)ブルーフィッシュから発射された魚雷5本中1本が命中し中破航行可能/27.0030頃、ウエルタ島リオパ110kmのバンダ海(06゚05'S/125゚55'E or06゚11'N/126゚00'E[#582])でブルーフィッシュの発射した魚雷2本を受けて沈没し「堅」集団関係者等乗船者139船員4計143名が死亡(10/26嶋谷汽船は三井船舶に吸収合併).

3173>3227(4540)T 101x14.2m.

船舶番号31739.

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明石山丸

三井物産船舶部貨物船(神戸)

第1次船舶改善助成施設第31号の指定を受けて三井物産造船部玉工場で207番船として1934.11/14起工

35.4/4or20進水6/3竣工/7横浜出港/12-4神戸寄港後姉妹船朝日山丸とともにバンコック航路に就航(船体塗色に若菜色を初めて採用)

37.7/12陸軍が徴用

38.3/23徴用解除7/5-12/11陸軍が徴用

41.9/15海軍が徴用/16浪速造船で艤装工事に着手/20舞鶴鎮守府所管特設運送船(雑用船>兼給兵船甲)10/21監督官細谷義男(兵36召)大佐の指揮下に再就役

11/12横須賀出港後南洋方面を行動12/12-

42.1/6横須賀寄港後北方部隊に特設給糧船長光丸等とともに配属8/10三ヶ島十郎11/12監督官竹内平七(兵41召)大佐12/28三井船舶に移籍し船籍港を東京に変更

43.3/4監督官牧兼幸(兵34召)大佐/27監督官(5/25指揮官)福沢哲四郎(兵36召)大佐6/20大湊出港後八海丸等と船団を編制/23-8.1500幌莚寄港後八海丸とともに7/2大湊入港

44.2/26小樽出港後良洋丸等と船団を編成/28.1600大湊出港後北千島へ航行中3/2.2315得撫島鎧山の西北西約50km(46゚00'N/149゚08'E)でアメリカ潜水艦(SS381)サンド・ランスの発射した魚雷を受けて瞬時に沈没し福沢指揮官等船員45名全員が死亡5/10解用解除と同時に除籍.

4550>4541(6375、戦時輸送船史)or4551([#519]6478or2679)T pp109.7x15.24x(8.84)x7.3m D(三井B&W)x1 2650(#519)or3038bhp 15.79knt.

4檣1本煙突三島型.

船舶番号40698.

信号符字JGEJ.

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日本 明石級工作艦

9000s10500(公試)t

oa158.50wl154.66pp146.60x20.50x6.29m

D(三菱横浜MAN式60型複動)x2/2 10000bhp 19.2knt 重油1493t 8000nm/14knt

89式127/40mmAAIIx1+1=4(艦橋頂部に4.5m測距儀x1) 96式25mmMGIIx(1+1)=4(艦橋部)

乗員336+工員433=769(計画)

同型艦(1+4/1939)

明石.(5416 三原).(5417 桃取).(--).(--).

IJN Akashi. Illustrated by SUDO.

各種工作機械114台(材料等を含む工作関係重量1155t) 23t型クレーンx1(重量物用、中央部) 10t型クレーンx2(前後檣部) 5tクレーンx2(前檣両側).

1番艦は1931計画案策定時に提出された10000t型工作艦(計画番号J2)を34補充(A)計画第1工作艦として建造.

2、3番艦は42建艦計画(D計画原案)により、4、5番艦は42戦時建造補充(改D)計画改明石級工作艦(艦型を9420tに拡大)として48-9完成の予定で三菱重工業横浜船渠で建造予定中、計画中止.

日本が計画、新造した唯一の工作艦でアメリカ、メデューザ級工作艦を参考にして設計された.

クレーンは全て電動式で、第1、第2機械、第1、第2仕上組立、焼入、鋳造、鍛冶冶金、鍛冶、銅、溶接、木具、兵器、電気工場、工具室、青写真室等17工場、延2236(工作設備面積3099)uを設置.

工場面積を多くとる目的で水平甲板型船型を採用.

2檣2本煙突(前部煙突は工場用ロ号艦本式缶2基用).

基本計画番号J2c.

IJN Akashi at final traial July 1939.

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特務艦明石

日本A 明石級工作艦(1/1+4)

1934補充(A)計画第1工作艦

36.5基本計画(J2c)承認10/22特務艦明石と命名

佐世保工廠で37.1/18起工

38.6/29進水し呉鎮守府籍12/15艤装員長(-39.2/10兼鶴見艦長6/15艦長)森良造(兵39)大佐、艤装員(-11/15副長)阿部耕運中佐、(39.6/15機関長9/1工作部員)萩原勘一(機29)機関中佐

39.7/31艦長の指揮下に竣工

9/1工作部長田原邦三(機24)機関大佐、兼鳳翔機関長村尾重二(機30)機関中佐10/15運用長永田英雄(兵53)少佐転任11/1艤装員長宮里秀徳(兵40)大佐/15連合艦隊付属に編入、副長吉川唯喜(兵46)中佐、運用長永久熊亮(兵53)少佐12/1工作部員小田勝治(東大工)造船大佐

40.3/10宮里艦長の指揮下に就役7/15艦長伊藤義一(兵42)大佐10/15工作部員浅野卯一郎(機32)機関少佐(11/15機関中佐-41.10)/11横浜沖で実施された紀元2600年特別観艦式に参列後明石市を表敬訪問/15副長(-41.8/11)北村富美雄(兵47)中佐、航海長松本勝(兵54)少佐転任11/15運用長青木太門(兵51)少佐転任

41.7/12以降、重巡洋艦足柄等とともにフランス領南部インド=シナ進駐に参加8/11(-43.10/25)副長山内提象(兵49)中佐9/25艦長福沢常吉(兵41)大佐10/1工作部長(-42.8/15)増田仁平(機26)機関大佐、工作部員桝方楢三郎(東大工)造船大佐(42.11/1技術大佐-12/15)12/1呉出港/6-

42.1/2パラオ/4-2/15ダバオ/18-3/27スターリング湾/28-4/23アンボンに寄港し損傷艦の修理に従事/30呉帰投5/20-4呉工廠で入渠整備/28呉出港6/4入港/5ミッドウェー海戦に攻略部隊の一部として参加後トラックで重巡洋艦最上等の修理に従事8/5最上等とトラック出港後第16駆逐隊に護衛されて/11-7呉寄港/23トラック入港後ソロモン方面で損傷した艦船の修理に従事9/12艦長江口松郎(兵40)大佐/26-10/4雷撃により損傷した空母大鷹を修理

43.1/18-26軽巡洋艦阿賀野を修理3/10機関長(-44.2/10)本沢半三(機31)中佐10/21艦長(-44.4/15)亀山峯五郎(兵44)大佐

44.2/17-8アメリカ第38任務部隊によるトラック空襲に遭遇し爆撃により損傷/20出港後駆逐艦藤波に護衛されて/24パラオ入港後に回航3/30アメリカ第58任務部隊空母搭載機によるパラオ空襲に遭遇し西水道付近(07゚30'N/134゚30'E)で爆撃を受けて沈没5/10除籍

54藤田サルベージが浮揚解体.

信号符字JWTD(>41.12/1JFFQ).

日本が建造した唯一の工作艦.

連合艦隊の平時年間修理量35万工数の約40%を担当する予定で建造.

佐世保工廠で建造された最大艦(最長艦は軽巡洋艦阿賀野).

(2)

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明石丸

西大洋漁業タンカー

2TL-13型戦時標準船として三菱重工業長崎造船所で950番船として1944.9/7起工10/24進水11/20竣工

45.1/12.0905頃、シンガポールから輸送してきた重油15917tを艦船に5200tを給油後サン・ジャック泊地で船体修理中に艦載機50機による空襲を受け3機を撃墜したが、船尾に魚雷2本が命中.0930頃、投下された魚雷が機関室と右舷中央部に命中、浸水傾斜.0933第3油槽に魚雷2本が命中.1100頃、擱座炎上し放棄され便乗者64警戒隊21船員21名が死亡.

10045(16000)T 148.0x20.4x(12.0)m Tx1 1100shp 15.0knt.

船舶番号54431.

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第11明石丸

漁船

1945.8/12.1430艇団長進到信准尉以下、兵員46名を開運丸、第11八幡丸、第?宝泉丸と分乗して八紘船団を編成し温称古丹Onekotan島大泊より柏原湾へ航行中.1655釣鐘岩東南東4kmでアメリカ第92任務部隊の巡洋艦1、駆逐艦3と遭遇し交戦後沈没(全員行方不明).

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明石丸

東京船舶客船

小型客船28隻組の1隻として三菱重工業横浜造船所で1947.9竣工

54.10大阪=高知航路に就航

55.3関西汽船に売却

71.4引退

73明石海岸に陸揚げされレストラン「シートピア明石丸」に改造

80現地で解体.

1112>1081(430d)T.

船舶番号59983.

姉妹船淡路丸.

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救助艇>巡視艇あかし

海上保安庁(1) すま級救助艇(2/18)CR02

1951計画12m型港内艇(救助内火艇)

4/1救助艇となり山西造船鉄工所石巻工場で9/6竣工し第1管区海上保安部函館海上保安部椴法華分室に配属

57.1/1巡視艇

71.2/3or12椴法華分室で解役.

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明石山丸

三井船舶貨物船(東京)

第6次計画造船により三井造船玉野製作所で564番船として1950.12/27起工51.8/31進水11/26竣工、日本商船管理局番号(SCAJAP.NoA109)

53.3/31開設された東航世界一周航路に第1船として就航

64.4/1合併により大阪商船三井船舶(東京)に移籍

75.1/24Golden Commander Shipping Co(パナマ)に売却されGolden Camelと改名79高雄で解体.

6668G(10298>10136D)T pp142.25x19.30x(12.40)m D (三井B&W、974VTF160)x1/1 8000bhp 19.48(17.3)knt.

船舶番号67883.

信号符字JFFQ.

赤城山丸級貨物船5隻の第2船.

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海上自衛隊 あかし級海洋観測艦

1420s1900lt

oa73.95x13.00x(6.60)x4.25m

D(川崎MAN、V8V22/30A[#475]orVTL)x2/2(cp)+リトラクタブル機構式全周旋回式プロペラ(前部艦底) 3200bhp 16.5knt 16500nm/14knt

OPS9レーダー

乗員65+観測要員10

同型艦(1/1969)

AGOS5101 あかし.

JMSDF Akashi class hydrographic survey ship (AGS5101) Akashi.

Copyright JMSDF.

11m型作業艇(FRP製)を観測作業補助用に搭載.

訓練支援艦(ATS4201)あづま、潜水艦救難艦(ASR402)ふしみとともに商船規格に基づき、北方海域での行動を考慮して耐氷構造を採用するとともに、精密測量用にスラスター、船体内減揺水槽、深海錨泊装置(深度4000m)を採用.

就役後ESM装置を搭載し電波情報収集能力を付与.

1967計画1420t型海洋観測艦5101号艦.

2檣1本煙突長船首楼型.

Up---------------------------------Down

海洋観測艦あかし

海上自衛隊B あかし級海洋観測艦(1/1)AGS5101

1967計画1420t型海洋観測艦5101号艦

68.7/6海洋観測艦あかしと命名され日本鋼管鶴見造船所で9/25or21(CFW88、#136)起工

69.5/30進水10/25竣工し海洋業務隊に編入され横須賀に配備

74.9/10-2鹿児島初寄港中/11体験航海を実施

76後檣を棒檣としてECMアンテナ(前NOLR-6、後NOLR-65)を搭載するとともに前檣を改造し上段にあった対水上レーダーを中段に移設(同位置にあった方向探知機は後方に移動)

80.3/17海洋業務隊海洋業務群に改編

81以前に左舷艦尾に大型滑車付ギャローズを新設

99.3/24竣工し海洋業務群に編入された海洋観測艦(AGS5105)にちなんと交代して除籍、艦長宮坂秀夫2佐転任.

JMSDF Akashi class hydrographic survey ship (AGS5101) Akashi at Nagaura, 30 Oct. 1976.

日本初の本格海洋観測艦.

(1)

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海上保安庁 あかし級測量船

21ft

15.0x4.0x0.84x(1.9)m

D(日産-MTU、UD626)x1/1 180hp 10.2knt 630nm/10knt

乗員7

同型艇(4/1973-7)

HS31 あかし.33 はやとも.34 くりはま.35 くるしま.

JCG Akashi class surveying ship (HS33) Hayatomo & (HS35) Kurushima.

15m型小型測量船.

鋼製V型船型.

Up---------------------------------Down

海上保安庁 改あかし/けらま級測量船

27T

15.0x4.0x(1.9)m

D/1 250hp 11.5knt 450nm/11knt

同型艇(1/1973)

HS32 けらま.

15m型小型測量船.

鋼製.

沖縄海域での行動を考慮して主機出力の向上を図った改良型.

Up---------------------------------Down

測量船あかし

海上保安庁(2) あかし級測量船(1/5)HS31

1972計画15m型小型測量船として石原造船所高砂工場で73.1/31竣工し第5管区海上保安本部に配属

2/13-3/27松山港内の測量に従事

95.1/17発生した阪神・淡路大震災により神戸港や淡路島周辺海域の航路障害物調査に参加12/20竣工し第5管区海上保安本部に配属された測量船(HS23)うずしおと交代して/4同級中、最初に解役.


Since 29 Nov. 2001.

Last up-dated, 3 Feb. 2020.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#36.

Akashi.

Ver.1.20a.

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